第4話
男衆は武器になるオノや槍を取りに、家や納屋に殺到していく。
トーマスも家で剣を取り、それからケイトのところへ身を反転させた。
村を飛び出て、森の間にある平野で誰よりも早くケイトと合流する。
「ケイト!!」
「トーマス~~~~っ!!」
「走るぞっ!!」
少女の手を引っぱりながら、トーマスは村に向かわずに森と平行して走った。
一瞬、ほんのりと奇妙な甘い匂いが漂ったが、今はそれに構っている場合ではない。
「ゴブリンを引き連れて村へは行けないっ!!」
「うんっ……!!」
「みんなが応援に来てくれるはずだ!! それまで追いかけっこだ、死ぬ気で走れっ!!」
「わかったっ……!!」
走りながらトーマスは気付いた。
ゴブリンの様子がどうにもおかしいのである。
ゴブリンは知性のある生き物だ。普段はこん棒などの道具を握っていることが多い。
それが素手で追いかけてきているのだ。
ちらりと確認したその顔つきも鬼気迫るもので、目は血走っていてガンギマリである。
「オーイ!」
後方からは武器をもった村人たちが追いかけて来ている。
しかしゴブリンはそれに目もくれず、自分たちを――
いや、ケイトだけを一心不乱に追っている。
ゴブリンは女が大好きだ。繁殖のために巣に連れ帰ろうとする。
しかし、このケイトは繁殖用としてはおさな過ぎるだろう。
こうまでして追う理由は――?
「ケイト、おまえ何かしたんじゃないかっ!?」
「ううッ!!」
ケイトが声を詰まらせた。明らかに知っている様子である。
ゴブリンを惹きつけるモノ。そしてこうまで興奮させるモノ。
「実は!!」
「実は!?」
「ゴブリンを混乱させる薬草をっ、巣の前で焚いたっ!!」
トーマスは猛ダッシュを続けながら閉口した。
先ほど合流した瞬間、ケイトからほんのりと漂って来た甘い匂いの原因はそれだったのだ。
――ゴブリンの様子がおかしい理由がよくわかった。
少女の頭に拳を落としたい気分だったが、追いかけっこしていてそうもいかない。
必要なのは……あの薬だ。トーマスは森を見た。
森へ方向を切り替える。
「ト、トーマスっ!?」
「俺を信じろっ!」
「わ、わかったっ……!!」
木々が乱立する中に飛び込む。
そして目当ての草が群生している地域へ一直線で向かった。
「ここだ……っ!! ひきちぎれ!!」
月光の差し込む小さな広場。
足をとめたトーマスが草を引きちぎっていると、ケイトも頷いた。
「なるほど、鎮静剤ね!!」
そう。この草を使えば、混乱したまま静かにさせることができる。
二人はありったけをむしっていった。
時間はないし、体力だって無尽蔵ではない。走りっぱなしでもう息は絶え絶えだ。このままでは村のみんなと合流する前にゴブリンに追い付かれてしまう。
「――気配が近づいてきてる、外に出るぞ!」
「うんっ!」
ゴブリンだけでなく、ガサガサと周囲からモンスターがしげみを揺らす音が聞こえてきた。
二人はそれらを避けて森の外を目指す。
「この木、火を焚くのに使えそう!」
「よし、偉いぞ!!」
薬草を焚くための木片の回収もできた。
どうにか木々を抜け出たとき、村人たちも近くまで来ていた。
「おーいッ! 無事か!!」
しかし安堵する間もなく、二人の後ろからゴブリンたちも飛び出してくる。
もともと人間よりも知性の低いゴブリン。今のやつらには知性のかけらもない。
その狂気的な勢いに村人たちがたじろぐ。
「よ、様子が変だ!」
「いや、やつら武器を持ってねえ! これはチャンスだろ!?」
血走った目をしたゴブリン八十頭あまりと、村人たちがぶつかりあう。
「なんだッこいつら、痛みを感じねえのか!?」
「狼狽えるな!!」
トーマスは村人たちに指示を飛ばす。
となりではケイトが森から持ってきていた木片で火を起こしていた。
「冒険者は、火起こしだって得意なんだから!!」
「……効果が出て来たみたいだな……!」
もうもうと火が上がり始めたとき、ゴブリンたちはフラフラと足元を揺らした。
どうして自分たちがこんなところにいるのか分からない。どうして素手なのかも分からない。怪我をしている理由も、疲労困憊な理由も分からない。頭もぐるぐる回って何にも分からない。
毎日鍛えているケイトと全力で追いかけっこしていたのだ。小柄な体躯では体力がつきるのはケイトよりも早かった。
さっきまでは混乱と興奮作用で理性を飛ばしていたが、その興奮作用だけが、今まさに切れた。
「おい、コイツら力尽きてるみたいだ!!」
「畳みかけるぞ!」
「――みんな、冷静に見極めろ!!」
トーマスが声をかければ、味方は気を引き締めて武器を構えた。
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