第2話
「じゃあまずは本読みからだ。一先ず最初は、台本を一通り読もうか。おーい役者共ー、準備いいかー?」
「大丈夫です」
「問題ないです」
「うん」
「本読み」というのは、まあ簡単に言えば台本の読み合わせだ。台本の内容理解を役者裏方全員で共有するために、台本を見ながら各自のセリフを読む。
「よし、それじゃあ始めるぞー。3...2......「パンっ」」
部長の合図と共に、本読み稽古が始まった。
今回使う台本は、部長が脚本、演出の「vendetta」という作品だ。登場人物は3人。ソルド、リアス、ネイス。それぞれ、俺、雛、進藤が演じる。作品の内容としては、
冒頭は、2人ががっぽりと盗みに成功したところから始まる。ソルドは今までに多くの盗みを成功させており、もう盗める場所がないほどになっていた。自分たちに盗めない物はない。そう考えたソルドに、リアスがある1つの提案をする。それは、とある秘密組織の本拠地。ここは警備がとても厳重で、入った者は二度と戻ってこれない。しかし中には、この世で最も価値ある物が眠っているという噂である。そのため、盗みに入る者が後を絶たない。この場所の辺りには、今まで盗みに入った「人間だったもの」達がごろごろ転がっているという噂もある。ここに行かないかという提案を受け、ソルドは好奇心が湧き、盗みに入る事を決意。ある程度準備を済ませ、数日後に出発。その基地に着いたものの、辺りに「人間だったもの」達は転がっていない。しかも、易々と侵入することができた。「噂は当てにならねえな」と思ったソルドだが、とある部屋に入った瞬間、生きた人間がそこにいるのを確認する。その人間が振り返ると、突如、部屋の出入口が全て施錠され、中からは開けられないようになった。ソルド達は部屋に閉じ込められ、やむなくその人間を殺そうとした瞬間、後ろから、パァンと乾いた音と共に、ソルドは自身の肩から血が流れている事に気がついた。実はこの銃を打ったのは、他でもない。リアスだった。リアスは、ソルドを殺すためにこの場所へ来るよう仕向けた。全ては、今目の前にいるリアスの母の命令によって。ソルドは困惑した。裏切り行為なのは認識しているが、なぜリアスがそれをしたのかが理解できていなかった。リアスの母は自分をネイスと名乗り、この行為についてソルドに説明する。なぜソルドを殺そうとしたのか。理由は、ソルドの母に自分の愛した男を奪われたからである。ネイスはソルドの母が憎くて憎くて仕方がなかった。しかも自分の愛した男はもうこの世にいない。そこで、ソルドの母を殺し、そしてその血を引くソルドを殺すことで、自分の気持ちに決着をつけようとしていた。リアスは昔から洗脳教育を受けていた。銃の扱い。人間の急所。全てにおいて人間レベルを遥かに凌駕している。しかし、先の1発で、リアスはソルドの肩という、急所でもなんでもないところを撃った。なぜなら、リアスはソルドを殺したくなかったから。ソルドと組んで、リアスはソルドを殺すことだけを考えていたが、同時に、ソルドの人間性に触れ、ネイスからの教育で得られなかった理性を得た。これは、子供の成長という物の偉大さを考えていなかったネイスの失敗である。ネイスはソルドを早く殺すよう催促させる。しかし、手が震え、目に涙を浮かべているリアスは、引き金を引くことができない。それを見兼ねたネイスは、自身の銃の引き金を引いた。狙ったのは...リアス。自分の娘を殺すために引いたのだ。ネイスはその後姿を消し、リアスはソルドに別れの言葉を遺し、息を引き取った。そんなリアスの思いを受け取り、ソルドは盗みを辞め、自分の人生を、母の、そしてリアスの仇であるネイスを殺すことに費やすことを誓う。
といったところだ。
「vendetta」とは、イタリア語で「復讐」という意味だ。俺は正直、こういった復讐劇は大好きなのだ。他人が演じているそれはとてもかっこよくみえるし、なにより1番、自分がゾーンに入りやすい。役者には、やはり得意不得意があるだろうが、俺はこれが大得意だ。
「(パンッ)よし、そこまで」
部長の始まりと同じ合図で、本読みが終了。
「とまあ、こんな感じだ。どうだ、できそうか」
「大丈夫です」
「問題ないです」
「うん」
「よし、まあ一先ず休憩だ。休憩が終わったら、各自自分のペースでいいから、ソルドとリアスが敵基地に向かうまでの演技プランを考えてくれ。もし早く終わりそうなら、今日早速立ち稽古も始める。あと、セリフも覚えてくれるとありがたい」
「立ち稽古」とは、本読みが終わったあと、実際に立って、動きながら演技をする稽古だ。この段階で、本番にどのような演技をするのかが殆ど決まる。演劇を作る上で、特に大事な部分の1つと言っても過言ではない。
「「「了解です」」」
3人が一斉に休憩に入る。やはりセリフを読むというだけでも、喉は乾くものだ。
よいしょと俺は自身の鞄を漁り、水を取ろうとするが......
「...ねえな」
鞄の中に水がない。おかしい。水を買ったのは今日の昼休み。教室にでも置いてきたか?と思ったが、その考えは杞憂だった。なぜなら......まあ、ある程度予想はつくだろう。
「んっ...んっ...はぁ」
雛が後ろで俺の水を飲んでやがる。
「あ、先輩、頂いてます」
「おい、頂いてますじゃねえよ。それ俺の水なんだが?」
「?ええ、分かってますよ」
なんでわかった上で他人の水飲んでんだよ。
「まあまあそんな怒らないでくださいよ」
「別に怒ってねえよ...」
てかこいつ、しっかり口付けて飲んでやがる。
なんだ?こいつ的には、その...アレとか気にならんのか?
「あ、先輩いま、関節キスとか考えてますか?って...ふふふっ、聞くまでも無いですね。先輩耳が真っ赤です」
「っ!?」
指摘され、自分の耳が熱くなっている事に気付く。全く、こいつ自分が美少女であることにもっと自覚を...いや、あるのか。
「でも先輩。これだけは言わせてください」
「?なんだよ」
そう言いながら、雛は自分の顔を新汰のそれに近づける。
「『どんな形であっても』私からキスをするのは世界中で先輩にだけ、です」
「っ!」
そんな事を小声で言われ、さらに顔が熱くなるのが分かる。
そりゃそうだろう。学園でも有名な美少女にこうして迫られているのだ。健全な男子なら全員茹で上がるだろう。
「っ、...ごほんっ。とりあえずどーすんだよ。もう水入ってねえじゃねえか」
「そんなピリピリしないでください。私が買ってきますから。えーと、同じのでいいですよね?」
「...早くしてくれよな」
「了解です。それじゃ行ってきます」
一先ずこれで水確保...俺の乾き果てた喉にオアシスが注がれる...
と思っていた頃が懐かしいです
数十分後
「......おせえ」
もうとっくに休憩も終わり、各々が自己の稽古に勤しんでいる中、俺は淡々と呟いた。
まだ雛が水を買いに行ってから戻ってきていないのだ。
ここから自販機までは片道2分ほど、十分休憩中に行って帰ってこれる場所なのだが。
「ったく、しょうがねえな」
「おい十条、どこ行くんだ?」
「雛が俺の水をかっさらっていったんで、説教ついでにカツアゲしてきます」
「あー、まあ、なんだ。早く帰ってこいよ」
「はい」
そう部長に告げ、部室を後にする。
俺は自販機のある場所に向かったが、そこに雛の姿はない。
「あいつどこ行ったんだよ......」
そう考えていると
「...です......さい!」
という声が外から聞こえてきた。
「?外に誰かいるな」
中庭に面した窓から覗いてみると、そこに2人の生徒がいるのが分かった。しかも...
「なんか喋ってるっぽいが...ん?あれ、雛か?」
雛と、もう1人男子生徒が一緒にいるように見える。
「あー、もしかして告白ってやつか?まあ確かに雛程の容姿なら、引く手あまただろうしなあ」
実際、雛は何人にも告白されて、そして何人にも立ち直れなくなるような言葉を残して去っている。
「...まあ、一学生の大事な告白の時を邪魔するのは野暮だろうし、水買って戻るか...」
視線を中庭の2人からはずし、自販機に向かい水を購入。そして、俺はその場を後にした。
自分の想いを伝えるという苦しく難しい試練を行おうとしている少年よ、......まあ...頑張れ。
「俺っ、鷹宮さんのことが好きですっ!一目見た時から、ずっと好きでしたっ!なので、俺と付き合ってください!」
「無理ですけど」
少年は死んだ。
「ぐっ...な...なんで...ですか」
涙が零れ
そうになるのを必死に耐え、少年は必死に言葉を振り絞る。
「はあ。まず、そんな告白で素直に喜ぶ女の子がいますでしょうか。貴方の言葉を言い換えるなら、可愛いから好きだってことですよね?つまり、もし私が顔が可愛いとは言えない程であるなら、あなたは私を好きになりましたか?」
「そっ...それは...」
「遅いです。貴方の想いはその程度だったということでしょう。なので諦めてください。それに...」
「...それに...?」
「私には......好きな人がいるんです」
「ぐはっっ!」
少年はまたも死んだ。
そりゃあ、自分の好きな人が他に好きな人がいると言われて、平静を保てるだろうか、否保てない。
「というわけで、さようなら」
粉と化した少年をおいて、罵倒の女王はそこを後にする。
「はあ、どーせ告白されるなら、先輩にされたいのになー」
そう雛が呟いた時、俺はその場を既に後にしていた。
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