あいつ、凄い体だったよな!

高柳孝吉

あいつ、凄い体だったよな!

 ある夏の朝、一人の男が死んだ。交通事故だった。


 それから月日は数年遡る。


 何かスポーツを始めたい。最初は、そんな動機からだった。身体を鍛えよう。芳雄は元々貧弱な体つきで、小さい頃からひ弱でスポーツも苦手。勉強こそ出来たが昔からそんな自分が嫌で、17歳になった今になって、ちょっといきなりだがボクシングでも始めようか、と思い立ったのだ。ーーそして、ボクシングを始めようと思ったもう一つの、これは直接のきっかけになったのだが、つい先日の事、前々からいじめられていた不良にぶん殴られて、それこそ手も足も出なかった…、という屈辱を味わったからだ。


 鍛える。そして殴られた事へも、ひ弱だった過去にも、清算をつける。

 ーーこうして、芳雄の筋トレ生活とボクシングジム通いが始まった。

 

 勿論、最初の内は成果も中々上がらなかったが、半年もすると徐々にだが身体つきも良くなり、一年経つ頃にはもう立派な細マッチョと言える位の筋肉を有した。芳雄は最初の目的も忘れてますます筋トレとボクシングに打ち込み、それから五年の月日が流れた…。


 道ですれ違う人が思わず振り向くほど立派な体つきになった芳雄は、結局あの不良への復讐も、もうどうでもよくなっていた。そんな事より、もっと筋肉を鍛えよう、ボクシングもプロを目指すか。このあまり高いとも言えない身長で、クラスはミドル級に近かった、かなり低い体脂肪率なのにだ。本当に誰も寄せ付けない程の筋肉隆々のたくましいマッチョな肉体だった。

 

 そんなある夏の朝、芳雄はジムに向かいがてらランニングをしていた。赤信号で小休止。

 ーー俺、プロになろう。どうせやるなら、村田さんや今You Tubeでも活躍なさっている竹原慎二さんの様なチャンピオンを目指そう。ーー世界だ。

 芳雄は人生の一大決心をした。そこにはもう昔のひ弱だった少年の面影はなかった。

 信号が、青に変わった。芳雄は希望に胸膨らませて、人生の新たなるスタートを切るつもりで走り出した。ーー急ブレーキの甲高い音がした。芳雄は悲鳴を上げ大型トラックのタイヤの下敷きになり、そのたくましい、不良に殴られた復讐の為、ひ弱だった少年時代に決別する為、そしてボクシングの世界チャンピオンを目指す為、鍛えて来た肉体は引き千切られ、潰され、血しぶきを上げながら数メートルトラックに引きずられて止まった。即死だった。


 その後の調べでわかったのだが、、事故が起こった時、トラックの運転手は運転しながらスマホをいじっていたそうだ。


 ボクシングジムではいつもと同じようにサンドバッグを叩く音が聞こえる。


 ある時、芳雄の友達数人が集まって想い出話しに花を咲かせた。その内の一人が、

「あいつ、本当すげー体してたよな」

笑顔で言った。


 芳雄の部屋には、母子家庭だった芳雄の母が飾った遺影がある。あの、筋肉隆々の時のたくましい肉体で明日を見る様な目で写っている。本当に今にも筋肉が動き出すんじゃないかと言う様なパワフルさでもって。


 

 

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