第53話 アレス・ホーネット③
「ひぃい!」
残ったもう一方の首にも凶刃が迫る。
――『瞬間加速』、発動!
圧倒的な速度で突進、政樹の剣を剣で弾く。勢いを殺さず、反転して政樹の首へ超高速の横一文字斬り。さらに刃を返して袈裟斬り。
政樹は首への一撃を紙一重でかわし、袈裟斬りを剣で受け止める。
志郎は戦慄する。今の速度でさえ、傷ひとつ付けられないのか。
「止めるなよ、志郎。アレス・ホーネットは幻の領主でなきゃ都合が悪いんだ」
「罪もない人を勝手な都合で殺すな!」
「都合で殺すのはお前も同じだろ、殺人鬼!」
「おれはお前ほど殺しちゃいない!」
志郎は鍔迫り合いを避け、政樹から一歩距離を取る。
――『
相手の首元を狙い、渾身の突きを放つ。
政樹は余裕の表情で軌道を見切り、首をわずかに動かすだけで回避しようとする。
だが『百発百中』で狙いを定めた攻撃は、どんな軌道を通ることになっても、その過程でどんなに威力が落ちたとしても、最後には必ず命中する。
かすかな手応え。
政樹はバックステップを踏み、初めて大きく距離を取った。首元から血が滴る。浅い。致命傷は避けられてしまった。
「当てられた? 俺が?」
その一瞬の動揺を逃さず、志郎は突っ込む。
「由美の
政樹の目つきが真剣なものに変わる。
志郎は首、胸、腕の動脈へと連撃を繰り出す。そのすべてを政樹は剣で受ける。『百発百中』の攻撃を、なぜ受け止められるのか。疑問は飲み込み、息の続く限りに連撃を続ける。
だが一撃も当たらない。致命傷はおろか、かすり傷すら付けられない。
やがて一瞬の隙に、政樹が突きを繰り出してきた。
身を逸らすが避けきれず、右脇腹に命中。裂かれた肉から、血がこぼれ落ちる。
痛みを噛み殺してバックステップで距離を取る。
――
充電は、残り二七%。
すぐ治療魔法で応急処置をする。幸い、傷は内臓に達していない。
「どうした志郎、次の神性技能はないのか」
政樹は余裕の笑みでゆっくりと迫ってくる。
その姿をあらためて見て、志郎はやっとわかった。『百発百中』の連撃は、すべて命中していた。
政樹はその剣技をもって一撃一撃の威力を薄皮一枚を切り裂く程度にまで殺し、その上で体で受け止めたのだ。志郎が狙ったあちこちに、皮だけ裂かれた傷がいくつも出来ているのがその証拠だ。
『瞬間加速』でも『百発百中』でもダメなら、隙を突いて神性技能を奪うのも難しいだろう。下手をすればペルストーンを破壊されてしまう。弱点を狙うしか勝機はなさそうだが、この状況からではそれが難しい。
「もうないんなら、こいつもアウトだ。ぶっ殺すぜ」
怯える避難民に剣の切っ先を向ける。
「やめろって言ってるだろぉ!」
志郎は走り、政樹に斬りかかる。
受け流される。反撃を察して、右半身を逸らす。回避成功。即座にバックステップ。突きの間合いから脱し、剣を正面に構えて政樹を睨む。
「なあ志郎、マジで助けるつもりか? こいつはサルーシ教徒だぜ。お前の敵だろ」
「敵じゃない。みんなお前たちに騙されて、搾取されて、傷付けられてる被害者だ」
「ははっ、どうかな。加害者かもしれねえぜ。サンクニオン教会を襲って虐殺したのは、俺が命令した衛兵たちだけじゃない。他の大勢の信者も、自分の意思で参加してたんだ」
志郎は視線を避難民に向ける。
「ひっ、ひぃい! 違うっ、私はなにもしてない! なにも悪くないんだ!」
再び政樹を睨む。
「その人が参加してた証拠は、ない」
「証拠があったら殺すのか?」
「……かもしれない」
「ならちょうどいい。どうせ俺がアレスだってのを聞かれたのは、こいつらだけじゃねえだろうし。ついでだ、お前の手伝いもしてやるよ」
志郎がその言葉の意味を理解する前に、政樹は走り出した。無人の方向に。
その意図の気づいたときには手遅れだった。
建物を支える大きな柱に、政樹が剣を振り下ろす。
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