第4章
第22話 帰るべき場所①
夢の中で歌声が聞こえる。
女神ペルシュナを賛美する歌だ。サンクニオン教会で、よくシスターメアリーが歌っている。教会で世話している孤児たちと聖歌隊を作って、礼拝に訪れた人たちに披露していた。
シスターメアリーは、歌で人々に安らぎと癒しを届けたいと言っていた。それが生き甲斐で、それこそが生きる目的だ……と。その歌声はとても綺麗で、実際に、傷つき疲れたペルシュナ教徒たちの心を癒していた。
志郎はその歌声に誘われるように目を開ける。見慣れた天井があった。
サンクニオン教会の二階の一室。志郎とペルが使わせてもらっている部屋だ。
政樹に助けられたあと、なにか問われたのは覚えている。なんと答えたかは記憶にない。おそらく返事をする前に気を失ってしまったのだろう。そして死にかけの志郎を、政樹たちが教会に運び込んで、レジス神父が治療魔法を施してくれた……というところだろうか。
上半身を起こしてみても痛みはない。包帯はなく、白いシャツを着せられている。
喉がひどく乾いている。ベッドのそばにあるサイドテーブルに水差しを見つけ、中身を飲み干す。
そこで聖歌隊の歌声の中に、ペルの声がないことに気づく。自分を賛美する歌なんて恥ずかしくて歌えないと言っていたが、最近シスターメアリーに強引に聖歌隊に入れられたはずだった。
確認しに行ってみよう、とベッドから立ち上がろうとするが、体に上手く力が入らず、ベットに尻餅をついてしまう。まだ本調子じゃない。倦怠感や疲労感がある。
充電率は六八%。意識を失う前は残り六%だったから、あれからだいだい三一時間経っていることになる。
とっとっとっ、と小気味よく階段を昇る足音がした。すぐ部屋の扉が開かれる。
「あ……っ」
やってきた少女は、志郎を見て固まった。持っていたタオルが床に落ちる。
「……おはよう、ペル」
するとペルの瞳がみるみるうちに潤んでいく。
「うわぁああん! 志郎さぁあん!」
勢いよく飛び込んできたペルを受け止め切れず、志郎はまたベッドに横になってしまう。ペルはそんなこと構わず、抱きついたまま、志郎の胸に顔をこすりつける。
「よかったっ、本当によかった! このまま目を覚まさないんじゃないかってっ、もうお話できないんじゃないかって、ずっとずっと不安でっ。でも、でもっ、帰ってきてくれて、本当によかったです……っ」
志郎はペルの後頭部を撫でる。ぽんぽん、と安心させるように背中を叩く。
「心配かけてごめんね、ペル。でも、絶対に帰ってくるって約束は、守ったよ」
ペルはうんうん、と頷く仕草のあと、志郎から離れて目元を手でぬぐう。
うるうるした瞳のまま、ペルは精一杯に微笑んだ。
「おかえりなさい、志郎さん」
上半身を起こして、志郎も微笑む。
「うん。ただいま、ペル」
笑うのは、ひどく久しぶりな気がした。
それから我に返ったらしく、ペルはそのままの姿勢で顔を赤くした。少しばかりうつむいて、両手で頬を覆い隠す。
「あ、あの、ごめんなさい。嬉しくて、つい抱きついてしまって……。はしたなかった、ですよね……?」
「そんなことないよ。おれは、いつでもオーケーだし」
おどけて両手を広げてやれば、ペルは満更でもなさそうに「もう、からかわないでください」と口先を尖らせる。
「そもそもは、志郎さんが心配させすぎるからいけないんです。結局、政樹さんに助けてもらってますし。これなら最初から仲間を――……」
言いかけて、なにかを思い出したらしく、ペルは不機嫌そうなジト目になった。
こんなペルは初めて見る。これは相当怒ってるぞ、と志郎は覚悟する。
心当たりはある。大怪我して心配をかけただけじゃない。ペルがせっかく造ってくれたペルストーンをなくしてしまったのだ。
「その……本当にごめん……。申し訳ないと思ってる」
志郎は先手を取って頭を下げる。
「謝るということは、事実だと認めるんですね」
「認める。言い訳のしようもない」
「そうですか……。で、ではキ、キ、キ、キスしたというのも――」
「……キス?」
「告白に対して、付き合うと言って承諾したのも――」
「告白?」
「わたしに黙って外で関係を築いてたのも、全部ぜーんぶ、事実なんですね!?」
「なんのこと?」
「なっ! ここにきて言い逃れなんてみっともないですよ! 浮気の事実は認めたじゃないですか!」
「浮気だって?」
なんのことだか本当にわからない。
「ちょっと、ちょっと待ってくれないか? おれは、ペルストーンをなくしてしまったことを謝ったつもりだったんだけど」
「えっ! なくしちゃったんですか!?」
「服の中に入れてたんだけど、気絶してる間に脱がされたらしくて。助けられたときに、そのまま置いてきちゃったらしいんだ」
「それは……問題ですが、わたしなら所在はすぐわかります。今は、こっちの話です」
「あ、うん」
「それで、浮気の件ですけど」
「それも誤解だと思う」
「でもわたし、聞きましたもん。あのお姉さん本人から……」
ペルの言うお姉さんとは、おそらく、志郎を助けてくれたあの女性だろう。
「それならやっぱり誤解だよ。あの人とは、べつになんでもないんだ」
「じゃあ……本当に、キスしてないんですね?」
「……人工呼吸で、命を救ってもらった」
「告白されたとき、付き合うって言ったのは?」
「あのときは戦いに付き合ってもらうって言ったんだ。告白は、まあ、されたけど」
「なんでもなくないじゃないですかぁ!」
「言われてみればそうだけど」
「もー、もぉー、なんなんですか! 仲間を作るのは時期尚早って言ってたくせに、美人のお姉さんと仲良くなるのは早いなんて、人としてどうなんですか、もう!」
「いや、そうだとしても浮気にはならないんじゃないかなぁ。おれ、他の誰かと付き合ってるわけでもないし」
「ぐはっ!?」
なぜかペルは大ダメージを受けて沈没した。
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