第20話 説明
べリスたちを見送り、ヴァイスの件をどう伝えようか思案しながら、事務所で待つカレーナの元に戻った。
事務所のドアを開けると、ソファーに座っていたカレーナがこちらを見上げる。
既に外も薄暗い中、ランプに照らされていた彼女の顔にはやや疲労感が浮かんでいたが、俺の顔を確認するとホッとした表情に変わった。
「シモン、お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
「何が起こったの? 人質とか、物騒なことを言ってたけど⋯⋯」
「今から話すよ」
彼女の対面に座り事情を話した。
ヴァイスが増長し、反種族共存主義に染まっていたこと。
先々皇帝となった彼を担ぎ上げ、武力によって政権の転覆を画策していた組織があること、またアンナはそこから送り込まれた人物だった、ということ。
ヴァイスがカルミッドの手に掛かったことを伝えたときには、流石にショックを受けたらしく、しばらく話を中断した。
続きを促され、俺は迷ったが自分に纏わりつく過保護な闇の精霊についても伝えた。
「だから、カルミッド達については間違いなく自首すると思う」
「そう⋯⋯わかったわ」
一通りの話しを終え、彼女からの言葉を待つ。
カレーナはしばらく考え込んでいたが、やがてぽつぽつと話し始めた。
「ヴァイスの事は残念だけど、仕方ないと思う」
「⋯⋯」
「だって、本人がどこまで考えていたのかわからないけど⋯⋯国家転覆を計画していたのだもの。表沙汰になるようなことがあれば、間違いなく死刑でしょうし⋯⋯」
「⋯⋯まぁ、そうだな」
「むしろ、私が事前に婚約破棄騒ぎを起こしたことが、計画を未然に防ぐきっかけになったのだとしたら、皇家がのちに負ったかもしれない、世間からの咎を抑えられたかもしれないわね」
ふむ。
事前に、種族共存主義に意を唱える彼を切り捨てた、という風に世論を動かせたなら、むしろ皇家のイメージアップすらあるかもしれない。
元皇帝の家柄ということで、権力との絶妙なバランス感覚が必要な家庭に育った、彼女の苦労を感じる。
「しかも、よ⋯⋯彼が私と結婚していたとしても、皇帝になるって、父の死後よ? なら、カルミッドが護衛として来た理由って⋯⋯」
彼女は最後まで言わなかったが、話しの意図は伝わってきた。
皇帝を暗殺なり、脅迫してヴァイスへと禅譲させる気だったのかも知れない。
「どちらにせよ、父に何かする前提だったと思うわ。だから皇家の人間として、貴方にお礼を申し上げます。ありがとう⋯⋯シモン」
「お役に立てたなら、なりよりです」
彼女が『皇家の人間』として礼を言うのなら、敬語で返すのが自然だろう。
俺の返事を聞くとカレーナは頷いたあと、すっと立ち上がった。
「⋯⋯カレーナ様? ああ、そろそろお送りしたほうが?」
俺も立ち上がろうとするとカレーナは首を振り、俺の隣に来て座った。
「まだ、一日恋人は継続中よね?」
「はい、貴女がそれを望むなら⋯⋯」
「敬語はやめて」
「⋯⋯君がまだ続けたいというのなら」
「うん、続けるわ」
継続を宣言したカレーナは⋯⋯。
俺の頭を抱きかかえ、胸元に引き寄せた。
「⋯⋯カレーナ?」
突然の行動に驚き、俺が思わず名前を呼ぶと、彼女の優しく諭すような声が耳に降ってくる。
「恋人なら、こうするべきだと思って。貴方がとても傷ついているように見えるわ。特に──闇の精霊について話しているときは」
彼女の声と身体から感じる温かさに、安らぐものを感じる。
べリスの言ったことが脳裏を過った。
『そりゃ、いつだって強いところばっかり見せようとしたら、優しくされようがねぇだろ』
彼が柄にもなく俺を慰めようとしたのも。
今のカレーナの態度も。
どうやら俺は、相当弱って見えるらしい。
そして、実際そうなのだろう。
人の感情を司る、喜怒哀楽。
そのうちの一つ、怒り。
俺は感情のうちの一つを封じられている。
恋人だろうが、友人だろうが、親、兄弟であっても、彼らに対して怒りを覚えようものなら、一気にその関係性は失われる。
人を別のものに作り変えてしまう。
過保護な精霊によって抱えてしまった、自らの身に掛けられた呪い。
それを改めて見てしまった事で、弱ってしまったのだろう。
「ねぇ、シモン。このままでいいから聞かせてくれない?」
「ん? 何を?」
「あなたが私の依頼を受けてくれた理由。私の父が、レンタル魔王が助けてくれるなんて言った理由。あなたの⋯⋯失恋の話」
「⋯⋯それは」
「あら、失恋したら慰めに話してくれるって言ったわよ? 婚約者を突然喪ったんだもの、失恋したも同然じゃない?」
「まいった。じゃあ話すよ⋯⋯いや、違うな」
口にしてみてわかったが、そう、違う。
彼女に言われたから話すのではない。
俺が聞いてほしい気分なのだ、彼女に。
カレーナの手をゆっくり外し、身体を起こす。
「ただ、これだけは約束して欲しい。この話はここだけにしてほしい。誰にも言わないと誓ってほしい」
「ええ誓うわ、誰にも言わない。だって──」
カレーナはいたずらっぽく笑い、俺の太ももに手を置きながら言った。
「二人だけの秘密だなんて、すごく恋人っぽいわ」
「そうだな」
彼女の手に、自分の手を重ねた。
そのまま、彼女の瞳をまっすぐと見ながら、俺は話を始めた。
「カレーナ、俺は──五百年前に、君の祖先エレオノーラによって封印され、現代に蘇った⋯⋯『最後の魔王』なんだ」
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