第9話 陸の声


いつの間にか小雨が降っていた

私は頭の中が真っ白なまま

土手を歩いていた


おじちゃんのお店で

何があったんだろう

前夜に鳴り響いていた

消防サイレンは

蕎麦屋に向かっていた車だったの?

いや・・・

大丈夫

きっと、いつものように

おじちゃんはまた

私に笑顔で話しかけてくれる

だって昨日は、そうだった・・・

2人

ここで一緒に笑っていた


小雨のせいで

空が薄暗い雲に覆われ

いつもの綺麗な夕陽が見えない

いつもの元気な部活動の声や

野球のバットの音も聞こえない

雨に濡れていく制服も

どうでもいい

私はそのまま、空を見上げ歩いた

ふと背中のほうから

昨日とは違う声が聞こえてきた


『お前 大丈夫か?』

振り向くと、陸が立っている

その目線が私の足元を見ている


気付くと、私はドロドロの

畑の真ん中に立っていた

種から芽吹いたばかりの小さな葉を

随分と踏んでしまっていた


・・・あぁ・・・


私は畑の持ち主への申し訳なさと

太陽に向かって伸びている葉たちに

可哀想な事をしてしまった

すぐにしゃがみ、踏みつけてしまった

葉の土を払い、元に戻そうとした


陸が小さなビニール傘を私に傾け

隣にしゃがみ込んできた

黙り込んで、一緒に葉を

立ててくれている


春になったばかりの土手の風は

小雨に濡れ、いつもより肌寒く感じる

今日は美咲も居ないから

朝から気持ちが淋しく

おじちゃんの事も気になり

私は気づくと涙が溢れていた・・・


人前で泣くのは嫌い

感情がコントロール出来ない時は

誰にも会いたくないのに

陸がずっと、私を見ている


沈黙が続き

聞きたくない言葉を

陸が伝えた


『蕎麦屋で2人分の赤い砂が発見された』

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