第2話


足跡らしき痕跡を囲みながら、村の男衆はこぞって腕を組んでいた。

空気はざわざわと落ち着かない。


「これは……ゴブリンの足跡かもしれないな」

「勘違いじゃないか?」

「慎重に越したことはない。巣があったら面倒だぞ。冒険者を呼んだほうがいいんじゃないか」


ゴブリンはドラゴンほどではないが、とても厄介な存在だ。

はぐれたゴブリン数体と出くわした程度なら簡単に切り捨ててしまえるが、やつらには知恵がある。

近くに巣を作っていた場合、群れをなして村に奇襲をかけてくるかもしれないのだ。畑も家も滅茶苦茶に荒らされ、女は繁殖用にさらわれてしまうだろう。


かといって、村人たちで巣を探すことも危険だった。巣がどのくらいの規模かもわからないし、迂闊に近づいて数で押されれば手も足も出なくなる。

できることなら冒険者を呼んですぐにでも調査してもらいたいところが、そうもいかない事情があった。


「……しかし、金がな……」


「かなりの額を積まねえと、冒険者はこんな辺鄙な村には来てくれんぞ」

「村の蓄えがすっからかんになる。次の収穫に失敗すれば飢え死ぬかも……」


そのとき、若手の農夫たちが小さく手を上げた。


「あのう……様子見しないっスか? ゴブリンの一体や二体ならオレでも倒せるし……」

「そうそう、勘違いかもしれないですよ?」


村長は「ううむ」と苦しそうな顔でしきりに唸っている。


静かに聞いていたトーマスは、そこで一歩進み出た。


「放置するのは危険だが、村の予算が尽きるのも不安だ。村長、まずは調査の名目で冒険者を呼びませんか。駆除が必要なら本格的に増援を呼びましょう」

「……ふうむ……そうだな……」


平静そのもののトーマスの声を聞き、村人たちはざわめきを抑えていく。

ゴブリンと金銭面の両方を含めて考えれば、そこがまさに折半案である。

トーマスはみんなを見回してさらに続けた。


「村の柵も補強しておこう。それと村の見張りも強化するんだ。防備を備えるだけじゃなく、ゴブリンに向けて警戒していると伝えることもできる」

「おお……そうだな」


具体的な方針に明るい賛同が続く。


「よぉし。やるぞ」

「じいさんたちが開拓してくれた村だ。守っていかんとな」


前向きな口調で話している。

しかし、トーマスの胸には小さな不安がくすぶっていた。

村人たちも心の片隅では同じ不安を抱いているだろう。


――もし大きな巣が既にできていた場合、この案では後手になってしまう可能性がある……。






「――これは、マズイ……! 非常にマズイ事態だわ!」


こっそり様子を覗っていたケイトは焦った。

納屋の裏で右往左往しながら考える。


「のんびりしてたら手遅れになる……! ゴブリンの繁殖力は脅威よ。わたし一人ならゴブリンの軍勢が相手でも何て事はない。だけど、村を守るには手が回らない……!」

「……おい。巣に乗り込もうなんて考えるなよ」

「ト、トーマスッ!」


後ずさるケイト。


「いつの間に!?」

「話し合いならさっき終わった。ずっとのぞき見してただろ」

「このわたしが気付かないなんて、さすがだわ……!」


劇長風に話すケイトに、トーマスはハァと溜め息をついた。


「……俺はべつに気配を消したりなんてしてないからな。おまえが強くもなんとも無いってことだ。この件は遊びじゃないんだ。子供が首をつっこむな」


猪突猛進、人の言うことをさっぱり聞かない少女だ。

剣の技量も年頃の少女に比べたらほんの少し長けている程度。今回ばかりは首をつっこんだら取り返しのつかない事態になるかもしれない。

いつもより厳しく釘を刺したが、ケイトはフッと鼻で笑った。


「バカね、トーマス。このわたしがそんな無謀なマネをするわけがないでしょ?」

「なに?」


少女のブルーの瞳が知的な光できらめいた。

9歳に鼻で嗤われる18歳。しかしそのそのきらめきには目を見張るものがある。

ケイトは胸を張った。


「ゴブリンの足跡をこっそり付け足しておくのよ! そうすれば危機感が増すこと間違いナシ!」

「アホか!」


ゴン! とケイトの頭頂部に拳を落とす。


「いッたァ~~~~!!」


ケイトが地面の上を転げ回ってのたうつが、そんな工作をされてはたまらない。


「冒険者が来たときゴブリンの判断ができなくなるだろうが!」

「……それはッ!」

「余計なことをするんじゃない!」


意識的にギロリと睨みつければ、ケイトは不満げながらももごもごと口を噤んだ。


彼女が行方不明になったのは――その晩のことである。


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