甘々な後輩って、どうですか?

えす

第1話

「えーっと、先輩...ですよね?正直に申しますと、そこにいられると大変邪魔なので、どいてくださいます?」


学生生活唯一の、休み時間が休み時間として作用している時、ランチタイム。またの名をお昼休み。

俺が食券機の前で、どれを食べようかと考えていたところ、一学年下の後輩、鷹宮雛がにこやかに問いかけてきた。


「ちょっと雛っ、それは言い過ぎだよっ」

「そうだよ、もしなにか勘違いされたらどうするのっ?」


おそらく鷹宮の友達であろう二人が、鷹宮をなだめる。


「大丈夫だと思いますけど。この先輩、見るからに軟弱そうですし、こんな大衆の中で、女の子を罵り、手を出す覚悟は無いでしょう。...そう、弱そうですし」


一ミリも笑顔を絶やさずそう俺を罵倒する鷹宮。


「よくもまあ、そんな悪口がすらすらと出てくるよな」

「え?今私の事かわいいって言いました?」

「言ってねえよ」


どうやらこいつの頭は耳から受けとった音を脳内で自分にとって都合のいい音に変化させてしまうらしい。全く人間の進化というものは、怖い怖い。


「邪魔なんだろ、さっさとどきますよ」


少々気だるそうに応じ、カツカレーの券を購入し、その場を後にする。


「あ、先輩、また後で」

ひらひらと、先程からの笑顔を絶やさず鷹宮は俺に言った。


「おー、またな」

「え?今私の事かわいいって「言ってねえよ」


だれか早くこいつの頭診てやってくれ。最悪ヤブ医者でもいいから。




「あれ?雛、さっきの人と知り合いなの?」

「え?ああ、はい。同じ部活の先輩なんです。」

「へー、どうりであの人、雛の罵倒に素でいられる訳かー」

「それ思った。雛に罵倒された人って、大体泣くか、興奮するかのどっちかしかないよね?」

「正直、後者はあまり受け付けません。ていうか、そうだったんですか」

「そうだよ!ていうか、雛はもう少し、自分が滅茶苦茶モテるってこと、自覚した方がいいよ!」

「まあ、肩まである栗色のストレートは毛先までサラサラーっとしてて、まだ幼さを残す整った顔、少し控えめかもだけど、見ればわかるほどにスタイルはいいし、肌は上から下まで汚れたことがない程に白くキメ細やか。こんな超美少女がいたら、そりゃあモテるよねー」

「うん、なんなら女の私でも変な気分になるもん」

「冗談はやめてください」


そんなガールズトークを交わしながら、三人は昼休みを過ごした。




放課後




帰りのショートホームルームが終わると、俺はすぐ部室に向かう。


「おはようございまーす」

「おーう、きたか十条。予定通り、今日から稽古始めるぞ。台本は前に配ったよな?」

「ちゃんと持ってきてますよ。」

「よし、それじゃあ、適当に声出しでもやっててくれ」

「了解です」


今更だが、俺、十条新汰は、演劇部に所属している。ここは、俺の数少ない憩いの場所である。


「植木や井戸かえお祭りだ...よし」


いつもの声出しを終え、役者のスイッチに切り替えようとしたその時、


「お疲れ様です、先輩」


後ろから、非常に耳障りの良い声で労わられた。


「おー、来てたのか鷹宮」

そこには、罵倒の天才、鷹宮雛がいた。


「はい、まあ今来たところですけど。先輩は声出し終わったんですか?」

「ああ、今丁度な」

「...今...時間大丈夫ですか?」

「?ああ、まだ皆が集まるまで時間かかるだろうしな」

「そうですか。では、隣失礼します」


すると、俺が座っている所の隣に同じように雛が座る。それと同時に、俺は左腕が何かに絡まれるように感じた。


隣を見てみると、雛が自分の腕を俺のそれに巻き付けてきていた。


「...えへへ、せんぱーい」


頭スリスリまでしてきやがった。


さて、ここで一つ思い出して欲しい。この鷹宮雛は罵倒の天才だ。彼女が放ったそれは、今まで何人もの男たちを屠った。(精神的に)

まさに今日の昼休み、出会い頭に俺に罵倒してきていた。並の男子ならあれだけでも充分な致命傷になる。ましてや鷹宮のような美少女に言われたら尚更だ。だが俺は、罵倒されたにも関わらず平然と会話ができていた。つまり致命傷になっていない。

なぜなら...


「おい鷹宮、暑いから離れろ」

「えー、嫌です。ここはー、私の特等席なんです」


こいつ、俺にめちゃくちゃ甘々なのである。




おいこら、この自意識過剰野郎とか思ったやつでてこい。サイフにいらねえレシート全部入れてやるよ。



まあとにかく、俺はこいつの素である、「甘々モード」を知っている。だから耐えられたのだ。

「罵倒の女王」として振舞っている普段は仮初の姿。

なぜそのように振る舞うのか理由は知らない。

因みに、こいつがこのモードになるのは、この事を知る演劇部のメンバーだけの時と、俺と二人でいる時だけだ。


てか柔らかい感触と、女の子特有の甘い香りがしてさすがの俺も平常心を保つのに精一杯だ。だがそれをこいつに悟られると絶対さらに過激になるのでなんとか堪える。


「全く雛ちゃんってば、相変わらず十条にべったりだねえ」


この人は進藤光莉。鷹宮に負けず劣らずの整った顔立ち、腰まで青みがかったロングストレートに肌はすごくキメ細やか。鷹宮が可愛い系なら、進藤は美人系と言うべきだろう。


「む、進藤先輩。先輩の隣を奪おうだなんてそーはいきませんよ。いくら進藤先輩と言えども

ここを譲る気はありません」

「別に譲ってもらおうとは思ってないよ」


二人が笑顔で見つめ合う。無言で。


「......」

「......」

「......えっと」


さすがに無言に耐えきれず、俺が声を発してしまった。


「おい鷹宮、そろそろ離れてくれ。もう始まるだろうし」

「えーもう少し先輩堪能したかったのにー。あ、じゃあ後で膝枕お願いしますね」

「やだ」

「なんでですかー」

「疲れる」

「こんな可愛い後輩を膝枕できるんですよ?むしろご褒美だと思うんですが」

「あっはっはっはっはっはっはっはっは」

「ちょっ、全力で乾いた笑いしないでくださいよー」

「おーい、そろそろ始めるぞー」

そんな空気が読めるような読めないような部長の声と共に、今日の部活動が開始した。

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