第22話 エレオノーラ

「人間の国から使者?」


「はい、魔王様。現在は旅装を解くために部屋を与えておりますが、いかがなさいますか?」


「珍しいな⋯⋯そうか、ここに案内しろ」


 俺が魔王を継いで以来、人間の使者が来るなど初めての事だった。

 部下に許可を与えると、しばらくして一組の男女が謁見の間に現れた。

 女性が前を歩いているところを見るに、彼女が使者で、男は従者だろう。


 女の方は着替えたのだろう、使者として相応しい白の気品を感じさせるドレス、男の方は兜を横に持って顔を晒しているが、如何にも騎士然といった出で立ちだ。


 二人は俺の前に来て跪いた。


拝謁はいえつの機会を賜ったこと、誠に光栄でございます。魔王シルヴェモント様の寛大なお心遣いに感謝申し上げます」


「で、用件は?」


 口上に適当に頷きを返し、単刀直入に尋ねた。


「はい、本題の前にまずは自己紹介を。私はイシリア王国国王、レオニダース=フォルティスが三女、エレオノーラと申します。後ろにいるのはハーヴェル、私を護る騎士です」


 イシリア王国は魔族と敵対する人間国家の中でも最大勢力だ。

 国境を接している関係上、常に小競り合いが絶えない。


「なるほど、王の名代として訪ねてきたと?」


 俺の疑問に、エレオノーラは驚いた顔をしながら、パタパタと手を振った。


「あ、いえ、父には反対されました」


 あまり使者らしくない振る舞いだと思ったが、先を促す。


「国王の信任を受けずに来た、と?」


「はい、ありていに言えば、私の一存で勝手に参りました。なので付き従ってくれたのもこのハーヴェルだけです」


 ハーヴェルという男をチラッと見る。

 あまり表情に変化はないが、なんとなく苦労が顔に出ていた。


 恐らく彼女の我儘にいつも付き合っているのだろう。


「まぁ、いい。用件を話してみろ」


「はい、でもちょっと長くなりそうなので、できればお茶でも飲みながらにしませんか? 私、お茶を淹れるのが得意で、よく褒められるのです。シヴェルモント様も是非ご賞味下さい」


 ニコニコと笑顔を浮かべながら、エレオノーラが提案してくる。


 ⋯⋯なんだ、この女。

 ハーヴェルという男はいよいよ心情を隠さず、額に手を当て、ため息をついていた。

 追い返すことも一瞬考えたが、先々の事を考えれば人間と縁を結ぶというのは計画の一つだ。


「わかった、茶に付き合おう」


「ありがとうございます! 先ほどの部屋に道具を置いてますので、そちらで準備いたします。後ほどいらして下さい! あ、でも、あまり遅いと冷めてしまいますので、それなりに早めにお願いします」


 言いたいことを一方的に述べると、エレオノーラはさっさと立ち上がり、頭を下げ、退出し始めた。

 彼女の騎士が、申し訳なさそうな表情をしながら、続いて頭を下げ、彼女について出て行く。


 マイペースな女だな⋯⋯。

 口調こそ丁寧だが、俺を過度に恐れている感じも無い。

 最低限の礼儀は守りつつも、自然体といった感じだな。


「魔王様、追い出しますか?」


 部下のひとりが聞いてくるのに対し、俺は首を振った。


「いや、悪気は無いみたいだ。俺に茶を飲ませたいというなら馳走になろう」


 俺の周りには、闇の精霊によって変化してしまった者たちを置いている。

 そうしないと、新たな怒りの犠牲者が生まれる可能性があるからだ。


 俺に媚びる事しかできない人間に囲まれていると、自分も人形の一つになった気持ちになってくる。


 だからこそ、エレオノーラの俺に対する態度は新鮮だった。




──────────────────


 配下から場所を聞き、エレオノーラ達が滞在するためにあてがわれた客室へと向かう。

 ノックすると、中からドアが開かれた。


 開いたのはハーヴェルと呼ばれた騎士だ。


「ようこそいらっしゃいました、シヴェルモント様」


 一礼し、俺を中に招く。

 部屋に入ると、茶の香気が鼻をくすぐった。


「ふむ、よい香りだな」


「いらっしゃいませ、シルヴェモント様!」


 ⋯⋯。

 まあ、二回目だし訂正しておくか。


「俺の名はシヴェルモントだ」


 俺の訂正に、エレオノーラは驚きの声を上げた。


「えっ!? 語呂がちょっと悪いですね!」


「ひ、姫様!? も、申し訳ありません、主に代わって謝罪いたします!」


 ハーヴェルが、顔を真っ青にして頭を下げる。

 その様子を見て⋯⋯俺は思わず笑ってしまった。


「ははははは! 語呂悪いよな!」


「はい、とてもお呼びしづらいです」


 にっこりと笑いながら彼女が答えた瞬間、ハーヴェルは対照的に、この世の終わりかのような顔をしていた。

 その違いがますます俺のツボにハマってしまい、愉快な気持ちになる。


「わかった、ならシモンと呼べ」


「シモン様? それなら確かに呼びやすいですね」

 

 手を合わせながら、エレオノーラが嬉しそうに言うと、ハーヴェルが少しホッとした表情へと変化した。


「寛大なお心遣い、主に代わって感謝申し上げます⋯⋯」


 その様子を見て、俺は一つ聞きたくなった。


「ハーヴェルと言ったか? お前、主に代わって謝罪する事が多そうだな」


 しばらくハーヴェルは俺が言った言葉の真意を計りかねていたようだが、やがて冗談だと気が付いたようで、苦笑いを浮かべた。


「はい、それはもう⋯⋯奔放な方ですので」


「貴方には助けられてるわね、ハーヴェル」


「自覚があるなら、少しお控えください⋯⋯」


 そう言いながらも、ハーヴェルは諦めているようだ。

 実際エレオノーラは、彼の小言に取り合う様子を見せなかった。


「ではシモン様、お茶もそろそろ飲み頃だと思います、こちらへ」


 テーブルに案内され、座る。

 前に置かれたカップに、エレオノーラ自らが茶を注いだ。

 同じように、彼女は対面の空席にあるカップに茶を注ぐと、そのままそこに座った。


「では、私も失礼して」


「で、話とは何だ?」


「その前に、まずはお茶をどうぞ⋯⋯って、そうでした、毒味が必要ですわね」


「いや、いい。俺に毒は効かない」


「えっ!」


 俺の言葉に、エレオノーラが驚いた顔をした。

 なるほど、馴れ馴れしい態度はその為か?


「ふ、こちらのカップに毒でも仕込んでたか?」


「いえ、便利そうだなと思いまして! お城だと毒味のせいで冷えたご飯しか食べられないので羨ましいです」


「⋯⋯そうか」


 調子が狂うな⋯⋯。

 まあ、いい。


 俺は一口茶を啜ると、エレオノーラに先を促した。


「飲んだぞ。では話を」


「美味しいですか?」


 エレオノーラがにこにこと笑みを浮かべて聞いて来た。

 俺は一息吐いてから、素直に答えた。


「これまで飲んだ茶で、一番旨いな」


「良かったです」


 彼女は満足そうに笑った。


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