第9話 義務

「よしお前たち、今日はお客さんが来ている。まずは挨拶だ」


 俺が号令をかけると、子供達は次々に挨拶し始めた。


「お姉さんこんにちは!」


「こんにちは!」


「こんにちは、お姉さん!」


 スラム街の子供らしからぬ礼儀正しさに、カレーナは少しビックリしている様子だったが、すぐ気を取り直したようで挨拶を返した。


「こんにちは。みなさん礼儀正しいですね」


 彼女の言葉に、子供達の中でも年長の少女メルが返事をした。


「はい! シモンさんが教えてくれたんです、挨拶は大事だって。シモンさんは魔法も教えてくれるんです!」


「魔法を? 凄いわね」


「はい、私たちも魔法が上手になれば、将来お仕事できるからって」


「ああ、魔族は魔法で役に立つって所を見せれば、今より良い暮らしができる。だからみんな、今日も頑張ろうな! ちゃんと頑張ったら、いつも通りご褒美もあるぞ!」


 俺が用意した食料は、訓練を頑張った子供達に振る舞う為のものだ。


 いくら子供に将来の話をしてもピンと来ないからな。

 目先の褒美欲しさに頑張るくらいがちょうど良い。


「カレーナ、デートの依頼中すまないが、ちょっと待っててくれ」


「ええ、私の事は気にしないで⋯⋯誰かと話ながら待ってるわ」



 ──カレーナの了承を得て、魔法の訓練を開始する。


 その間カレーナは、休憩中の子供やガリス爺さんと話をしていた。







──────────────────────




 二時間ほどスラムに滞在した。

 次に来るまで練習しておけと課題を与え、今日は終了だ。


「シモンさん、また来てね!」


「お姉さんも、また来て下さい!」


 子供たちの見送りの言葉を受けながら、二人でスラムの外へと向かう。


 しばらくして、カレーナが俺に聞いた。


「ああやって、毎日教えてるの?」


「いや、そのときに受けている依頼にもよるが⋯⋯だいたい週に二、三回だな」


 平均すればそんなもんだろう。


「でも、なぜ貴方がそんな事を?」


「貧困から抜け出すには、技術を身に付け、手に職を持つのが一番だからな。魔族なら訓練すれば何らかの魔法に適応するし、無用にはならない」


「じゃあ、職業訓練って所かしら」


「そうだな、実際俺を真似て魔法をウリにして商売を始める者も多い。レンタル魔王の仕事も、俺じゃなくても大丈夫なら、他の魔族に仕事を振る事もある」


「訓練だけじゃなく、仕事の斡旋も?」


「ああ、俺が帝都に来て十年、事務所を構えレンタル魔王を開業して五年。最初は殆ど利用者もいなかったが、最近では徐々に利用者が増え、常連さんも多くなってきた」


「奥さんにバレずに、安全に浮気したい人とか、ね?」


「実は、旦那にバレずに浮気しようとする奥様にもご贔屓いただいてるんだぜ?」


「今回の私もそれに近いわね」


 カレーナが愉快そうに笑う。

 皇家の人間だからと、自分の事を棚に上げたりしないのは良い事だ。

 

「俺が帝都に来て最初の五年は、情勢を知るのに費やした。魔族が置かれている現実を見て、問題点を洗い出し、少しでも彼らの生活を向上させたい⋯⋯と思ってな。俺が執着してるのは、そこだ」


 結果として長く引っ張る事になった、俺が『執着』しているものを答えると、カレーナは少し考えてから、話題を切り出した。


「ガリスさんが言ってたんだけど⋯⋯」


「ん?」


「元々はお孫さん、スリの元締めみたいな事してたって。それを貴方が止めさせた、って」


「そんな事もあったな」


「凄く感謝してたわ。孫を更正してくれた、って」


「魔族や、魔族の子や孫ってのは小さい頃から差別され、どうしても社会を恨み、非行に走りがちだ。だが、それで悪事を働けば『やっぱり魔族は』と差別を助長する」


「⋯⋯」


「だから、その連鎖は断ち切らなければいけない。この街、この国の住人になりたければ、この街やこの国にとって役に立つ人材にならなければ、な」


「うん、凄くわかるけど⋯⋯なぜ、貴方がそのために、いろいろとやってるの?」


「魔族の、立場向上のために生きる。それは俺の義務だ」


「だから、魔王なんて名乗ってる?」


「⋯⋯まあ、そんな所だ。話過ぎたな」


「ううん。もっと聞きたいくらい⋯⋯貴方の事」


 カレーナの瞳は、スープを意地で飲み干す前と同じ雰囲気を帯びた。

 ただ、俺はもうこの話を続ける気にはなれない。

 スープを飲み干した分くらいは、もう返せただろう。


「今日1日恋人として過ごすには、十分な情報量さ」


「⋯⋯そうかもね」


 彼女は頭が回る。

 俺の言葉を、キチンと理解している。

 これ以上踏み込ませないという意図を正確に汲み取り、カレーナは少し残念そうに微笑んだ。


 しばらく沈黙が続き、二人で歩く。

 スラムを間もなく抜けるという頃、俺は切り出した。


「カレーナ、そろそろ君も話してくれ」


「えっ、急にどうしたの?」


「1日恋人も嘘じゃないのかもしれないが、君は俺に隠し事をしている」


「なぜそう思うの?」


「騎士団の動きが早すぎる。君の身柄を確保しようと躍起になりすぎているし、ベリスが『複雑な状況』と言っていた」


 そう。

 騎士団が捜索し、俺の手配書まで回している。


 家出娘を連れ帰そうとするには、少々大袈裟すぎる。

 何者かの意図が、強く働いているのは明白だ。


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