第25話 ささやかな報酬

 俺の話を聞き終え、カレーナはそのまま何か考えている様子だった。

 彼女の邪魔にならないように、しばらく黙る。


 やがて考えが纏まったのか、彼女から質問が飛んできた。


「あなたとエレオノーラ様が恋人だった、って話で気になったんだけど⋯⋯彼女の息子で、初代皇帝になった仮面帝のエピソードは知ってるわよね?」


「ああ。幼少期に顔に火傷やけどを負い、公式な場所では仮面を付けていたらしいな」


「ええ、それと強力な魔法の使い手だったとか。初代皇帝は公式だとエレオノーラ様と、婿入りした夫ハーヴェルの息子とされてるけど⋯⋯実は貴方の息子なんじゃない? 遺伝した魔族の形質を隠すために仮面を被っていたとすれば辻褄が合うわ」


 俺も同じ疑問を持った事がある。

 だが⋯⋯。


「わからない。一つ言えるのは、ハーヴェルの息子ではないだろうな」


「なぜそう思うの?」


「彼らが滞在している間に、ハーヴェルから身の上話をされたんだ。実は、彼は王の隠し子で、エレオノーラとは腹違いの兄妹なんだ。これを知っているのは限られた人間だけで、エレオノーラには秘密にしていた。」


「そんな事実が⋯⋯」


「ああ。彼はエレオノーラをあくまで妹として見ていた。恐らく彼女の意を汲んで、夫役を買って出たんだろう」


「じゃあ、やっぱり⋯⋯私の体には、貴方の血が流れてるってこと?」


「そうかもしれないし、違うかもしれない。心優しい彼女が、城に戻る道中で孤児を拾ったのかもしれないし、俺の子を妊娠していたが、お互いの決意が鈍らないように内緒にしていた、という可能性もある⋯⋯まぁ、仮にそうだとしても、数十代前の話だからな、君と俺とはほとんど他人だよ」


 仮面帝が俺の息子かどうか、それはわからない。

 公式には俺と別れて一年後、彼女はハーヴェルとの間にできた男児を産んだとされている。


 仮面帝のきさきは、エレオノーラとこれまた腹違いの姉の娘、つまり従姉妹だとされているので、仮に捨て子を実子と偽り秘密裏に育てたとしても、血筋自体はイシリア王家に連なるものだ。


「でも、もし仮面帝が貴方の息子なら⋯⋯エレオノーラ様は貴方に伝えたかったんじゃないかしら」


「どうだろうな⋯⋯ただ、俺が知るエレオノーラなら伝えないだろうな」


「どうして?」


「『もう逢えない息子がいる』と言われた所で、相手は苦しむかも知れない⋯⋯彼女はそう考える人間だ。奔放だが、誰よりも思慮深い⋯⋯それが彼女だ」


 俺の考えを伝えると、カレーナは少し嬉しそうに言った。


「貴方はまだ、エレオノーラ様を愛してるのね」


「他の人間にとっては五百年前でも、俺にとってはたった十年前の出来事だからな」


 そう。

 現世に復活して、たった十年だ。


 他の人間にとっては伝え聞いた過去であっても、俺にとっては少し前の出来事。

 簡単に忘れられるはずもない。



「さて、少しは君の失恋⋯⋯だかなんだかの、慰めになったかい?」


「そうね⋯⋯ヴァイスには申し訳ないけど、貴方の所に来て良かった」


「なら良かった⋯⋯そろそろ送るよ。一日恋人の、最後の締めくくりに」


「ありがとう」









──────────────────────


「少しだけ、遠回りしていかない? 夜に街を出歩くなんてこと、ないから⋯⋯」


「ああ、いいよ」



 少しだけ遠回りしながら、夜の帝都を二人で歩いた。

 昼間とは違う顔を見せる帝都を、カレーナは物珍し気に眺めていた。


「こんな時間でも、出歩いている人がいるのね」


「相手もそう思ってるよ、きっと」


「ふふ、そうかも」


 道行く人や、見える風景の話題がほとんどで、先ほどまでの話しは話題にのぼらなかった。



 彼女の足に合わせ、ゆっくりと歩いた。

 それでも目的地があれば、いずれ辿り着く。



 皇家の屋敷、その前に来た。



「さて、到着だ」


「うん⋯⋯ねぇ、シモン」


「なんだい?」


「もしよ、もし⋯⋯」


 彼女は下を向いて、少し言い淀んだが⋯⋯やがて顔を上げ、俺の目を見ながら言った。


「この指輪、ね」


「ああ」


「代々受け継いだには違いないのだけれど、実は、私が見つけたの。子供の時に」


「へぇ⋯⋯そうなのか」


「うん、皇家の宝物庫で。でもおかしいのよ⋯⋯父も、母も知らなかった。皇家の財産は厳重に管理されていて、全ての品物が記載されているはずの目録にも、載ってなかったの、この指輪だけが⋯⋯」


「⋯⋯」


「一度鑑定してもらったことがあるから、この指輪が探知魔法の対象になったのはわかるんだけど⋯⋯出自だけが不明で」


「⋯⋯不思議な事もあるもんだな」


「だからね、もし、もしも──私がエレオノーラ様の生まれ変わり⋯⋯だったら、どうする? だからこの指輪を見つけられたのだとしたら⋯⋯」


 彼女は何か無理をしているように笑顔を作りながらも、真剣な眼差しで俺の事を見た。

 そのまま、俺の返答を待っている。

 なんとなく、ここで冗談めかしたり、不用意な事を言うべきではないと思った。

 

「そんな事はありえないと思うが──だとしても、君の人生を生きるべきだ。誰かの代わりなんかじゃなく、君は君として。高貴な家柄に生まれたなら、それに伴う責任があるだろう?」


「⋯⋯ふふ、そうね」


 俺の言葉をどう感じたのか、という彼女の心境なんて当然わからないが、少しすっきりした表情に見えた。

 さっきまでの作り笑顔とは違い、自然にほほ笑んでいるように感じる。


「シモン、依頼料はいらないって言ってたけど⋯⋯」


 不意に彼女はこちらに近づき、俺の頬に唇を寄せた。

 柔らかな感触と、わずかな震えが伝わり、そっと離れる。


「やっぱり皇家の者として、無報酬で人を使うのは躊躇ためらわれるわ。私が貴方にできるのは、この、程度だけど」


 顔を赤らめ、カレーナが少し言い訳がましく呟いた。

 彼女なりの精一杯の誠意──あるいは勇気ある行動に、俺の心の、何かが満たされるような気がした。


「何よりの報酬だよ、ありがとう」


「本当に、そう思ってる?」


「ああ。一日恋人の最後に相応しい、素晴らしい報酬だ」


「なら良かったわ。⋯⋯じゃあ、私、そろそろ、行くね?」


「ああ」


「おやすみ、シモン」


「おやすみ、カレーナ」



 何度かこちらを振り返りながら、カレーナが門の中へと消えた。

 一日恋人としての役目を終え、ふと空を見上げた。


「夜にしては明るいと思っていたが、今日は満月だったか⋯⋯」


 月は、五百年前と変わらない。

 あの時と同じように、俺を見ていた。









────────────────



 事務所に戻り、明日の準備をしようと考え、ランプに火を付けた。


 朝起きてすぐに、茶を淹れるのが日課になっている。

 だからその準備として、寝る前にポットを洗うのが俺の一日の締めくくりだ。

 朝使ったまま忘れていたが、ポットにまだ茶が残っていた事を思い出す。




 十年前、俺が旧魔王城で復活したとき、城内は荒れ果てていた。

 盗掘に晒され、めぼしいものは何もなかった──ある一か所を除いて。


 そこは特別な封印を施した場所で、入れるのは俺とエレオノーラだけ。

 何か計画に変更があれば、そこに俺に宛てたメッセージを残しておいてくれと頼んであった場所だ。



 復活してすぐ確認すると、そこに置いてあったのは朽ちかけた手紙と、このポットだった。


 手紙には計画の事は何も記されておらず、ただ一言メッセージが添えられていた。


『このポットでお茶を淹れて、たまには私を思い出して』




 

 残った茶を捨てようかとも考えたが、何となくカップに注ぎ、飲む。


 完全に冷めている上に、必要以上に茶葉から抽出された苦味。

 たった一日で、これだけ変わってしまう。

 



 この十年で、茶を淹れるのは少しだけ上手くなった。

 だがやはり、彼女が淹れてくれた茶の味が恋しい。

 そして、茶を飲みながら語らった時間は、それ以上に。




 ──結局残った茶は捨て、ポットを洗い、長かった一日は終わった。








 一日恋人を務めたこの日の出来事は、帝都を揺るがす大事件として報道された。


 その後の顛末は、べリスが色々と教えてくれた。

 ヴァイス殺害犯のカルミッドの自白により、帝都に巣食う『反種族共存主義者』の存在が浮彫となったこと。


 これにより、カレーナの婚約破棄は正当な行為と受け取られ、皇家の株は上がった。


 黒幕とされたデボン卿は、最初こそ関与を否定していたが⋯⋯。

 新聞社に匿名のタレコミがあったらしく、彼の女性関係が暴露された。


 何でも他種族の娼婦を買うのが趣味で、彼女たちを罵倒するような行為を好んでいたらしい。


 それにより、彼の細君の怒りを買ってしまった。


 元々入り婿だったデボン卿は妻から離縁され、支持基盤を失い失脚。

 暗殺を恐れているのか今は自室に引きこもり、面会は全て断っているらしい。



「奴のシモの話しを新聞社にタレこんだの、誰だろうなぁ?」


 と、べリスにカマをかけられたりしたが、とぼけておいた。



 許嫁の話が白紙になったカレーナには、ひっきりなしに縁談が舞い込んでいるらしい。

 そんな話題の中に、彼女が大学を主席で卒業した、というものも混ざっていた。


 しばらくは帝都民の話題を独占した今回の件も、次第に落ち着き始めた頃。






 俺もようやく今までと同じ日常を迎える──ハズだったのだが。



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