第21話 継承

「シヴェルモント、儀式は終了した。『魔王』の力はお前に引き継がれた」


 先代の魔王様より、魔王の力を引き継いだのは俺が十八歳の時だった。

 魔王の力は代々、儀式によって継承されていく。

 だが──。


「しかしシヴェルモント⋯⋯おぬしの才能は恐ろしいな⋯⋯おぬしが身に宿した精霊の加護は、『いにしえの魔王』にも匹敵するものだろう」


 本人の資質により宿す精霊の加護、その強度は異なる。

 ここ三代の魔王を知っている先代の評にれば、俺に宿った加護は別格だとの事だ。


 力と恐怖により、大陸全土を支配したとされる古の魔王。

 自分の力がそれ匹敵すると聞き、高揚感を覚えなかったといえば嘘になる。


「『最後の魔王』として力を継承したお主が、そのような力を宿したのは⋯⋯もはや天の啓示と言えよう」


 そう、俺は最後の魔王だ。

 魔王継承の儀式に使用される触媒の一つに『神龍の鱗』がある。


 神龍はかつて世界を滅ぼそうとした。

 奴に対抗するために魔族の知を結集し、生み出された存在こそが魔王だ。


 初代魔王は神龍を討ち滅ぼし、世界を守った英雄だったのだ。


 魔王の存在はそこで終わるはずだった──が。


 本来は一代限りの存在だったはずだが、当時の魔族たちは他種族への覇権を確かなものにするために、この力を継承する儀式を生み出した。


 そこで必要となるのが、大きな力を宿した神龍の鱗。

 だが、神龍は既に滅び、新たな鱗は手に入らない。


 そして今回の魔王継承に使用されたのが、残っていた最後の鱗だ。


「シヴェルモントよ、その力を使用して、再び魔族の覇権を取り戻すのだ。他種族どもに、この地上の王は誰かを教えてやれ⋯⋯お主が、魔族を頂点とした体制を整え、千年以上に渡って続く国家のいしずえを築くのだ」


 俺は先代の『遺言』を、黙って聞いていた。

 継承が終われば、しばらくして魔王は灰と化す。


 先代は返事をしない俺を見据えながら、ただただ滅びの時を待っていたが──やがてふっと笑みを浮かべ、諦めたように息を吐いた。


「詮無き事を申した、好きにするが良い。それでこそ──魔王だ」


 その言葉を最後に、先代は灰と化した。

 

 好きにしろ、と言われても困る。

 そもそも魔王の座自体、好きで継いだ訳じゃない。


 儀式の執り行われた部屋から出る。

 そこに待っていたのは、俺と最後まで魔王の座を争った人物だった。


「シヴェルモント、おめでとう」


「ありがとう、エルベルワルド」


 俺よりも賢く、俺よりも熱血漢のエルベルワルド。

 継承が終わった今でも、彼が魔王になるべきだったと思っている。


 子供の頃から物事に適当で、すぐにサボる俺の尻を叩いてくれた。

 彼がいなければ、俺はもっと魔法が苦手だったろうし、魔王を継ぐなんてこともなかったはずだ。


 彼は常に魔族の行く末を考え、俺に熱く語りかけてくる。

 俺はどうしても、そこまで魔族の将来などというものを考えることができない。


 人格、見識、人望。

 何もかも彼が上で、なのに劣等感は感じなかった。

 彼こそが最後の魔王となるに相応しいと思っていた。


 だというのに、先代は俺を指名した。

 魔王になる上で一番求められる素養は、人格でも、見識でも、人望でもなく、『力』だからだ。


 俺がエルベルワルドよりも唯一勝っていたのは、魔法の才能。

 それだけだ。

 だが魔王を継ぐに当たって必要なのは、それが全てだ。


「魔王様は最後に何と?」


「何やら、俺の力は『古の魔王』に匹敵するとか言ってたな。魔族による大陸再統一をして欲しいが、まあ、好きにしろってさ」


「そうか、なら先代の見る目は正しかった、ということだろう。それで──君は、どうするつもりだい?」


「特に考えていないな。まぁ俺が生きているうちは、魔族の領土くらいは守ろうと思うが」


「⋯⋯なるほど」


 言葉数は少なかったが、彼の不満はなんとなく伝わった。

 魔王を継いだ以上、もっと魔族の行く末を考えろと思っているのだろう。


 だから、この時に改めて思った。

 ──俺ではなく、彼が継ぐべきだったんだ。






 最初こそ、エルベルワルドは俺に対して何も言わなかった。

 だが、魔王を継いでから二年、人間や他種族との小競り合いは続く中、彼はとうとう不満をぶちまけた。


「シヴェルモント、なぜ戦場に出向かない? 君が行けばすぐに終わらせられるだろう?」


 彼の言葉にはいつも一理あった。

 だが、俺は俺で、考えていたことがある。


「いいか、エルベルワルド。人間や他種族が魔族を憎むのは、過去の行いのせいだろう。俺の力で再統一なんてしても、俺がいなくなれば同じことだ。その時の反動は今以上だろう、下手すれば魔族は滅ぶ。もう魔王は生まれないんだぞ?」


「ならば、その前に人間どもを滅ぼせば済むだろう、古の魔王に匹敵するというお前なら、それができる」


「魔族のために他種族を滅ぼせ、と?」


「彼らは魔族に対してそうしてるだろう? これはどちらかが生き残るための戦いだ」


「だとしても、俺は動かん。それで滅ぶのなら、それが魔族に課せられた運命だ」



 俺の言葉は投げやりに聞こえたのかもしれない。

 魔王として特に何もしていなかった俺は、エルベルワルドからの度重なる讒言ざんげんにうんざりしていたのは事実だ。


 だが、俺は俺なりに考えていた。

 魔族と人間、どうにか共存できる道はないのか。


 だが、綺麗事ばかりで何も行動を起こさない俺に、彼もうんざりしていたのだろう。


 エルベルワルドは俺に詰め寄り、胸ぐらを掴んできた。


「なぜ、お前なんだ! お前みたいなやつが、なぜ魔王に!」


 昔からそうだった。

 子供の頃から、俺に真剣にぶつかってきてくれた。


 俺と喧嘩できるのなんて彼ぐらいだった。

 俺が魔王を継いでからはそんな機会もなかったが、この日、久しぶりに彼とここまで激しくぶつかった。


「俺だって、そう思っているさ! 魔王なんて俺が継ぎたくなかった!」


 そう。

 魔王を継いで以来、この日初めて、俺は怒りを覚えた。


 なぜ、俺なのか。

 エルベルワルドが継ぐべきだったと、誰よりも思っている。

 そんな、理不尽に対しての怒りだ。


 ──俺が怒りを自覚した瞬間、エルベルワルドは叫び声を上げた。





 彼はその身をもって俺に教えてくれた。


 それまで気が付かずにいた、魔王を継承する事で俺に宿ってしまった恐ろしい力を。

 友人は媚び諂う奴隷と化し、俺の全てを肯定する人形になった。



──────────────────────





「俺はこの件から、それまでボンヤリとしか考えていなかった魔族の行く末について、真剣に考えるようになった⋯⋯だが、やはり人間を滅ぼすようなやり方は違うと思った」


「貴方がそう考える人で良かったわ」


「古の魔王の教訓だ。恐怖で縛り付けたところで、いなくなれば恨みだけが残る。それに他種族を滅ぼすなんてのは現実的じゃない」


 魔王の力が強力だとはいえ、何もかも一人で行えるわけじゃない。

 他種族を徹底的に滅ぼすとなれば、激しい抵抗を受けるだろう。

 それは結局、魔族を死地へと送り込む事になる。 


「それで、俺は味方を作るべきだと考えた。俺がいなくなった後も、魔族を必要以上に迫害しない、人間の味方を」


「それが、国母エレオノーラ様?」


「ああ。彼女は交渉役として、俺の城にやってきたんだ⋯⋯」



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