第24話 題名

 エレオノーラの父、イシリア王国国王レオニダースが危篤だという報せが入り、俺達は計画を実行する事にした。


 事前に『闇の精霊』を駆使し、エレオノーラの支持基盤を盤石な物にはしていたが、それでも国王の崩御に合わせ彼女が女王となるのが自然だからだ。


 何より、これ以上彼女といると⋯⋯俺自身が、いつまでも踏ん切りを付けられそうになかった。



 幸い彼女には魔法を使える素養⋯⋯つまり、魔族の血が流れていた。

 元々大陸に現存する王家の殆どは、魔族から魔法を扱う素養を受け継いだ者たちが興した家柄なのだから、当然だが。


 エレオノーラに封印術の手ほどきを終え、儀式を行う準備は整い、いよいよ実行する時が来た。



──────────



 儀式を行うのは、奇しくも俺が魔王を継いだのと同じ部屋だ。

 魔力を増幅する為の宝具や魔法陣など、この大陸でも他にはない設備が整っている。


 ハーヴェルは気を効かせたのか外で待機していた。

 俺とエレオノーラ、最後の二人きりで過ごす時間。

 封印術は満月の夜、月が最も高い場所にある時にに行わなければならない。

 術を行使する、その時間は近付いていた。

 

「シモン⋯⋯封印されるのを目前に控えた、今の心境は?」


 別れを暗いものにしないためか、エレオノーラは明るく振る舞っていた。

 俺も彼女に合わせる事にした。


「そうだな⋯⋯君の手によって、未来に貸し出されるような気分だ」


 俺が叩いた軽口に、エレオノーラはくすりと笑った。

 彼女は俺の言葉に、負けじと冗談めかして言葉を返した。


「あら、詩的な表現ね。そのうた題名タイトルを付けるなら⋯⋯『レンタル魔王』かしら?」 


「急に陳腐な響きになったな⋯⋯」


「気に入らない?」


「いや⋯⋯民を放り出して消える王に、相応しい名前かも知れないな。機会があればそう名乗ろうかな」


「それってどんな機会かしら?」


「それも、復活したら考えるさ⋯⋯時代が変われば、そんな機会もあるだろうさ」


「じゃあ⋯⋯代々伝える事にするわ。もし、どうしょうも無い事が起きたら、レンタル魔王が助けてくれるって」


「悪い子はレンタル魔王に食べられるぞ! でもいいぞ?」


 そんな軽口を叩き合ってると、エレオノーラは不意に表情を沈ませた。


「ねぇ、シモン」


「ん?」


「何もかも投げ出して、このまま二人で、どこかへ⋯⋯なんて事は考えなかった?」


「考えたさ、何度も」


「うん、私も」


 だが、それはできない。

 すでに俺は何人も、この計画の為に人を変えてしまった。

 それに、エルベルワルドを、誰よりも魔族の行く末を案じた彼を変えてしまった俺が、今更自分の責任を投げ出すわけにはいかない。


 そして、何よりも──。


「エレオノーラ」


「うん」


「俺が愛した女は、使命を全うする覚悟を持つ女だ。もし、その使命を放棄するなら──もう、きっと愛せない」


「いじわるね。でも──私も」


 お高いの気持ちが通じ合っている事を感じている間も、時は過ぎていく。


「⋯⋯名残惜しいが、そろそろ時間だ」


「⋯⋯そうね」


 エレオノーラは歌うように詠唱を始めた。

 封印が進むにつれ、俺の意識は遠くに運ばれていく。


 儀式が終わる間際。

 エレオノーラが言ったのか、あるいは俺の願望が生み出した幻聴なのか、彼女の囁きが聞こえた気がした。





『私、きっと生まれ変わって、貴方に会いに行くから──』





──────────────────────



「まあ、そんな話だ⋯⋯そうだ、忘れないうちに」


 一通り話終え、俺は懐から今朝預かった指輪を取り出した。

 カレーナの手を取り、彼女の指にはめる。


「この指輪は、俺がエレオノーラに贈った物だ。彼女は好奇心旺盛なくせに方向音痴でね、魔王城でよく迷っていた。そんな彼女をすぐ捜せるように、俺がデザインしたんだ」


 収まるべき所に収まった指輪を眺めながら、カレーナが呟いた。


「この指輪のモチーフ、天竜花だったかしら? 確か花言葉は⋯⋯」


「『運命の再会』『時を経た邂逅』。まあ、この指輪を作った時は、そんな難しい事を考えなかったな。迷子を捜すには、それらしい花言葉だと思っただけさ」






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