第6話 蕎麦屋のおじちゃん

『水季♪』

私の頬スレスレに人間臭い香りが

ふっと寄ってきた

『おじちゃん・・?』

見ると幼い頃から

私を可愛がってくれる

近所の蕎麦屋のおじさんだった

いつも笑顔と優しさの溢れる

その声に 少しホッとする

おじちゃんは私が幼い頃

いつも1人で居る事を気にかけてくれ

時折、空いた時間に

軽トラの助手席に乗せてくれていた

当時6才だった小さな私は

シートベルトで固定しても

あぜ道で身体がゴトゴトと揺れ

必死にドアにつかまりながら

窓越しに見える

広がる畑の景色を見ることが

好きだった

つくし、タケノコ、市場の仕入れ

おじちゃんは自分の仕事も兼ねて

私に色々な自然を教えてくれた

遠くで魚釣りをしている男の子たち

キラキラと光る水面

自由に飛んでいる鳥たち

おじちゃんと行く

何一つ嘘のない

自然の空間

時折、町の商店街も一緒に歩いた

八百屋にお魚、青果店

商店街の人達は

いつも声が大きくて

みんないつも一生懸命だった

私はいつも自慢顔で

おじちゃんの隣を歩いていた

その時だけは

背筋がピンと伸びていた

刑事の父とは違う

別の大人の温もりだった

おじちゃんと行く全ての空間が

私は大好きだった

『久しぶり!』

私は首だけ後ろに振り向き

頬が当たりそうな

おじちゃんの笑顔に話しかけた

私は自分も笑っているのが分かる

きっと、自然で素直な表情をしている

『中学はどうだ? 慣れてきたか? 部活入ったのか?』

おじちゃんは、まるで家族のような勢いで 聞いてくる

真っすぐな目で

いつもそうだ

真っすぐで

心が透き通っている

『大丈夫だよ 上手くいってる』

おじちゃんには以前、妹さんが居たと

商店街の人から聞いた事がある

病で5才の頃、他界したと

そんな事 おじちゃんは

私には一言も言わないけど

私という存在で

淋しさを紛らわしているのかもしれないと


いつも思っていた

しばらく話して、おじちゃんは

蕎麦屋の仕事に戻っていった

土手が夕陽で照らされてきて

頬にあたる風が気持ち良かった

その日は少し遠回りをして帰った

遠くのほうで

カラスが集まり鳴いていた

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