第4話 イメチェン
俺たちが向かったのは『レンタル魔王』の、常連顧客の一人が経営する美容院だ。
本当はあまり気が進まないのだが、背に腹は代えられない。
「ここがさっき言ってた場所?」
「ああ。なんせ君はいろいろと目立つ。顔も、髪も、着ている物も特別すぎる」
目鼻立ちがハッキリした顔。
特に緑がかった青い目は、見るものに強く印象付ける。
肩と腰の間まで伸ばされたピンクブロンドは、顔を軽く振るだけでふわりと広がる。
庶民生活では維持が困難なほど、手入れが行き届いている事の証左だろう。
広い襟を持つドレスも、腰に巻かれた布を含め、仕立ての良さが際立った逸品だ。
しかもカレーナはその人気から、肖像画まで出回っている。
只でさえ目立つ上に、その姿は周知されてるとなれば、見つかるなという方が無茶な注文だ。
美容院のドアを開け、中に入る。
早い時間の為か、好都合な事にまだ他に客はいないようだ。
「いらっしゃ⋯⋯あらシモン! アタシに会いに来てくれたの? 嬉しいわ」
「ああ。お前の力を借りたくてな」
店主は俺の来店を喜んでくれた。
⋯⋯黙っていればハンサムな、小綺麗なエルフ男だ。
「あら、女連れ? もうシモンったら⋯⋯って!」
店主は俺の袖をひっぱって顔を近づけ、耳元に口を寄せると小声で言った。
「ちょっと! あれカレーナ様じゃない! 婚約破棄騒ぎ中の!」
「おっ、流石。客との会話のために新聞くらい読めって、俺のアドバイスが活きてるようだ」
「どういう事なの! この騒ぎもアンタのせい?」
「一気にまくし立てるな、事情はキチンと話す」
──────────────
『1日恋人』の事情を掻い摘まんで話すと、店主は興奮したように叫んだ。
「そうよ! その通りよ! 恋を知らないなんてもったいないわ!」
「あ、ありがとうございます?」
依頼内容に同意されたとはいえ、店主の勢いにややタジタジとするカレーナ。
そんなカレーナへと店主は顔をよせつつ、俺に対して非難がましい視線を送りながら忠告した。
「だけどね、シモンに本気になっちゃダメよ? 彼ったらすぐ人の気持ちを利用するんだから」
「人聞き悪い事言うな」
「あら、そうでしょ? こんなトラブルをアタシの所に持ってくるんだもの」
「仕方ないだろう?」
「何がよ」
俺は店主の両肩に手を乗せ、顔を近付けていった。
「俺が知る限り、お前がこの帝都で一番の美容師なんだから」
俺が意図して作り上げた、真剣な眼差しと共に讃辞を送ると、店主は満更でもなさそうな表情になった。
「も、もう⋯⋯仕方ないわねぇ⋯⋯じゃあ準備するわ。取りあえず貸切の札を下げないと」
店主はスキップしながら店の入り口に向かった。
チョロいな。
「じゃあカレーナ様、ここに座って⋯⋯そう⋯⋯まず髪をわーっ! 凄い手触り! じゃあこれを結い上げて⋯⋯」
カレーナの髪がみるみると姿を変え、頭部にまとめ上げられた髪は、彼女のイメージを活発な物に変化させた。
「次にメイク⋯⋯うわ、肌綺麗、嫉妬しちゃうわー。本当はもっと美しくしたいけど、目立たなくさせなきゃね⋯⋯」
「あとは着替えね。ウチは貸衣装もしてるから⋯⋯あ、シモンは後ろを向いててね! 魔法で覗いたりしちゃダメよ!」
「はいはい」
言い付けを守り、後ろを向く。
衣擦れの音がしてしばらくのち「はい、いいわよー」と許可が下りた。
振り向くと、それまでは高貴な印象を振りまいていたカレーナが、素朴な印象を与えるファッションに身を包んでいた。
⋯⋯だがそれでも「街でちょっと注目を浴びる美人」からは大きく逸脱している。
特に、その『オーラ』とでも表現すべき存在感は隠しきれていない。
「じゃああとはシモン、仕上げをお願いね」
「ああ」
俺と店主のやり取りに、カレーナが質問してきた。
「仕上げ? シモンも美容師の仕事が?」
「いや。姿を変えても君は目立つからな。魔法で出来るだけ見る者の記憶が繋がりにくく──つまり、君を見て『カレーナだ』と連想しづらくする」
「⋯⋯そんな事できるなら、わざわざ着替えたりしなくても」
「いや、元のままだと魔法が効きにくいんだ。印象を少しでも変える事で効果が強化される」
俺はカレーナに手を向け、『認識阻害』の魔法をかける。
完全に姿を見せなくする魔法もあるが、それを使ってしまうとデートには不便だろう。
何も無い所に話し掛ける魔族の男なんて、逆に目立ってしょうがない。
下手したら通報される。
カレーナの身体が緑色に光る。
術者の俺には効果が無いので、店主に確認する。
「どうだ?」
「うん、すっかり別人に感じるわ」
俺と店主が頷きあっていると、カレーナが聞いて来た。
「あの、何だか手慣れてる感じがするわ」
「ん? まあな⋯⋯」
「こういった依頼もあるの?」
「立場や肩書きに縛られない恋愛をサポートする事は、ままある」
「⋯⋯? どういう事?」
「もう、まどろっこしい言い方しちゃって。最近は自由恋愛の風潮のせいか、浮気する人って多いのよ。あと有力な商人や政治家が愛人囲ったり⋯⋯ね? それをバレずに⋯⋯ってこと。シモンの重要なお仕事よ」
店主の言葉に、カレーナはやや呆れたように眉を寄せた。
「そんな依頼⋯⋯多いの?」
「多くは無いが、依頼が来たら積極的に受ける事にしている。特に有力者からのものはな」
「なぜ?」
「君は知らないかもしれないが⋯⋯」
俺は思わせ振りに、一度区切ってから告げる。
「なぜか、有力者の異性関係の秘密を知ると、弱みを握れるんだ」
途端に、カレーナが吹き出す。
少しむせたように咳をしたあと、カレーナが目を拭いながら言った。
「あなたって、悪い人なのね」
「そりゃもう。なんせ──魔王だからな」
────────────────
変装も終わり、俺たちは昼食をとる事にした。
彼女からの要望は『普段行かないような、庶民的な店』との事で、俺の行き着けの食堂へと案内する。
席に案内され、メニューをしばらく眺めていたカレーナだったが、しばらくして白旗を上げた。
「⋯⋯ごめんなさい、知ってる料理名が無いわ」
「なるほど、なら俺が注文しよう」
馴染みのウェイターを呼び、俺は「いつもの、連れにはかなり抑え目で」と注文する。
俺の注文の仕方が気になったのか、カレーナが聞いてきた。
「なぜ私の分は『抑え目』なの?」
ふむ。
そのまま応えても面白くないし、少し捻って返そう。
「仮に君が、子供に乗馬を教えるとしよう。気性は荒いが速い馬と、穏やかでゆっくり走る馬。どっちから始める?」
「そりゃもちろん、穏やかな馬だけど⋯⋯」
「そういう事だ」
「⋯⋯?」
「はい、ロックボアの煮込み、オーガソース仕上げ二つと、パンセットお待たせ!」
他愛もない会話をしていると、給仕が俺たちの料理を運んでいた。
ベースとなる料理は煮込みで、鍋の中で茹でられ、常に用意されているのだ。
待ち時間が無くすぐに提供されるので、俺はいつも同じ料理を注文している。
俺の前に、真っ赤に染まったスープに浸かった肉料理が、カレーナの前に茶色ベースのスープに、少し赤いソースが浮いた物が置かれた。
カレーナは自分の物と、俺の物を見比べ、不思議そうな表情を浮かべた。
「⋯⋯あと、貴方と私で色が全然違うわ」
「ああ。俺のはソース多めだ」
「オーガソース、って言ってたけど⋯⋯何かしら?」
「食べれば分かるよ。初めての味は、まず食べて確認する。料理も恋愛も同じで、頭でどれだけ考えるかより、まずは味わってみる事さ」
「なるほど⋯⋯わかったわ。ロックボアを頂くのは初めてだわ、楽しみ」
「庶民の味さ。筋張ってるが、煮込めばそこから旨味が出で、肉に回る。ここのは長時間煮てるから、とても柔らかいんだ」
先入観を与えないように、ソースの詳細は伏せた。
では、まず俺から。
肉はスプーンで切れるほど柔らかくなっており、
うん、美味い。
俺が食べているのをカレーナが興味深く眺めている。
「へぇ、お肉がそんなに柔らかくなるのね」
「ああ、旨いよ。さあ、冷めないうちに君も」
「ええ」
カレーナは俺の見様見真似で肉を解し、スープと絡め、口に運んだ。
最初は未知の味に恐る恐るといった感じだったが、カレーナはパッと目を輝かせ、口を動かし、飲み下した。
「あら、本当だわ! これすごくおいし⋯⋯かーらーいー! あとからどんどんかーらーいー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます