13 腹黒宰相は、それでもめげないらしい



 ジリー男爵家に、続々と騎士団が押し寄せてきた。

 

 なんと第一王子のクロードが、現騎士団長(ルトガーの父)を脅迫して、丸一日足止めさせていたらしい。

 その脅迫内容については

「知らない方がいいと思うよ」

 とニッコリされたので、アレクサンドラもラウリもそれ以上聞くのをやめた。


「私の前世の知識では、ドッペルゲンガーというのは、死の前兆と信じられていた」


 エミリアナの驚く程軽い身体を抱えて、アレクサンドラは大きく息を吐く。

 

「なるほど……だからエミリアナを、死の淵に追い込み続けた訳か」


 ラウリが、ぎりぎりと歯を食いしばりながら、その横を歩く。


 未婚の女性であるからと、そのままアレクサンドラが運ぶことにしたエミリアナは、クロードが「簡単なやつだけど」と言いつつ回復魔法を施したお陰か、穏やかな顔で眠っている。

 

 学院の寮に入っていた彼女には、『メイド(実際には、醜悪なイジメを行う役割)』がつけられていた徹底っぷりであったし、その拘束されたメイドいわく、学院内では『シナリオ』だからとドッペルゲンガーが安定していたらしい。


「なあ、シナリオとはなんだ?」

「物語の筋書きのことだ」

「なるほど……俺たちの世界は、それに従って動いていると……そう信じていたのだな」

「ああ。ゲームだと言っていたな」

「ゲーム?」

「知らん」

「うは、説明を投げるなよ」

「うるさい。私が転生者だと知っていただろう。よくも黙っていたな」

「いやあ、だって俺、宰相だし? ……あだっ」


 無言で膝の裏を蹴られたラウリは、涙目だ。


「そのセリフ、二度と言うな」

「なんでそんな、怒ってるんだ?」


 ――私が、元殺し屋だと知ったら。

 もう、愛さなくなるのだろうか?


 アレクサンドラは、全知全能ですら視ることのできない『人の心』を。


「怒ってなどいない。呆れている。ほら、さっさと馬車のドアを開けろ。役立たず宰相」

「えぇーっ……どうぞ? まあ確かに俺、ついてきただけだもんなぁ〜役立たずだったなぁ〜とほほ~~~」

「……いるだけで……」

「ん?」

「うるさい」

「はい。黙ります」

 


 ――それでも、愛しいと思った。


 


 ◇ ◇ ◇


 


 ジリー男爵領には宿屋がないため、とりあえずクロードの馬車で隣町までエミリアナを運んだ一行。


「エミリアナ!」


 蒼白な顔でやって来た枢機卿子息のショルスは、クロードからの報せで、夜通し馬車を走らせて来たらしい。

 宿屋の一室でスヤスヤと眠る彼女の枕元で、床に膝を突き

「ああ、生きていて良かった……もう私がついているからね……」

 と手を握って、ほろほろと涙を流した。


「外見がだいぶ変わっているが、よくエミリアナだと分かったな?」


 ラウリがそうショルスに問うと、

「外見など、些細なこと。魂は、一緒ですから」

 と即座に答えられた。


「ならば、あとはお任せしよう」

「良いのですか? 宰相殿。彼女は……」

「聴取を行いたいが、それは回復してからだ。どうでしょうか、殿下」

「うん。ショルス、エミリアナが回復したら、報せてくれるかな?」

「はい! 心より感謝致します」


 そうして王都へと戻り――


 

「まんまと騙されてしまいました」


 王宮にあるクロードの私室(ドアノブは新しくなっていた)に招かれた、アレクサンドラとラウリ。


 アレクサンドラは、『全能の目』をもってしてもクロードの本心を見抜けなかったことを、悔しがっている。


「はは。今はもう騙せないよ?」

 

 だがクロードは、そう微笑みながら、優雅にお茶を飲む。

 

「それは一体どういう意味でしょうか?」

「だって、本物を知っちゃったから。でしょ?」

「は!?」

「んごふ」

 

 目を見開くアレクサンドラと、びっくりしすぎてお茶を吹いたラウリ。

 

「あーもう、ほら、これで拭いて……」


 クロードは気安くハンカチーフを差し出し、それを受け取るラウリを悪戯っぽく見た後で、アレクサンドラに向き直る。


「ラウリってさ、たくさんの女性に言い寄られているのに、アレックスしか目に入っていないの。すごいよね」

「……は?」

「っんごほげほっ、で、殿下!」

「冴えない見た目を魔法で一生懸命作ってるけど、無駄無駄。所作が全然違うもん。魔力の無駄使いでしかない。もうやめたらどう?」

「いやー、そのー、ほらー、あー……」

「もっと言い寄られて、めんどくさい?」

「うんともなんとも言えないご発言は、やめていただきたい!」


 うおっほん! とラウリはひと際大きな咳ばらいをしたが――


「ふふ。ヤキモチ焼くアレックスも、見てみたいし」

 めげない王子の発言で、ラウリは思わず期待を込めてアレクサンドラを振り返るも

「なんで私が」

「え、違うの?」

「違います」

 一瞬で振られて、死にそうになった。

 べそべそしながら、膝に散ったお茶のしずくをトントンとハンカチで叩いている。


「ふーん。じゃあ、いい縁談があるんだけど。ラウリに」

「んは? はい!?」

「海の向こうの国の王女が年頃らしくって。婿を探していてね~」

「殿下!? お断りしますよ!」

「なんで? たった今振られたよね?」

「ふぐう。……あー、なるほど分かりました、分かりました。はああ。フローラ嬢に見向きもされない八つ当たりですね。なるほどなるほど」

「げっ」


 今度はクロードの旗色が悪くなる。


「フローラ嬢、アレックスに夢中ですもんねえ。婚約者だというのに、一体何日会ってないんです? ああまったく情けない」

「うぐぐぐぐぐ」

「学院をお休みされたというのに、お見舞いすら」

「ああああああ! もう!」

「ということは、殿下は、フローラ嬢を?」


 アレクサンドラの問いにビキッと固まるクロードの代わりに、ラウリが返事をする。

 

「うん。幼い頃からずーっと好きらしい。全然通じてないけどねー。だから俺はてっきり、エミリアナ嬢に鞍替えしたのかと思ったのさ」


 ごは、とクロードが胸を押さえた。


「ああ……確かに特別なお心は視えなかっ……、あ」

 

 さすがにしまった、と思ったアレクサンドラはだが、遅かった。

 

「あああああああ!!!!」


 護衛であるにも関わらず、第一王子に致命傷を負わせてしまった。一瞬で死にていである。

 それを見て珍しく慌てたアレクサンドラは、

 

「あー、いえほら、その、欠席のことも何も聞かされてなかったと」

「手紙出したよ!?」

「幼いころからの、お家同士の約束事、と思ってらっしゃって」

「ちゃんと、好きだって言ったよ!?」

「あー、えー……と、ですねー、そのー」


 墓穴を掘りまくって、密かにまたラウリの腹筋が死にそうになり。

 

 いよいよ第一王子が、ソファにぐったりと突っ伏してしまった。

 気品も何もない、めそめそ男子に成り下がっている。

 

「ぶふほ、ごっほん。アレックス。さすがにもうやめとけ」

「すまん……」

「もーーーーわかってるよおおおお! でも、婚約者だもんんんん!」


 

 アレクサンドラとラウリは思わず顔を見合わせ、同時に『めんどくさ!』と思ってしまい――


「ふ」

「はは!」


 笑いあった。


「あーなんだよー! やっぱり愛し合って……」

「!」

「ません」


 即座に否定するアレクサンドラに

「俺、何回振られるんだ……?」

「何回でもだ」

「てことは、何回でも愛してるって言っていいんだな?」

「ほざけ」

「ほざく!」

 玉砕するも、満更でもないラウリだった。

 


 

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 お読み頂き、ありがとうございました!

 

 本日の一殺:クロード(言葉でめった刺し)

 理由:フローラ嬢に、本気で惚れているとは知らなかったから

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