第3話

 そして話は冒頭に戻る。プロデューサーもブッコローも告知動画で「一番つまんないのはぬいぐるみの詰め合わせ」だとはっきり喋っていた。何回見ても結果は変わらない。


「ヤバいって。洒落になんないよコレ。呪いのぬいぐるみだったってことじゃん! キミ、つまんないとか言ったから怒ってる? もしそうなら、ご機嫌直してくれたりしないかなー……。ダメ?」


 ブッコローはトリぬいぐるみに話しかけてみるが、返事は当たり前のように返ってこない。無言の圧をかけられているような気持ちになり、視界に入れているのも怖くなってきて、備え付けのクローゼットに放り込んで乱暴に扉を閉めた。


「どうしようどうしようどうしよう。スタッフに連絡し……てもなあ」


 誰かに相談した方がいいとは分かっているが、どう話を切り出せばよいものか。スマホをじっと見つめて、メッセージを送るか迷う。


「どこに行ってもぬいぐるみがついてくるんです~って言ったところで、誰も信じてくれないよな。だからどうしたって言われたらおしまいだし。かわいいじゃないですかーで終わっちゃうよ」


 しまったはずのトリぬいぐるみがいつの間にか抜け出て、行く先々にずっとついてくること以外には、現状特にこれといった被害が起きていない。強いて言うならそれが非常に不気味だということくらいで、襲われたわけでも仕事を妨害されたわけでも、ましてや事件が起きたわけでもない。怖いは怖いが、ある意味では平和な怖さだ。


「今日のイベントであんな調子だったからなあ。こんなこと話したらとうとうブッコローの頭がおかしくなったと思われそうだし、下手したらMC降板も無い話じゃないからな。どうしたらいいんだこんな時」

 

 精神を病んでいるとは思われたくない。悩みに悩んだ末、邪悪なものを祓うにはやっぱりアレしか無いと思いついたブッコローはホテルを飛び出して、コンビニで塩と消臭スプレーを買ってきた。クローゼットを開け、トリぬいぐるみに塩を振ってスプレーをかけて、もう出てきませんようにと両翼を合わせ祈りながら扉を締めた。効果に関しては半信半疑だ。

 

 不安があっても身体は疲れていたのか、ベッドに横になれば睡魔がやってきた。夢の中でブッコローは、大人気美少女ラブコメ作家とお気に入りの店で一杯引っ掛けていい気分。文房具が欲しいと言うので、見た目も綺麗で書く音も心地良い『Ofuna Glassのシーグラスガラスペン』をプレゼントすると、彼女の方も何かを用意しているようだった。


「あの、実は私からもブッコローさんにとっておきのプレゼントがあって……。受け取ってもらえますか?」


「えーなになに? 僕にプレゼントなんて嬉しいなあ! どんなものでも喜んでもらっちゃうよ!」


「じゃあはいこれ。大切にしてくださいね」


 笑顔で渡されたのは、リボンをかけられたカクヨムのトリぬいぐるみだった。人生で初めて悲鳴を上げて飛び起きたブッコローは、自分の隣にまたしてもトリぬいぐるみが寝ている二段構えの恐怖に文字通り飛び上がり、天井に頭をぶつけた。スマホのアラームが鳴っている。


「イタタタ……あーもー嫌だこんなぬいぐるみ捨てたい! でも頂き物だからそう簡単に捨てられないし、戻ってきたらそれこそ呪われるかもしれないしどっちに転んでもロクなことにならないじゃん! 無理無理無理無理ヤダヤダヤダヤダ早く家に帰りたーい!!!」


 時刻は朝の六時。仕事を放り出して帰りたいのはやまやまだが、今日は啓文堂書店の牙城を崩すための要、有隣堂聖蹟桜ヶ丘店へ出張する予定があり、新刊販売記念イベントが終わらなければ帰宅の夢は叶わない。次の日からはYoutubeチャンネルに投稿する有隣堂しか知らない世界の動画撮影もあり、スケジュールはぎっしり詰まっている。


「いや、こんなテンションでイベント出るとか無理、絶対無理。めちゃくちゃ土下座したら出なくていいことにならないかな……。それもこれも、告知動画でプロデューサーがあんなこと言うか、ら……うん? 動画? あ、そうだ動画撮ればいいんだ! そしたらみんな信じてくれるじゃん! なんで気づかなかったんだろう」


 画期的な考えが閃いたブッコローはスマホを録画モードにして、ぬいぐるみが映る位置に固定してそのまま昨日と同様朝食を食べに降りた。もったいぶって長い時間ウロウロしてから席に戻ると、そこにぬいぐるみの姿は無かった。


「ああ、美味しい。やっとまともに飯食った感じがする。生きた心地がしなかったわマジで」


 ようやく安心して食事を堪能し、さて部屋の中でどうやって動いていたのか見せてもらおうじゃないかと撮れた動画を確認する。


 ところが、結果は予想に反するものだった。

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