第7話 暴発
「き、貴様⋯⋯」
撃ってみろという俺の挑発に、場の緊張感が増す。
剣や魔法とは違い、ただ引き金を引きさえすれば弾丸が発射され、相手を殺傷せしめる武器。
ドワーフの名工が四百年前に基礎を作り出し、やがて進化し、万能では無いが、現在ではあらゆる武器に優位性を持つ。
命中させるのに弓ほどの鍛錬を必要とせず、貫通力により鉄鎧を過去の遺物に格下げし、剣の達人すら躱す事ができない速度を有する凶器──銃。
五丁の銃が俺に狙いを定めている。
先頭にいる
「我々が、撃てないとでも?」
「ああ、撃てないね」
俺の即答に、五人長は眉尻を吊り上げた。
「舐めるなよ、魔族風情が。お前一人撃ち殺した所で、後始末はなんとでもなる」
「それはそうだろうが、撃てないんだよ⋯⋯お前等は」
「戯れ言ほざきやがって⋯⋯」
「戯れ言? よかろう、なら⋯⋯俺が命令してやろう」
彼らにとって、意味不明な言葉だったのだろう。
表情に疑問符を浮かべながら、五人長が呟いた。
「貴様、何を⋯⋯?」
「──『撃て』」
俺が『呪言』で命令した瞬間、五人長を除く四人が引き金を引いた。
カチャン、と撃鉄の音が鳴り響く。
──しかし、ただそれだけだった。
「なっ⋯⋯! お前等、勝手に何を!」
慌てふためく五人長に、四人の中から一人が報告なのか、言い訳なのか、即座に答えた。
「ち、違うんですチーフ、ゆ、指が勝手に⋯⋯!」
「流石に部隊を率いているだけはあるな、大した自制心だ。ならばもう少し強く命令してやろう──『撃て』」
俺の命令に、今度は五人長を含め、全員が引き金を引いた。
しかし、また何も起こらない。
『撃て、撃て、撃て⋯⋯』
俺が命令する度に、彼らの意志を無視してカチャン、カチャンと撃鉄の音がする。
騎士団の銃、その弾丸装填数と同じ数となる六回ほど命令を繰り返し、止めた。
五人長は、足止めのために先に一度発砲している。
これで全員の、引き金を引いた数が揃った、という事だ。
「な、何をした⋯⋯? 貴様⋯⋯」
震えた声で五人長が声を漏らす。
俺は無視し、次の命令をした。
「では、次に⋯⋯『銃口を上に向けろ』」
五人が銃口を俺から外した瞬間──。
ボンッと。
「う、うわっ! な、なんだっ!」
「ぐわっ!」
騎士たちの悲鳴を伴い、銃が暴発した。
何が起きたのか──俺には分かる。
装填されている銃弾に、一気に着火されたのだ。
結果、上を向いた銃口からは弾丸が各々、一発ずつ発射され、他の弾丸はシリンダーに残ったまま暴発した。
銃は爆発によって粉々に分解され、破片が彼らを襲う。
銃を持っていた右手を抑える者。
顔に破片が突き刺さり、
騎士たちが全身を使ってそれぞれに苦しみを表現する中、長としての矜持なのだろう。
指が二本吹き飛び、激しく出血する右手を左手で抑えながら、五人長が叫んだ。
「貴様ぁっ! 何をしたぁああああッ!」
「見てただろ? 俺は何もしていない。五人全員が銃の整備不良とは、不運だな?」
「ふざけたことを⋯⋯」
「ふざけてなどいない」
俺は五人長へと歩み寄りながら、彼の足元に転がる指を二本拾い上げた。
「いやはや、痛々しいな──どうする? 良かったら俺が全員治療してやるが?」
「⋯⋯どういう、ことだ?」
「本来ならレンタル料を払って貰う所だが、無料にしてやろう。その代わり、俺にお願いするんだ、
「そんな事、できるか」
「ふぅん。苦しむ部下の為に、下げる頭はないか?」
俺の言葉に、五人長はハッとして振り返る。
五人の中で、一番暴発による被害が軽微だったらしい男が、顔を抑えて転がっていた男のそばにしゃがんだまま声を上げた。
「チーフ! セッツァーの目に、破片が! このままだと失明は免れません!」
部下からの報告に、五人長は『ギリッ』と、俺に聞こえるほど激しく歯を鳴らしながら、一度目をつぶり、再び開いた目で俺を見据えた。
「治せるか?」
「ああ。すぐに処置すれば失明も防げる」
「⋯⋯頼む」
「頼み方はさっき言ったはずだが?」
「⋯⋯あくまで、俺のチームだけだ」
「ああ。それでいい」
「陛下と政府に誓って、我々のチームはお前の追跡を断念する。俺はいいから、部下を治療してくれ」
誓いの言葉に、わざわざ陛下と政府の二つを付け加えてきた所から、信用しても良いだろう。
俺は頷き、五人長の肩に手を置いた。
「己の矜持より、部下を大事にする。それができる男は好きだ」
この判断によって、彼は降格させられるかも知れない。
だが、自分の保身より部下を優先する態度に、この男の、騎士としての誇りが見える。
「ちなみに⋯⋯お前の治療はもう済んでいる。痛みがあると、判断を誤る可能性があるからな」
俺の言葉に、五人長はハッとした表情で自らの右手を見る。
既に繋がっている指を見て、彼の口から呟きが漏れた。
「いつの間に⋯⋯?」
「お前が部下の方に振り返った時だ」
彼の疑問に答え、俺はセッツァーと呼ばれた男の治療を始めた。
──────────────────
治療が終わると、約束は反古にされる事もなく、彼らは撤退した。
それを見届けてから、俺はようやくカレーナに声を掛けた。
「済まない、デート中に待たせたな?」
「ううん、それは、全然構わないのだけど⋯⋯」
暴発したとはいえ、銃撃戦の末に流血騒ぎだ。
それなりにショックを受けたのだろう、彼女の顔がやや青ざめている。
しばらく黙ったまま二人で歩いていると、少し落ち着いたのかカレーナが聞いてきた。
「何をしたの? 全員の銃が暴発するなんて⋯⋯普通なら考えられないわ」
「まだ、何に執着しているのか答えてないが、次の質問かい?」
「取りあえず、今はこっちが気になるわ」
「なるほど。君にはどう見えた?」
少し考えてから、カレーナは答えた。
「まず、貴方が『撃て』と命じたら、彼らは引き金を引いた。なぜ彼らが貴方の命令を聞いたの?」
「呪言という魔法でね。相手の精神に作用し、強制力を生じさせる⋯⋯意志が強いほど効きにくいが、動揺すればするほど抗えないんだ」
「呪言⋯⋯聞いた事ないわ」
「古い魔法だからな。恐らく現代には、俺以外に使い手はいない。彼らは俺が事も無げに『撃ってみろ』と言った事で動揺したんだ」
まあ、俺が敢えて動揺を誘ったわけだが。
危険な状態ならともかく、無抵抗の人間を、容赦なく一方的に撃つ奴はなかなかいない。
「なるほど⋯⋯って、完全にわかったとは言えないけど⋯⋯それよりも、なんで銃が暴発したの?」
「精霊の加護だ」
「精霊の?」
「俺は幾つか精霊を使役しているが、彼らは過保護でね。俺に害意を与える現象を勝手に抑制する」
「⋯⋯よく、わからないけど」
「なら、まずは銃について、だな」
俺は右手で銃の形を真似ながら、説明を続けた。
「銃ってのは簡単に言えば、引き金を引く事で火薬に着火し、その爆発力で弾を飛ばす⋯⋯ここまでは分かるな?」
「ええ」
「なら、引き金を引いても、着火しなかったら?」
「それはもちろん、弾は飛ばないわ」
カレーナが導き出した答えに頷きながら、俺はさらに解説をする。
「そう、過保護な火の精霊は、俺に向かって害意のある火器が使用されても、現象を発現させない。つまり弾への着火を自動的に保留するんだ」
「えっ⋯⋯」
「そして俺への害意が取り除かれてから、現象を発現させる。彼らが銃口を俺から外した瞬間に弾が爆発したのもそれが理由だ、つまり──」
人類が手にした、魔法を超える技術。
敵を討ち滅ぼすのに最適な兵器。
戦いの質を一変させた発明。
だが、例外がある。
「──俺に銃は効かない。なんせ、俺に向かって撃てないからな」
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