第28話 湊と司※

「一体どういう事? 何で俺だけお父さんの事、話してくれなかったの」


 昼休み、またあの場所へ肇は行くと、湊が司に詰め寄っているところだった。責めるような言い方だったが、司の方は相変わらず真顔で返す。


「お前はブランドを知っていた。興味本位で父に近付かれると、面倒だと思ったからだ」


 司の言葉に湊は図星だったのか、一瞬言葉に詰まる。


「そりゃあ、興味はあるけど……好きなブランドだし……」

「えっ?」


 後半は声が小さかったけれど、肇にも聞こえていた。しかし何故か、純一が声を上げて反応している。


「湊がセダール着てるところ、想像できない」


 純一が正直過ぎる感想を漏らした。湊はとんでもない、と手を振った。


「いや、着たい訳じゃなくて……見るのが好きと言うか」


 湊の話によると、セダールは三十、四十歳代をターゲットにしているものの、時折子供っぽい遊び心があるのが好きらしい。


 肇は湊の話を聞いていて、こんな一面もあるんだな、と思って嬉しくなった。


「雑誌を見てて、気になる服だと思ったら大体それなんだよね。まさか司のお父さんのデザインだったとは」

「湊だったらモデルやれるんじゃね?」


 肇がそう言うと、司はいや、と否定する。


「湊は父と会わない方が良い」

「何で?」


 どう考えても適材適所だと思うけど、と肇は思うが、司が黙っていたのはそう簡単な事情ではないようだ。


「あー……るいさん……司の親父さん、かなり偏ってる人でさ。この間俺のねーちゃんともう一人で打ち合わせしてたところを目撃したんだけど、ねーちゃんと以外は喋りもしないの」


 純一が困った顔で説明をする。純一の姉はアパレル系の仕事をしているそうだが、連れて来た部下には目もくれなかったそうだ。


「湊には目もくれないって事か?」


 肇が聞くと、司は多分な、と頷いた。では司は何故、肇をスカウトしたのだろう? そんな偏屈な人なら、肇だって気に入られるか分からない。そう疑問に思った事を聞くと、司は何故かチラリと湊を見た。


「湊、怒るなよ?」

「何で俺が出てくるの?」

「………………俺の好みと父の好みは似ているから」

「何だよそれ!」


 司の言葉を聞いたとたん、弾かれたように湊が叫ぶ。ホントムカつく、と湊は肇に抱きついてきた。


「俺は湊の事、友達として好きだぞ」


 司は相変わらず真顔でそんな事を言っている。肇は湊に少し同情し、彼の頭を撫でた。


「司、オレ……こんな状態の湊に、話に乗るって言えない」

「だろうな」


 司は目を伏せた。隣で純一が、残念だって思ってるでしょ、と言っている。何故分かるのだろう?


「はじめー……」

「はいはい」


 湊は多分、怒ってるのと拗ねてるので複雑なのだろう。これだけ表情を出せる友達がいることは、いい事だと肇は思う。


 すると、司がじっとこちらを見ている事に気付いた。なに? と肇は聞くと、いや、と司は視線を逸らす。そうされるとムカついて、聞かずにはいられないのが肇で、言えよ、と司を睨んだ。


「…………身体的接触に照れが無くなったな、と思っただけだ。何があったかは聞かないでおく」


 司の言葉に、肇は聞き出した事を後悔する。カッと顔が熱くなって、湊を離そうと身体を押すけれどビクともしない。


「こら湊、離れろよっ」

「嫌だ」

「湊が駄々こねてる……珍しい」


 横から純一の声がする。それにしても、司の観察眼は鋭すぎて怖い、と肇は思った。普段話さない分、人のことを見る癖があるのかな、と勝手に憶測する。


「あ、飯食おうぜ、湊」


 宥めるように背中を叩くと、彼はやっと離れてくれた。


「もう……純一、司の弱点ないの?」


 昨日と同じ位置に座って、それぞれお昼ご飯を食べ始める。純一はうーん、と考えていた。


「純一、これやる」


 司はいいタイミングで、純一の口元に一口大に切ったハンバーグを差し出す。純一は喜んでそれを食べる。


(司も弱点は知られたくないんだな……ってか、弱点らしい弱点あるのか?)


 微笑ましいと思って見ていた肇は、話の腰を折られて口を尖らせた湊を見る。


 あ、なるほど、と肇は思った。弱点を湊に知られたくないという事は、と肇は思わず今考えた事を口にしてしまう。


「司もそれなりに湊の事を意識してんだな」

「……」


 沈黙が降りた。

 最初にそれを破ったのは湊だ。


「いやいや、それは無いでしょ」

「…………」


 苦笑する湊に対して、司は黙って弁当を食べている。でも、と肇はまた司を見ると、彼は完全に我関せずオーラを出していた。


(あ、オレ、結構図星な事言っちゃったかも)


「司の弱点はアレだ、累さんだよ」


 ハンバーグを飲み込んだ純一が、ニコニコと無邪気に話す。


「累さんに湊が気に入られないのは本当かもしれないけど、司、累さんの前では結構……」

「純一」

「ふがっ」

「気が済んだか? 湊」


 司は純一の口を手で塞ぎ、湊を見る。こんな時でも表情が変わらないのは面白い人だな、と肇は思った。


「あ、…………うん」


 意外とあっさり頷いた湊は、まさか司の弱点が彼の父親だとは思ってなかったようだ、それ以降は食い下がらなかった。


「純一」

「や、だって……っ」


 司が弁当を置いてジリジリと純一ににじり寄って行く。二人の顔が接近したので、肇はこれ以上見てはいけない、と前を向いて再び弁当を食べ始めた。


「ちょっと! んっ……」


 やっぱり、と肇は顔が熱くなる。ってか、こんな所でそんな事をするなと言いたいけれど、身体が動かないし声も出ない。


「相変わらずだねぇ……」


 湊が苦笑している。どうやら、これはいつもの事らしい。次第に熱を帯びていく純一の声に、肇は堪らなくなって前を向いたまま怒鳴った。


「お前ら、よそでやれ!!」


 静かな廊下に、肇の声が響いた。

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