14 やはり、キラキラ王子は想像の斜め上を行く



 国王であるディオンは、クロードの王たる資質を見抜いていたらしく、今回の手腕についての報告をラウリから受けるや

「学院を卒業したら、立太子させる」

 と裁可を下した。


 本当の黒幕は王宮内にまだ

「決定的な証拠をつかむまでは、泳がせる」

 という方針らしい。


 それを受けてラウリは

「まあ、清濁せいだく併せ呑むのも為政者いせいしゃの宿命」

 と苦笑している。


 王太子になることが決定的になったクロードは、当然婚約者であるフローラに『王太子妃教育』のため、王宮に通うよう依頼をした。

 が――


「教育係いわくは『才媛であるからして、勉学やマナーに支障はないが、熱意もない』だって」


 クロードが、第二王子リュシアンの部屋でまた、めそめそしている。

 部屋の主であるリュシアンは、その横で黙々と勉強をしている。『賢くてかっこよくて強い』兄が台無しではなかろうか、と心配しつつ、護衛のアレクサンドラは戸口前に直立不動でいた。

 するとクロードに呼ばれたのでテーブルに近寄ったら――こうやって愚痴られる羽目になった。正直げんなりである。

 

「フローラ嬢、アレックスに夢中だもんね~」

 リュシアンが、さらさらと問題を解きながら独り言のように言う。

 アレクサンドラ本人は、そう言われてもさっぱり分からない。


「だとすると、フローラはもしかしたら、騎士が好き!?」

「はい?」

「アレクサンドラに憧れてるんだもんね!」


 クロードは、ガバリ! とソファから起き上がった。


「そうと決まれば、早速鍛錬だ!」

「……は?」


 リュシアンが

「ほんと兄上って、フローラ嬢の時だけ残念」

 と呆れて肩をすくめる。

 

「そんなことより殿下は、変に飾らず、素でいらっしゃった方が良いのでは」


 フローラの前だと、常に『聞き分けの良い王子然』をしていることが気になったアレクサンドラが言ってみるも

「ついでに、ルトガーも呼ぼう!」

 と全く耳に入っていない様子。

 

 これには、さすがに眉を寄せ

「……それは、なぜです?」

 と半ば抗議も含めて尋ねると

「アレックスと、また手合わせしたいって! フローラも呼んじゃおう!」

 キラキラした目で返答があり、

「左様ですか……」

 いっそのこと振られてみたらどうかな、と思ってしまうアレクサンドラだった。


 

 

 ◇ ◇ ◇




 騎士団の保有する訓練場は、アレクサンドラもよく通っているので馴染みが深い。


「……」


 ところが、しかめっ面で腕を組み、仁王立ちしている騎士団長令息ルトガーの姿は、違和感たっぷり。なぜか、丸刈りになっているのだ。金髪なので、キラキラと日の光を反射している。もちろん貴族の子息ならば滅多にしないその髪型に、しばし絶句したアレクサンドラ。


 クロードが屈託なく

「ねえアレックス。早速だけど、お手本を見せて欲しい。良いかな?」

 と言ってきた。

「……殿下」


 なくても分かる。

 完全に面白がっている。


「ふん! 前回は油断しただけだ! もう、女とは思わん!」


 ここにラウリが居なくて良かったが『娘に何言ってんだ、ごるぁ』というタイストの怒りが視えてしまい、アレクサンドラからは大きな溜息が漏れてしまう。

 

「……ルトガー殿」

「なんだ!」

「私を倒したら、満足か?」

「!」


 訓練場の真ん中に立つルトガーに、アレクサンドラは言を投げる。


「個にとらわれているうちは、本当の強さは手に入らないと父が良く言っている。貴方は、何になりたいのだ?」

「っ……」

 

 ルトガーが言葉に詰まっている間に、フローラがメイドとともにやって来た。クロードがやはり王子然とした様子で、それを迎えようと構え、ニコニコしている。


「アレックス姉さま!」


 だが輝かしい笑顔は、先にアレクサンドラへと向けられてしまった。

 クロードの口角がピクピクしているのが分かり、一気に気が滅入るアレクサンドラ。

 先にクロードの方へ向けて頂きたいものだ、と切に願いつつ、

「ご機嫌うるわしゅう、フローラ嬢」

 それでも丁寧に右手を胸に手を当て、左拳を腰に当ててから、頭を斜め四十五度にする――騎士礼を返す。


「はうぅ……相変わらず素敵ですぅ……」

 恍惚とした表情で言われたアレクサンドラは、さすがにその好意を面映ゆく感じ

「光栄です」

 頭を上げて笑顔を返すや、

「はあぁ! 好きッ!」

 その真っ赤になった顔を両手で覆われてしまった。


「ふ、フローラ!?」

 その横で大変に動揺する第一王子のことは見なかったことにしてきびすを返し、ざくざくとそれほど広くない訓練場の中心へと歩いていく。

 

「では早速。手合わせ致しましょう」

 とアレクサンドラが模擬剣を構えると、ルトガーは以前とは違い、きちんと正眼に構えた。基礎中の基礎だ。


 

 ――前よりは、少しだけマシだな。


 

 タイストが硬い声で、

「……はじめ!」

 と合図した瞬間、長い銀髪が宙を舞う。


 ガン!


 アレクサンドラは、素早く斬りかかってきたルトガーの剣を、強く右へと薙ぎ払った――今度はさすがに落とさない。

 だが、離れた右手をもう一度へ戻そうとしたルトガーの腕の付け根に、アレクサンドラの左肩が容赦なく突き刺さる。鋭いタックルだ。

 

「うぐ!」


 今までのルトガーなら、負けん気でもって無理に耐えようとし、バランスを崩しただろう。ところが、力を加えられた方向に逆らわず身体を回転させ、流れに乗って空中で剣を握り直し、その速度を生かす形で


「らあっ!」


 一回転する勢いのまま、袈裟斬りで反撃してきた。アレクサンドラの背中を狙う、その意図は悪くない――力の流れが、全能の目に捉えられていることを除けば。

 

 アレクサンドラは勢いを弾き返すのではなく、さらに強める方向へと剣を叩く選択をし、素早く身をひるがえす。


 ガン!

 

 横腹を弾かれたルトガーの模擬剣は、再度空を斬り、それに伴って体軸が流れ、視界からアレクサンドラが一瞬で消え――


「!?」


 遠心力に翻弄されたルトガーは、自身の現在地を失ったまま、両手両膝を再び砂地へ突くこととなった。

 

 全能の目の真骨頂だな、と父であるタイストは眉尻を下げる。自身の力を使わず、相手のものだけで


「な、なん!?」


 バッと立ち上がったルトガーは、なぜか激怒している。


「卑怯な!」


 アレクサンドラは、努めて冷静に

「卑怯、とは?」

 と尋ねるも、ルトガーは顔を真っ赤にしている。

 審判役のタイストにすら

「父親だからといって、見逃すなどと! 甘いことだな!」

 と、突っかかった。

「あぁん?」


 アレクサンドラは、とりあえずタイストとルトガーの間に、素早く身体を差し入れた。


 

 ――こいつ、死にたいのか?

 ああ、現団長から、元団長など大したことないと言われて育ったのか……タイストをキレさせたら即死、は騎士団の不文律なんだがな……



 無駄な殺生は、見たくない。

 

「今のは剣術ではない! 魔法だろう!」

「……、」


 庇われていることを知らずつっかかる騎士団長令息へ、アレクサンドラが重い口を開くよりも早く

「ルトガー!」

 と、ニコニコ笑顔で唐突に訓練場に降り立ったのは、意外にもクロードだ。

 

「……なんだ、邪魔するな」


 王子だが幼馴染でもあるからして、その口調はクラスメイトのそれだ。

 

「今のが魔法、というのに異議ありだ」

「あ?」

「ふむ……私の剣の実力は、だ。だから試しに、私の魔法剣と勝負してみないか?」

「なんのため……」

「魔法がどういうものかを、知るべきだからだよ。騎士団長を目指すなら尚更。いいね」


 有無を言わさず、クロードは中央へ向かう。アレクサンドラが使っていた、模擬剣を受け取りながら。


「この模擬剣が不正と言われたら嫌だから。交換」

「……」


 アレクサンドラは、クロードが完全に怒っているために黙って引き、タイストもそれにならう。

 先の隣国との戦争で、この王国の魔法使いがどれだけ助けになり、かつ犠牲になったか――王子としてのその純然たる怒りに、感動を覚えたからだ。


「私に負けたら、なんの罰にしようか……丸刈りには、しちゃってるし……あ、アレクサンドラへの弟子入りでどう?」

「「は!?」」

「うん、そうしよー。良いね?」

「ふん! お前に負けるわけないだろ!」


 アレクサンドラは、タイストにぽんぼんと肩を叩かれたので、色々あきらめることにした。



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 お読み頂き、ありがとうございました!

 

 本日の一殺:クロードの恋愛フラグ(ぽっきり撲殺)

 理由:王子面している人のことは、たぶん好みじゃないですよ。byアレクサンドラ


 ちなみに、ルトガーは「学院で女騎士に負けただとう!!」と激怒した騎士団長(クロードに脅迫されてご機嫌斜め中)に、丸刈りにされました。もちろんルトガー、女子に全然モテません。

 

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