第11話 カレーナの事情(後)

 最初からとは言ったものの、そこまで過去の話から始まるとは思ってもいなかったが⋯⋯それだけ因縁が深い、ということなの知れない。

 

「それから彼と大体月に一回会ったわ。学校であったことなんかの、取り留めの無い話が多かったわ⋯⋯でも、五年くらい前から少しずつ皇家の現状、皇帝の置かれた立場⋯⋯そんな話が増えたわ。皇家に婿入りして、もし自分が皇帝になったら、といった話なんかがね」


 皇家への婿入りが決まり、まわりの人間たちの一部が、彼を『次期皇帝』などとはやし立てたんだろうな。


「多感な時期に、周囲からいろいろいわれたんだろうな」


「たぶんね⋯⋯。彼は学業も優秀だし、期待する人も多かったんだと思うの。ただ、それまでは気にしていなかったんだけど、ちょっと目立つようになったの⋯⋯過去の、皇帝への非難が」


「ふむ⋯⋯例えば?」


「『なぜ他種族を平等に扱うような政策を進めたのか』とか、『結果として皇帝は力を失った』とか、ね」


 若者にありがちなパターンだ。

 若者特有の全能感から、他者の行いが思慮不足に見える。俺ならもっと良くできるのに、なんて思考に陥りがちだ。


 俺がヴァイスの人物像について考えている間も、カレーナは話を続けた。


「それからお互い大学に入って、彼と同じ学校に通うようになってわかったわ。彼の周りには、人間しかいない。他種族に対して排他的な人しか、ね⋯⋯全員『本当なら、自分たちはもっと偉そうにできたのに』って、口にしないまでも思ってそうな人たちばっかりよ」


「難しいな、その辺の感情は」


 差別問題の難しい所だ。

 平等と言えば聞こえは良いが、それは持つ者がワリを食い、持たざる者を優遇するに他ならない。

 さらにいえば、はたから見れば持つ者であっても、持たざる者を自認しているケースなどもある。


 自分は、もっと持つべきだ、と。


 不満を吐き出すと、先ほどより酒を多めに飲み下し、カレーナは先を続けた。


「その間もひと月に一回、二人で会う時間は作られたわ。私は彼が差別的な発言をするたびに諫めたわ。皇帝になるなら、そのような事を言うべきじゃない、って。それで疎ましく思ってたのでしょうね。先週⋯⋯彼とアンナが抱き合ってる所を見ちゃったの」


 アンナってのは、確かカレーナが依頼の時に言ってた『恋多き女性』か。


「ショックだったわ。裏切られたのもそうだけど、彼がそんな軽率な行動をしちゃうような人だって事も。そのうえアンナは、私が何も知らないと思って『恋を知らずに許嫁と結婚だなんて可哀想』なんて⋯⋯」


 だいたいわかってきたな。

 要はヴァイスにとって、カレーナは恐らく『コンプレックスを刺激される相手』なのだろう。


 皇帝にはなりたいが、それは彼女との結婚があってこそ。

 皇帝という立場が人質に取られているような心境の上、その人物は自分の考えを否定してくる。

 本来自分が皇家なら、そんな惨めな思いをしなくてすむ、と考えてもおかしくない。


「それで私は、ヴァイスを困らせてやろうと思って家を飛び出したの。でも⋯⋯」


「でも?」


「話してて、情けなくなってきちゃった。結局私がやった事なんて⋯⋯立場を利用して、彼を困らせてるだけ。私がいなければ、アナタは皇帝になんてなれない。それをわからせてやろうなんて、子供地味た発想で、貴方や、周りの人に迷惑掛けているだけなんだもの」


 それ自体はそうだが⋯⋯足りない。

 

「いや、君の行動によって、もしかしたら皇家に絡む問題が表に出てきたかも知れない」


「えっ?」


「おかしいと思わないかい? 君が言ってたのがこの依頼に絡む全てだとして、なら何故騎士団が君を血眼になって連れ戻そうとする?」


「それは、私を保護しようと考えているんじゃないかしら? 皇家はもう権力のない象徴とはいえ、何かあれば種族同士の対立の火種になりかねないし⋯⋯」


「それなら、もっと穏便に済ますはずだ。わざわざ新聞が婚約破棄や、君の失踪を伝え、騎士団を動員してるのは、事を大袈裟にしようとしているとしか思えない」


「そう言われれば、そんな気がするわ」


「何か思い当たる節でもないか?」


 俺の疑問にカレーナはしばらく考え込んだが、やがて降参するように言った。


「今のところ思い付かないわ」


「そうか。なら、やるべき事は一つだな」


「⋯⋯何?」


「食事を楽しもう」


「ふふ⋯⋯わかったわ」


 カレーナは吹き出し、笑顔で同意した。

 そして、付け加えるように言った。


「貴方に依頼して良かったわ。慌てたりしないから、一緒にいて落ち着いた気持ちになれる⋯⋯ありがとう、シモン」


「じゃあ、事が終わったら宣伝してくれ。何かあったら『レンタル魔王』に頼ってくれ、って」


俺は軽口を言ったつもりだったが、カレーナの表情が引き締まった。

 彼女は何か言おうと逡巡している様子だったが、意を決した様子で説明を始めた。


「私が貴方の事を色々聞きたがってたのね、昔⋯⋯十年以上前、私がまだ子供の頃、父が一度だけ言ったの」


 カレーナは興奮を落ち着かせるためなのか、グラスの酒を半ば以上飲んだ。

 グラスを置くと、俺の事を真っ直ぐ見ながら言った。


「本当に困った時は、『レンタル魔王』が助けてくれるって」


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