【KAC20235】筋肉とジャンヌダルク
天猫 鳴
予鈴はファンファーレ
(心にも筋肉があったらいいのに・・・・・・)
どこまでも青い空を見上げながら、
屋上には彼以外に誰もいない。
手足を投げ出して風に吹かれながら横になっていた。実際、全てを投げ出したい気分だった。
(筋肉を鍛えるみたいに心も簡単に強くできたら楽なのに)
そう思う。
体の筋肉なら鏡に写してみればどこから鍛え始めればいいかわかる。けれど心は目に見えなくて手で触れることもできなくて、どこを鍛えればいいのかわからない。
(あぁ・・・・・・嫌だ、教室に戻りたくないな)
腕っぷしが強かったらあっという間にやっつけて冷やかしともおさらばなのに、ひ弱な優希は見た目からして反撃されないと思えるらしかった。実際そうだったけれど。
(心の筋トレ・・・・・・かぁ)
ストレスも程好いくらいならモチベーションに繋がったりするんだろう。でも、こう毎日じゃ辛い。筋トレだって日を空けて筋肉を休ませたりするんだからストレスも続けざまじゃいずれ耐えられなくなる。
(名前変えたい。もっと強そうな名前に)
そこまで考えてため息をついた。
(今度は名前負けしてるってからかわれるんだ。きっと・・・・・・)
優希という名前は女子っぽくてよくいじられる。背が低くて華奢な優希は顔立ちも中性的だった。
よくからかわれるけれど、最近の彼らの流行りは屈辱的だった。
服を脱がされてワンピースやスカートをはかされる。下着を脱がされることまではなかったけど、面白がって囃し立てられて女子に披露されて嫌になる。
何が一番嫌かというと女子に化粧をされたあとだ。
女子より女子らしい清楚系で男子の受けがいい。
面白がって擬似女子の優希に抱きついたりスカートに手を突っ込んだり、キスしてきたりする。嫌がる優希に男女問わずきゃっきゃと盛り上がっている。
いまでは男子が肩に手を回しただけでBL女子がくすくすしてる。ムカついたらムカついたで頭に血が昇って頬が赤くなる。それがまた恥ずかしそうに見えて可愛く見えるらしい。
(はぁ・・・・・・カオス)
このまま空に舞い上がって地上から解き放たれたい。
空はどこまでも青くて、見ていると落ちていきそうな感覚になってくる。
(・・・・・・!)
音を耳にしてとっさに体を起こした。
(
クラスの女子、
いつものようにヘッドホンをしたまま、真っ直ぐ手すりの向こうに目を向けて歩いていく。それを優希はじっと見ていた。
屋上の手すりに手をかけて、彼女は黙ったまま真っ直ぐ見ている。何を見ているのか気になって、優希はそっと立ち上がり視線の先に目をやった。
彼女の見つめる先に特に目立ったものはない。
(飛び降りたり、しないよな?)
見つめる優希を知ってか知らずか、村雨凛はヘッドホンを外して首にかけた。
これまでに彼女がヘッドホンを外すのを見たことがない。優希が知るところ彼女とヘッドホンは1体のようだった。
「手を貸そうか?」
唐突に彼女はそう言った。真っ直ぐ遠くを見ている目はそのままで。
「え?」
彼女から続きの言葉はない。声を聞いたと錯覚したんじゃないかと思い始めた頃、再び彼女の口が開いた。
「大変そうだから」
彼女はいっこうにこちらを見ない。
横顔からはその表情が読めなくて、気になった。
彼女の長い黒髪を風が
髪が揺れるたびに、やけに白い耳がちらりと見えて視線を持っていかれた。華奢な首筋を髪が撫でている。特に大人びてるわけでもないのに妖艶な感じがした。
クラスの誰かと彼女が話しているのを見たことがない。いや、女子の和に入って会話をしているのを見たことがなかった。
窓側の席でいつも黙って外を眺めてる。ヘッドホンは外界をシャットアウトするシールドのようだった。そこだけ時が止まっているようで、不思議な流れを感じさせた。
村雨凛は名前の通り凛としたたたずまいで表情を変えない。そんな彼女は冴えた刀のように思える時があった。
誰かが彼女にちょっかいを出しているのを見たことがある。
彼女は黙ったまま相手を見据えているだけだった。
でも、たいてい相手が捨て
その瞳に見続けられるといたたまれなくなる。
そんな感じがした。
「いいなら、私はいいけど」
ふいに彼女の視線がこちらに向いてどきりとした。
これでも優希は男子だ。手を差し出されたからと言ってほいほいと女子の助けを受けるのに
「・・・・・・あんな事されるの、嫌だけど。でも、どうして?」
いままでずっと見て見ぬふりしてきたはずの彼女がなぜ。再び前に目を向けた彼女が言った。
「
声すら冴えざえとしている。でも、横顔から見える目に強い力を感じた。それは初めて彼女の意思を感じさせた。
「あぁ・・・・・・うるさいよね」
外を眺めてるか本を読んでいるか。彼女の周りの空気は
「多勢に無勢でしかたないけど」
「あぁ・・・・・・苛つくって、僕か。無抵抗でされるがままでイラつくよね」
自分で言っていて腹が立つ。端から見ていてもそりゃ苛つくだろう。
「酔っぱらいの悪ふざけ」
「え?」
「
ついと向けられた彼女の瞳は、優希を真っ直ぐ見ていた。
「我慢しなくて良いよ」
「!」
彼女の瞳がやわらかく優希を写していた。
ほんのり微笑む彼女は天使か聖母のようで、全てを包み込んでくれるみたいで。
(やばい、泣きそう)
涙をこらえる優希とヘッドホンをつける凛。
予鈴が鳴っていた。
「行くよ」
午後へ向けての進軍。
予鈴はまるで宣戦布告のファンファーレのようだった。
村雨凛。
彼女は僕のジャンヌダルク。
無血の抵抗で僕の高校生活は劇的に変わった。
「戦わないで勝つって、村雨凄いな」
後々そう言った優希に彼女は笑って言った。
「暴力には暴力が返ってくる。戦いに筋肉は必要ない」
この言葉に反論したい人はいるだろうけれど、彼女を間近で見てきた優希には凄く納得できる言葉だった。
□□□ おわり □□□
酷い悪ふざけで辛い思いしている人に、助っ人が現れることを祈るばかり。
【KAC20235】筋肉とジャンヌダルク 天猫 鳴 @amane_mei
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