第23話 夢物語
エレオノーラの要求に従って茶の感想を述べたのち、俺は話を切り出した。
「では、本題に入ろう。国王の許可を得ずに一存で来たという事だが、なんのために?」
俺の問いに頷くと、彼女は真っ直ぐこちらを見ながら答えた。
「シモン様には、私の夢にご協力頂きたいのです」
「お前の夢に、俺が?」
「はい。私は種族同士で差別せず、仲良く暮らす国を作りたいのです」
突拍子もない申し出だが、冗談ではなさそうだ。
エレオノーラはそれまでと変わらず、自然体でこちらを見ている。
チラリと視線をハーヴェルに送るが、彼も彼女の発言に驚いている様子もない。
つまり、本気なのだろう。
「夢物語だな」
「仰る通りです」
「認めるのか?」
「はい」
頷きつつ、あっさりと認めるエレオノーラに、訝しい気持ちが湧いて来る。
こんな事を言うためにわざわざ来たのかと思っていると、彼女はニコりと笑みを浮かべた。
「でも、物語は誰かが始めないと、いつまで経っても夢物語でしょう? シモン様には種族同士が仲良く暮らす世界を目指す物語、その最初の共演者になって頂きたいのです」
夜会でダンスに誘うような気軽さで──あるいは、勇気を振り絞ってだろうか。
エレオノーラは俺を、彼女の物語に誘った。
──────────────────
「彼女はそのまま魔王城に滞在した、表向きは人質としてな。彼女の熱意に押され、最初は一笑に付していた俺も、それから二人で話すようになった。種族平等の為にどうすれば良いのかを。一年近く話し合い、方針は決まった」
毎日、毎日、彼女の淹れる茶を飲みながら、これからの事を語った。
魔王を継いでから、あんなに安らげる日々を過ごせるとは思っていなかった。
「方針としてはエレオノーラがイシリアを継ぎ、彼女か、その後継者が大陸統一を果たし、種族平等を布告する⋯⋯それが俺たちが考えたプランだ」
カレーナはここまでの話を聞いて考え込んでいる様子だったが、彼女なりにある程度纏まったのか、俺に疑問を投げてきた。
「じゃあ、エレオノーラ様が『最後の魔王』を倒し、その功績でイシリア王国を継いだのは、貴方達の計画だったという事?」
「そうだ。そして、彼女にも内緒だが、俺は秘密裏に万全を期した。彼女の目的に反対しそうな人物は、事前に全員⋯⋯俺が変えた。あとはイシリア王国による、大陸統一の妨げになりそうな勢力にいた重要人物も、だ」
カレーナがはっとした表情をする。
俺が変えた、その言葉の意味を理解したのだろう。
そう、いくら魔王を誅したという功績があっても、第三王女であるエレオノーラが国を継ぐのは、普通に考えれば流石に不可能だ。
「じゃあ、ある意味で貴方が、帝国樹立の御膳立てをした、という事ね⋯⋯」
「ああ」
「でも、貴方が大陸を統一して、同じように布告しても良かったのでは?」
「いや、今でこそ魔王という存在は過去になりつつあるが⋯⋯当時は他種族から魔族への忌避感は、恐らく君の想像以上だ。それに⋯⋯これは説明し辛いが、種族が持つ活力という点では、やはり人間が一番だろうと思った」
「活力⋯⋯?」
「これは恐らく、人類が他種族に比べ寿命が短く、繁殖力が高い点が起因しているのだと思う。寿命が長い種族ってのは、良くも悪くも漫然と時を過ごしがちだ」
「確かにそうかもね」
「人類は世代交代が他種族より早く進む。それは記録は残っても、記憶はどんどん更新されるという事だ。なら、魔族への忌避感も、他種族より薄れやすいだろうと考えた」
「そうかもね⋯⋯エルフなんて、当時の生き残りが今もいるくらいだし」
彼女の言葉に頷き、俺は話を続ける。
「それに、人類は他種族と繁殖できるという点も利点だ。例えば俺たち魔族は、ドワーフやオーガとは繁殖できない。その点人類は繁殖を通じて、他種族の特性⋯⋯魔法や技術などを積極的に取り入れてきたという歴史的経緯がある。その上でまだ進化の余地がある、という点で、中心に据えるにはお誂え向きだと考えた」
「なるほど⋯⋯まあ、こんなやり取りは、当時エレオノーラ様と散々やってるでしょうし、今更私が異を唱えるつもりもないわ」
「まあ、それもそうだ。とにかく俺達はある程度、今の形を想定しながら話を進めた。その上で現状を評価するなら、まあ、ぼちぼち上手くいっていると思うな」
エレオノーラとの話でも、種族平等というのは建て前としては成立しても、実際にはかなり先になるだろう、と予想していた。
恐らく何百年、何千年という時を経て、ようやく実現するかもしない、そんな話だろう、と。
今もまだ途中経過だが、当時と今を知る俺からすれば、かなり状況は改善されている。
「それで話もある程度まとまった。大まかに言えば、エレオノーラが当時の施策を担当し、俺は一度封印され数百年後に復活、もし計画が大きく狂っているなら修正する役目を負うことになった」
「なるほど、それで貴方はこの時代に来たのね」
「ああ。封印には、神龍の対策として開発された技術を使用する事になった。この封印には致命的な欠陥があったせいで、実際に使用される事はなかった。俺はその欠陥を逆に利用する事にした」
ここまでの話を理解出来ているか、カレーナに視線で確認する。
彼女が相槌代わりの頷きを返すのを見て、俺は話を先に続けた。
「人々の間で、封印された対象への恐怖が薄れると、封印が弱まる。つまり神龍という恐怖を先送りする事しかできない。だから俺がこの時代に復活したのは、魔王という存在に対して、人々の恐怖が和らいだ証拠でもある」
「なるほど⋯⋯」
「魔王への恐怖が薄らぐケースについて、俺は二つのパターンを考えていた。一つは魔族への差別意識が減少している場合。もう一つは、逆に魔族が虐げられ、大きく数を減らした場合だ」
「どちらも魔族への脅威度が下がった場合ね。確かにそうなれば、魔王への恐怖も薄らぐわ。実際貴方がここにいるのがその証拠って事ね」
「そういう事だ。下手したら千年後になる事も想定していたが、思ったよりも早かったな。そして、実際計画を実行に移すに当たり、問題が起きた」
言葉を一旦区切り、カレーナを見る。
彼女は口を挟む事なく、次の言葉を待っていた。
おそらく、彼女もある程度予想していたのだろう。
「俺とエレオノーラは──強く惹かれ合ってしまった」
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