第27話 お家デート※

 二人は肇の部屋に入ると、相変わらずごちゃごちゃした床に腰を下ろす。湊は、前来てからそんなに経ってないのに、散らかり具合が増してるね、と要らない感想を漏らした。


「単純に物が多いだけだから、しまう場所作れば良いのに」

「……分かってるよ」


 肇は自分の部屋なのに落ち着かなくなった。自分でも、そうした方が良いのは分かっているけれど、大仕事になるので手が付けられない。


「今度、一緒に収納家具買いに行こう? 俺も片付け手伝うよ」


 微笑んだ湊は、何だか楽しそうだ。肇も頷く。


「だな。布切るのにスペース欲しいし」

「……衣装は、どれくらいでできるの?」


 湊はピッタリ肩を合わせてきた。その距離感が恥ずかしいと思いつつ、それも嬉しいと感じてしまう。


「今のところ、行きたいイベントに合わせて作ってる感じ。もっとお金と時間があれば作りたいけど」


 何せメイクもウィッグもとこだわっていると、お金がかかってしょうがない。だから、夏休みと冬休みでそれぞれ二、三着ずつで、それ以外はバイトでお金を貯めておくという感じだ。


「メイクも上手だよね。初め、写真見ても肇だって気付いてなかったし」


 素の肇も可愛いけど、と湊に付け足されて言われ、肇は顔が熱くなる。

 すると、その頬にキスをされた。


「……っ、何っ?」

「あ、ごめん……可愛いなって思ったら勝手に身体が動いてた」


 頬にキスなんて、少女漫画でしか見たことが無かった肇は慌てる。しかし、その間にも湊の顔は再び近付き、今度は唇に吸い付かれた。


「えっ? ん、ちょ、っと?」


 肇が戸惑って逃げようとする間にも、何度か唇にキスをされる。


「……嫌?」

「……っ」


 優しい顔が間近にあって、肇はカッと身体が熱くなった。


 嫌かと問われれば嫌じゃない。コスプレ写真を撮る時も、それらしい雰囲気の事はしている。けれど、相手が好きな人というだけあって、緊張が半端ない。


「う、…………心臓が口から飛び出そうだ……」


 肇が正直に言うと、湊はフッと笑った。


「そっか……俺もだよ……」


 湊も同じだと知って、肇の心臓はさらに忙しく動く。


「目、閉じて……」


 彼の優しい声に、肇は素直に目を閉じた。ふわふわとまどろんでいく意識を、肇の理性が止める。


「湊……ちょっと……」

「ん?」

「……これ以上すると、ちょっと……」


 肇は恥ずかしくて視線が合わせられずにいると、湊は額にキスをする。


「……好きだよ」


 額を合わせそうな距離で囁かれ、肇は恥ずかしくて顔を逸らした。こうして至近距離で言われると、どうしていやらしく聞こえるのか、と肇は悶える。


「ちょっと、マジでヤバいからっ。なっ? 今日はもう帰れよっ」

「……ちょっと無理かな? 俺はもう後戻りできない」


 肇は湊の胸を押して離そうとするけれど、彼の身体はビクともしない。それどころか、もっともっとと湊の体温を近くで感じる。膝を立て、床を蹴って後ずさりしようとすると、ベッドの端にぶつかって逃げられなくなった。


 逃げられない絶望と、身体が高ぶっていく事への恥ずかしさとで、肇は脳内でどうしようどうしよう、と慌てる。


 恥ずかしいけれど、嫌ではない。戸惑っているだけで、心の奥底で期待している自分もいる。即物的な男の、悲しい性だなと肇はおずおずと湊の体温を受け入れた。


「肇……可愛い……」


 湊の声が掠れていた。そんな彼の様子に肇も後に引けなくなり、抵抗するのは完全に諦める。


(もう……どうにでもなれ……)


 肇の身体の力が抜けたのが分かったのだろう、湊は優しく、丁寧に肇の頭を撫でた。


「……湊……」


 上ずった声で呼んで、肇は湊の肩に両腕を回す。声は出すまいと、必死でまた奥歯を噛み締めて、やってくる波に肇は身を委ねた。


「肇……」


 やがて二人は高まった熱が収まると、湊に呼ばれる。肇は湊を見ると、彼は微笑んでこちらを見ていた。その眼差しの温かさに、肇の胸も温かくなる。


「ありがとう」


 そう言って湊はキスをくれた。


「ん、お前、キス好きだよな」

「ん? うん……ずっとしてても良いくらいだよ」


 ニッコリ笑って言う湊はどうやら本気らしい、恥ずかしげもなく言う彼に対して、肇は聞いた事を後悔した。


(コイツなら本当にやりかねん……)


 また顔が熱くなる。照れ隠しにティッシュの箱を投げつけると、上機嫌な彼はありがとうと笑うだけだ。


 その後着替え直した二人は、他愛もない話をして笑い合い、落ち着いたところで湊を送り出す。


「じゃあ、また明日、お昼ご飯の時にね」

「おう」

「肇……明日はバイト?」

「ああ。……何でだ?」


 肇が聞くと、湊はううん、と首を振った。そして笑顔で手を振って去って行く。女子が見たら、確実に騒ぐ程のいい笑顔だ。


(いい笑顔してんじゃねーよ……)


 肇は照れながら、家に戻った。

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