第8話 蕎麦屋に立つ父
翌日の朝
いつものように美咲にLINEを送った
珍しい事に、未だ既読にならない
いつもだと、一緒に登校している時間なのに・・・
・・・美咲、どうしたんだろう・・・
私は心配な気持ちになりながらも
いつものように学校に向かった
朝の土手は、夕方と違い
少し冷たい川風が
頬に心地良くあたってくる
葉桜たちは、これから迎える初夏を
楽しそうに待っているように感じる
教室に入ると、既に着席をしている
陸と目が合った
珍しく早いな・・・
そう思いながら特に会話する事もなく
私も自分の席に着いた
美咲に送ったLINEは、まだ既読にならない
お昼になり、自分で作ったおにぎりを食べながら
退屈な気持ちで
教室の天井をボーっと見ていた
美咲が居ないと
こんなにも退屈なんだ・・・
終業のチャイムが鳴り終わると
私はすぐに教室を出て
商店街に足早に向かった
心が弾んでいる
久しぶりのおじちゃんのお店
美味しいお蕎麦
おじちゃんの優しい笑顔
美咲に送ったLINEは、未だ既読にならない
こんな事は初めてだ・・・
おじちゃんのお店で
お蕎麦を食べたら
少し美咲のお家に行ってみよう
私は小銭の入ったお財布を握り
商店街の入口に立った
久しぶりの、その風景は
なぜだか少し懐かしく感じた
夕方の陽射しに近づき
商店街もぽつりぽつりと
あかりが灯りはじめている
見慣れた風景と香りに
心がほっと、安心していた
スーッと息を吸い込み
おじちゃんのお店に歩いていく
前を向いて、足取りが軽い事も
おじちゃんへの愛情のように感じる
お店に近づくにつれ
いつもとは違う
異様な空気に
私は気づいた
気軽に見てはいけないような
蕎麦屋の前には
父が部下を引き連れて立っていた・・・
『お父さん・・・?』
私は、自分の頭の中が
スポンジのようにスカスカになる事を
感じながら
目を背ける事なく
父に声をかけていた、
心が真っ白なまま、何を話していいのかは
解らなかったけれど、
刑事である父に、自分は背を向けてはいけないのだと
瞬間に感じていた
蕎麦店の周りには立ち入り禁止のテープが
張り巡らされ、マッチ棒のような人達が
姿勢よく、いろいろな場所を執拗に
調べている様子が見えた・・・
・・・おじちゃんのお店に勝手に触れないで・・・
私は訳の分からない気持ちで
身体が悲しみで痛くなるのを感じた
そのまま突っ立っている自分は
とても情けない顔をしているんだと思いながら
私は動くことも
口を開くことも出来なかった
父は現場の指導で忙しく
私の存在を知りながらも
こちらには来れない様子だった
時折、私を見る目が
心配と険しい表情で入り混じっていた
私はそこに居る事が
辛くなり、そのまま1人
家に帰る事にした
昨日、おじちゃんと会ったばかりの
土手を歩く、自分の足の感覚さえ
わからない・・・
人は悲しい事があると
現実逃避したくなるけれど
今、自分が歩いている土手は
昨日、おじちゃんと会った
風景ではなく
時間は止まってくれない
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