第8話 スラム街

「とんでもない人ね⋯⋯銃が機能しないなんて」


 俺の説明に、カレーナは茫然と呟いた。

 彼女を含め一般的には


『戦闘手段として、魔法は銃に劣る』


 というのが常識だ。

 そして、それは概ね正しい。


 実際問題、魔法には制約が多い。

 そもそも俺のように無詠唱で現象を発現できるものは限られる。

 そして、どんな熟練者であっても行使するのに精神的な集中が必要だ。

 状況が入り乱れる近接戦闘においては、どうしても後手に回りやすい。


 しかも魔法は長年の修練が必要な上に、ある程度続けてみないと自分が何の属性に適応するのかもわからない。

 結果、現在においては元々魔法が生活に溶け込んでいたエルフや魔族といった一部の種族、人間でも家系的に魔法に携わっているなど、限られた者が修練する技術になってしまっている。


 修行しても最悪の場合、無駄に終わるリスクのある魔法より、練習すればその分取り扱いに慣れる銃が、武器として主流となるのは当然とも言える。


 俺の仕事で言っても、掃除も、壁の修繕も、魔法が使えれば便利ではあるが、魔法に頼らなくても代替の手段はいくらでもあるのだ。


「まあ、俺のような例外もいる。それだけの話だよ」


 カレーナの呟きに簡単に答えると、次に向かう場所について考える。


 手配書が回っている以上、あまり街中をウロウロするのは得策ではないだろう。


「さて、デートの続きだが⋯⋯俺が何に執着しているのか、その答えを見に行かないか?」


 彼女がこくりと頷き、次の行き先は俺に一任された。





──────────────────────



 俺たちはまず市場に行き、そこで食料を買い込み、帝都で一番治安が悪いとされる、魔族のスラム街へと移動する事になった。


 華やかな帝都の、暗部とも言える地域。

 住民の九割が魔族で、他の一割も人間以外の種族がほとんどだ。

 本来なら皇家の人間を連れてくるような場所ではない。


 だからこそ、ここに差し向けられる追っ手は限られるだろう。


 政府がいくら『種族平等』を叫んでも、ここには種族同士が抱える軋轢あつれき、その現実がある。




 ──種族の融和が進んだ現在にあっても、魔族に対して他種族からの偏見は今なお強い。


 それは人間と魔族の歴史による。


 エルフやドワーフ、オーガなどの他種族とは早期に友好を結んだ人類だが、最後まで敵対したのが俺たち魔族だ。


 五百年前に帝国ができるまで、魔族と人間は数百年ものあいだ敵対関係にあった。

 千年以上前には、魔族と人類は支配層と奴隷という関係で、『魔王』が絶対の支配者として両者の上に君臨していた。


 魔法が使えず、寿命も魔族に劣る人間たちだったが、その繁殖力で数はドンドン増えた。

 その中から、魔族と交わる事で魔法を扱う力を獲得する者も現れ始め、次第に両者のパワーバランスは崩れた。


 結果、魔族に反旗を翻した人間によって幾つかの国が建国され、他種族の国家とも連携し、反魔族連合国家群を形成──簡単に言えば、魔族はそれまで多種族をないがしろに扱ったツケを払わされた形だ。


 反魔族連合によって、魔族はその領地を次第に狭めていく事になる。


 それでも崩しきれなかったのが、魔王という強大な存在だ。

 しかし五百年前、最後の魔王が『国母』と呼ばれる女傑エレオノーラに敗北した事で、魔族は完全に人類の軍門に下った。


 エレオノーラは後に初代皇帝となる『仮面帝』の母となった。


 初代皇帝は大陸を統一し、帝国を樹立。


 皇帝は魔族を含めた他種族を、人間と同じ帝国臣民として平等に扱うと宣言した。

 だが、それまでに根付いた差別感情は、共和国となった今なお解消しきれていない、というのが現状だ。



 ──というのが、カレーナの歴史観らしい。




「⋯⋯まあ、もう当時の事を知っているのは、エルフの長老くらいでしょうけどね」


 彼女の説明に、特に異議はない。

 五百年前に比べればマシだが、魔族は今でも人間から見れば忌避されがちで、このスラム街がその証拠だ。


 魔族全員ではないが、その多くが帝都の一角に押し込められているわけだからな。



「魔族の寿命は約三百年だからな。もう人間も魔族も、当時からとっくに入れ替わってるが、なかなかままならないもんだよ、歴史由来の因縁ってのは」


「そう言えば⋯⋯シモンって何歳なの?」


「俺は今年で三十二か三だな。正直、あまりちゃんと数えてないが、確かそのあたりだ」


「もっと若く見えるけど⋯⋯魔族は若い時代が長いって言うもんね」


「ああ、二百五十歳あたりで急に老け込む。だから、気をつけないと、口説いてるのが二百歳上の婆さんって事もある」


「あなたが爺さんじゃなくて良かったわ⋯⋯なんて言ったら怒られるかしら?」


「さあ? 聞いてみればいいんじゃないか?」


 俺が指差した方向には、まさに魔族では珍しい爺さんがいた。

 爺さんは俺に気が付くと、嬉しそうに声を上げた。


「おお、シモン! 今日も来てくれたのか⋯⋯珍しいな、女連れ⋯⋯って、そのお顔は!」


 爺さんはカレーナの足元に跪き、感極まった様子で声を上げた。


「皇女殿下、このようなむさ苦しい所によくぞおいで下さいました。この街を代表してお礼を申し上げます」


「えっ? あの⋯⋯」


 爺さんの態度が二つの意味で意外だったのか、カレーナは困ったように、俺と、目の前で跪く男の間で視線を往復させた。


「あー。このガリス爺さんは、さっき飯屋で出会ったベリスの祖父だ。なかなかの魔法使いだから、認識阻害なんて見抜く」


「おお、うちの孫にまで会って頂いたのですか! ありがとうございます!」


 俺の余計な一言に、ますます興奮した様子のガリス爺さんに、カレーナは困ったように言った。


「そんな、頭なんて下げないでください。私は皇家の者とはいえ、今は特に権力もないただの小娘です。目上の方に、このように丁重に扱われるような存在では⋯⋯」


 カレーナの謙遜に、ガリス爺さんは強く首を振った。


「いいえ! 五百年前、根絶やしにされてもおかしくなかった魔族を保護していただき、今現在もこのように生を謳歌できるのは、初代皇帝陛下の慈悲あってこそ! 代は変われど、我々魔族はその恩を忘れておりません!」


「爺さんそろそろ落ち着け、カレーナが困ってる」


「おい、シモン! カレーナ様を呼び捨てにするとは、お前は何様だ!」


 ガリス爺さんの興奮が止まらない。

 普段から皇家への賞賛が止まらない人物だが、ここまでとは思わなかった。


「ガリスさん、シモンには私がお願いして、敬語を止めて貰っています。だから怒りをお納めください」


「むう⋯⋯確かに認識阻害を掛けているようですし、お忍びならそれも致し方ないですな」


 ガリス爺さんが不承不承といった感じで矛を納める。

 彼が落ち着いたのを見計らってから、俺は言った。


「じゃあ爺さん、いつも通り子供たちを集めてくれ」


「おお、そうだな。皇女様にお会いできるなんて僥倖、儂が独占するなどとんでもない。⋯⋯シルヴェ・テーラ・ノダールア⋯⋯」


 ガリス爺さんは頷くと、呪文を詠唱した。


「カレーナ、耳を塞いで」


「えっ? うん」


 俺に言われるがまま、カレーナは耳を手で塞ぐ。

 ガリス爺さんは詠唱を終えると、大声で叫んだ。


『集まれ! シモンが来たぞ!』


 ガリス爺さんが叫んだ瞬間、空気が震え物理的な圧さえ感じる。


 まあ、俺にはどんな大音量も、風の精霊が勝手に加護を発揮するので平気だが。

 魔法によって増幅された声が、街中を木霊こだまする。


 しばらくして、声を聞いた住人がワラワラと集まってきた。


 その殆どが子供だ。

 全員、俺を見つけるや否や駆け寄ってきた。


「シモンおじさん!」


「シモンさん!」


 十人程度の子供たちが、俺たちを取り囲んだ。


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