どたばた少女と冷静な男の、辺境の村冒険録

辻(仮)

第1話



冒険者。それはモンスターがはびこる世界の希望の光である――。






「こッ、これは! ドラゴンの足跡だわ……!!」


村の少女・ケイトは大量の汗を流していた。

あぜ道に残っているのは、ニワトリの足跡を巨大にしたような形のくぼみである。


「……ドラゴンだって?」


若手の農夫・トーマスは声を聞きつけ、少女の横に立ってくぼみを見下ろした。

確かにドラゴンの足跡があればこんな形かもしれない。と、そう思う。


ドラゴンは凶悪なモンスターだ。

ひとたび現れれば人々は食い散らかされ、小さな村なんて半日もしないうちに滅ぼされてしまうだろう。倒すには熟練の冒険者を呼ばなければならない。


けれど、トーマスは至極平静に判断を下した。


「これは荷車の跡だろ」


周囲の荷車の跡と比べれば一目瞭然。車輪の向きを換えしようとして土がえぐれただけである。星の並びを生き物に例えて星座として名付けちゃうくらいには無理があった。

しかし、ケイトはふわふわした亜麻色の髪を振り乱して首を横に振る。


「いいえ、ドラゴンよ! 放置していたら危険だわ!」

「ひとつだけ足跡をつけて去って行くなんてありえないだろ。とっとと村を襲ってるよ」

「つまり、器用なドラゴンってことね……!?」

「荷車を方向転換するのに苦労したんだろうな」

「わたしの剣の才能に恐れをなして逃げたに違いないわ! きっと今頃警戒しているはず……!」

「土を馴らして固めないと、また車輪を取られそうだな……」

「次はわたしを倒そうと特訓してやってくる!」


まったく噛み合わない会話に、トーマスは呆れた。


「ドラゴンって特訓するのか……?」

「のんびりしてる場合じゃないわ、わたしの力だけではみんなを守り切れない!」

「おまえまだ剣の練習してるのか……」


するとケイトはニヤリと口角を上げた。


「冒険者になるんだもの、当然よ。でも……トーマスが寂しがるでしょうから、村からは出て行く予定はないわ。村の冒険者になってあげる」


「嬉しいでしょ!」と目が告げてくるが、トーマスはどこまでも冷静であった。

トーマスの年齢・18歳。対してケイトは9歳。

なつかれているらしいが、寂しいとかどうこう言うような関係にはなりえない。村を出て冒険者になろうとした日には無謀だからやめておけと止めるかもしれないが。


「というか、村に残るって冒険してなくないか」

「お金次第でどんなところにでも行くのが冒険者よ! どこに行くのかも留まるのかも自由ッ!」

「一度も冒険しない冒険者って一体……?」

「それより、油断は禁物よ! わたしはまだ未熟モノ……! ドラゴンと戦えばお互い無事では済まない!」

「ドラゴンなんて神話レベルだから安心しろ」

「村長さまに報告して増援を求めるわ!」


そう言い放つとケイトは村長の家に駆けていった。

本当に話を聞かない子供だなぁと思いつつ、追いかけて止めるほどのやる気は出なくてトーマスはやれやれと見送る。だれに話したところでどのみち相手にされないだろう。


「畑作業はひと段落したし、きず薬でも作っておくか……」


村の近くには森が合って、そこからは様々な効果の薬草を取ることができた。

それから一時間後。煮込んだ薬を外干ししていると、迫真の顔のケイトが村長宅から出てきた。


「ぬかるんだ土に車輪が取られたそうよ!! これからみんなで土を固めるらしいわ!!」


トーマスや村人たちは苦笑いする。

長々と相手をして、村長はさぞ疲れたことだろう。

土固めの作業に備えて、トーマスはうんと背筋を伸ばした。


青い空を白い雲が流れていく。

今日も畑は雄大である。


そのとき、畑の柵のそばに奇妙な痕跡がついていることにふと気づいた。

裸足で子供が歩いたような跡である。

そして、人間のものにしては妙に爪が鋭いことが気にかかった。


「……これは」


眉根を寄せてトーマスは呟いた。

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