隔つ闇…18

秀頴と会えない。会えない?

お題目の様に頭の中で繰り返してみる。それでも意味は変わらない。


しかし、何故?! 無抵抗だということになったんだ?

あの人見という男が言い残した言葉も気になるが今はそんなことより、突きつけられた事実をどう受け止めて、自分の中でどう処理するのかが問題だ。


そういえば、秀頴の方はどうなのだろう?

何か御沙汰が下っているのだろうか? 赦免と言っていたが一体何がいけないのか?

ここ京の都は江戸とは違う規範なのか? 我が身のことはどうでもいい。

ただ秀頴に何も、何の影響もありません様に。順風満帆な人生を邪魔しませんように。


身に覚えの無い罪。頭を無理やり押さえられ強いられる言葉。怒り、屈辱、嘆き…。一度に色々な感情が襲う。小さい頃の阿部の下屋敷での日々と似ていた。また原点に戻ったのかもしれない。屈辱的な扱いには慣れていた筈なのに…。


そして、近藤さんや歳さんが変わったと感じてはいたが、信用して貰えないほど俺達の関係が変わってしまっているとは思わなかった。


呆然として広間に座り込んでいた。


気がつくと左之さんや永倉さんがいた。


「大丈夫か? 宗次郎」

「あ… 意味がわからねぇんだ」

「意味?」


二人に先に言われたことを伝えた。


「ふむ… 何故だ?」

真面目な永倉さんですら理解できないことらしい。


突然、障子が開いて山南さんが現れた。


「総司。あいつらは武士になろうとして、自分を捨ててしまっているんだよ。新選組が出来てしまったことで保身しか考えちゃいない。身分のあるものに逆らうことより身内を叱責する方をとるんだ。身分に目がくらんでいるのは奴らだ」


「山南さん…」


「でも、この事実はどうもしてやれねぇ。悪いな総司。お前ばかりを矢面に立たせてしまうことになってしまったな。何かあれば相談に乗る。でもこの件は覆らないぞ」


「判ってます… 判ってます… 判ってますよ!!」


「あぁそれとな、さっき奴らが言い忘れていたが、文の交換も罷りならぬそうだ」

「文も? …そりゃそうか…関わりあっちゃいけねぇんだから… そうか…」


本当に秀頴とつなぐ全てを手放せということか…。やっと見つけた唯一無二の人だというのに。好きになって、好きになってもらって、心が通じて。剣で語り合える大切な友人でもあるというのに、全てを手放す… まだ混乱して収拾がつかない。


「宗次郎。飲みに行くか? 奢るぞ」


いつもなら「お前が出せ」と言うはずの左之さんが奢ってくれるらしい。

それほどに今の俺はひどい顔をしているのかもしれない。


結局、左之さん、永倉さんと飲みに出かけ戻ったのは夜半だった。


門番から走り書きを受け取った。紙には「御来客有り」と書かれていた。


もしや?


そう思って部屋に急いだ。


秀頴だ。俺の布団にくるまって寝ている。

やはり何か言われたのだろうか? 横になっている秀頴の顔を覗き込んだ。


「あ、宗さんおかえり」


屈託の無い笑顔だ。ということは、何も言われてはいないということか?


「秀頴、どうした?」


「寝泊りしている屋敷の人達がひっきりなしに挨拶に来て眠れやしないくてさ。ちょいと此処で眠らせて貰っていいかな。」


秀頴の様子に何も変化もなかった。秀頴には何もお達しはなかったのか?

無いならそれで、そう… それで構わない。


「秀頴、それだけか? 何か問題や揉めごとでも起きてはないのか?」

「ん? 揉め事? 問題? いや、何もないよ。そんなことを聞く宗さんこそ何かあったんじゃないの?」

「い、いや何もねぇさ」


ー伊庭君と交友を続けるのなら、伊庭君にも腹を切ってもらうー


さっきの言葉が頭に浮かんだ。まずい、このままではまずい。

門番はまだこのことを知らずに俺の部屋に通したのだろう。どちらにしても木戸はもう閉まっていて秀頴の世話になっている屋敷まで戻れまい。朝早くに起こして見咎められないうちに屋敷に帰らせよう。

今ここで見つかって責めを負うなら俺一人で背負う覚悟でいよう。秀頴には罪は無いのだから。


まんじりともせず、ただ秀頴の寝顔を見て一晩過ごした。この愛しい人に二度と触れることはできないのかと思うだけで涙があふれる。駄目だ! 今はまだ泣いてはいけない。

秀頴が知らぬのなら、それでいい。知らぬまま俺と…。別れる? 別れるのか?

こんな形で…。


ー伊庭君にも腹を切ってもらうー


それだけは駄目だ! 先代の伊庭の旦那にも誓ったんだ。秀頴の未来を邪魔をしてはいけない。去るべき時には去ると覚悟してはいたか、まさかこんな形で別れなければならないとは思わなかった。


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