第14話 転生者狩り⑤
剣をねじり、傷口を広げる。ほじくるように何度も何度も。
血管に空気が入り、代わりに大量の血液が溢れ出る。
一瞬遅れて剣を持つ手に矢が飛んでくる。肩、背中にも次々と。
「ぐ、う、あ……っ」
怒涛の三連射に、たまらず志郎は倒れ込む。リッドも――リッドだった肉塊も、壊れた人形のように崩れて志郎に覆いかぶさる。
あとは、このままだ。このまま目をつむり、治療魔法を使う以外にはなにもしない。
早く来い……と内心焦りながら念じる。
どこかで鐘が鳴っている。警笛も聞こえる。火事を近隣住民に知らせるものだ。
燃える倉庫に人が集まってくるまで、あまり時間がない。
やがて、思ったよりも早く、ひとり分の足音が聞こえてくる。
異常を察知して、射手が様子を確認しに来たに違いない。
「嘘……リッド、なんで……。嘘よ、こんなの!」
女の悲鳴。弓矢を放り出して駆け寄ってくる。
その刹那、志郎は目を開け、狙いを定める。
「生きてるっ!?」
女は弓矢を拾おうと背を向けるが、もう遅い。
――『神秘の草花』、
霧状の麻痺毒を女の周囲に生成。女は膝から崩れ落ちる。
志郎はリッドの死体をどけて立ち上がり、女を見下ろした。
――
ペルストーンで神性技能を回収してから、女の体を仰向けに蹴り転がす。
「安心しろ、生かしておいてやる。お前には聞きたいことがある」
志郎は布で女の口を塞く。桟橋まで引きずっていき、そこにある小舟に彼女を放り込む。
麻薬組織が所有していた小舟だ。逃亡用にと、昼間のうちから目星をつけていた。数人が乗れる程度の大きさで、帆はなく、オールを使って漕ぐタイプだ。
雑多な荷物が置かれっぱなしで、その上に布が敷かれている。重そうだから捨てていきたいが、今はその時間も惜しい。
志郎は係留用のロープを外しにかかる。ほんの一時、女から目を離す。
小舟が揺れる。背後でなにかが動く気配。女の呻き声。逃げようとしている? いや、麻痺していて動けないはずだ。なにをしているんだ?
作業を中断して振り返ろうとしたとき、なにかが背中にぶつかった。
「うっ!?」
そいつから逃れるべく、もつれる足で桟橋に登る。力が入らず、膝から崩れてしまう。
背中で痛みが、燃えるように広がっていく。
刺された? 刺されたのか、おれは?
志郎は治療魔法で応急処置をしながら、必死に立ち上がる。
敵が、まだ、いる。
「ビーンゴ。この舟で逃げると思って、ずっと隠れて待ってたんだ。来なかったらどうしようって思ってたけど」
射手とはべつの女がいた。長い黒髪。どこか妖艶な視線。無邪気そうな笑み。傭兵風の軽装。しなやかな動きで小舟から降りる。
志郎は一瞬、頭が真っ白になった。
「な、ぜ……」
女の手には血に濡れたナイフ。服はすでに返り血に汚れている。ちらりと見れば、小舟に放り込んだ女射手の周囲に血だまりが広がっている。殺されたのだ、この女に。
「なぜって、君にさらわれたらこの子、色々喋っちゃうでしょ? その前に口封じ」
嘘だ。それなら志郎を先に殺すだけでいい。女射手を殺す理由なんてない。こいつは、ただ、人殺しが好きな女なのだ。
そもそも、志郎の「なぜ」は、そんなことを問うたのではない。
「なぜ、お前がここにいるんだ……」
「だから、舟の荷物の中に隠れてたんだってば」
「お前は……おれが……おれが殺したはずだ。
女は目を丸くした。それから満面の笑み。
「わあ、すっごい奇遇! 君も転生してたんだね、志郎くん!」
「黙れ、殺人鬼! なぜこの世界にいる! ペルがお前を転生させるはずがない!」
「殺人鬼だなんて、そんなに誉めないでよぅ。照れるなぁ」
えへへっ、と恥ずかしそうに頬をかく。
この女――桜井鏡子こそ、転生前、志郎とその家族を殺害した張本人なのだ。
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