12 魂の拠り所(よりどころ)

 ※苦しい描写となります。苦手な方はご注意ください。



 ◇ ◇ ◇


 


 極稀ごくまれに存在するという『前世の記憶を持つ者』は、何人か記録が残っている。

 皆が皆、「違う世界から生まれ変わった」と発言するらしい。


 その記録は王家が所有し、限られた人間しか見ることができない。


 ジリー男爵は、娘が小さいころ呟いた独り言を、王家に近しい者へ何気なく相談した。

 すると、


「転生者の可能性がある! であれば、特殊スキルを持っているはずだ!」


 と言われた。


 だが家庭教師をつけて魔法教育を施しても、剣術を教えようとしても、何も変わらない。

 ジリー男爵は焦った。

 この特別な存在があれば、どんなに贅沢をしようと大丈夫なはず――そんな浅はかな考えで、潤沢でない資産を使いまくってしまったからだ。


「お前が! お前がちゃんとスキルを持っていれば!」


 娘を部屋に軟禁し、水も食事もろくに与えず、お前が悪い、お前のせいだと言い続けたならば。

 ある日の朝、黒髪黒目の娘が、薄桃色のふわふわの髪の毛と翠の瞳を持つ、キラキラとしたレディとなった。

 

「!?」

「お父様! 寂しかったですわ!」

「おおおお……」


 そのレディは、未来にこんなことが起こる、と告げて、微笑む。

 それらの予知は、全て当たった。そしてある日のこと、素晴らしい予言が舞い降りた。

 

「第一王子の、婚約者になる、だと!!」


 ところが、部屋から出したり満足した食事を与えると、消えてしまう。

 どうやら二人で一対であるものの、の意思でもって制御できているわけではないらしい。

 共通しているのは、命の危険や精神が追いつめられると、現れるということだけだった。

 なるほど『本体を限界まで追い込み続ければ良い』のか、と悟ったジリー男爵が、これまでに行ってきたことから――アレクサンドラは、目を反らした。

 

 


 ◇ ◇ ◇


 


 押し寄せる魔力の波の中で、アレクサンドラは一言

「非道」

 と呟く。その言は、ラウリの耳には届かないが、彼女の背中が泣いていることだけは、分かった。


「予言を、得るためだ!」


 床に尻餅をついたまま、ジリー男爵は唾液をまき散らしながら、叫ぶ。

 

「我が娘の特殊スキルを発動させて、何が悪い!」

 


 ――嗚呼、殺したい。こんなやつ、首を掻っ切れば一瞬だ。



「エミリアナ」

 

 だが、優しい声でアレクサンドラはを呼ぶ。


「貴女は、どうしたい?」

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙! クロード様のぉ、婚約者にぃ!」

 

 本体と、ヒロイン。二人の声が重なる。

 

「違う。貴女の本心だ」

「あーたしのおおおおお、本心はああああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙殺したい! ころ、殺したい!」



 くわ! と見開いたヒロインの翠の目からほとばしる、黒い涙。

 生まれた魔力が、黒い霧状になってジリー男爵の体に巻き付いていく。げぎゃ、ごは、助けて、と叫ぶも、全員が当然のごとく無視をする。

 

 

「げえむ、みたいに! きらきら! していたかった!!」


 アレクサンドラは、ゲーム? と疑問に思ったが、彼女の発言をそのまま受け止めた。


「み、んなに! 愛されて! 愛されて! 最後に、おうじさまと、幸せになるのよおおおおおおお!!!!」


 それを聞いた王子のクロードが、苦渋の表情を浮かべている。

 痛々しいエミリアナの発言は、理解できなくとも寄り添うことはできるからだ。

 

「それが、君の、幸せか?」


 ラウリの背後で、静かに聞く。


「私の本当の心が、君に無くとも?」

 


 ――なるほど、さすが殿下だ、とアレクサンドラはやはり全てを悟る。

 

 『全能の目』に対してすら、まんまとと見せかけた。盲目で、楽しそうだったのは。


 

 クロードが、右手の手のひらを上にして、ラウリ越しに前へとゆっくり差し伸べる。

 ぼう、とゆらめく赤い美しい炎が、現れた。


「ほらごらん、これが私たちの『恋』だったものだよ」

 

 偽りの、恋の炎。

 クロードがもっとも得意とする火魔法で作り上げたのは、強い感情の炎に過ぎない。


「ドッペルゲンガーとまではいかないけどね。蜃気楼は、得意なんだ」

「え……うそ? うそだった……?」

「そうだよエミリアナ。偽りの姿に恋をするのは、偽りだ」



 ヒロインの両眼ににじむのは、絶望。



「ちが、そんなの、ない! シナリオに、ない!」

「目を覚ませ、エミリアナ!」


 アレクサンドラは、怒鳴る。


「おまえは! ここで、生きている!」

「おとーさん! おかーさん! かえりたいよおおおおおおおお」

「っ!!」

「もう、げーむ、やめるから! いいこに、なるがらああああああああ」

「ぐっ」


 アレクサンドラは、エミリアナの前世の記憶に巻き込まれる。

 普通の女子高生が「いい加減、勉強しなさい!」と母親にこっぴどく叱られて、腹いせに家を飛び出して――事故に遭う。

 そんな壊れた日常が全て思い出されてしまったなら、彼女の心は修復不可能なぐらいに壊れてしまうだろう。

 

 黒い涙を流すヒロインは、さらなる黒霧の暴風を足元に巻き起こし、全員を巻き込もうとしていた。


「ちっ」


 殺すのは一瞬だ。だがアレクサンドラは――


「おまえの! 本当の愛はどこだ!」

「!?」

「私には、視えているぞ! おまえは、人を愛せる! 違うか!」


 愛剣を逆手に持つや、剣先ではなく柄頭をエミリアナに向け、少しずつ近づいていく。

 腕で視界をかばいながら、一歩、また一歩。


「アレックス!」


 思わず叫ぶラウリの声を背負い、アレクサンドラは微笑む。


「ほら。見えるだろう?」


 大きく息を吸ってから腕と剣を下ろし、無防備になったアレクサンドラは、カッと両眼を見開いた。


「思い出せ。エミリアナの、魂の拠り所を」



 ――ぶわ!

 


 黒霧が一層質量を増したと思うと、はらはらと黒い羽根となって散っていく。


 やがて現れるのは、放心した骨と皮のような、黒髪の少女。

 腕にすら肉がなく、瘦せすぎて今にも倒れそうだが、その表情は生き生きとして虚空を見つめていた。

 


 ――静かに祈る、長いプラチナブロンドの美麗な横顔が、やがてこちらをゆっくりと見つめてくれる。

 そのうるんだ黒い瞳に映るのは……同じく黒い瞳の。

 

 

「ああ……ショルス様……」

 

 

 黒い涙が、徐々にその色を失っていく。



 クラスルームの片隅。

 ふたりで、ともに床に膝を突いて、祈るのが好きだった。

 

 他愛もない祈りだ。

 

 明日も、晴れますように。

 明日も、話せますように。

 明日も。


「エミリアナ。君の祈りは、心地よいね」


 優しく微笑む愛しい人が、そっと頬を撫でてくれるのだ。



「あああ……」

「そうだ。貴女には、その場所がある」

「うん。ショルスが、待っているよ」


 アレクサンドラに続いて、クロードが静かに語る。


「彼も、本当の君を、愛しているんだよ」


 いつの間にか、の両頬を、透明の涙が伝っていた。

 桃色のは、絵画のように微笑んで立っているが、徐々にその存在感をなくし――



「やめろお! 消えるな! 特殊スキルがあああああっ!!」



 父親の叫びに、一瞬だけ無表情でその顔を見下ろしてから、

「ごきげんよう」

 と綺麗なカーテシーをして、消えた。


 すると、床に散った黒い羽根が、一気にジリー男爵を覆っていく。


「あが、あがががっ、っっっ……」

「残念だけど、だね」


 クロードが発した言葉を合図に、エミリアナは体中から力が抜け気を失い、アレクサンドラがその身体を抱き止めた。

 ジリー男爵は、全身を黒く染めて――眼の光を失った。


「聞いていなかったようだね? 特殊スキルの使い方を誤ると、魂がなくなるんだよ」


 クロードの侮蔑の声は、もはや届いていないだろう。

 

「っはあ。無事おさまったようだな」


 ラウリが、疲労感でいっぱいの声で言い、


「ああ。還って行った」


 アレクサンドラは宙を見つめたまま――ヒロインを見送った。




 -----------------------------



 お読み頂き、ありがとうございました!

 本日の一殺:偽りの愛

 理由:本物を持っているから

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る