第5話

 動画に映っていたのは、他でもないブッコロー自身だった。結んだタオルを解き、閉めた扉を自ら開け、バッグから愛おしそうにトリぬいぐるみを取り出し抱きかかえる姿。ベッドに設置してカメラに向かいポーズを決めるまでの過程がばっちり収められていた。


「嘘ォ。え、僕が、やった?」


 動画が示していたのは、これまでの恐怖体験は紛れもない自作自演だったということ。朝食バイキングの席に連れていき、椅子を動かして仕事用バッグへ移し替えてイベントに参加していたのは、自分自身。自分でやったことだから取り出し方も当然知っている。

 ブッコローは全身の震えが止まらなくなった。チャームポイントのカラフルな羽角も、しなっしなに萎えている。


「こんなの身に覚えが……」


 無いと言葉を続けようとして、ブッコローの脳内に記憶が鮮明に蘇ってきた。聖蹟桜ヶ丘店のトイレに、紙袋に入れたトリぬいぐるみをわざと置いて『大切なものなので、忘れていたら届けてください ブッコロー』と書いたメモを確かに自分で入れていた。だから深夜にもかかわらず電話がかかってきた。聖蹟桜ヶ丘店の人は、好意で持ってきてくれていたのだと理解した。


「うわやってる! やってるよコレ! 身に覚えがめっちゃある!」


 誰もいない部屋で頭を抱え悶絶するブッコロー。しかし、何故そんなことをしたのか、自分で自分に説明が出来ない。夢遊病にしては動きがテキパキしているし、そもそも自分で自分に恐怖体験をさせる意味がわからない。元凶のトリぬいぐるみは素知らぬ顔をして遠くを見つめている。


「お前か! お前がやったのか! 僕の身体を使ってどうするつもりだコイツ!」


 恐怖心と怒りが同時に吹き上がってパニックを起こし、ブッコローは叫びながらトリぬいぐるみをベッドから叩き落とした。荒い息をしていると、徐々に冷静になってきた。こんなことをしても根本的な解決にはならない。


「はあ、何やってんだか……」


 トリぬいぐるみを拾い上げてベッドに戻すと、視界にノートパソコンが入った。ここ数日見ていなかったカクヨムのことがふと頭をよぎる。作品募集はまだ始まったばかり、賞を決定するまでにいくらか猶予がある。


「いいこと思いついたかも!」


 スマホを落としそうになりながら、ブッコローは有隣堂スタッフに電話をかけた。


「あ、もしもしスタッフさん! カクヨムの小説コンテストの件なんですけど、こんなこと急に言って申し訳ないんですが、今からもう一個賞を作ってもらうってできますか!?」


 とにかくどうにかしてトリぬいぐるみを手放したかったブッコローは、ぬいぐるみ賞を開設して欲しいとスタッフに電話口で何度も何度も頼み込んだ。スタッフ達はいきなり言われてもと難色を示していたが、ブッコローが余りにも焦った様子で声色も震えていたので、これは何かあるのかもしれないとカクヨム側に相談をして、急遽ぬいぐるみ賞が設立された。


 夕方には特設サイトが更新され、ブッコローはスタッフにトリぬいぐるみを預け、逃げるようにして家に帰ってきた。妻と子供に温かく迎えられ、涙が出そうになった。日常に帰ってこられた喜びを噛みしめる。


「はぁ。ぬいぐるみなんてこりごりだ。向こう三十年は見たくないわ」


 スッキリしたので心機一転。仕事関係のメールを返したり、次の動画の台本を読み込んで過ごした。夜はよく眠れ、ふわふわの雲の上で開放感に包まれ気持ちよく過ごす夢を見た。


 翌日。ブッコローが目を覚ますとトリぬいぐるみが枕元に置いてあった。妻に聞いても、受け取ったのはアナタじゃないのと笑われた。もちろん受け取ったことなど記憶していない。ブッコローはすぐさまスタッフに電話をかけた。


「あ、もしもしスタッフさん! トリぬいぐるみのことなんですけど……」


「やだなぁブッコローさん。あの後深夜に電話してきて『やっぱりあのぬいぐるみはカクヨムさんからの頂き物だから、返してください』って言ってきたのはそっちじゃないですか。結局賞も削除することになって、対応で大変だったんですからね!」


 返事を最後まで聞いたか聞かなかったか、ブッコローは泡を吹いて倒れた。

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