密かに筋トレしていたら…

嶋月聖夏

第1話 密かに筋トレしていたら…

「…よしっ!終了!」

 細川健太は、水が入ったペットボトルを机に置くと、首にかけたタオルで汗をぬぐった。


 小学生の頃、同級生の男子から「ヒョロガリ!」とからかわれて以来、家で毎日筋トレをしてきた。

 だが、今年の春に高校生になっても、ムキムキの体型にならなかった。相変わらず、腕とかに筋肉はつかないままだ。

 上手くいかない現実にくじけそうになるが、それでも止めなかった。高校生になった時に出会った、同級生の立川明日香さんの好みは、よく一緒にいる篠山剛太みたいなマッスル体型だと噂で聞いたからだ。

(あの時、庇ってくれた立川さんにふさわしい男になるため…、頑張るぞ!!)

 念入りに汗を拭き、その匂いが一切しないと確かめてから、健太は制服に着替えた。


「おい、ヒョロガリ!今日も弱っちぃなあ」

 昼休み、一人で肉が多めな弁当を食べ終えた健太の席へ、一人の男子が意地悪な笑みを浮かべながらやって来た。

「…何?石野君?」

 中学で一旦離れられたものの、高校でばったり再会してしまった小学校の時の同級生へ、健太はやや警戒する。

「これ、持てるか?」

 そう言いながら差し出してきたのは、この学校指定のサブバッグだ。この中に体操服や、学生鞄に入らなかった分厚い辞書など入れるために支給された鞄だ。 

「ちょっと!あんた達また細川君に何しているの!?」

 ショートカットの濃い茶色が魅力的なセーラー服の女子生徒が、注意しながら健太達に近づいて来た。

「立川さん!」

 一か月前教室でばったり石野と出会ってしまい、嫌な思いをした時と同じように、すぐ駆けつけてくれた立川を見て、健太は席を立つ。

「…この鞄を持てるか、って聞かれただけだよ」

 また嫌がらせをするんじゃないか、と睨んできた立川へ、健太は落ち着かせるようにそう説明した。

「こんな軽い物、とーぜん持てるよな?」

 初めから「持ってこないだろー!」と決めつけてくる石野を見て、健太は「まあ…」と言いながらそのサブバックの取ってを持った。


 石野は自分の手を離した瞬間、健太の無様な姿を見せられる!と思ったのだ。人差し指一本だけでも、余裕で持てるくらいに軽いサブバックを、両手で必死に

持ち上げようとするが、全然持ち上げられないというひ弱で情けない姿を。

「これ、意外に重い!?」 

 だが、健太は右手だけで、サブバッグを余裕で持ち上げていたのだ。

「…なんでだあーっ!?」

 真逆な健太の姿を見て、石野は絶叫していた。

「何で、って…?」

 立川は、石野の反応に呆れた顔となる。

「あっ、こんな物が入っていたんだ!」

 サブバッグを左手に持ち替えた後、その中を見てみた健太は、サブバッグの中から予想もつかなかった物を取り出して見せた。

「それって、剛ちゃんのダンベル!」

 篠山は休み時間でも、この五キロのダンベルを使って筋トレとしていることが多い。ちゃんと名前が書いてあったので、立川以外の人物もすぐに分かった。

「あ!オレのダンベル!」

 180センチの、見事に体格がよい男子生徒がこっちへ向かってきた。

「…し、篠山!?」

 石野はその迫力に押され、たじたじとなっている。

「篠山君のダンベルなの!?か、返さなきゃ!?」

 もしかしたら『盗んだ』と誤解されるかも!?と健太は慌ててダンベルを篠山へと渡す。

「ああ、オレはお前が盗んだと思ってないから安心しろ。もう犯人は見つけてあるからな」

 篠山はにこやかに健太へそう言った後、一転して石野には怒りの顔となったのだ。


「ホント、これで反省してくれるといいんだけど…」

 立川が呟いた時、教室の隅で石野がまだ震えていた。あの後、石野は篠山に厳しく注意されたのだ。くだらない事に大事なダンベルを使われた怒りは凄まじく、健太が思わず庇いそうになったくらいだ。

「しかし細川、お前なかなかのもんだな!オレのダンベルを片手で持ち上げるなんて!」

 無事戻ってきたダンベルを右手に持ったまま、篠山が健太を褒める。立川も、同意するように何度も頷いた。

「ありがとう。実は筋トレをしているんですが、なかなか筋肉がつかなくて」

 ついそう言ってしまった健太の腕を、篠山が「ちょっといいか?」と学ラン越しに触ってきた。

「いや、お前筋肉あるぞ!」

 優しく触ってきた篠山の言葉に、健太は思わず「ええっ!?」と驚いた。

「いわゆる『細マッチョ』ってやつだな。毎日筋トレしてきたから、無駄な贅肉がないんだ」

 細いから筋肉がない、と思っていたら、実はもうすでに筋肉がついていた。健太は今までの努力は無駄ではなかったと知り、心の中で嬉し泣きをしていた。

「そーいえば明日香、お前細マッチョが好みのタイプだ、って言ってなかったか?」

「うん!細いけど実は力持ち、ってギャップがいいのね~!」

 この会話を聞いた健太は「あれ!?」と思ってしまった。噂とは違ったからだけでなく、何だかいい感じな男女の会話の会話にしては違和感があったからだ。

「あー、オレと明日香は、いとこ同士だよ」 

 健太の反応を見て察しさのか、篠山は突然そう言ってきた。

「…えーっ!?」

 健太だけでなく、教室に居た他の同級生達も驚いていた。

「あれ?言ってなかったか?」

「入学してから、まだ言ってなかったと思う。ほら、私と剛ちゃんは、あまり似ていないってよく言われていたから」

「…まあ、それでだんだんちょっと嫌になってきたから、こっちからわざわざ言わないようにしたんだな…」

 思わぬ真実に、健太は驚いた後ある事に気づいた。

 立川さんは、篠山とは付き合ってないどころか親戚だったこと。そして、細マッチョが好みの体型だったってこと。

(…なら、僕にもチャンスはあるってことだよな!体型だけでなく、中身も相応しい男になってみせる!)

 これからは筋肉だけでなく、精神も鍛えていこう!と健太は心の中で誓ったのだった。



終わり

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

密かに筋トレしていたら… 嶋月聖夏 @simazuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ