第3話 デートは晴れの日に

 来客に対しての返事は保留し、俺は指を三本立てた。


 ポッ。


 指先にそれぞれ『白光』『緑光』『茶光』がともり、すぐに消える。


「あの⋯⋯今の光は?」


「魔法を三つ使いました。ひとつはあれです」


 壁に掛けられた鏡に外の様子が映っている。

 男三人が事務所の外、ドアの前に立っていた。


「光魔法で光を屈折し、外を映してます。あの三人に見覚えは?」


 カレーナ様は手を丸めて囗に添え、小声で囁くように言った。


「⋯⋯うちの執事と、ヴァイス様です。もう一方ひとかたは、騎士団より出向されている皇家の護衛です。名はカルミッド」


「カルミッド?」


「はい」


 名前は知っている、あいつがそうか。

 対魔法対策のエキスパート集団、『帝都治安維持騎士団』の中でも、最強と噂される男だ。

 何人もの凄腕魔法使いを屠った、帝都の守護神。


 そんな男が今は皇家に出向、というのも何かキナ臭いものを感じるが⋯⋯。

 


「なるほど。あ、声を抑える必要はありませんよ? 先ほど彼らの周囲に、防音の魔法もかけました。あとひとつ、出入り口と窓に結界を張りましたので、すぐに踏み込まれる事はありません」


「⋯⋯無詠唱で、三属性を同時に?」


「便利な特技です、さて⋯⋯あ、その前に先ほど申し上げたように、指輪を」


「あ、はい」


 俺が手のひらを差し出すと、カレーナ様が指輪を外し、その上に置いた。

 指輪に『魔力遮断』の魔法をかけると、白く光ったのち、放射していた魔力が収まる。

 それを確認してから俺は立ち上がった。


「では行きましょうか。あ、裏口は無いのでこちらの階段を」


「は、はい」


 2人で階段を上りながら、俺は指輪を外した理由を伝える事にした。


「あの指輪には探索効果があります。古い意匠デザインですが、伝説の『天竜花』がモチーフになってます」


「天竜花?」


「はい。枯れる事なく咲く花は、愛し合う神々の待ち合わせ場所に使われたとか。花言葉は『運命の再会』『時を経た邂逅』⋯⋯つまり指輪はその目印ですね」


「なるほど⋯⋯知りませんでした」


「伝えれば外されると思ったのでしょう」


「でもそれなら、こんな騒ぎになる前に、実家に連れ戻されていたのでは?」 


「探索の魔法は三属性複合です。簡単には術士の都合が付かなかったのでしょう⋯⋯あ、そちらのドアは開けないでください、寝室なので」


「なるほど⋯⋯あ、はい、もちろん開けたりしません」


 二階、三階のドアを素通りしつつ、さらに上へと進む。


 階段の最後に備え付けられたドアを開け、屋上に出た。


「では、まず今日最初の、恋人らしいイベントです」


「⋯⋯ここで? 何をなさるんですか?」


「あなたを抱きかかえます」


「えっ、それは⋯⋯」


「これも条件になります」


「⋯⋯では、仕方ありません。わかりました」


「失礼」


 許可を得て、彼女の膝裏と背中に手を添え、胸元に抱きかかえる。


「私の首に手を回し、掴まってください」


「⋯⋯はい、あの」


 カレーナ様が、顔を赤らめながら聞いてきた。


「私⋯⋯重くありませんか?」


「取りあえず、身体強化の魔法は要らないみたいですね」


「もう、いじわるな仰り方ですね⋯⋯で、なぜこのような事を?」


「飛び降りるのには、これが楽なので」


「えっ?」


「さあ、行きますよ」


 カレーナ様を抱きかかえたまま、俺は屋上から飛び降りた。


「──えっ、あっ、キャアアアアアアアアアアッ!」


 カレーナ様の声が街中を木霊する。

 その声は予想より大きかったが、まあ、問題ない。


 ──悲鳴自体は予測していたので、彼らに防音魔法を使用したのだから、聞かれる事はないはずだ。


 

 





 浮遊感の中。

 腕の中のカレーナ様はその重みを消失し、温もりと悲鳴だけが、その存在を俺に伝えてくる。

 強く閉じられた目と、反比例するかのように大きく開けられた口。

 そこから放たれる大音量。


 まあ、うるさいな。


「風の精霊に命じる! 我らを抱きかかえよ!」


 地面まであと少し、というところで風の精霊を使役した。

 精霊は俺と彼女、その二つをふわりと優しく抱きかかえ、そっと地面に下ろした。


「キャアアアアアア⋯⋯ア?」


 浮遊感の喪失から、カレーナ様も地面に着いたのを感じたのだろう。

 腕の中の重みが戻るのと同時に、彼女の目は開かれ、口は閉ざされようとしていた。

 悲鳴は収まり、そのまま放心したようになっていたが⋯⋯。


「空の旅は終わりました。飛び心地はいかがでしたか?」


 俺の言葉に、カレーナ様はこちらにキッと視線を向けた。


「と、突然、すぎる、でしょう!」


「了解を得る時間も惜しくて」


「だ、だ、だからって」


「では事前に『今から飛び降ります、私を信用してください』と言えば、すぐに身を委ねてくださいましたか?」


 俺の質問に、カレーナ様はしばらく考える。

 恐らくまだ動揺と怒りの最中だろうが、下した答えは理性的だった。


「確かに躊躇ためらい、なかなか決断できなかったかも知れません」


「そう仰っていただき安心しました、それに──」


「それに?」


「恋人同士を結び付けるのに、サプライズは欠かせません。1日しかありませんし、最初に消化しておくのも一興かと」


「⋯⋯最初にそれを持ってくるのは、どうか、とは思いますけど」


 不承不承ふしょうぶしょうといった感じではあるが、カレーナ様も俺の言い分を認めたようだ。

 恐らく事前に許可を取ろうとすれば、もう少し屋上でもたついただろう。


「さて、カレーナ様」


「⋯⋯はい」


「恋人らしく、このまま移動しますか? それともご自身で歩かれますか?」


 俺の言葉で、抱きかかえられているままだと気が付いたのだろう、カレーナ様は慌てて言った。


「も、もちろん下ります」

 

 地面に彼女をそっと下ろす。

 彼女は確かめるように、つま先で何度か地面を突っついたあとで、俺の手から離れた。


「では、いきますか」


 俺が促すと、彼女は頷きながらも困惑した表情を浮かべた。


「あの⋯⋯」


「はい?」


「すみません、少し、足が震えてまして⋯⋯」


 飛び降りた際に感じた、精神的な衝撃からまだ回復して無いのだろう。

 俺は彼女の横に立ち、左肘を身体から少し浮かせて提案した。


「では、恋人らしく腕を組みましょう」


「⋯⋯すみません、お借りします」


「あと、恋人ならばお互い敬語は無し、そして名前で呼び合いませんか? 私の事はシモン、と呼びつけてください」


 提案はあっさりと受け入れられ、彼女は腕を絡めながら笑顔を浮かべた。


「ええ、分かったわ──シモン」


「じゃあ行こう、カレーナ」


 と、歩き出した、その瞬間──


 ポツ。

 ポツ。


 と、水滴が落ちてきた。

 気が付くと上空には雲がかかっていた。


「カレーナ」


「何、シモン」


 お互い役に入るのが早い。

 俺もそうだが、カレーナもすぐに適応している。


「雨の中のデートも悪くないと思うが、君はどう思う?」


「それは⋯⋯せっかくだから晴れて欲しいわ」


「了解」

 

 俺は右手に魔力を集中する。

 キン⋯⋯と高音が周囲を満たし、耳を刺激した。


「えっ⋯⋯何を」


 彼女が呟くのとほぼ同時に、俺は右手を上に突き出した。

 広げた手のひらから、光の束が空へと解き放たれ、雲に吸い込まる。


 瞬間、上空から「パーン」と、火薬のおもちゃを鳴らしたような音が、離れたここにも聞こえた。

 同時に、雲は光が当たった場所から、逃げ出すように拡散していく。


 雲が散ったあと、空は再び青さを取り戻していた。


「これでよし。さあ、行こうか」


 肘を引いて促すと、歩き出しながらカレーナが言った。


「シモン⋯⋯あなた一体何者なの? 天候を変化させてしまうだなんて」


「ん? レンタル魔王さ。魔法で顧客の要望に応える──これもその一つさ」


「あなたなら、もっと他の──そう、政府の要職とか付けそうだけど」


「あまり目立ちたくなくてね」


 俺の謙遜に、カレーナはクスッと笑い声を漏らした。


「良く言うわ、こんな事しておいて」


「確かに。さて、目立つ事をしたから追っ手も事務所前から移動するかも知れない。まずはデートに必要な事をしよう」


「必要な事⋯⋯って?」


 彼女の疑問に、俺は自信を持って答えを返した。





「もちろん、おめかしさ」


 そのまま二人、手を絡めながらその場を立ち去った。




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