第5話 『戦争』

混乱と銃声が渦巻く軍基地。その上に稲妻が走るゲートがあり、その中から殺意と武器が降り注ぐ。


「このまま行ったらやばい感じ!?」


「第三次世界大戦が始まることになる!!」


「っべぇ!!じゃあ処す!!」


飛び回る銃弾は、雨というより霧だった。視界のどこにでも、銃弾があった。手を伸ばせば蜂の巣。動かねば穴だらけの肉になる。


「俺突っ込むから!!人間宜しく!!」


「了解、早く終わらせろよ。」


瀬太は銃弾の中に突っ込んでいく。激しく瀬太の体を穿つ銃弾は、肌も服も何も貫通せず散っていく。まるで銃弾という体を、瀬太という銃弾が貫通していくようだった。


そのまま銃弾達を足場に、ゲートの中へと瀬太は上がっていく。


既にほとんどの建物は大破し、軍基地においてあった武器達は、『戦争』の躍動に歓喜し、生を蹂躙しようと火をあげる。


そんな規格外で非現実的なファンタジーの光景を、仲間だった肉塊を抱える軍人達は唖然としてみていた。


彼らはシャッターを閉めたり、もので壁を作ったり、車でバリケードを張ったりなど、出来る限りの防御をしてみたが、迫り来るう殺戮の霧は、それらを無慈悲に蜂の巣に変えていく。


あの者は生きようと叫び、ある者は神に祈り、ある者は死を受けいれた。


そしてついに、最後のバリケードが破壊されかけた、その時、


「おいおい、屈強な男ども。鉄の塊程度に何ビビってやがる。」


流暢な英語が響き渡ったかと思うと、軍人達の目の前の銃弾が塵と化した。


無限とも思える死の霧を、さらに多い無限の斬撃が追い払う。それを成したのは他でもない。茶髪の日本人の少年、天野快斗だ。


「安心しろ。お前らは死なせない。」


自信たっぷりの声と、振り返りざまに見せた笑顔に、軍人達は生きる希望を感じる。


その笑顔は、小さな子供が、雄大な大地に冒険に出かける直前のような、希望と喜びに満ちているようなものだったからだ。


ファンタジーは、リアルでは勝てない。ここで軍人達を守れるのは、快斗だけだ。


「さっさと終わらせてくれよ、瀬太。」


ゲートの中へ消えていった瀬太の早期解決を祈り、快斗は飛んでくる銃弾を弾き、斬り、叩き落とす。


集まった軍人達は約200人。だがまだこの広い軍基地には、沢山の軍人達が残っている。


「面倒だな。いっそのこと、集めてしまおうか。」


快斗は刃を振るう。涼し気な風が吹いたかと思うと、次の瞬間、屋根や壁が細かく切り刻まれ、遥か彼方へ吹き飛んで行った。


それから直ぐに快斗は刀を横凪に振るった。刀は紫色の炎を纏い、迫り来るう絶望を薙ぎ払う。


その隙に特大のバリアを展開。後ろの200人はもちろんのこと、基地内のほぼ全ての生存者をバリア内に保護した。


軍人らは何が起こったのか、一瞬すぎて理解出来なかったが、生き残れたという事実だけは感じられたようだ。


「~~~?」


1人の男が、快斗に問う。『お前は何者なんだ。』と。


快斗はしばらく考えたあと、ニヤリと笑って言ってやった。


「アイ、アム、デヴィル。」


普段なら鼻で笑うはずの男達が、快斗を見て震え上がる。ここまで超能力を大っぴらに使うと、人間の反応が楽しくて仕方がない。


快斗は内心で現状を楽しみつつ、絶対に負けないであろう親友の行方を心配する。


「そういえば、あんたらなんで基地から逃げなかったんだ?さっさと出たほうが安全だと思うんだが……」


そう言うと、皆が口を揃えて言った。


『それは上から禁じられている』と。


「はぁ?」


意味がわからず疑問を浮かべた快斗。その瞬間、快斗の目の前を1発の銃弾が通り過ぎて行った。


バリアが破れた感覚はなかった。まさかと思って横を見ると、白い煙をあげる拳銃をもつ男が、虚ろな目で立っていた。


「ちょっと!!何してるのさ!!」


その男を、駆けてきたサミューラが蹴り倒した。拳銃を奪い放り捨て、取り押さえた。


「大丈夫?快斗。あたらなくてよかった。」


サミューラは心底安心した様子を見せた。


「心配してんのか?俺を?」


「?。当たり前だよ。友人なんだから。」


快斗は頭を抱えてため息をついた。


「なんでこうも俺の周りには、」


「え?ちょ……」


快斗はサミューラの金髪を引っつかみ、ずいと持ち上げ、心底呆れた様子で言った。


「『友人てき』しか集まらないんだろうな?」


「……バレちゃった。」


サミューラが不敵に笑った瞬間、基地の上にあるゲートと同じものが快斗とサミューラの間に出現。銃口が露出し、銃弾が放たれる。


バク転をしながらアクロバティックに銃弾を避ける。獲物を殺り損ねた銃弾は地面で火花を散らした。


「全く、君らは面倒なんだから。」


「そりゃこっちのセリフなんだがな。」


「どこまで分かってたの?僕が敵って所まで?」


「どこまでも何も、なんも分かっちゃいなかったよ。目の前に敵が現れたから、その場その場で始末していくってのが、俺らのやり方だ。」


「ふーん。だから、あいつも戦闘不能にした訳?」


「妙な殺意に包まれてた。俺はそういうのが見えちまうんでな。瀬太に自然にやらせたんだ……自然とは言いきれないが。」


2人が言っているのは、瀬太が腕相撲で片腕を失わせた男のことだ。


彼は敵だった。この基地に来た時から、快斗は彼に目をつけていた。名前は知らないが、敵は処さねばならない。


だが武玄から、敵はできるだけ捕らえて欲しい、という要望があったので、片腕を奪う程度で見逃しておいたのだが、


「本命は他にいた。まぁあの程度の男が本命なら、こんな厄災が生まれることもないと思うが。」


「なんだか、僕が頑張ってたのが馬鹿みたいに、真っ直ぐ負けた感があるなぁ。まぁ、別にいいけど。」


妙に余裕なサミューラに、快斗は視線を鋭くした。


「うわ。」


染み出す膨大な量の、身を刺すような殺意。快斗から発せられた黒い感情に呑まれかけるが、なんとかサミューラは耐えた。


「何が目的だ。お前の所属している団体は、『生討』なのか?大量殺戮しろって上から命令されたか?」


「その通り、僕は『生討』の人間だ。だけど、目的は君の想定とは違う。」


快斗は目を細める。サミューラはポケットから十字架のついたネックレスを取り出し、それを着けた。それから逆のポケットから、試験管を取りだした。中にはどす黒い血が入っていた。


「それは?」


「『戦争』から流れた血さ。取っておいたんだ。」


「………あー、なるほどそういうことか。」


快斗は頭の中で合点がいった。


「お前らは、もう『戦争』を倒した後なんだな?」


サミューラの顔が笑顔になる。


「そうさ!!僕らはもう『戦争』を倒した。多大な犠牲を払ってね。でもあれはとても名誉ある死だ。これ以上ないほど、ね。」


「名誉ある死ねぇ……」


快斗は刀を強く握りしめた。その響きは嫌いだった。


「死に名誉も糞を在るかよ。救いか罰か、その2つだけだ。」


「君はそう思ってるかもしれないが僕は違う!!彼らは人間の中でもっとも勇敢で、もっとも感謝されるべき最期を遂げた!!………僕も今からそうなる。」


サミューラはネックレスの十字架を握りしめ、力を込める。


「『セイブアス』。全ては神の御心のままに。」


十字架が白く光だし、いくつかに分裂する。それらは白い甲冑を整形し、サミューラに纏わりつく。


「我が敵を討とう。この命を捧げた後に。」


全身を十字架が描かれた白い甲冑で覆ったサミューラが、試験管の血を飲み干し、笑い声を上げた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


ゲートの中は、まるで戦火のど真ん中のような風景だった。


家々は崩れ落ち、人は死に、空は煙に巻かれ、それでもなお、殺戮と破壊はおさまらない。


それが『戦争』だ。


「あ。なんかいる。」


沢山の銃を踏みつけてやってきた焼け野原で、瀬太は1人の少年を見つける。


ボサボサの髪、泥だらけの服、虚ろな眼差し。何も分からないまま、何かを諦めて死を待っているように見えた。


その横には母親と思われる死体がある。


右半身から内臓が露出し、左半身にはガラスの破片がいくつも突き刺さっていた。ハエが集り、朽ちた肉がドロドロになって地面に落ちる。


そんな姿になった母親を、小さな少年はまだ生きていると思って話しかけている。


というよりも、死ぬ、ということがまだ分かっていないのだ。


集まってくるハエを必死に叩き落とし、母親の肉体の中で唯一無事な左手を握りしめ、いつ助けが来るのかと辺りを見回している。


「なぁ、お前、大丈夫か?」


瀬太は少年に話しかける。少年は瀬太を見上げた。目に光は無い。


「お母さんと、一緒にいたいのか?」


少年は頷いた。


「そうかー。」


瀬太は母親の形を保っている肉を蹴り飛ばした。無様に地面に落ち、原型を留めることなく、泥になった。


少年はそれに駆け寄った。肉塊を揺すった。返事は無い。少年は母親を呼び続けた。


「もう死んでんだって。だから一緒にいるなんて無理だよ。」


「………なんで?なんで死んだら一緒にいられないの?」


「死ぬと違う世界に行くんだ。こことは違うところに。」


「僕を、置いて?」


「うん。」


少年は驚いた様子で肉塊を見下ろした。


「僕も死んだらお母さんに会える?」


「んー会えんじゃねぇかな?別に探して連れてってやってもいいけど、ここ随分前の景色っぽいし、まだ魂残ってるかなー。」


死者の魂は、違う世界に違う形で具現化する。魂には耐久度があり、それは世界を渡る度にどんどん低下していく。


耐久度が低くなればなるほど、生まれる環境、才能、運が乏しくなっていく。


「今回のこれは、最底辺の、1歩手前ぐらいかなー。」


結婚して子を宿している時点で、ある程度の幸せはあったはずだ。だから、次に魂が限界を迎えるのは、おそらく次だ。


「なんで、お母さんは僕より先に行っちゃったの?」


「そりゃお前のお母さんだからじゃねぇの?」


「僕がお母さんのお母さんだったら、お母さんより早く死ぬの?」


「お母さんってそういうもんだからな。」


瀬太は少年と母親が座っていた瓦礫に腰かける。少年も隣に座った。


「じゃあ、僕、お母さんのお母さんになりたい。」


「そっかぁ。じゃあまずは色々できるようになんなきゃな。」


「何が出来ればいい?お洗濯?お料理?」


「それも大事だけどなあ」


瀬太は少しだけ暗い顔をした。脳裏を過った、母親替わりだった人のせいで。


「もっと大事なことがある。」


「なぁに?」


「子供を自分以上に愛することだよ。」


「僕が、お母さんを、僕より好きになるってこと?」


「そ。お前のお母さんみたいに、自分より子供を大事にするんだ。」


「どうして?」


「それくらい大切なんだよ。」


「じゃあ、優しくしないといけないね。」


「そうだな。優しくしないといけないな。だから、」


瀬太は少年の頭を撫でた。


「もう、泣きたくなるような事しなくていいんだぜ。」


少年は泣いていた。血涙を流していた。


それは、無意識な罪の意識。罪悪感と憎しみ。


無情に母親を殺された少年は、人を恨み、世の中を恨み、非常に殺し尽くす。


互いに殺し合い、無駄な犠牲を産ませる『戦争』となって。


そう、『戦争』は戦争を憎んで生まれた、厄災なのだ。


「1人で泣くな。辛くなるな。死にたいなら死ね。全部お前の自由で、全部お前の思いどおりだ。お前自身のことはな。だから死んだ母親の仇とか、そういうのいいから。迷惑だしめんどいし。なんならそれって母親に縛られてるだけじゃん。別にこの年で死んだ母親のことなんてよく覚えてないでしょ。」


「あ、う、あ………」


「お前の母親を、呪いに変えるな。勝手に被害者が加害者になるな。極論言えば……」


瀬太は少年に、『戦争』に笑いかけた。


「俺の面倒になるようなことすんな。ぶち殺すぞ♪」


「………あは。」


『戦争』は笑う。収まらない血涙を拭いながら。目が潰れるほどに目を擦りながら。


「無理だよぉ……だってぇ……大好きなんだもん……お母あさぁん!!」


「アッハハハ!!なんだよその泣き方!!おもろ!!」


「えへへへ!!うわぁぁん!!キャハハハ!!」


2人の笑い声が響く。たまに漏れる『戦争』の泣き声も、少しづつ笑いに呑み込まれていく。


大量の罪悪感が、瀬太との不謹慎な笑いによって、瓦解していく。


「えへへ、お兄ちゃん、おもしろーい!!」


「だろ?俺って面白いだろ?こんなやつよりよっぽどさ!!」


母親の死体を踏み付ける瀬太。『戦争』は笑った。


「えーいえーい!!アハハハハ!!」


「ニャハハハ!!いい踏みっぷりだぜ『戦争』!!」


「お兄ちゃんこそぉ!!」


臓器を投げ合い、骨で仮面ごっこして、落ちてる銃を乱射して、火のカスを拾って家を燃やした。


「どうでもよくなったろ!!悲しいことも嫌なことも全部!!」


「うん!!どうでもいい!!」


「じゃあ次だ!!お前は何したい?何したら楽しくなる?」


「そんなの、簡単簡単!!」


『戦争』は瀬太に向き直る。その顔は満面の笑みだった。母親の頭を引っ掴んだまま。


「ぜんぶぜーんぶ!!ぶっ壊す!!ぶっ潰す!!ぶっ殺す!!」


「いいぞいいぞ!!じゃあ俺はそれを止める!!守る!!ぶっ飛ばす!!」


「勝負だ!!」


「望むところ!!」


『戦争』は母親の頭を放り捨て、両手を上に掲げた。


彼の後ろに、大量の戦車と軍隊が出現した。


「負けないもん!!」


「へっ。単体最強火力ってのを、見せてやるからな!!」


「うん。みーんな殺しちゃうんだから!!それでそのまま僕は!!」


戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争


「戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争!!戦争で死にたい!!」


「おう!!任せておけ!!」


世界が壊れていく。何かが現実世界で起きたようで、ゲートが閉まっていく。瀬太は『戦争』にピースしたあと、走ってゲートから出ていく。


殺しの約束は交わした。あとは、


「ぶっ殺すだけだ!!」


狂気的な時間は終わっても、2人は笑っていた。

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