第二十一話 独りで唄ってない

 実力を天にまで示した。そして、それは網によって地べたに広く拡散されていく。

 情報化社会においても遍く全てが、とはいかなくてもそれは少女が傑物であると世に知らしめるのには十分なもの。

 それくらいに、初ライブの映像はしばらく多方面に注目された。

 ダンスなども全体的に完成されていたが、特にその歌いぶりから専門家にも『YOUの再来』とされて、随分と期待されてしまう。


「うへぇ、やっちまったですぅ……」


 そして、今家にて買ってもらったばかりのタブレット端末にて、更に妙な言葉が踊るようになった新映像を見て頭を抱える百合。

 流石に、自慢のツインもへなへなにならざるを得ない。何しろ、自分がイロモノ路線に進みつつあることに、ようやく彼女も気づいたのだから。


「百合は、正統派でいきたかったのですがぁ……」


 いっとき暗くした画面に映り込んだ、裸眼の奥の地獄も珍しくやれやれといった風に揺れる。それは、端から無理と言うものである。



 ついこの前のこと。百合は持ち歌を得る前だと言うのに、アイドル番組にひょこひょこ出て行き、緊張にテンパった結果何故かまた悪役ムーブをして周囲のアイドルの持ち歌を更に上手く歌い直すという無法を行ってしまった。

 曰く、新人アイドルと舐めてかかるようなら、お前ら全部返り討ちですぅ。実際それを歌唱という領域にて明白に成してしまうあたりこの地獄少女はとんでもない。

 だが、その台本にない行動を、しかし番組プロデューサー陣はこっちの方が数字が出るでしょと良しとしてしまう。

 そしてその番組が昨日の夜遅くに放映された結果、歌やっぱり上手いという認識が更に広まり、更には魔王的ゴスロリとして、多少のアンチと謎のキャラ人気すら得てしまったのだった。


「初仕事が地方ローカルどころか、あの『うしミッツ』だからって、緊張すぎてやらかしてこのざまですぅ。有能過ぎるマネージャーを持つってのも、辛いもんですねぇ」


 やれやれとしている、百合は元々アイドル好き少女である。故に、テレビは勿論良く観ていて、またアイドルが演者となったドラマを楽しむことだって普通にあった。

 そして、彼女がチェックしていた中で深夜番組とはいえそこそこ視聴率があるアイドル系番組として挙げれられたのが、『うしミッツ』というもの。

 それこそ深夜二時頃に始まるその番組を一二時前に寝入るのが当たり前な百合はリアルタイムで観た試しこそないが、それでも録画するなどして嗜んではいた。

 彼女もこれに出れりゃ、すげーですねぇ、とか思っていたそんな程度だったから、いざ出演するとなると広くて金かかってそうなテレビ局の中に入ってからずっとカチカチで、その結果がこのざまである。

 だが、こんなことになってしまったがまこと、新人アイドルをさらりと有名所の番組に載せられるとはマネージャー中井裕太とは実は凄いのだろうと、自分の異常ぶりを知らない百合は慄きつつ眉根を寄せるのだった。


「次もこんなのに出るとかだったら、百合のしんぞーが保たねぇですよぉ。このままだと、地獄力がたっぷり溜まっちゃいそうですよぉ」


 今更になって露出を恐れているが、因みに百合の仕事は緩めにもうこの先半年近くが既に埋まっていたりする。それが既に携帯電話の予定機能に共有されているのだが、現代っ子らしくなくあまりそれを使わない彼女は気づいてもいない。

 人気急上昇中の彼女に持ち込まれる仕事の精査で、裕太は毎日がてんやわんやなためのこの報連相不足。彼女らがそれに気づくのは、完全に魔王キャラが浸透してからであり、しばらく先になる。


「にしても、百合ってそんなに子供に見えるですかぁ? ちょっと落ち込んじゃうですぅ」


 来週に雑誌インタビューを予定していることを知らない百合は、先からちらちらしているインターネットでの自分の評判の大半が、自分を子供扱いしていることに意識を向けている。

 ためしに、百合が自分の名前をSNSの検索欄に入れてエゴサーチなどしてみれば、魔王リリィ、なにこのメスガキ、このロリつよい、など良くわからない言葉がちらほら。

 だがまあ、一部分からないがガキやロリなどは流石に理解できる。百合は自身が百三十行かない程度の低身長であるのは、地味にコンプレックスであった。


「来年でこーこーせーなのにぃ……こりゃ、後でヤケ牛乳ですねぇ……」


 ゴシックロリィタを大人の衣装と思い着込んでいる彼女は、だが実際ミルク愛好家のお子様ボディ。

 眼中に地獄が込められていることなど、想像もつかないレベルの愛らしさだって保持している変わり種でもある。

 それが大人の歌だって、歌唱のプロ裸足で歌い上げてしまうのだから、気にされるのは当然で。


「ですぅ?」


 そして、SNSのトレンドに自分の名前を見つけた百合は、それをついクリックしてしまうのだった。




「ふぅ……」


 音を閉じ込める、雑音殺しの一室。

 自宅地下にあるそこに篭もり、アーティスト兼アイドル、ココロミチルは疲れに息を吐いた。

 黒い長髪は腰までのキレイな流れを見せて、飾りっ気ない彼女が身につける中でそれは何より華である。

 だがそんな、輝石と交換できそうな艶やかですら、ココロミチルという女性が持つ歌唱力に比べてはくすむ。


「らぁ……」


 歌っても身振り手振りすらせず踊らない、そんな彼女は歌声ひとつで星々の中の頂点の一つ、アイドル四天王に至ったバケモノ。

 近頃はアーティストとして下手な絵を量産しては前衛的ですねと番組で紹介されるが、ゴリ押しされてもファンすら買わないと噂されてもいる。後、何時も着ている衣装がダサい。

 そんなネタにもされがちな彼女であるが、その歌声にはくもりどころか向上しかあり得なかった。


 ココロミチルが歌えば、花が咲く。そう言われるのは、持ち前のシルキーボイスが撫でるように歌の輪郭を創っていくからだ。

 聞くものには、何かが胸の中で作り上げられているような心地を覚え、それが最後の一声により完成する。

 感動。故に、彼女は四天王の末席をいただいているのだと、自身で理解していた。


「違う、かな」


 そして、創造の天辺の王は、再現不足に悩む。

 当然のように、声に学んで歌を深くまで知ったココロミチルは、物真似したところで真に迫ることは楽だ。

 それも、相手がカラオケしているだけの新人アイドルであるからには、そっくりそのまま下手ごと歌声を作るのだって無理ではないと彼女も思ったのだが。


「らぁ……ケホ。……ん。凄いわね、この子」


 しかし、意気より先に喉が無理を叫ぶ。

 咳き込んでから、ココロミチルは脇のミネラルウォーターを煽ってから、感嘆の声を漏らす。

 先から流していた誰かを真似た彼女の歌。これには、ただ創るだけではどうしようもなく無理が出る、そんな次元違いを覚えざるを得なかった。


『♪』


 今この歌唱室を埋め尽くしている音色は、町田百合のその歌唱。

 確かに、明らかに下手ではない上等。そして、それだけではないのは絶対音感どころではない優れを持ったココロミチルだかこそ、理解できる。

 先から試していた、ホーミーボイス、即ち倍音唱法。それですら足りない。明らかに独りでは無理な三音が重なり捻れて歌となっている、その異常さ。

 独唱が、地獄のような響きと天国のような歌声と、それらを纏める基本音を元に豊かな至極と化す。正しく、超絶技巧をすらバカにした、超常。極まりを二つ持ち、それに愛され歌うこの少女はつまり。


「この子、独りで唄ってないね」


 ココロミチルは、そう断じてここで模倣を諦める。

 こんなのどうしようもない。またこれは、天才ではなく彼女の特徴でしかないからには、まだまだ伸びて輝くだろう。そうなっては。


「私が降りる、べきかしら」


 ココロミチル的にはどうでも良いが、四天王の座すら軽々と百合は奪うに違いない。

 そしてどこまで少女は向かうのか。それは分からないが、自分には出来ない踊りも得意なところは、正直羨ましくも思う。


「その時に成ったら、でいいかな」


 まあ、私は絵を描ければもうそれでいいし、とファナティックというか最早冒涜的なイラストを描くために彼女は閉じこもった電波も居れない一室からようやく出て。


「ん? あれ……これは、ヤバいかも」


 そして、遅れて届いた一通のメールの内容に、ココロミチルは町田百合という才能の未来へ初めて不安を覚えたのだった。




「カシマレイコが、百合に歌を提供する、ですぅ?」


 そう、それは天辺を超えた唯一の恒星からの下賜。

 星は自ら動かないはずなのに、どうして。

 当然大ニュースになったその事の甚大さを知らずに、ただ百合は。


「アイツ、そういや作詞作曲出来るんでしたねぇ……百合も頑張らねぇとですぅ」


 呑気に、そう口にしながら明後日の方向にやる気を出すのだった。

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