第10話 カレーナの事情(前)

 俺の追及に、カレーナは困った表情を浮かべた。


「確かに悩んでいる事はあるわ。でも、1日恋人の依頼も嘘ってわけじゃないの、ただ、不安で⋯⋯」


「その不安を俺に解消できるかはわからない。ただ、良かったら聞かせてくれ」


「⋯⋯うん、あなたなら話しても良いかも。でもここじゃちょっと」


 まあ、こんな騒ぎになってる以上、街中で立ち話するような内容でもないだろう。


「ちょっと早いが、食事にしようか。そういえば中断されてしまったし」


 朝食兼昼食のような食事だったが、ベリス率いる治安維持騎士団に邪魔され、カレーナはパンを、俺はスープもパンも食べきれなかった。


「よし、じゃあ俺のビルに戻ろう」


「⋯⋯え、大丈夫かしら?」


「結界を張ってるから俺たち以外は入れない。ナイショ話をするにしても、あそこより最適な場所はないさ」


「貴方が言うなら、間違いないわね」


「お、信用してくれるのかい?」


「ええ、もちろん。たった半日だけど⋯⋯わかるわ。貴方が信用できるかどうかは、ね」


「なぜ?」


「だって、仕事の手を抜かないじゃない。普通なら、騎士団に追われてる面倒くさい女なんて、ほったらかしにして当然よ」


 確かにそうかも知れない。

 そもそも、俺がたまたま銃に対して対抗できるってだけで、個人はもちろん組織であっても、通常なら騎士団に対抗できない。


 まあ、そうじゃなければ治安維持なんて出来ないわけだが。



「よし、じゃあ食料を買い込んで戻ろう。旨いテイクアウトを出す店があるんだ」


「いいわね、買い食いなんて初めて、楽しみだわ」


 


 ──カレーナの要望を聞きながら色々買っていると、三日は持ちそうなくらいの食料を集める事に成功した。


────────





 食料を買い込み、ビルに戻る。

 少し離れた場所から観察すると、ビルの周辺には二十人近い騎士が配置されていた。


「集まってるなぁ」


「あんなに人がいるけど、入れるの?」


「ああ、問題ない。幻術を使用して彼らを釣る」


 光魔法を使用し、俺たちと全く同じ姿をした幻影体をビルの近くに出現させた。

 俄に騒ぎが起こる。

 彼らに見つかったのを確認してから、幻影体を俺たちから離れるように操作する。


「なッ⋯⋯急に! どこから現れた!」


「カレーナ様、そいつから離れてください!」


 騎士たちは一気にそちらに殺到する。

 入口に待機している騎士はいなくなった。


 もし見張りが残れば眠らせるなどの対処を考えていたが、どうやら杞憂だったようだ。


「よし、いこう」



 急に騎士が戻ってきても大丈夫なように、念のため俺はさらに魔法を使用し、俺とカレーナの姿を消した。


 そのままビルに戻り、入口から堂々と中に入る。


「さて、ここだとまた防音の魔法が必要になる、二階に行こう」


 階段を上り、二階の部屋に入った。

 光が外に漏れないようにするため、ガラス窓に木窓をはめ、ランプに魔法で火を灯す。


「へぇ、片付いてるのね」


「ああ、二階は普段あまり使用しないんだ」


 二階にあるのはテーブルと二脚の椅子、本棚には新聞のスクラップや本などで、読書や新聞の切り抜きをするための趣味のための部屋だ。

 説明しながらテーブルに料理を並べる。

 といっても、包んであった紙を広げる程度の作業だが。

 ついでに酒瓶も用意する。

 ドワーフの醸造所で作られた、帝都で一番のシェアを誇る蒸留酒だ。


「俺はこれをロックで飲むが⋯⋯カレーナ、普段君は酒を飲むかい?」


「舐める程度に。あまり美味しいと思ったことはないわね」


「なるほど。では薄めにして、果汁を多くしよう」


 魔法で氷を生み出し、それぞれのグラスにそっと落とす。

 俺はそこに直接酒を注ぎ、カレーナのグラスには少量入れたあと、水魔法で薄め、用意してあったフルーツを魔法で絞った。


 柑橘類の酸味と甘みを合わせた香りが鼻腔を刺激する。

 果汁と果肉が酒に注がれ、透明な酒に彩りを添えた。


「では、乾杯」


「乾杯」


 お互いのグラスを軽く合わせる。

 俺が口を付けるのにあわせて、カレーナもグラスのふちに口を付ける。


 少し飲み下してから、カレーナが笑みを浮かべた。


「美味しい⋯⋯なにより、とっても飲みやすいわ」


「この酒は安物だけど癖がないんだ。酒好きには物足りないかもしれないが、俺はこれで十分だ」


 次に料理に手を付ける。

 どれも高級ではないが、市場で評判の高いものだ。


 カレーナも初めての味に好意的な感想を述べながら、物珍しさも手伝ってか次々に口に運ぶ。


「辛いものは避けておいた」


「嬉しい心遣いね」


 本来するべき話は彼女が抱えている状況を聞き出すことだが、慌てることもないだろう。

 話すタイミングを彼女に任せていると、しばらくしてカレーナが切り出した。


「どこから話そう、と考えているんだけど」


「うまく話す必要もないさ、まず最初から」


「⋯⋯うん、じゃあ私とヴァイスが許嫁になったのは、私が十歳のころだった。それ以前にも会ったことはあったけど、彼を家に招いて⋯⋯その時に父に言われたわ。『カレーナ、君とヴァイスは将来結婚するんだ』って」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る