第6話 撃ってみろ

 食堂を出て街中を歩く。


 ベリスの態度からするに、他の五人ペンタチーフにもカルミッドから捜査協力が要請されているかも知れない。

 念のため、自分にも認識阻害をかける事にする。


 こうすれば、俺とカレーナは魔族と人間のカップルだ。

 珍しいが、いないわけではない。 


 種族融和が叫ばれて久しいが、それでも、純血主義は一定の支持を集めている。

 裏を返せば、別種族同士の恋愛に眉を顰める者は一定数いるという事だ。


「さっきの騎士⋯⋯ベリスさんだったかしら」


「ん?」


「たぶん、私に気付いていたと思うんだけど⋯⋯?」


「ああ。気付いていたよ。アイツは上に報告してないが四属性適応だからな。認識阻害くらいは魔法無しで見抜く」


「どうして、その、見逃してくれたのかしら?」


「アイツが五人長に出世したのは、俺を上手く利用してるからさ。俺もアイツを利用しているし、まあ、共生関係だな」


「利用?」


「アイツは魔族のクォーターでね。ご存知の通り、人間と魔族のハーフの場合、魔族の外見的特徴は僅かに受け継がれるが、クォーターならほとんど人間と変わらない」


「それは知ってるけど⋯⋯そもそも人間が魔法を使えるようになったのは、魔族との混血だって言われてるし」


 魔族と人間の子は、ほとんど人間と変わらない。

 魔族と人間、その外見的な差異で一番大きいのは耳の形だが、クオーターになればほとんどわからない。

 彼女が言うように、人間が魔法を操る力を獲得したのは魔族との混血の結果だと言われている。


 人間離れした魔法を行使したと言われる初代皇帝『仮面帝』を含め、人間が魔法を使える場合は源流を辿れば魔族に行きつく、と言われている。



「ベリスは魔族のじいさんに育てられ、魔族のコミュニティーで育った。騎士になったのも、差別されやすい魔族を守りたいって動機だ⋯⋯さて。俺が何に執着してるか⋯⋯だったな?」


 話を戻し、彼女の反応を見る。

 カレーナはすぐに「そうよ」とは答えず、頭を下げた。


「その前に⋯⋯ごめんなさい。貴方に迷惑を掛けてるみたいね」


 申し訳なさそうに呟いたカレーナに、俺は首を振った。


「依頼を受けた以上、それによって発生するトラブルを迷惑だとは思わないな」


「でも⋯⋯」


「そもそも皇女を連れ回すなんて依頼、トラブルと無縁だと思っちゃいないさ──」


 パーン!


 話の腰を折るように、乾いた音が響いた。


 銃声だ。

 カレーナの肩を抱きながら、音の発生方向に俺が視線を向けると、五人組の騎士と、別の格好をした男、計六人がこちらに向かってくる。


 ベリスのチームとは別の五人組ペンタだ。


 騎士と別の格好をした男は、スーツに身を包んだ優男。

 目が緑光を発している、魔法使いだ。

 こちらの認識阻害を貫通し、実像を捉えているのだろう。

 ただ、魔法無しでそれができないあたり、手練れでは無いが。


「動くな!」


 先頭の男が警告を飛ばしてくる。

 十歩程度離れた場所で、彼らは俺たちを半円状に取り囲んだ。


 銃をこちらに構えた男、恐らくこの集団の五人長ペンタチーフが、スーツ男に確認した。


「エイル、間違いないか?」


「ああ、カレーナ様と、手配書にあった男だ」


 もう手配書が回っているのか。

 騎士団の動きが早い。


「街中で銃を簡単に撃つなぁ? 通行人に当たったらどうするんだ?」


 俺の軽口に、五人長らしき男は苛立った様子で答えた。


「黙れ、魔族。お前にはカレーナ様誘拐容疑がかけられている。大人しく連行されるなら弁明の余地も⋯⋯」


「誘拐などではありません!」


 カレーナが声を上げ、相手の言葉を否定した。


「皇女様はこう仰ってるが?」


 俺の確認に、相手は忌々しげに呟く。


「現場の下っ端で判断できる事じゃない。取りあえず連行する──全員、構えろ!」


 号令に従い、他の四人も銃を抜いた。


 銃を構えたまま、五人がにじり寄ってくる。

 俺は肩を抱いたままのカレーナへと顔を向けた。


「君はどうしたい?」


「おい、喋るな魔族!」


「文句があるなら、撃っていいぞ? カレーナ様へ当てずに、俺を撃ち抜く自信があるなら、だが」


「くっ、この⋯⋯」


 銃は強力な武器だ。

 魔法を使えない人間が、魔法使い相手に、治安を維持するために開発された武器。


 魔法ほど訓練も要らないぶん、手軽に火力を手にする事ができる。

 一年足らずの訓練で、強力な兵隊を育成できるのは、治安維持において大きなメリットだろう。


 反面、どうしょうもない弱点がある。


 手加減できない事だ。


 命中率に自信があれば、撃ち抜く部位で殺傷力を変化させる事は可能だが、威力そのものを下げる事はできない。


 この状況で、少しでも的を外せばカレーナに当たる。

 そして、魔法使いってのは殺さない限り無効化できない。

 俺が明らかな害意を示せば容赦なく発砲するだろうが、そうで無いなら事情を確認するために、連行を優先するはずだ。


 発砲できるはずがない。


 ──という前提は、取りあえず無視する。


「カレーナ、取りあえず要望はあとで聞こう。危ないから俺から離れろ」


「えっ?」


 肩を押し、カレーナから一旦離れる。

 その上で、目の前の男達に警告した。


「不意に銃を撃たれて、周りに迷惑を掛けるような事があったらイヤだからな。そんなモノが俺に通用すると思うなら⋯⋯撃ってみろ」


 俺は手を広げ、彼らを挑発した。


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