隔つ闇…19

白々と夜が明けようとしていた。


「秀頴、秀頴」


「ん? 何? 宗さん」


「起きろ! 早く屋敷に戻れ!」

「えっ? あぁでも今日は非番だしまだ大丈夫だよ」

「いいから! 早く支度をしろって!」

「宗さん、急ぎの御用かい?」

「…まぁそんなところだ」

「わかった」


秀頴はいつもとは少し違う俺の態度に気づいて早々と帰り支度を始めた。


二人で歩く京の都。これで最後かと思うと何か思い出になる…。

何を甘いことを考えているんだろう、俺は。


夜が明けようとしている薄明かりの中、怪しい人影が見える。


「秀頴」

「宗さん」


お互いに目配せして人数を確認する。一、二、三人か…。その間に鯉口を切る。

先日のことで様子がわかったのか、秀頴も鯉口を切ろうとしていた。


まずい、秀頴に剣を交えさせてはいけない。まして一緒に番所に行けば咎められる。

それだは避けねばならない、絶対に。


「秀頴!! 手を出すな! これは新選組の仕事だ! お旗本は手を出すんじゃない!」


普段絶対に言わない『お旗本』の言葉に秀頴は驚いた様子だった。


三人をこちらに引きつけ、秀頴が手だし出来ないようにして乱闘は終わった。


「番所にいく。秀頴はこのまま帰れ」

「えっ? でも、おいらもいたんだから一緒に…」


「来るんじゃねぇよ! こりゃな新選組の仕事だって言ってるんだ。

秀頴みたいに物見遊山で京にきたお旗本の連中がすることじゃないんだよ

手を汚し、体を張って切り結んでいるんだ、お前さんたちの様な道場だけで通じる剣術の遊びじゃねぇんだ。


(一体俺は何をいっているんだ。遊びの剣じゃないことも…強さも承知しているのに…)


この京はなぁ、のほほんと暮らす場所じゃねぇ。俺達とお旗本ってぇのは相容れないものなんだよ。もう江戸の頃とは違うんだ。


金輪際、俺や新選組の屯所にも近づくんじゃねぇぞ。もうお前さんの様な坊ちゃんの相手なんざしてられねぇんだ!!


わかるかい? この京にいて毎日の様に切り結ばなければならないんだ。そんなこと知りもしなかったろう? これが今の俺の本当の姿だ。もう秀頴とは違う道に入った。


お綺麗な旗本のお坊ちゃんとは、野良犬みたいな新選組は違うんだよ。

いいか?! わかったか? 俺の周辺をうろつくな!! 文もいらねぇ!!


本当に金輪際、俺と一切関わらねぇでくれ!!


これまでのことを嘘とは言わねぇ。だがもう時代が変わってるんだよ。俺も変わった。

悪いがお坊ちゃまの相手なんざしてられねぇんだ!!


判ったらさっさと屋敷へ戻りな!!」


秀頴に有無を言わさず叩き付けた言葉。秀頴が嫌がる言葉を連ね気持ちを逆撫でするような言い方をして、嫌われる様に、憎まれる様に言葉を選んだ。


呆然とする秀頴を置いて番所に向かった。涙を秀頴に気取られてはいけない。

一緒にいるところを見られたら秀頴まで切腹することになる。こんなことで腹を切らせては先代に申し訳が立たない。


頼む、秀頴。屋敷へ戻ってくれ。心の中でそう叫んだ。


「宗さん!!」

「いいから来るな!!」


振り向きもせず、投げつける言葉。ひどく傷ついた顔をしている秀頴の表情が頭に浮かぶ。すまない…。こうするより他に手立てはないんだ…。


足早に歩いていると、桜の花びらが舞う。俺の一番好きな花吹雪の時期だ。

何もこんな時に、俺の一番好きな季節なのに。納得のいかないまま秀頴に引導を渡した。



   ★,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜★



数日後、なにやら表が騒がしい。


部屋を出た途端に大きな声で呼ばわるのが聞こえる。秀頴だ。



「宗さん… いや、沖田さんに話があります! 会わせて下さい」

「なりませぬ!!」


門番と押し問答をしていた。ついこの間、秀頴が門をくぐれたのは門番にお達しが間に合わなかった様だ。今は伝達が行きとどいているらしい。


どうしたものか考えているところに歳さん… いや、副長が現れた。


「総司。部屋へ入ってろ!!」

「出なきゃいいんだろ?」


「いいから入ってろ!島田、川島!! 沖田を押さえとけ!!」


「失礼」


近くにいた島田たちに床に押さえつけられた。


副長が出て話をしている。


「伊庭君。沖田は君と会いたくないと言っている。沖田は新選組の中でも重要な役目があってね、ゆっくりと遊んでる暇はないんだよ。察しのいい伊庭君なら何が言いたいかわかるね?」


「俺は会いたくないとは言ってねぇ!! 会わせないと言えよ!自分達に都合が悪いから会わせないって!! 俺は会いたくないと思っちゃいねぇよ!!」

押さえさけられながら叫んだ。

この間の言葉を信じられなくて確認したくて秀頴は来たのではないだろうか?


「島田!! 離せ!! いいから早く離せ!!」

「駄目ですよ、沖田さん」

「いいから離しやがれぇぇぇ!!!」


俺の声が秀頴に届くはずもなく、諦めて帰る秀頴の気配がした。

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