第3話

「すみませーん、遅れちゃいました」

「やっと来たか。どこで油打ってたんだよお前」

「別に何もしてないですよ。ただ、急に腹痛がきて、トイレに行ってただけです」

「...そうか、もう大丈夫なのか?」

「はい。あ、先輩これ買ってきました」


雛の手元を見ると、さっき俺が強奪された水(新品)があった。


「ああ、サンキュー。まあ、もうあるんだけどな」

「あれ!?なんでですか?」

「あまりにもお前が遅いもんだから、待つのも面倒いし、自分で買ってきたんだよ」

「あー、そうでしたか。あ、じゃあこの水どうしよう」

「貰うよ。ありがとな」

「いえいえ」

「まあそもそも、お前が俺の水飲まなければ、余計に水買いに行く必要無かったんだけどな?」


水云々の1悶着が終わり、俺と雛は自分の稽古に勤しむ。

部長は「時間があれば立ち稽古」と言っていたが、基本的にそこまで進むことは無い。ただ、準備に取り掛かる時間が早くて損は無いため、部長はあえてそう言うのだ。


1時間後


「よし、今日はここまで。明日は部活は休みだが、自主練はしとけよー」


結局、立ち稽古を行う前に部活が終わった。といっても、うちの部活にとってはいつものことなのでなんの疑問もない。


「さて、部活も終わりましたし、帰りましょう先輩」

「はいはい」


俺の腕を引っ張りながら、雛は教室をでようとする。


「お疲れ様です部長。またな、進藤」

「おーう、お疲れー」

「うん、お疲れ」


いつも通りの終わりの挨拶を済ませ、雛と共に部室を出た。


「よし、じゃあまたな雛」

「はい。またです。先輩」


あれ?一緒に帰らないの?という疑問を抱く者もいるかも知れないが、思い出して欲しい。

雛は、「罵倒の天才」として、うちの学校で知られている。

しかもモテる。

そんな奴が知らん男と一緒に帰ってる様を、誰かに目撃されたら?

それはそれは、芸能人のスキャンダルのごとく、次の日には大きく学校でネタが回ることになるだろう。

それだけは死んでも嫌だ。

ただでさえ友達少ないのに、これ以上友達増やすチャンスを逃してなるものか。

まあ作ろうともしてないんだけどさ。

まあつまりは、基本俺と雛は、部室を出たらそこで別れ、別々に帰ることにしている。

先に雛が帰り、俺は10分後に帰る。

そうすることで、間違っても鉢合わせないようにしているのだ。



いつも通り、雛が先に帰り、俺は10分後に学校を出た。

外では、野球部やサッカー部などの運動部の声が校庭中に響き渡っている。その声の背景に、吹奏楽部の耳心地のよい演奏が耳の鼓膜を刺激する。


「いやー、青春だねえ」


と、いかにも自分がそれをする事を諦めたかのような声色で呟き、校門まで向かった。


帰り道、俺はとある本屋に立ち寄った。

俺はこう見えて、結構な読書家なのだ。といっても、ライトノベル限定なのだが。


「あ、これ新作出てたのか...まあ、大丈夫だろう」


学生の身分で、少し懐事情が心配だったが財布を確認したところ、購入する余裕はあると判断した。そんな時、


「...あれ?先輩?」


後ろから声をかけられ振り帰ってみると、先に帰ったはずの雛がそこにいた。


「.....お前、こんなところでなにやってんの」

「それはこっちのセリフですよ。ん?あー、またいつものラノベですか?先輩ほんと飽きませんよねえ」


雛は少しニヤニヤしながら、俺の手元にあるラノベを見た。


「飽きるもんか。ラノベは俺の心を満たしてくれる。いわば、唯一癒し、さらに言えば唯一のオアシスなんだぞ」

「唯一って、先輩には、もう癒しは事足りてるじゃないですか?」

「?どういう意味だよ」

「私っていう可愛い後輩がいて、そんな後輩は先輩に癒しを与えていないというのですか?」

「当たり前だろ」

「即答しないでくださいよ。まあ、先輩はそれでいつも通りですけど」

「あ、それよりまずくないか?」

「?何がです?」

「俺とお前が一緒にいるとこ見られたら、大変なことになるだろ」

「んー、それについてなんですけど、私に考えがありまして」

「まじか、どんな?」


雛に何か考えがあり、それが俺の生活を脅かさないとてもよい提案だとしたら、俺はのってやろう。そう考えていたが、


「もういっその事、見られてもいいんじゃないですか?で、誤解させちゃいましょう。私と先輩は、付き合ってるって」

「ふざけんな」

「ちょっ...せ、先輩、顔怖いですよー?」

「なあ、雛?」

「は、はい?」

「俺が、あんまり学校では目立ちたくないの知ってるよなあ?」

「え、ええ。で、でも、演劇やってるのに目立ちたくないっておかしくありませ「んなことはどうでもいいんだよ」

「ああ...はい」


俯いて、シュンというSEが聞こえてきそうなほど落ち込む雛。

まずい、少しやり過ぎたか?


「なあ、雛。もう少しマシな提案ないのか?」

「......だって」

「だって?」

「......そうすれば...先輩と学校でも、部活以外でも一緒に居られるじゃないですか...」

「なっ!?」


ああ、まずい。顔が茹で上がる。

やめてくれ、そんな上目遣いでこっちを見ないでくれ。俺が直視出来ん。


「ごっ...ごほんっ、あのな、お前、いつも思ってるんだが、そういうことを簡単に言うの辞めてくれ...心臓に悪い...」

「ってことは先輩。私の事可愛いって思ってるってことですよね?それで照れちゃってるんですよね?」

「ぐっ...」


この野郎、さっきまでのシュン顔が嘘みてえにもう笑顔が返り咲いてやがる。

しかも、人の痛いところを的確についてきもしやがる。


「お、俺はもう帰るっ。じゃあな!」


どう対応すればいいのか分からなくなった俺は、最終的にヘタレの奥義。逃げるを選択した。


「はい、また明日〜」


雛がこっちにむけて手をひらひらとしながら、俺を見送る。

全く、あいつは自分が美少女である自覚を持てよ...あ、自覚してんのか。



雛目線



「えーっと、確かこれでしたよね」

先輩が帰った数分後、私はさっき先輩が買っていたラノベに手を伸ばした。


「好きな人の好きな物を知る。これも、大事なことですよね」


そう、私は先輩が好きだ。だからこそ、先輩の前では可愛く思われたい。いつでも。

でも、友達の前ではそんな事はできなくて、先輩に飛びつきたい想いを必死に抑えて、必死に抑えた結果、ああやって罵倒しちゃうんですよね...

もちろん、そんな事じゃ可愛いく思われるなんてことは夢のまた夢なのはわかっています。

でも...先輩は優しいから、私の事を悪く思うことはない。

そんな先輩の優しさに、私は甘えてしまっているのかもしれません。


だからこそ...


「よしっ!まずは行動。とにかく、先輩に私を意識させましょう」


部活などでは結構行動していますが、先輩にはそんな気がまるでない。

たまに赤くなることはありますけど、それはただ女の子慣れしてないからこそくるもの。


両手で頬を引っぱたいて、気持ちを入れて。


私は先輩の好きなライトノベルを片手にレジに向かった。

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