第3話 邪魔をするのって緊張する
「やっべぇ! あれこれ考えてたらもう二日後にはイベントじゃん! まだ布なんだけど!」
お盆休みが始まる前、自宅の部屋で肇は頭を抱えて叫んでいた。
しかし今日の夕方からはバイトが入っている。実質残された時間は今日の夕方までと、バイトが終わった後、そしてイベント前日だ。
こういう事もあろうかと、休みを一日早めに取っておいて良かったと思う。稼ぎ時に休むのかよと志水には言われたが、バイトよりイベントの方が断然優先順位は高い。
あれから志水は、ほんの少しだけ態度が改善した。どうやら湊が店長に報告したらしく、店長から注意されたようだ。休憩時間を守るようになった。
(それもいつまで続くか疑問だけど)
付け焼き刃的な効果じゃなきゃ良いな、と肇は思うが、それよりも、と思考を戻す。
「よし、作るか!」
気合いを一つ入れて、肇は
今回のコスプレは魔法少女の主人公だ。ひらひらふわふわしたスカートが特徴の衣装は、使う布の量も多い。
肇がコスプレに興味を持ったのは小学生の頃。母親にねだって既製品の衣装を買ってもらったのがきっかけだ。成長するにつれて、既製品だと体にピッタリ合うサイズがなく、見た目が悪くなるので自分で作るようになった。
衣装作成もそうだがメイクやポージングなども、研究すればするほど奥が深く、撮影した写真データを編集、加工する技術もある程度身についた。ガチのカメコさんには敵わないけどな、とキャラクターの画像を見ながら、できあがりを想像しつつ布を切る。
この、色んな面で深く探求できるという所に、肇はハマった。そして、衣装を着ている間は、自分ではない自分になれた気がして、それがとても気持ちよかったのだ。
「ちょっと休憩……」
布を切っていたら、体が痛くなってきたので手を止める。集中し過ぎて、ずっと同じ体勢をしていたらしい。
肇は立ち上がってストレッチをする。部屋を見渡すとウィッグやら小道具やらが乱雑に置かれており、汚ぇな、と思うけれど、片付ける気にはならない。
「よし、やるぞー」
体をほぐしたらまた作業を再開する。もう少し作業ペースを逆算して、余裕を持ってやりたいとも思うけれど、一気に作りたいのでいつも直前で慌てる羽目になる。
それからどれくらいの時間が経っただろうか、肇は一区切りついた所で時計を見た。
「やば! もう出なきゃ!」
いつの間にか、また集中して時間を忘れてしまっていたらしい。もう家を出ないと遅刻する時間になっていて、片付けもせず、準備をして家を出た。
◇◇
バイト先に着いた肇は、急いで着替えて厨房に行くと、既にいた厨房スタッフから「今日は休みかと思ったよ」と言われる。今日は志水がいないので、平和に終えられそうだ。
「あ、肇くん、ちょっと来て」
店長が厨房を覗いて肇を呼んだ。何だろうと思って行くと、彼は困った顔をしている。
「悪いけど、今日ホールスタッフが少なくて……厨房と兼任してくれないかな?」
「えっ?」
肇は眉間に皺を寄せた。厨房スタッフなら他にもいるはずなのに、どうして肇なのか。
「私もホールにまわるから大丈夫。今日多賀くん一人しかいなくて……」
いくらなんでも、忙しい時間に湊一人では厳しいだろう、肇は渋々頷く。
まったく、平和に終えられそうと思ったとたんこれだよ、とため息をついた、早く帰れますように、と願うけれど、そう簡単にはいかないのが世の常で。
ただでさえ客が増えているのに、最初の研修でしかホールスタッフの経験がない肇では、足でまといになりそうで怖い。
しかし、真面目な肇は仕方ないか、と腹をくくる。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
開店と同時に入って来た女性客に、笑顔で接客する湊。さすがだなと思うけれど、肇は人の事を気にしている場合じゃない、と水とおしぼりを人数分用意する。
肇は湊のように営業スマイルはできないので、口調だけは丁寧に水とおしぼりを出していく。
(しっかし、ホント話題は多賀のことばっかだな)
来店した女性客はほぼ、湊の働きぶりをじっと見ていた。湊は視線に気付かない訳ないのに、平気なふりをして仕事をこなす。
その姿に、肇はまたイラッとした。しかしその感情も長くは持たないくらい、次々と仕事が舞い込み、必死で駆け回った。
考える暇も無いほど慌ただしくしていたら、あっという間にピークが過ぎた。肇は大きく息を吐くと、店長に呼ばれる。
「肇くん、今日は助かったよ、ありがとうね」
「いえ……」
「もう客足も落ち着いたし、疲れただろうから、多賀くんともうあがってもいいよ」
彼にはもう伝えてあるから、と店長に言われ、肇は思ってもいない所で早く帰れる、と思い礼を言う。
「これ、軽食だけどまかない。多賀くんのもあるから、渡しておいて」
肇は店長から袋を二つ受け取ると、挨拶をして湊を探す。ロッカー室に行っても帰っている様子はないし、どこに言ったのだろう、と店の外も探してみる。
(……いた。けど……)
肇は頭を抱えた。さっさとまかないを渡して帰りたいのに、湊は女の子と二人で話していたからだ。
何でこんな時に、と肇はうんざりする。話の邪魔をする訳にはいかないよな、とロッカー室に戻って着替える。
「……」
しかし、肇が着替え終わっても、湊は戻ってこない。
いっその事、まかないを二つとももらって帰ろうか、と考えがよぎるけれど、店長の好意を無下にする訳にはいかなかった。
(じゃあ、思い切り邪魔してまかないを渡そう、うん)
そうでもしないといつまでも帰れない。肇には衣装を作るという、重大なミッションが残っているのだ。
肇は裏口から店を出ると、やはりまだ湊と女の子はいた。一つ呼吸をして、覚悟を決めて歩き出す。
「だから、そういうの困るんです。これは返しますね」
「えー? だって彼女、いないんですよね。どうしても連絡先、教えてくれないんですか?」
肇が近付くにつれて、二人の会話が聞こえるようになった。どうやら連絡先を押し付けられたのを返そうとする湊と、連絡先を聞きたい女の子で、押し問答を続けているようだ。
「多賀」
声を掛けると、振り返った湊は明らかにホッとした表情をする。そんな顔してもオレは助けないからな、と思い、店長にもらった袋を突き出した。
「店長から」
「ありがとう……って、待ってよ、俺も一緒に帰る!」
さっさと歩き出した肇に、湊が慌てて店に戻ろうとしていた。女の子は文句を言っていたが、スルーだ。
「嫌だね、オレは早く帰りたいんだ、お前はそこでずっと押し問答してろ」
そう言い捨てると、肇は走り出す。何故か心臓がドキドキしている。人の話を邪魔するのって、緊張するんだな、と肇はそんな事を考えて家に帰った。
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