第4話 イベントは非日常感がいい

「はぁー、この日の為に生きてるなぁ!」


 肇はごった返す人混みの中、熱気に溢れる会場を見渡して言う。


 あれから頑張って衣装を完成させた。細かく修正したい所はあったりするけれど、それはおいおいやるとしよう。


 肇はコスプレ用の受付に行って更衣室に入る。中もやっぱりすごい人で、気分が高揚するのを感じた。


 周りの人に挨拶しつつ、早速着替えに取り掛かる。ピンクの衣装に袖を通すと、自分の中のスイッチが切り替わる感じがした。メイクをして、ウィッグもかぶれば、そこにはもう肇という男の子はいない。


(うん、髪飾りは苦労して作ったかいある)


 鏡で確認すると、これもまた自作の、魔法少女には必須の杖を持って荷物をまとめる。このまま撮影ブースに行けば、レイヤー仲間にも会えるだろう。肇は更衣室を出た。


 屋外に出ると、すぐにそこは撮影ブースだ。待ち合わせしている場所はそこなので、キョロキョロとしながら歩く。


「あ、ロンギヌスさーん。こっちですー」


 声を掛けられた方を見ると、肇と同じような衣装を着た女性がいた。ちなみにロンギヌスとは、肇のコスネームだ。


「いやーん、相変わらず可愛いですね」

「みかんさんこそ、すっごい細かい所まで作りこんでるじゃないですか。制作にどれくらいかかったんです?」


 お互いに褒め合うと、やっぱりメインの衣装製作の話になる。今回同じアニメのキャラをやるということで、二人で合わせようとなったのだ。


「じゃ、とりあえず記念に一枚撮っておきますか」


 みかんがそう言ってスマホを取り出す。自撮り用に二人で顔を決めると、なかなかに良い一枚が撮れた。


(この、非日常感が良いんだよな)


 すると、周りにいたカメコさんから撮っても良いですか? と聞かれ、あっという間に撮影会になった。


 いくつかポーズをとっているうちに、みかんが手を繋いでくる。この二人のキャラクターは、百合っぽい描写が多く、子供向け番組なのに男性に人気があったりするのだ。


 肇は両手を胸の位置で指を絡めて握り、みかんと額を合わせる。


 数秒間そのポーズでいると、どちらともなく離れた。


「うわー、やっぱりキャラクターとはいえ、照れますね」


 みかんが暑い、と手で扇ぐ。肇は笑った。


 その後、みかんは別のレイヤーさんとも会う約束してるから、と別れ、肇も次の待ち合わせの人を探す。


「おーい、ロンギヌスー」


 呼ばれて振り返ると、白い大きな箱を顔だけくり抜いてかぶり、白塗りメイクをした男性が立っている。


「……黒ネギさん? それ何のコスプレです?」


 足は白タイツをはいていて、箱からはコードらしき紐が付いていた。その先は何となく、ライトニングケーブルのようになっている。


「スマホの充電は大事だぞって、みんなに注意喚起をだな」

「それでモバイルバッテリーですか。この暑いのによくやりますね」


 肇は苦笑する。待ち合わせしていたのはこの黒ネギだった。今は笑いを取りにいったコスプレをしているけれど、普段はもっとイケメンなキャラをやっていたりする。


「おっと、珍しい組み合わせですね。撮影しても良いですか?」


 モバイルバッテリーと魔法少女という組み合わせは、多分今後も無いだろう。珍しがったカメコさんに声を掛けられる。二人は了承し、ポーズを決めた。


 カメコさんが去った後、黒ネギはそう言えば、と思い出したように言う。


「お盆明けのスタジオ、衣装はできてるか?」

「はい、ちまちまと進めていたので、もうできますよ」


 肇はスマホを取り出し、だいぶ前から少しずつ作っていた衣装の写真を見せる。キラキラした衣装は、男性アイドルのキャラクターのものだ。


「やっぱすごいな。これ着て撮影とかテンション上がる」

「ありがとうございます」


 肇はにっこり笑う。普段の肇では絶対しない表情だ。


「しっかし、ロンギヌスもBL読む人で良かったよ。この作品じゃ、一人でやっても寂しいだけだしな」


 肇たちがやろうとしているコスプレは、アイドル同士のボーイズラブを描いた作品だ。実は腐男子でもある肇は、仲間がいるならと、この話を快諾した。


「オレの方こそ、あの作品を語れる腐男子に会えるなんてと思いました。少女漫画以上の葛藤があって、キュンキュンしますよね」


 肇は熱く語る。黒ネギもうんうんと頷いていた。


 その後しばらく黒ネギと話し、最後の待ち合わせ人を二人で待つ。


「あ、来た来た。リョウスケさん!」


 肇が手を挙げて呼ぶと、彼は気付いてこちらにやってきた。リョウスケは元々黒ネギと知り合いでカメラマンだ。その繋がりで肇も撮ってもらうようになり、いつの間にかこういうイベントでは、三人でつるむようになっていた。お互い歳も本名も分からないけれど、好きなもので繋がっている距離感が、肇には心地良い。


「うわー、ロンギヌスやっぱ可愛いな」


 リョウスケはそう言うと、許可もなくシャッターを下ろす。


「ちょっと、勝手に取らないでくださいよ」

「安心しろ、今のは俺のオカズ用だ」

「余計にダメなヤツですそれ」


 本気なのか冗談なのか分からないノリのリョウスケは、性格はともかく技術は良い。しかも加工編集もかなりの腕前で、プロとしてやってるとかやってないとか。


 お盆明けの撮影は、この三人でやる事になっている。肇はリョウスケにピンで撮ってもらっていると、人がどんどん集まってきて撮影会になった。


 そうこうしているうちに、あっという間に一日が過ぎてしまうと、お盆明けにまた、と黒ネギとリョウスケと別れる。肇は初日のみの参加で、あとは黒ネギとの合わせの衣装製作に徹するつもりだ。


 肇は家に帰ると、リョウスケから早速今日の写真データが送られてくる。さすが、仕事が早いなと確認してみると、最初に無断で撮られた写真も入っていた。


(無防備な表情は……恥ずかしいな)


 リョウスケからは、加工編集やるなら連絡くれと来ているけれど、イベントのその場の雰囲気を大事にしたかったので、そのままいくつかSNSにアップする。


 肇のコスプレ用アカウントはそれなりにフォロワーがいて、あっという間にいいねが付いていくのだ。今回も、新規のフォロワーさん付くといいな、と肇は楽しかった一日を振り返って、寝床に就いた。

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