3 宰相が、腹黒なのは間違いない



「殿下。この宰相めにお心の内をお聞かせくださいませんか。秘密は厳守いたしますゆえ」

「誓って、ラウリとともに解決に導くことを、お約束する」


 アレクサンドラがかしこまって騎士礼をすると、クロードが降参とばかりに、両手を挙げた。


「分かったよ……はあ~実はね……」


 大袈裟にうなだれる第一王子は、自室のソファに脱力しながら腰を落とす。

「あああ~言いづらいなあ~」

 がくりとこうべを垂れ、自身の膝の上に肘を乗せて手を組む姿は、完全に『敗者』だな、とアレクサンドラは思ったが口には出さない。


「あー。お待ちを殿下」


 ラウリが壊れた扉をぴたりと閉めてみるも、きぃ、と開いてしまう。ドアノブがないので密室にならない。


「誰かに聞かれても面倒です。どうでしょう、散歩がてら中庭に出てみるというのは」

「え」

「長いことお部屋にこもっていらしたでしょう? 外の空気を吸うと、いい気分転換になります。幸い本日は大変良いお天気ですよ」

「ラウリ……」

「アレックスがついておれば、護衛も問題ないかと」

「うん、そうだね……そうしよう」


 クロードは、意識して肩に力を入れた様子ですくっと立ち上がった。

 アレクサンドラは、ラウリの気遣いに感嘆する。

 頭がよく辣腕で知られるだけでなく、人間味のあるところが、不思議なギャップだと思うからだ。


「今朝少し歩いたのですけどね。ライラックとポピーが綺麗だったのですよ。是非お見せしたい」

 

 ましてや、宰相が花をでるなどと。


「ふは。宰相なのに花に詳しいのか」

「何をおっしゃいます殿下。女性を口説くための、紳士のたしなみですよ」

「……そう、か……うわあ、暖かいな!」


 午後の日差しは少し強いくらいだ。

 もうすぐ暑さがやってくる――季節の移り替わりも前世のようだ、とアレクサンドラは周囲に目を配る。

 王宮の中庭はさまざまな花壇、ガゼボ、噴水やベンチがしつらえてあり、人が隠れるのも容易い。

 

「……問題ありません。どうぞお進みください」

「ありがとう、アレックス」

「花もですが、季節のハーブティーもおすすめでしてね」

「ラウリ……まさかお茶も」

「ええ。紳士の嗜みですよ殿下」

「はは。さぞ引く手数多あまたなのだろうなあ」

「残念ながら、誘っても振られてばかりです。生かす機会がございません」


 ――こっちを見るな!


 アレクサンドラの抗議の視線を

「ままならないものですよ」

 と軽口でスルーする方が何枚も上手だな、とそっと溜息をつく。


 王宮で働く、身元のしっかりしたメイドたちの外見は、もちろん全員分把握しているアレクサンドラ。

 さきほど自室へサンドイッチを持ってきてくれたメイドと同じだと分かり、目礼をすると、ぽっと赤らんだ顔でお辞儀をされた。


「相変わらずの、無自覚人たらしだな」

 ラウリが苦笑し、クロードがテーブルに着くと

「念のためお毒見させていただく。失礼を」

 アレクサンドラは、用心深くティーセットに視線を走らせた。


 ので不要であるものの――毒や悪意は最も強いモノとして認識できる――フリも大事なことだ、と陶器のカップに鼻を寄せ、わずかに毒見用に淹れられたお茶を舐める。空のカップもすべて確かめてから、ようやくメイドにお茶を注ぐよう指示をする。

 

「ありがとう。下がっていいよ」


 クロードの言葉で、メイドが去っていく。

 

 湯気とともに立った華やかな香りが、風に乗ってあっという間に運ばれてしまうのが惜しいな、とアレクサンドラは思わず風を目で追って――再びラウリと目が合った。

 にこり、と微笑まれた優しいその表情に、少し胸が鳴るのは暑いせいか。


「アレックスも座ったらどうだ?」

 ラウリが椅子を進めるも、

「それでは護衛になりませんゆえ」

 アレクサンドラは当然断る。

「残念だな。じゃああとで一緒にお茶をしよう」

「……承知した」


 ラウリは、その申し出を断られると思っていたらしい。珍しく息を呑んで、それから軽く咳ばらいをしてクロードに向き直った。

 

「では早速ですが、殿下。話しづらいと仰られましたが」

「ああうん。さすがラウリの策略だな。外に出て日の光を浴びたら、なんだか心がほどけたようだ」


 ハーブティーの香りを楽しみながら、何度かこくこくと飲み下し、優雅にカップを置く王子の仕草は、やはり洗練されている。


「僕には、幼い時からの婚約者がいるだろう?」

「ええ」


 学院創始者であり、代々学院長を務めてきたエッジワース侯爵家。その息女であるフローラ・エッジワースが、クロードの婚約者である。学院の同級生で、成績も優秀。ただし大人しい性格と控えめな見た目で、影が薄いと揶揄やゆされているのは、アレクサンドラの耳にも入っている。


「けれども……っ、僕は……僕は、フローラじゃない人を、好きになってしまった! もちろん、許されないことだとは分かっている! だがっ」

「っ……な、なるほど」


 かろうじて返事をしたラウリに対し、アレクサンドラは思わずカッとなりそうになり、慌てて唇を噛み締めた。

 

 ――そんなことで四日も引きこもったのか? 王子を心配して一体どれだけの人員が動かされたと! 近衛の中には、心配のあまり寝ずの番を買って出た者もいるというのに。それだけ、狂わされるものか? ……殿下の周りが、赤く燃えている。恋心はこうも熱く燃えるものなのか。だとすると致し方がないのか。私には、分からない――


 力の入った拳を、意識してゆるめ、深呼吸をしつつも深く視ようと努力をする。

 その一方でラウリはさすがはらを見せず、飄々ひょうひょうと会話を続けていた。


「殿下。詳しくお聞かせ願えますか? 恋というものは、突然やってくる嵐のようなもの。さぞやお辛いことでしょう」

「ラウリ! わかってくれるのか!」

「ええ、もちろんですとも。このわたくしめも、毎日毎日翻弄されて苦しいのです」

「ラウリほどの大人でもそうなのか!」

「本当に、ままならないものですよ」


 ずきり、と少し胸が痛んだことに気づかないフリをするアレクサンドラは、二人のやり取りを見ながら周囲への警戒も怠らない。

 これは、本当に二人で対処すべき案件だと確信したからだ。王族のスキャンダルほど、貴族たちの格好の餌食えじきになるものを彼女は知らない。その餌が呼ぶのは、好機か悪意か――後者の方が圧倒的に多いだろう。


「とはいえ殿下は、第一王子であらせられる。婚約者のフローラ嬢のことはさておいても……おいちゃいけませんけどね。お相手方の身上調査は、宰相としてさせて頂きたい。そちらについては、ご了承いただけますか?」

「うん。そうだな。それはその通りだ。その……学院の同じ学年にいる、エミリアナ・ジリー男爵令嬢というのだ」

「エミリアナ・ジリー男爵令嬢」

「そうだ。薄い桃色の、ふわふわの髪ときらめく宝石のような翠の瞳でな。たいそう華奢で気が弱く、可憐な乙女なのだが」


 はっきり言って『薄い桃』までしか聞いていないアレクサンドラは、ラウリの動向だけを注視している。


「ふうむ。ジリー男爵家とは覚えがございませんねえ」


 そのラウリも、顎に拳を当てつつ、首を傾げた。

 

「小さな家なのだそうだ。しかも家業がうまくいかなくて、多額の借金で苦しんでいるらしい」

「……そうなのですか」

「毎日自分にできることはなにかないのか、と思い悩んでいる様子が……また可憐でな」


 

 ――それが本当なら、自主退学して、家に帰って手伝えよ。学院の授業料高いぞ? とか言ってはダメなのだろうなあ、やはり。


 

「あー……それはまたお辛い状況ですねえ」

 ラウリが、目でアレクサンドラの行動を制す。我慢して正解だったらしい。

 

「そうだろう、そうだろう! 僕はこの国の王子として、なんとか彼女を助けてやりたいのだ!」


 

 ――ほだされた、というよりだまされているのか……恋というものは、それほどまでに盲目になれるものなのか。どうあれ、殿下の『恋の炎』は盛り上がっているし、楽しそうだ。なんとかこのお気持ちのまま、穏便に解決せねばなるまいな。



「なるほど。それについてはこの宰相めに、全面的にお任せいただくのでいかがでしょう? 殿下は、学院で彼女をお慰めすることにご注力いただくとして」

「よいのか、ラウリ!」

「殿下のためですから。ただし、誰にも何も言ってはいけませんよ……私の動きは、少々影の者も動かしますからね。お口が軽いとうまくいかないこともあるやも……」

「絶対に口外しない。彼女を守るためだ」

「英断にございます、殿下。このラウリもアレクサンドラも、このことは決して口外しないことを誓います」

「ありがとう。よろしく頼む!」

 


 巡回の近衛騎士を呼び寄せ、第一王子の部屋までの護衛を託すと、クロードは輝くような笑顔で立ち去って行った。それを、並んで見送る二人の複雑な胸中は、恐らく同じ。

 何の問題解決もしていないのに、まるで憂いが晴れたかのような顔が、羨ましくもあるアレクサンドラは


「さあて、早速お茶をしようか、アレックス」


 楽しそうに振り返る宰相を見るや、眉間にしわを寄せた。

 

「おいラウリ。なぜワクワクしているんだ」

「なぜって、陰謀の香りだろう? かぐわしいな」

「はああああ……」


 とりあえずアレクサンドラは、飛び道具として脚に何本か忍ばせている小さなナイフを一本、茂みに向かって無造作に放つ。

 

 きゅっ! と短い悲鳴がしたと思うと……ネズミが走って逃げ、近くのピンク色のポピーが二本、斬殺されていた。


「用心深いな。妙な気配はなかったぞ」

「……念の為だ」


 自分と同じように、小動物の気配すら察知する宰相には、逆らわない方が賢明だろう――アレクサンドラは、諦めて席に着く。

 ラウリはポピーを拾い上げて香りをかいだかと思うと、恭しく膝を突き、アレクサンドラに捧げた。

 

 ――それが、ラウリからもらった初めての花になった。



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 お読み頂き、ありがとうございました!


 本日の一殺:ポピー(斬殺)

 理由:恋だと!? アホか! の八つ当たり


 ピンク色のポピー。

 花言葉は「恋の予感」「いたわり」「思いやり」です。

 キザだなあ、ラウリ……

 

 

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