第19話 悲壮感
彼らは再び俺の怒りの対象となる事で、同じ恐怖を味わうなんて事態を招かないよう怯え続けるしかない。
それは理性ではなく、本能の奥底に、新たに押された刻印だ。
重度の麻薬中毒患者が、激しい禁断症状から、薬を手に入れる為に手段を選ばなくなるのに近い。
思想も、信条も、復讐心も、倫理観も、全て塗り替えられてしまい、彼らの行動原理は一つになる。
──二度と俺の不興を買わない事、だ。
「カルミッド」
「はい」
「黒幕は誰だ?」
「はい、今回の件を仕切っている最高責任者はデボン卿です」
ああ、あいつか⋯⋯顔見知りだ。
俺の顧客のうちのひとりだ。
あいつなら、何とでもなるな。
俺を自分の趣味に利用しながら、裏で反種族共存主義者だったとはな。
「わかった、ではお前はヴァイス殺害の件で自首しろ。そして今回の件について取り調べを受け、全て自白しろ。だが、俺の名は一切出すな」
「はい、シモン様の仰せのままに」
「残りは⋯⋯今回の件について証言者になったのち、騎士団復帰が認められた者は、団員という立場を活かして種族共存に励め」
それぞれの騎士が神妙な顔つきで頷く。
彼らはもう、今までの人間関係よりも、俺の命令を重視する。
恐怖に操られる人形と化してしまった。
何よりも不幸なのは──彼らの中で、魔族への怒りや反種族共存主義的な考えは残っている、という事だ。
彼らは魔族を憎み、自分を変えてしまった俺を憎み続ける。
その上で、恐怖から解放してくれる俺という存在に強く依存してしまう。
魔族への憎しみが強ければ強いほど、葛藤は強くなり、数年で廃人と化す。
復讐の権利も与えられず、心が潰れてしまう。
人質となっていた二人を見る。
この騒ぎの中、二人は眠っていた。
騎士達に命じて、ヴァイスの死体を二人から見えない場所に移動させ、床の血は水魔法で洗い流す。
戦いの痕跡を消し去り終え、睡眠薬の効果を消すために、二人に解毒の魔法をかけた。
まず起きたのは姉のクラリスだ。
彼女はしばらくぼーっとしていたが、俺に気付いた。
「あれ、シモンさん⋯⋯どうしたの?」
「迎えに来た、帰ろう」
「うん⋯⋯ロイ、ロイ、起きて⋯⋯」
「いいよ、俺が抱っこするから。クラリスは歩けるかい?」
「うん」
ロイを左手で抱え、右手でクラリスと手を繋ぐ。
倉庫の出口に向けられた向かいながら、一度だけ振り返った。
俺が一瞥を送った先で、騎士達が俺を見ている。
俺の事を激しく憎みながらも、俺に逆らえず、卑屈な視線を送ってくる、いつか壊れてしまう人形たち。
──自分の怒りが生み出した結果を確認し、自然と溜め息が漏れるのを自覚しながら、俺は外に出た。
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「お前⋯⋯顔色が酷いぞ、大丈夫か?」
ベリスが俺を見るや、眉をひそめながら言ってくる。
珍しい反応に驚きながら、俺は口元に笑みを作った。
「たまには悲壮感を漂わせるのが、いい男ってもんだ」
「心配して損したよ」
倉庫内で起きた出来事、その顛末を簡単に伝え、子供たちの事をスラムに送り届けるように頼んだ。
「しかし、カルミッド達は本当に自首するのか?」
「ああ、間違いない」
俺の断言に、ベリスはチラリと虚空を見る。
「なるほど⋯⋯コイツの仕業、か」
普通の人間なら何も見えず、感じる事もない。
だが、一流の魔法使いであるベリスなら感じているだろう。
実像こそハッキリ捉えられなくても、闇の精霊の存在感を。
「過保護な奴でね。過保護過ぎて、俺の願いは聞かず、俺の為に勝手にいろいろしてしまう」
俺が肩を竦めると、ベリスは苦笑いを浮かべた。
「お前が気にする事じゃねぇよ、間違ってるのは過保護な愛し方って事だ。間違った愛情は、時に独占欲と同じで、檻と変わらんよ」
「元スリの元締めらしい、含蓄に富んだ言葉だ」
「けっ、慰めて損したぜ。ほら、二人ともいくぞ」
二人の手を引き、ベリスが歩き出す。
その背に俺は声を掛けた。
「ベリス」
「ん? なんだ?」
「⋯⋯ありがとう」
「最初からそう言えよ、照れ屋が」
「慣れてないんだよ⋯⋯優しくされるのに」
「そりゃ、いつだって強いところばっかり見せようとしてたら、優しくされようがねぇだろ」
ベリスはそれだけ言って、今度こそ立ち去った。
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