第三話『魔法市場大追跡戦ッ!!ヒロインとの遭遇』



(2)



ここは港町。『ストロベリー・フィールド』


イングリース王国の西海岸にある港湾都市。


貿易船に乗って、古今東西、世界中の珍品が一番に集まってくる場所。


当然、その中には海外産の一風変わった魔法・魔術の類の物も。



さらに、今日は年に一度、大規模な市場が開かれる日。


船着き場から中心街まで一直線に続く、広い大通りを歩行者天国にして、その両端に一列ずつと中央に背中合わせで二列、計六列の屋台・露店がどこまでも並んでいる。


そんな無数に開かれた商店の中から掘り出し物をめっけしようと、国中から商人や貴族、魔法使いが集まってきている。


そんな訪れる客の中には、どんな高価な宝石よりも希少な人間の姿も。


例えば、そう、【あの子】とか。



「だぁーかぁーらぁー、あたしは杖はいらないのぉー」


長さも形も多様な『魔法の杖』が並べられた屋台の前で、付き人の男と口論している一人の少女。


「でもねぇ、アナタずぅーっと学校支給の杖を使ってるじゃない?」


付き人の男は困ったような表情をうかべ、少女が腰に差す杖を指さす。


「魔法使いにとって杖って大事よぉ? 力を集めやすいから魔法の精密さもあがるし、その分力の節約にもなるし……」


無駄と分かっていながらも、杖の有効性を説く付き人。


それに対し、少女はにこやかに言ってのける。


「前から言ってるでしょ、あたしは最初に持つ杖をもう決めてるの。だからその杖にふさわしい一人前の魔法使いになるまでは短杖この子と頑張るのっ」


少女は使い込まれた短杖を引き抜いて、太陽に掲げて見せる。


「もう。しょうがない子ね、全く」


そう言って付き人は肩をすくめて笑う。


少女は勝ち誇ったように「ふふん」と口角を上げるが、


「ちょっとお客さん、買わねぇならさっさとあっちいってくんねえか」


店の前で茶番を繰り広げる二人に、店主はムッとして文句をつける。


「あ~ら、ごめんなさい、オホホホっ」


二人ははにかんでそそくさとその場を後にする。



二人が行くのは、魔法・魔術の類を扱う屋台や露店が多く集まる通り。


並べられた奇天烈な品々を、奇天烈なお客達が買い求める。


その一団の中でも負けず劣らず風変わりな集団。


先陣をきる少女は魔法学校の中等部の制服を着て、目深に帽子を被り、ハツラツとした様子で人込みをかき分け店から店へ右へ左へ縦横無尽に駆け回る。


その後ろを必死に女形おんながたの付き人が追いかける。


さらにその後ろを、サーベルを帯刀したガタイのいい精悍な顔立ちの男たちが、少女の戦利品を山と抱えて追いかける。


連中はその後も様々な店を物色していく。



少女の帽子のてっぺんからは、まるでアンテナのように一房ひとふさの金髪が飛び出しており、それがピンピン反応し、それに従って少女は露店間を駆け回っている。


ピコんっ! とアンテナが反応し、


「あれはなにかしらっ!」


少女は一目散に目を付けたテントに突撃していく。


「あっ! ちょっと一人で行かないで!」


という従者の声を振り切って。


少女は好奇心の赴くまま紫紺の三角テントに潜り込む。


中には色とりどりの宝石が一面に飾られており、天井に吊るされた瑠璃燈ランプの極彩色の光を取り込んで、宝石たちは思い思いの輝きを放っていた。


他にもそれら宝石の原石と思われる岩石や、宝石をちりばめた金細工や彫金などの装飾品も箱に入って売られている。


「何かお探しかな? お嬢さん」


テントの奥に座る老婆が、水煙草シーシャを吹かしながら少女に語り掛ける。


しかし少女は、目の前に広がる魅惑の宝石世界の虜となり、目をキラキラさせてそれらに見入っている。


老婆はその様子を満足そうに見ている。


そこへ、


「ぜぇ、ぜぇ……ちょっとっ、待ってたらもう……はあ、はあ」


少女のお付きの男が駆け込んでくる。


残りは外。


付き人は入ってすぐは息を切らしていたものの、老婆に水を一杯もらって、落ち着きを取り戻し、


「んまあっ、ステキっ。なんてキレイなのかしらッ」


少女の隣にしゃがみ込んで宝石たちに見入る。


「いいわねぇー、アタシも一度でいいからこおゆうの着けてお城の舞踏会に出てみたいわぁ」


付き人はうっとりと空中を見つめ、素晴らしい空想の世界を夢見る。


しかし顔はそのままに視線だけは宝石たちに戻ってきて、


「ねねね、アナタにはこれとか似合うんじゃないかしら?」


翠玉エメラルドのブローチを取ろうとして


「いいかしら?」


老婆に断り、了承を得てから少女に首元に合わせ


「まあっ! ステキっ」


一人で盛り上がっている。


「じゃあね、じゃあね、これなんかどうかしら? アナタ普段こういうの付けないじゃない? 意外性があって同じ色のドレスと合わせたらとってもいいと思うわ~」


と大粒の紅玉ルビーがあしらわれたの耳飾りを持ってくる。


少女は付き人の世話焼き癖には慣れているので、いつも通り頭を傾けて着せ替え人形をこなしている。


そうしているうちに一つの指輪が少女の目に留まる。


次のアクセサリーを合わせようとしていた付き人を押しのけ、


「わぁ、この指輪すごく綺麗ね。おばあちゃん、この指輪にはどんな魔法が込められているの?」


と指輪の入ったビロードの箱を取って、老婆に効能を尋ねる。


老婆は箱を受け取って指輪を取り出し、少女の目の高さに持っていく。


「これは【スリエルの指巻き】と言ってな、『癒し』の二つ名を冠する天使の力が込められていると伝えられておる」


少女は目を丸くして指輪に見入り、付き人も指輪をじっと見つめている。


「あらぁ? これは何の宝石かしら」


付き人は、指輪を飾る白くくすんだ粉っぽい宝石を見て、首をかしげる。


「これは月の光を集めて固めた、いわば月の石じゃ」


老婆の説明を聞いて、


「月の石っ!?」


目を見張る付き人。


「スリエルは月の力を司ると言い伝えられておってな、この指輪をはめた者はその加護を受け、魂が浄化されると言われておる」


「ふぇぇぇ」と感心した様子の付き人。


少女は老婆の話を聞いて、口角を上げ、


「おばあちゃん、あたしこの指輪が気に入ったわっ。買ってもいい?」


身を乗り出して交渉する。


老婆は「もちろん」と言ってにっこり笑う。


それを聞いた付き人は、


「ええー」


と眉をひそめ、自分が見繕った装飾品の一つを取って


『こっちの方がいいよ』


と少女に無言で提案するが、少女はそれを突き返し、手のひらを差し出す。


付き人は不満そうに財布を渡し、未練がましく宝石を箱に戻す。


財布を受け取った少女は、


「おいくら?」


老婆に尋ね、目玉が飛び出るような額を即決、その場で何十枚もの金貨を老婆に支払う。


「この先、お前さんの人生できっとそれが約に立つ日が来るよ。それが運命というものじゃ」


老婆はにっこりと笑い、少女も合わせて笑顔を返す。ややむくれる付き人。


          ⁂   ⁂   ⁂


少女は早速指輪を指にはめ、空に透かして満足そうに微笑んでいる。


そうして間もないうちに、またしても頭のアンテナが反応し、少女は新たなドキドキワクワクを発見する。


「ねえっ、あそこで休憩しましょうよっ」


振り返った少女は前方のフードコートを指さし、付き人の手を引っ張て行く。


そこは露店通りの一角に、休憩所も兼ねたくつろぎスペースとして市場の至る所に設置された軽食の出店でみせ群。


他の所は、海岸都市らしく海鮮料理を出す店や、海外の珍味を出す店が多数を占めるが、ここは魔法魔術に特化したエリア。


当然出される食べ物も魔法魔術に連なるものがふるまわれる。


精悍な荷物持ち達は、くたくたの様子で傘つきのテーブルに荷物を下ろして、休んでいたが、少女がかき集めてきた、極めて食欲を削ぐグルメの数々を見て、


「うげぇ」


と舌を出している。


「アナタ本当にそれ、食べるの?」


付き人は、


「ヤメといた方がいんじゃない?」


と少女を引き留めるが、当の本人は、


「大丈夫よっ、周りの人もおいしそうに食べてるし、これも冒険よ!」


と言ってのたうち蠢うごめく麺のスパゲッティをフォークでクルクル巻いている。


付き人は顔面蒼白になって、鳥肌をさすっている。


「んんっ! 意外と美味しいわよ! 【ジュリィ】も買ってくればいいわ! あっちで売ってるよっ」


少女は鼻の穴から逃げようとする麺をズズズっとすすって、コップの上でパチパチと小さな花火が上がっているジュースを飲み干す。


「結構!」


付き人は全身でゲテモノスパゲッティを拒絶し、


「はあぁー……。これじゃぁ、とても一国のお姫様には見えないわね……」


と大きなため息をつく。



お転婆少女、彼女の名前は、


【エレオノーラ=ハイラント・リチャード・メアリー・オブ・アンブロシウス】


15歳。


アンブロシウス三世の息女で、イングリース王国の第一王女。


魔術の才に恵まれ、今は魔法大学中等部に在籍。


その魔法好きは王国でも有名で、相当なお転婆として知られる。


ひとたび魔法と聞けば身分も務めもほっぽりだして、お城を逃げ出すこと枚挙にいとまがない。


その脱走の技術といえば、近衛騎士団団長はおろか、あの筆頭魔導士官アルベルト・A・アエイバロンをてこずらせるほど。


これまでもやれ、『外国の魔法使いの一座が城下町にやって来た』とか、『オッドアイでアルビノのミミズクが使い魔専門店に入荷した』とか、どこからそんな情報を仕入れてくるのか、それらを聞きつけては、事あるごとに城を抜け出している。


ある時は、万が一にも王城が陥落した窮地の際、王族が脱出する用の隠し通路まで使って逃亡していたほど。


そんなこんなでとうとう根負けした王様が、『護衛を連れての外出なら許可する』と認可を出した。


今日も市場があると聞いて脱走計画を立てていたが、大臣が公用でこの街に出向く用事があると聞いて、


「同行を許可してくれないのなら、実力を行使する」


と大臣を脅し、大腕を振ってやってきたのだった。


なので、精悍な荷物持ちというのは近衛兵たちのこと。


そしてもう一人、衛兵の他に姫のお目付け役として駆り出された人物。


王室付き魔法使いの中でも、特別な役職である、【姫様付き魔法使い】の地位にあり、【増殖の魔法使い】の二つ名を持つ【ジュリィ・フィリオクエ】本名『ジュリアス・クリストファー』


立ち振る舞いとその風貌は奇妙なれど、その実力は折り紙付き。


何といっても『姫様付き魔法使い』の一番の条件である、『このやんちゃ姫を御せる能力がある者』という項目をクリアしているのだから。

 


一行がフードコートで休んでいると、姫の視界にお菓子屋からかっぱらいをしようとしている三人の子供を捉える。


姫はストローをくわえながら横目で三人組を眺めている。


内訳一人の少女は客を装って店主の気を引き、その隙にもう男子二人が獲物を盗むという算段。


盗人少女があれやこれやと次々と商品を指さし、店主の気を散らす。


少女の隣に立つ少年の屋台の脇に潜む盗人少年が、今か今かと合図を待っている。


すると少女が無邪気に「あれって」と天井にぶら下がった綿菓子を指さすと同時、その言葉がかっぱらいの号令で、少女の隣の少年が目の前のお菓子の袋詰めをひったくって走り出す。


「あっ! オイ、オマエッ!!」


と怒鳴る店主を横目にもう一人の少年が、お菓子のディスプレイの木箱ごと持ち去って走り出す。


店を飛び出そうとする店主の足を少女はひっかけ、


「きゃははっ」


笑いながら少年らを追いかけていく。


姫はガバっと勢いよく席を立ち、無言のまま三人組を追いかける。


「あらおかわり?」


などと付き人はすっとんきょうなことを言っているが、姫が走り去る寸前、喜色満面の笑みをたたえていることと、頭のアンテナがビンビンと逆立っている様を視界の端に捉え、


「まあ、大変っ! あれは並大抵の反応じゃないわ!」


取り乱し、


「アナタ達、何をボサッとしているの! 休んでる場合じゃないわ! お姫様を追っかけなさい!」


衛兵を追い立て、自身もテーブルをひっくり返しながら姫を追跡する。




          ⁂   ⁂   ⁂




さあっ突如始まりましたっ、

『ストロベリー・フィールド港大型魔法市 大追跡戦レース!!!!』


本日は天候にも恵まれ、気温も良好、やや肌寒い程度、絶好のおいかけっこ日和。


司会はわたくし、この小説の作者、語り手『森岡幸一郎』が務めさせていただきます。


そして解説は、魔法にも詳しいこの方、

「どおもっ! 筆頭魔導士官アルベルト・A・アエイバロンでーす。どうぞよろしく」


本レース場は、魔法使いの市場という事で多種多様な魔法合戦が予想されます。

「いやぁ、僕は魔法大好きなのでとても楽しみですねー」


さあ、アルベルト氏も注目の今試合。勝利の栄冠をつかむのはいったい誰なのか!?


さっそく状況を見ていきましょう。


いま先頭を走るのは地元選手悪ガキ三人組『スカウンドレル』の三人チーム、お菓子屋から計600ポンド(十万円相当)相当のスイーツを盗んでのスタートです。

「わお、すごい額だねぇ」


小癪な悪知恵を使って今月の犯罪件数は脅威の35件。

「うわ! やっちゃてるねぇ」


そのすべてを見事逃げ切っております。

「とんでもないねぇ」


本日も見事完全犯罪を成し遂げられるのか? 注目が集まります。

「期待しております」


続きましてはこちらも地元選手、被害にあったお菓子店 店主氏、創業30年、外でも溶けないアイスクリームや、噛み続けても三週間は味が無くならないガム等のユニークな商品を次々生み出し、王国でも人気のお菓子店。

「僕も大好き!」


その店主氏は来月48歳の腰痛もち、しかしながら家で待つ家族を食べさせるため死に物狂いで万引き犯を追いかけます。

「泣ける話だ……」


それからぐぅーっと離れて、我らがエレオノーラ姫、

「イェーイッ、エリーナちゃんっ!」


本レースのダークホース、国内でも名の知れたじゃじゃ馬娘、得意の魔法を使って何をしでかすのか見当もつきません。

「僕もわかりません」


それを追うのは宮廷魔術師ジュリィ率いる王国近衛兵団、本日も姫様に振り回されます。

「僕もその苦労が分かる……」


大きな荷物を抱えての参加だが、果たしての本来の実力を発揮することができるのか?

「いけーっ、お城勢の意地を見せつけろ!」



コースは直線、3車線、歩行者天国となっている為、馬車やオートモービル等の乗り物を使っての逃げ切りは不可。


スカウンドレルこれまでの手口は使えません。

「さあ、どうするっ!?」


コース上には大勢の人だかり。


買い物客に観光客、地元民に船乗りさんなど人混みでごった返しています。


これをどううまくかわすかが勝負の肝になってきます。



「ふんだっ! アタシたちを見くびるんじゃないわよ!」


さすがは体の小さい悪ガキ三人組。


小柄な体躯を活かしてするりするりと人込みを抜けていきます。


「はっ、チョロいチョロいっ!」

「この街で俺たちに追いつこうなんて百年早いぜ!」

「このまま逃げ切りよんっ!」


大きな木箱を抱えてのレース参加ですが、男子二人が見事、みこしのように木箱を担ぎ、少女が障害となる客を押しのけて道をつくるという見事な連携プレーが炸裂。


店主との差はどんどん開いていきます。


「だれかぁーッ! 泥棒だっ! そのガキどもを捕まえてくれーッ!」


おおっと、ここで店主がスケットを要請っ!


「ピピッーッ!!」


巡回中の警官がその声を聴きつけ駆け出します。


さらに正義感溢れる善良な市民が次々レースに参加していきます。


魚屋の店長に、移動遊園地のスタッフ、市場運営のアルバイトまでっ! 実に民度が高い!


「コラまてっガキ!」

「おい、逃げるな!」

「ドロボウッ!」


悪ガキたちを捕らまえようと手を伸ばす大人たちをものともせず、スカウンドレル三人組はズンズン群衆をすり抜けていきます。


周囲を巻き込みどんどん白熱していくレース、姫様のアンテナもはちきれんばかりにバリバリ反応しています。



「やるよ『グラちゃん』ッツ!!」

「ホッホウ!」



おおっとここで姫様のびっくり魔法のお出ましだ!


呼び笛で使い魔の白ミミズクを召喚し、天高くに解き放ちます。


飛び上がった白ミミズクからは魔法の風がなびきだし、サーフィンよろしくその風に飛び乗るエレオノーラ姫。


見事なスリップストリームを巻き起こし、突風で群衆を押しのけながらの急加速。


群衆も抜いて、店主も抜いてっ、とうとうスカウンドレルに追いついたっ! 


ギョッとする悪ガキたち、さあ、ここから姫はどうするつもりだ!?


「ほらっ! もっと早く走って! 追いつかれちゃうよっ」


おおっと、まさかの加勢っ!


一国の王女がかっぱらいに加担だ!

「これは王様に知れたらまずいねぇ」


スカウンドレルは戸惑っている様子、しかし彼らも傾奇者っ! 


さっと姫の操る風サーフィンに飛び移り、ぐんぐん後人を突き放すっ!


「グラちゃんよろしくっ!」

「ホッホウ!」


ここで姫が白ミミズクの高度を上げさせましたっ、そして……あれも魔術の類でしょうか? 


何やら片眼鏡を取り出してかけました。


ううん?


これはすごい! 


姫様たちの乗った風サーフィンがどんどん加速していきます! 


ぶっちぎりです! 


後方はもう視認できません! 


アルベルトさん、姫のあの魔法はどういったものなんでしょうか?


「あれはね、彼女の使い魔『グラウコービス』との連携技だねぇ。


彼女は風を操る魔女だから、それを白ミミズクとの相乗効果で力を増してるってわけ。


そんで最初の、君が名付けた風サーフィン、これはサーフィンというよりは、厳密にはウインドウ・スキーと言った方が適切だね」


と、いいますと?


「ほら、あれ杖を横向きに持ってミミズクに引っ張られて、水上スキーみたいになってるでしょ? だからサーフィンというよりはスキーの方がいいかなって」


なるほど。


「んであの風上ふうじょうスキーはね、彼女の履いてる靴に秘密があんのよ。」

ほお、靴ですか?


「靴もそうだけど、さっきかけた眼鏡もそうだね。あれらは全部魔法が込められた品で、いろんな力が付与されてる。


その中には使い魔の身体の一部を材料に使う物があって、彼女の場合は白ミミズクの羽を付けてるものが多い。


だから彼女の靴は白ミミズクの起こす風に乗ることができるし、彼女のあの眼鏡は、ミミズクと視界を共有させる為のものだよ」


視界を共有ですか!? それはすごい


「彼女はミミズクの目を頼りに比較的人の密度が少ない筋を選んで逃げてるから、スピードが上がったんだね。


さすがあの人の子孫なだけあって魔法のセンスが飛びぬけてるよ」


なるほど、これはやはり民間人では魔法使いには太刀打ちできそうにない事が分かりましたが、果たして、後人は姫らに追いつくことができるのでしょうか!?



「逃がしゃしないわよっ!」


そおらッ! ここでジュリィ氏も魔法を炸裂!


『後はお願い!』


ジュリィ氏、前方に向かって手のひら大の球を投げる! 


150キロの剛速球。


見事バッター空振り三振。


3アウト! 


投げた球はみるみる内に人型に成長。


ジュリィ氏そっくりに変身し、そのまま走りゆく! 


そして分身もまた球を投げる。


分身が生まれ、また球を投げる! 


どんどん距離を詰めていきます! 


ものすごい追い上げだ!

「これはすごいよ! 彼はこの魔法で姫様付き魔法使いの地位に着いたんだからね!」


さあっ、もうあとほんのちょいで姫様に届きます!


「ちょっとアンタ何やってんの!? これは立派な犯罪よ!? 今すぐにおりてらっしゃい!」


鬼の形相でおいかける付き人ジュリィ氏、


姫様は苦い顔、


そしてここで手を伸ばすっ、


木箱まであと少し、


届くか!? 


届くか!? 


届いたぁッーーッ! 


遂に木箱に手が届きました! 


見事姫らにとりついたっ! 


さあ、ここから両者一体どうする!?


「何よこのオッサン!」

「振り落としちまえ!」

「お呼びじゃねえんだよ!」


ここで、悪ガキ三人組の妨害が入る! 


これは痛いっ、ゲシゲシと木箱に届いた手を蹴られている!


「ちょ、ちょっとおやめなさいっ、おやめさないったらっ、ヤメロヤッ! このクソガキャぁっ!」


さすがのジュリィ氏もこれにはキレる! 


木箱を掴む手にもますます力が入ります。


そしてぇー、ここでさらに姫の風サーフィンが減速! 


ジュリィ氏の分身が追いついてきて、芋づる式に追いすがります! 


さあ、これはチャンス! 


ジュリィ氏が追いついてきたという事は、後方の店主、衛兵、正義の味方達が追いつてくるという事。


さあ、姫様はどう出る!?


「ふふん♪、あたしはこう出る!」


ここで姫様突然の急ブレーキ、車体が激しくスリップッ! 


いや、これはドリフトだ! 


見事な弧を描いての華麗なドリフト、しかしこんな狭い通路でどこへ曲がろうというのか!?


「グラちゃんっ最大速力!」

「ホッホウッ!」


そしてミミズクが急加速っ、それに伴って風サーフィンも速度を上げる! 


そしてそのまま通路を分断する屋台列に突撃したっ! 


なんという暴挙でしょうかっ! 


二列分の露店をぶっちぎり、そのまま屋台通り中央線に躍り出る!

「はっはっはっはっ! 最高だね彼女!」


ここで残念っ! 


ジュリィ氏、露店に突っ込んだ衝撃で、商品に煽られて振り落とされてしまったーっ! 


ここで惜しくもリタイアしてしまうのか!?


いや待てしかし、ここで追いついてきた衛兵がジュリィを回収! 


自慢の筋肉を活かし、ジュリィ氏を担いでのレース復帰! 


なんという騎士道精神っ、この国の未来は明るいぞ! 



さあ本レースも中盤戦、作者の語彙力もだいぶ尽きてきたところではありますが、現在の順位を見ていきましょう。


先頭を行くのは我らがエレオノーラ姫とスカウンドレルの合流チーム。


続きましては、ジュリィ氏と近衛兵が若干名。


最後尾は菓子店店主とおまわりさん、そして善良な市民たち。果たして彼らに逆転はあるのか!

「結果は最後まで分からないよ!」


おっとここで、速報が入ってまいりました、えーなになに……、……なんだって! 


それは大変だ!


「見て見て! なんか来たよっ!」


ここで魔術師組合の魔導士が市場管理委員会の要請を受けての出動です!


先頭は組合序列下位『悪辣の魔法使い』氏です、屋根屋根に切り取られた青空を見事な隊列を組んで飛んでおります

「いやーよく訓練されてますね」


100点満点の宙返り──からの急降下、地面すれすれで姫と並走します。


障害となっていたお客達も管理委員会の元、避難が完了しております。


さあ、ここからはびっくり人間の万国博覧会、それぞれが多種多様の魔法を使っての攻防戦が始まります。

「そう! これが見たかった!」


アルベルトさんの期待も高まっているご様子。


誰が最初に堰を切るのか!?


最初に手をだしたのは『猛虎の魔法使い』、姿を『大虎』に変化へんげさせ獣の脚力でズンズン姫に迫りくる。


尖った牙の生えそろう大口を開けて、右から左から姫様に飛び掛かります。

「これはなかなか完成度の高い変身魔法ですな」


続いては『障壁の魔法使い』の攻撃ですっ、姫の行く手に次々と土壁を出現させていきます!

「これはエリーナちゃんでも危ないんじゃないか!?」


しかしさすがのおてんば姫。


壁の出現とほぼ同時、ぎりぎりのところですり抜けていきますっ、そこへ追い打ちをかけるように『炸裂の魔法使い』の現代兵器との合成魔法が炸裂っ! 


彼が触れた者は何でも誘導爆弾ミサイルになってしまいますっ! 


不幸にもここは大規模市場、ミサイルの材料には事欠きませんっ。


魚がっ、野菜がっ、ビスケットがっ、猛火を噴き出しながらお姫様に迫りくる!


「ケケケケケケっ! 皆殺しだぁぁーーーッツ!!」


「僕あんまり彼の魔法好きじゃなーい。だって下品だもん」


おっとアルベルト氏には不評なご様子、しかしその威力は絶大! 


迫りくる土壁を粉砕し、とびかかろうとしていた大虎を撃墜、


「ああもうっ! いい加減うっとうしい!」


ここで姫様がプッツン、短杖ワンドを振りかぶり、大風を起こしてミサイルを吹き飛ばす! 


「ケケっ!?」


吹き飛んだミサイルがとんぼ返りで『炸裂の魔法使い』を直撃っ! 


あえなくここでリタイアだ!

「やったぜベイビーッ!」


さあ残るは『悪辣の魔法使い』氏のみだが、果たしてどんな魔法を見せてくれるのかっ!?


姫の真後ろに空飛ぶホウキをぴったりつけ、立ち乗りから貫禄たっぷりの腕組み仁王立ちっ!


この迫力はただのかませ犬じゃない予感!


「ふん、やはり我が出向くハメになったか……ならばいいだろうっ! 我が一族に伝わる一子相伝の秘術とくと見るがい……」


悪辣氏は組んでいた腕をほどいて、、大仰なポーズを取る。


そして腕をまっすぐ伸ばして姫に向け、「ハァーッ!!」と力を込めていると、


そこへ、


「お待ちなさぁあああいッツ!!」


おっとここでハプニング発生! 


ジュリィ氏が前線に復帰だ! 


『悪辣の魔法使い』氏、口上を中断させらてしまう。しかも、これはなんと! 


衛兵隊が誇る輸送トラックのお出ましだッ! 


クラクションをぶんちゃかぶんちゃか鳴らしながら、すいた道を爆走し、姫に追いついてきたぁっ! 


ジュリィ氏はどこぞの分隊長よろしく、トラックの屋根によじ登り拡声器を持って、


「止まりなさぁぁぁいッツ!!


いくらあなたでもこれ以上のオイタは許されないワぁッツ!!


無駄な抵抗はやめて大人しくお縄に着きなさい!


(それから運転席に向かって)


ほらもっと、スピードを上げてちょうだいっ、例えぶつけたってあの子ならそう簡単に死にゃしないわ!」

「そんな無茶な!」


とんでもない事を叫んでいます。

「こーれは王様に知られたらですねぇ」


『悪辣の魔法使い』氏は出鼻をくじかれすっかりいじけた様子で、ジュリィ氏の斜め後方を飛行しております。


さらにその後ろから迫る大集団! 


商店街の組合員に、町内会、市場管理委員会の実力行使部隊に加え、その他善良な市民に、ただのヤジウマ、地元住民がわらわら大挙して押し寄せていきますっ! 


これはもはや暴動! 


騒乱罪! 


テロと言っても差し支えない! 


いやあ、アルベルトさん、偉い事になってきましたねぇ。

「いや全く、変な奴らが集まってもっと変な事になっちゃたねぇ」


さあ、最早レースだなんだと言っていられない状況になってまいりました。


レースとは関係のないところでバタフライエフェクトでしょうか、あずかり知らない事件が勃発しております。


喧嘩に強盗、ボヤ騒ぎ、使い魔専門店からは魔法動物が脱走し、魔法の粉が舞い散ってあらぬ連鎖反応を示すわ、魔導具が暴走するわ、しっちゃかめっちゃかの大騒動。


この騒ぎに我らがエレオノーラ姫は笑いが止まりません。


スカウンドレルの子供たちもまさかここまでの騒ぎになるとは思ってはおらず、ドン引きしております。


ここで誤解のないように言っておきますが、お姫様は決して『悪い子』という訳ではないのです、いかんせん悦楽至上主義的なところがあって、他人の迷惑をかえりみないのがたまにきずなだけで。



さあ、ここいらでレースも終盤戦。


残念ですがここでアルベルト氏とはお別れです。

「そうなの? んじゃまみなさん。この続きをお楽しみください、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…」


かくいう実況者としての私もここでお別れ。


ここからは、この一団の進む先にぽけぇっとたちずさんでいる【カボチャを被って変装したおじいちゃん】に、一旦、焦点をあててお話していきたい思います。




          ⁂   ⁂   ⁂




─【 アイキャッチ 】─森岡幸一郎『ファフロツキーズのスケッチ』 

https://kakuyomu.jp/my/news/16817330654443134489



          ⁂   ⁂   ⁂




この市場にいるもう一人の稀有な人物、我らが『ウイリアム・ウィルオウウィスプ』


追われる身でありながらも身だしなみには気を使って、いっちょ前にスリーピースの背広を着込み、上から魔法のマントとトンガリ帽子をかぶっている。


しかし帽子は地頭の上ではなく、変装用に被っているくりぬいたカボチャヘッドの上に被っている。


むしろ人目を惹く格好のようにも思われるが、なにせここは魔法使いの市場、周りもみょうちきりんな格好をしたものであふれているから、そう目立つものではなかったりする。


お供には例のカボチャ頭を数匹連れ、戦利品を納める荷車を引かせている。


そしてウィルの周りには小魚がまた、三匹ふよふよ浮かんで泳いでいる。


カボチャヘッドの隙間から器用にパイプ煙草を吹かし、気分だけはブルジョアに市場の往来を闊歩する。



時間は少し前、未だドタバタレースの魔の手がウィルに届く以前の頃。


ウィルもまた姫と同様に、物見遊山でこの市場にやってきていた。


なにせ世界中から珍品が集まってくる大型市場、何か城に返り咲くための助けになるようなモノがあるかもしれない、と。


「ほう、『ゴーレムの作り方』か……」


ウィルは魔導書店に立ち寄って、店先に並べられた分厚い本を開いて熱心に読みふける。


「お客さんも魔法使い? うちは中欧から仕入れた魔導書が充実してるよ。ここいらじゃあんまり見ないような魔法ばっかりさ」


気さくな親父があれもこれもと勧めてくれるが、ウィルはカボチャヘッドを傾けながら、


「読みづらい……」


と唸っている。


「『ゴーレムは素体にした材料によって、その性質を大きく変える事ができる」か……


(その記述を読み、ウィルの頭の中でいくつかのアイデアがぽんぽん浮かんで来る)


これは使えるかもしれないなっ! 


おい店主っ、この本をもらおう」


「へいまいど!」


ウィルは掘り出し物を見つけて上機嫌になり、珍しく値切らず値札そのままの値段を支払った。


ウィルはその後も上機嫌が続き、ルンルン気分で散財を続ける。


荷車には次々と戦利品が投げ込まれ、食料や衣服などの日用雑貨などに加え、魔法に関する本や道具、薬品やその他謎の材料など奇怪な品々が山と積まれて行く。


あらかた見て回ったウィルは最後に平凡な八百屋の店舗(露店ではなく通りに面した(店舗併用住宅)の老舗八百屋)に立ち寄り、ありったけのカボチャとその種を買い占める。


「よおーし、裏にあるのも全部だ。乗りきらない分は後で取りに来るからな」


ウィルは八百屋の店主とカボチャ頭たちの陣頭指揮をとり、両者はせっせと荷車にカボチャを積み上げていく。


八百屋の主人は、カボチャ頭にカボチャを受け渡しながら、野菜のオバケが野菜を買い占めていくからびっくりしている。


ウィルは詰め込み作業が終わるまで、パイプ煙草を咥えてポケぇっとたちずさんでいたが、遠くから大勢の騒ぎ声が聞こえるので、


「ああん?」


そちらに顔を向けて唖然とする。


市場のある大通りを露店も店員も蹴散らしながら、まるで運河のごとく無数の人間がこちらに向かって押し寄せてきている。


大声で怒鳴る者や歓喜の笑みを浮かべる者、泣き喚く者に荒れ狂う者。


商人と客、魔法使いと軍人、警官と衛兵。


職業も感情もバラバラな、まさに有象に無象が大挙してウィルに押し寄せていた。


「なんだあの軍団は!?」


ウィルは目をむいて、髭を尖らせ、思わず全身でド派手に驚く。


そして群衆の中に、近衛兵の制服を着た者や王室付き魔法使いを複数名発見し、


「まさか、吾輩を捕えるために送り込まれた王室の刺客かっ!?」


ややこしい誤解をする。


「フッフッフッフ、バレたとあっては仕方がない。


(カボチャヘッドを脱ぎ捨て、トンガリ帽子を被り直して、つばを持ってマントをひるがえす)


そうともっ! 吾輩が送火の魔法使い、あのウイリアム・ウィルオウウィスプその人であるっ!」


派手に名乗りを上げるが、怒れる民衆には届いていない。


その間にもどんどん近づいてくる人の津波。


「だ、旦那っ、早く逃げましょうっ!」


あわてふためく八百屋の主人。


「うろたえるなっ!」


ウィルは威厳を込めて店主を落ち着かせ、


(内心一番取り乱していながらも)


辺りを見渡して打開策を血眼になって探す。


ハッと、八百屋に並んだ数々の野菜に目を付け、


「店主っ! この店、吾輩が買い取ろうぞっ!」


置いてけぼりの店主にコインの詰まった袋を投げつけ、店の売り棚をどんどん倒して野菜や果物を通りにぶちまける。


店の中にも押し入って、在るだけの商品を撒き散らかす。


すかさず腰のベルトから、例のロウソクが入った丸燈ランプを取り出し、蒼い炎が地面に散らばる野菜たちに命を与えてまわる。


愚者の燈イグニス・ファトスが、冥府の門を開く。傀儡どもよ、我に着き従え。諸々はすでに抜けさった』


地面に転がるたくさんの野菜や果物から胴体と手足が生えてきて、意地悪そうな顔立ちになると、「ウギャウギャ」言いながらふらふら立ち上がる。


「総員突撃!」


ウィルがステッキを振りかざすと、スイカ頭やニンジン頭、キャベツ頭にカブ頭など数百体の多種多様な傀儡が、地面を鮮やかに染め上げ、一目散に姫が率いる群衆団に襲いかかる。


「ゴーレムも試してやろう!」


ウィルは野菜アタマだけでは心もとないと判断し、


(あとは、新しい技をすぐにでも試してみたかったのもあり)


子魚を一匹消費して、ゴーレムの核を作り出して言霊を刻み、それを八百屋の家屋に向かって投げ入れる。


さっそく、さっき買った魔導書を開いて呪文を唱える。



  『えーなになに……


   其は、大司教ラビの御手みてより生み出されり


   其は、勤勉なる手足なり


   死が其をおとなうまで、我に従い尽くせ


   プッター・メッサー・クサンチッペ・シェム・ハ=メフォラッシュ!』



呪文を唱え終わると、八百屋の家屋がミシミシと軋みだし、次第に四隅の柱を足として、軒下の売り場を口に、窓を目として、四角い怪物へと変化へんげし始める。


八百屋の主人は家屋から飛び出し、得意げなウィルの足にしがみつく。



「ギャァォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!」



雄叫びを上げる八百屋ゴーレム。


「ハッハッハッ、上手くいったぞ!」


ゴーレム生成に成功し、ご満悦のウィル。


「よおしっ、撤退だっ!!」


そう言うやいなや踵を返し、一目散に逃げだすウィル。


慌ててカボチャ頭が荷車を引いて追いかける。


呆然と取り残される八百屋の主人。


手には銅貨の詰まった金袋が。


目の前ではついさっきまで店に並んでいた野菜たちと、今朝まで住んでいたマイホームが怪物となって人を襲っている。


開いた口がふさがらないとはまさにこの事。




          ⁂   ⁂   ⁂




視点変わって、姫様サイド。


自らがハチャメチャ集団を率いている一方で、前方からもそれに匹敵するトンデモびっくり軍団が突撃してきている。


みずみずしい色とりどりの野菜や果物の怪物たち。


姿かたちもそれぞれ千差万別十人十色、


「ウギャウギャ」と鳴き声を発しながら、歪なアタマでうまくバランスを取って一心不乱に突撃してくる。


その後ろに控えるのは、大きな木造建築の化け物。


ガシガシと太い柱を巧みに動かして地面を駆けるが、そもそもが移動に適していない構造の為、すでに自壊しかけている。


それでも真正面からのインパクトの凄まじさたるや、あの豪傑と名高いアレクサンドラ・ユスティアス騎士団長も腰を抜かすほどではないだろうか。


いや、それは言い過ぎかもしれない……。


とにもかくにもその大きく裂けた大口と、そこにまばらに生えた木片の鋭い歯、配置も大きさもまばらな三つの窓が目玉のようにらんらんと輝き、分隊長と言わずとも並大抵の武人でも臆する恐怖を体現している。


姫に続く大勢の有象無象は、それらにウィルの狙い通り恐れおののき、歩みを止める者もちらほら出たが、エレオノーラ姫だけは違った。



彼女の頭のアンテナ人生最大と言ってもいいほど、が反応している。


それも眼前の傀儡たちにではなく、それを生み出した、いま臆面もなく尻尾をまいてトンズラぶっこいてる老人に対して。


破顔一笑、喜色満面、有頂天外のお姫様。


ミミズクの目で路地に逃げ込むウィルの後ろ姿を捉え、ニンヤリ笑う。



「君たちしっかり捕まっててッ! 『飛ぶよッ!!』」

 


 ──もう目と鼻の先まで傀儡軍団が迫りくる。


 ──悪ガキ三人組ががっしり姫にしがみつく。


 ──「お待ちぃっっ!!」ジュリィ氏がトラックから姫に手を伸ばす。



姫が身体をグッとかがめ、その反動を一気に解放させて大ジャンプ。


「ひやっっほーいッッツ☆!!」


10点10点10点の100点満点の大技を見事完遂し、八百屋ゴーレムの屋根を華麗に飛び越える。


その直後、付き人ジュリィの乗った衛兵トラックと八百屋ゴーレムが正面衝突。


八百屋ゴーレムのどてっぱらに深く食い込む衛兵トラック。


白煙を上げ、完全にエンスト。


ゴーレムも衝突の勢いで核が傷つき機能停止。


市場通りのど真ん中にどでかい障害物を残し、その手前で再び野菜アタマと有象無象との乱闘が始まる。


付き人ジュリィ氏がボロボロになりながら、八百屋ゴーレムの屋根の上に立ち上がり、


「姫サマァーッ!! カァーーンバァーーックッツ!!!!」


悲痛な叫び声をあげる。




          ⁂   ⁂   ⁂




ウィルは、路地を駆け抜けながら、首から吊り下げた【ファフロツキーズの鍵】を取り出し、左右に立ち並ぶ民家の裏口の扉々を注視する。


カボチャ頭は、その後ろをこぼれる荷物を拾い集めながら、せっせこせっせこついてくる。


「あー無いっ、これにも無いっ! ぬあーもうっ! なんて不用心な街なんだ!」


ウィルは鍵穴のある扉を探して、駆けずり回る。


「あったーッ! これだ!」


古びたドアの前でぜーはーぜーはー息を吐きながら、扉の鍵穴に『ファフロツキーズの鍵』を刺し込む。


ウィルの持っているカギに対して、その鍵穴はやや大きすぎるように見えたが、カギを差し込んで回すと、確かにガチャリと鍵が開いた音がした。


ウィルが扉を開けると目の前には、階下へ続く階段と、その奥には見慣れた【洋間】が垣間かいま見える。


「よしっ、運び入れろっ!」


洋間の中からゾロゾロとカボチャ頭が出てきて、荷台に山と積まれた荷物を洋間の中へとバケツリレーの要領で運び込んでいく。


タバコを一箱ずつ、本を一冊ずつ、シャンパンを一本ずつ運ぶカボチャ頭を見て、


「早くしろっ! はやくっ!」


とウィルがじれたっそうに地団駄を踏み、自ら両手いっぱいに荷物を抱えて運搬を手伝う。


そうして急ピッチで荷物を運び終え、最後の一匹の背中を押して、洋間に逃げこもうとしたその瞬間、ウィルの頭の上に大型の猛禽類が飛び降りてきて


「うわあっ! なんだなんだっ!?」


と取り乱す。


手足をジタバタさせ、滑稽ながらも必死に頭上にまとわりつく猛禽類を振り払うと、視界の隅に飛び立っていく白いミミズクがチラと映りこむ。


『上等な使い魔だな』


と数舜見とれるウィルだったが、近づいてくる足音に気づいて慌てて玄関の中に逃げ込む。


扉を閉めようとすると、途端


「ガッ!」


と足が差し込まれ、


「いいッ!!」


目をむいて驚くウィル。


ドアを無理やりこじ開け、一人の少女と白ミミズク、小汚い三人の子供がなだれ込んでくる。


何事もなかったように扉がしまり、付き人や衛兵が路地に駆け込んでくるが、そこには人気のない寂しい路地があるばかり。





次回、〈第四話『二人のW その秘密と過去について』〉に続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る