第二話『スリーピー・ウォーロック』



(6)



果てしない夜の空。


白金の星々が一面に散りばめられ、その中心を黄金の満月が飾り立てる。


月光に照らされた雲海を、優雅に泳ぐ空飛ぶ魚。


其れの名は【ファフロツキーズ】


イングリース王国魔法省指定の重要文化財にして、旧時代の遺物。


そして、国賊ウイリアム・ウィルオウウィスプにとっての愛しの我が家ホーム・スイート・ホーム



この施設について現段階で明らかにされている事は非常に少ない。


分かっている事はたったの二つ。


その内の一つは、おおよその使用目的。


これは古代人にとって、ありふれた居住施設であったらしい。


現代人と違って古代人は、皆一様に魔術の心得があったとされる。


その力をもってして、壮大な天空都市を築いたと文献には記されている。


その中でこのファフロツキーズは、他の個体(完全体はこのファフロツキーズのみ。


他の個体というのは、発掘された様々な部位の残骸のこと)に比べて小柄であることから、比較的低所得者用の物件だったのではないかと推察される。


また住居者については、屋内に大量に残留していた魔導書や魔導具の数々から、魔法文明の中にあって、さらに魔法を専門としていた者の住処だったと予想される。



二つ目は、このファフロツキーズにかけられている2つの魔法について。


それは、ファフロツキーズの内部で発見された文献に記されていた事柄。



【鍵】 と 【浮遊】 の魔法。



『浮遊』については言わずもがな、このファフロツキーズが天空を自在に飛行する為の魔法術式。


その為に、このファフロツキーズは実に、空が似合う外見をしている。


全体はナマズにも似たフォルムをしており、全長は40m、全幅48m、高さ7mと中々の巨体を誇る。


全身が『石材のような建材』で構成され、その継ぎ目が遠目からでは魚のウロコのように見える。


今は長年土に放置されていた関係上、全身にツタや苔類がまとわりつきマダラ模様のようになっている。


頭部は、石の身体の中でも特に硬く、古生代の怪魚ダンクルオステウスを彷彿とさせる。


それに反して目はつぶらで大きい。


そして、この魚の代名詞ともいえる『翼』、および尾ヒレは、先見の明ともいうべき意匠を誇っていた。


それはいわゆる飛行機械、新大陸のとある兄弟が発明し、ちょっと前の周辺国家間で行われた大規模戦争でも大いに活用された「航空機」の類に近しいデザインをしている。


とても何千年も前に作られたとは思えない。


『翼を持った魚』と形容されるくらい印象的な主翼には(明確には胸ビレに該当する部位には)なんと8枚羽のプロペラが取り付けられ、可動翼片フラップと思わしき機構も備え付けられていた。


あまつさえこの翼は『羽ばたき運動』を想定した可動構造が見受けられると、調査隊のレポートには記されている。


そして尾ビレは、もはや尾ビレというより尾翼と言った方が正確だが、それはいわゆる飛行機における十字尾翼と呼ばれる形状と類似しており、当然可動翼片フラップの構造も確認された。


尾に該当する部分は、またしても4枚羽のプロペラが3つ取り付けられ、これは尻尾自体が軸として回転し稼働する物と思われる。


腹部分には、腹ビレや尻ビレが細長く発達し、船のオールのような形状をとっている。


この魚が空を泳ぐ様は実に優雅なものであろう。



しかしながら、この石製の巨体が空を飛ぶ事は不可能だと、航空機技師の間でも見解が一致している。


あまりに矛盾や不合理が多く、それらしいものを寄せ集めたようにしか見えない、と厳しい評価が与えられた。


が、魔法使いたちは「それこそが魔法・魔術の成せる技なのだ」と反論し、より一層、この深淵の底を覗こうと邁進した。


が、術式の構造はおろか建物の起動方法さえ分からずじまいだった。


それから数年後、一人の男がこのファフロツキーズに逃げ込み、いともたやすくこの眠れる魚を呼び起こすことになる。




          ⁂   ⁂   ⁂




その男は今、湯船につかりながら、バスタブの中で顔に魔導書を乗せて、居眠りをしていた。


その隣では、『電球アタマ』がバスローブを持ってうなだれている。


男は首から魚型の鍵を紐で吊るし、何やらうなじの辺りから淡い緑色の管ケーブルを生やしていた。


管はふよふよと無重力空間のように空中を漂い、そのまま暖炉に直結されている。


家の主が睡眠学習をしている間、彼の作り出した傀儡くぐつたちが家事をこなす。


人間の子供くらいの背丈をしたちんちくりんの【カボチャ頭】の傀儡が、「ウギャウギャ」鳴きながらせわしなく廊下を駆け回っている。


連中は、一つの仕事に特化した【家具アタマ】と違い雑用全般に特化した傀儡である。


このいわゆる【頭シリーズ】は、生活に支障をきたすレベルで家事のできないウィルに代わって、家事をこなす為に作られた存在で、一応ウィルの使い魔というべき存在である。



傀儡を生み出す魔法とは、道具に意思を持たせる魔法である。


よく見る一般的なものは、『箒に意思を持たせて掃き掃除をさせる』や『お玉に意思を持たせて鍋をかき回し続けさせる』などで、ウィルの生み出す【××頭】ほど自由に動き回ったりしない。


人間みたいな手足を有し、自由意思を持って行動することは、傀儡くぐつ魔法の範疇には含まれない。


根本から術の構造が異なる。


もし、ウィルの生み出すようなモノを作りたいなら、求める振る舞いやその水準に合わせて事細かに魔法を組み立てていく必要があるし、普通ならそんな事、面倒くさくってやろうとは思わない。


それに、そんな高等な魔法が組める大魔法使いなら、使用人を雇った方がはるかに手間が省ける。


しかし。


ウィルには人望というものがなかった。


人を雇いたくても、誰も来やしない。


みんなウィルがとんでもない人使いの荒さを誇ることを、知っているから。


まだウィルが没落する前にかろうじて居た使用人は、それでも尚高額の報酬欲しさに残ってくれた心優しい人たちである。


そしてここからが肝なのだが、人を雇えないからと言って、ウィルが自分で家事を頑張るかと言うと、当然ウィルはそんなことはしない。


ウィルオウウィスプの一族である以上、ウィルは魂と触れ合う機会は人一倍多かったので。


魂の何たるかを知っている。


その経験を活かし、さらにデヴォルの石炭の力に物を言わせて、【疑似的な霊魂インスタント・ソウル】と呼ばれる(ウィルが名付けた)魂のレプリカを作り出す事に成功。


それを適当な無機物に宿らせてぶち込んで、命令を下すだけで、便利な子分の出来上がり。


転んでもただでは起きないウィル、怪我の功名で、インスタント・ソウルの特許を取得。


この魔法の一番の利点は何といっても、その即効性にある。


無機物に触れ、一言、二言呪文を唱えるだけで絶対服従の手下が生まれるのだから、鉱山や木こり達の組合からはが注文殺到。


しかし、その体躯を維持するために力の消費が大きい事で非魔法使いの下では長持ちはせず、その上製造元のウィルの態度がデカいことから、この事業は一気に衰退した。



とはいえ芸は身を助く。


今ではファフロツキーズの乗組員として、家具アタマの指揮の元、無数のカボチャ頭たちが今日もせっせと働いている。


主人が読みっぱなしにしている魔導書を書斎に戻したり、コック帽アタマの指示に従って皿洗いや料理の仕込みをしたり、家庭菜園の世話に倉庫整理など、ブルジョア気質の主人に代わってこの家の雑用を一手に引き受ける。


今では家の中は見違えるほどキレイになり、普段使いの洋間はもちろん、あの異様なロフトも、どこまでも続く廊下も、すべてに掃除の手が行き届いていた。


が、それはあくまで廃墟が住めるような状態に回復しただけであり、未だ足の踏み場がないのは変わらずである。


家中がものであふれている。



そして、傀儡たちに交じって洗濯ものを運ぶ一団の中に一人、【少女】の姿がぽつん。


当然ウインディではない。


年のころは十四、五。


バターブロンドの長い金髪をハーフアップにして、瞳は淡い翡翠。


頭頂部にちょこんと髪が一房逆立っている。


まるでアンテナ。


動きやすい様に膝くらいまでスカートの丈を詰め、大きなポケットがたくさん付いたエプロンをしている。


カボチャ頭に交じって鼻歌を歌い、洗濯籠を持ってランドリールームへ。


洗剤アタマに、汚れた衣服と洗い終わったものとを交換してもらう。


今度はそれを持ってみんなでサンルームへ。


トランプ遊びをしながら待機していたカボチャ頭たちに洗濯物を引き渡すと、カボチャたちはヒョイヒョイっとトーテムポールのように段々になって、テキパキと物干し竿に洗濯物を干していく。


その様子を、手を叩いて面白がっている少女。



しかし、突如としてサンルームのガラス壁が真っ白に曇って、外が見えなくなる。


突然の事に驚いていると、すぐにもやは晴れ、視界いっぱいに真っ暗な夜闇が広がっていく。


どうやら雲海を突き抜けたらしい。


少女が壁に張り付いて周囲を見渡すと、眼下には一面の畑や牧場が広がり、ぽつりぽつりと農村の明かりが見えている。


そして、それら夜景が流れていくのとは逆方向、つまり家の進行方向には、らんらんと輝く大都会の灯が迫ってきている。


「大変だわっ!」


少女はサンルームを飛び出して、一目散にバスルームに駆け込み、開口一番、


「ウィル爺大変よっ! お魚の高度が落ちてるわっ、このままじゃ近くの街に墜落しちゃうっ!」


大声でウィルを呼び立て、顔に被さった魔導書を取っ払い、ウィルを激しく揺さぶって目を覚まさせようとする。


しかし当のウィルは、


「こぉれは国王陛下様、ご機嫌麗しゅう……え? 石炭をお返し願える? 宮廷魔法使いの地位も復活? それは願ってもない幸運、ありがたやぁありがたやぁ……」


と寝言を言っている。


少女は電球アタマの首根っこをひっつかみ、ウィルの顔の間近を照らしながら、スゥーっと息を吸い込み、



「お前を逮捕するぞぉぉッッツ!! かんねんしろぉぉおおおッツ!!」



大声で怒鳴り、


「うわああああっ!」


飛び起きるウィル。


髭もビンッと飛び上がる。


すっかり目が覚めた様子で、何ごとかと辺りを見渡す。


バスタブの横に立ち、腰に手をあててウィルを睨んでいる少女を見て、


「なんだ、お前か……」


再び湯船に身体を沈めるウィル。


ブクブク泡を吐いているウィルの顔を少女は覗き込んで、


「大変なのよっ、お魚の高度が落ちてるの!」


風呂場の小窓を指さしながら声を張り上げる。


「なんだって!?」


ウィルは再び驚いて、小窓に顔をうずめて外を確認しようとする。


そのうしろ姿に向かって少女は、


「それから、すぐそこまで大きな街が迫ってるわ。下手をすればそこに墜落するかもしれない」


それを聞いたウィルは血相変えて、


「どうして早く起こさないんだ!」


顔を青ざめさせる。


すぐにバスタブから飛び出して、


「起こしたけど起きなかったんじゃない」


という少女の声を振り切って、電球アタマからバスローブを受け取り、それを着込むウィルだったが、時すでに遅し、


『ズガガガガガッ!!』


ファフロツキーズが何かにぶつかる不快な音が響き渡る。


ウィルはびしょ濡れのままバスルームを飛び出し、廊下に散らばる荷物を蹴散らしながら駆け抜け、洋間のロフトに駆け上がる。


少女と、そのほか騒ぎを聞きつけたカボチャ頭たちがウィルの跡についていく。


物置になっていたロフトは、家具アタマたちよってきれいさっぱり取り除かれ、シックな床板が顔を覗かせていた。


そしてその半円形の床の中央には、暖炉と同じ、簡略化されたファフロツキーズの紋章が彫り込まれている。


ウィルは駆け込みざま、その紋章にタッチして、あの異様な壁の前に立って、落ち着きなく壁を凝視する。


すると、だんだん壁に色がついていき、外の景色が映しだされ始める。


ロフト部分は、魚の頭の中。


あの異様な壁はいわゆるモニターに該当する装置で、外部情報を映し出す魔導具だったのだ。


壁に映し出されたのは見渡す限りの大都会。


一面が人間の住処。


大都市の遥か西には、愛し懐かしの『アンブロシウス城』が見える。


眼下に広がるは首都『ランドニオン』、東西を巨大な運河『タメシス河』が分断し、その両端を立派な屋敷や石造りの住宅がどこまでも建ち並ぶ。


街灯によって夜でも明るく、遅い時間だというのに人通りも極めて多い。


大通りを馬車やオートモービルが駆け抜けていき、遠くでは機関車の汽笛の音が聞こえてくる。


関所を抜けてだいぶ中心街の方へ入ってきたようで、先ほどの『ズガガガガガッ!!』という音は、運河にかかる『跳開橋ルーク・ブリッジ』の尖塔をこすった音だった。


都市民たちは、街を破壊してまわる空飛ぶ怪魚を恐れたり憤ったりしながら、指をさして見上げている。



確実に高度を落としているファフロツキーズの眼前には、運河の脇にそびえる巨大な時計塔の姿が。


「こりゃ、まずい!」


慌てるウィルと、追いついてきてはしゃぐ少女。


「すぐに離脱だっ。操縦を自動から手動に切り替えるっ」


言って、ウィルはロフト改めコックピットの床に刻まれた紋章の上に、専用の長杖スタッフを突き立てる。


すると、枝葉が絡み合ったような形をしていた杖がみるみるうちにほどけ、先端にあしらわれた宝石を中心に『総舵輪』が展開され、円形スロットルレバーや計測器、鍵盤の類やおびただしいボタン、フットペダルのついた運転席が枝葉のように伸び広がっていく。


それを間近でみる少女の頭のアンテナは犬の尻尾の様にブンブン振って興奮を体現している。


ウィルは出来上がった操縦席に即座に乗り込んで、円形スロットルレバーを『ヂリリン、ヂリリン』と操作し、レバーをいくつか上げ下げして、なにごとか鍵盤をたたき、フットペダルを一気に踏み抜いて、「浮上する!」と総舵輪を手前に引っ張る。


が、ファフロツキーズはうんともすんとも言わず、尚も降下を続けている。


「なぜだ⁉ 早くしないと警察に通報される!」


ウィルはペダルを何度も踏みしめ、総舵輪を力任せに引っ張り続ける。


そこへ冷静な少女が操作盤を覗き込み、「ここないよ」といって一つのメーターを指さす。


「なに?」


ウィルは少女が指さす先を見ると、メーターの中を簡略化されたファフロツキーズが、ほとんど残っていない水の上を弱弱しく飛び跳ねていた。


「しまったッ、エネルギー切れか!」


ウィルは操縦席を飛びのいて、勢いのままロフトの手すりから洋間に飛び降り、テーブルに晩餐を並べるコック帽アタマを押しのけて、暖炉の火を覗き込む。


そこには今にも消えそうなほど、弱弱しい炎がチロチロ燃えていた。


ウィルは顔面蒼白になり、


「誰だっ、力を無駄遣いした奴は!?」


翻って、洋間からあふれ出んばかりのカボチャ頭たちを見る。


『ビシっ』と無言でウィルを指さす少女。


思えば、流しでポンプはずっと水を吐き出しているし、洋間も廊下も書斎も倉庫もバスルームも、ほとんどのすべての部屋の明かりがつけっぱなしで、ほとんどすべての家具が一日中稼働している。


ウィルは日中寝て、陽が陰ってから起きてきて、夜遅くまで活動しているから照明への負担も大きい。


それに加えてこの大量に生み出された傀儡たち。


「必要経費だっ!」


あくまで強気な態度のウィルだったが、少女はブンブンと首を横に振る。


「ぐぬぬぬぬ……」


ウィルは苦い顔をして、がっくり肩を落とす。


そしてすぐに顔を上げ、近場にいたカボチャ頭を抱き上げる。


ハグされたと思ったカボチャ頭は「にこっ」と微笑む、ウィルも「ニヤっ」と微笑み返す。


そして捕まえたカボチャ頭を暖炉の火めがけて力いっぱい投げ込むっ! 


カボチャ頭は信じられない速さで炎に飲み込まれて、断末魔の叫びをあげる暇もなかった。


操縦席のメーター内の水位がわずかに上がる。


暖炉の炎が、


「もっと、もっと」


と火の手を伸ばす。


残ったカボチャ頭は


「ひやぁぁ」


声にならない悲鳴を上げて、寄り添ってガタガタと震え始める。


「なれば、節約するまで……」


邪悪な笑みを浮かべて『無駄遣い』たちに向き直るウィル。


にじりよってくるウィルに、両手を広げてカボチャ頭たちを庇う少女。


「みんな逃げて!」


少女が叫び、蜘蛛の子散らすように家中に散らばるカボチャ頭たち。


運悪く捕まったカボチャ頭はもれなく暖炉に食われ、家の力に還元されていく。


「待ぁぁでぇえええー」


鬼の形相でカボチャ頭を追いかけまわるウィルと、それに寄りすがり必死にカボチャ頭を守ろうとする少女。


そんな風にじゃれあっているから、



『どっしいいいんっ!!』



ついにファフロツキーズが時計塔に激突。


凄まじい衝撃がファフロツキーズ全体に響き渡る。


ウィルと少女はすっころび、家中のものがド派手にひっくりかえる。


「なんだというのだっ!」


ウィルは頭を押さえながら起き上がって、玄関小屋への階段を手すりにつかまって外へ。


「あれ、開かんぞっ、どうした事だ⁉ けェッ!」


ドアノブを何度もガチャガチャと回し、ゲシゲシ扉を蹴っ飛ばす。


果ては扉に体当たりを食らわせ、力づくで外に出る。


「ええい、扉の分際で手こずらせおってからに」


息巻くウィルだったが、「はぁっ……ッ!」眼前の惨状を目の当たりにして、ヒゲがビイィィンッ!! と突っ張り、言葉を失う。


それはこの国のシンボルといっても差し支えない観光名所。


『ビック・ベル』の名称で親しまれる、世界で一番巨大な時計塔。


この時計塔の鐘の音は、イングリース王国の栄光と繁栄の象徴とまで言われ、首都を生きる市民たちの魂も同義である。


今や、それにでかでかと巨大な魚が突き刺さっている。


しかも一番大事な文字盤をぶち抜いて。


時計塔を貫いた石頭は反対側に飛び出して、残った翼や体は力なくだらりーんと垂れさがっている。


市民たちは時計塔直下の大通りに集まって、憤りの声を上げる。


それを見て口をあんぐりあけ、頭を抱えるウィル。



そこへさらに追い打ちをかけるように、『王国近衛騎士団』の紋章を付けた人員輸送トラックが、けたたましいサイレンを響かせながら次々に大通りになだれ込んでくる。


中には物騒な大砲を牽引したものまである。


トラックからは衛兵隊がゾロゾロ下りてきて隊列を組み、陣を敷いていく。


次々にサーチライトが醜態をさらすファフロツキーズに照射され、ウィルの唖然とした顔も白日の下に。


一通り準備が終わったところで、先頭の近衛の専用オートモービルに駆け寄り、恭しく車のドアを開ける。


中からはトリコロールカラーの制服に、指揮官を表わす半肩掛けコートペリースコートを羽織った、切れ長の目をした深紅の髪の女性騎士が颯爽と下りてくる。


部下が手渡した拡声器をもって、


「国賊ウイリアム・ウィルオウウィスプに次ぐ。


我が名は【サー・アレクサンドラ・ユスティアス】。


イングリース王国近衛兵団ユスティアス隊 隊長にして、現在はウイリアム・ウィルオウウィスプ捕縛用特設分隊 隊長の任を仰せつかっている。


キサマには現在『王族侮辱罪』と『重要文化遺産不法占拠』、『ストロベリー・フィールドポートでの暴動誘発の疑い』、『無免許魔法行使をはじめとする様々な魔術法違反』。


そして今まさにっ! 国家のシンボルともいうべき『「ビック・ベル」と「ルーク・ブリッジ」の破壊』という重罪が追加されたっ。


私は国家の怨敵であるキサマを決して許しはしない。


無駄な抵抗はやめて大人しく投降するならヨシ、万が一逆らうようであれば、この場での射殺もあり得ると知れっ。


これより3分間だけ、キサマに猶予をくれてやる。


大人しく投降するのであれば即刻射殺は免責しよう。


しかしっ、定刻を過ぎた場合は強行突撃を敢行する。


こころせよ!」



語気も険しく、(距離が相当離れているにも関わらず)ウィルの目をまっすぐ見返して言い放つ分隊長。


気圧されたウィルは髭がすっかり逆V字。とんぼ返りですぐ家の中に逃げ込み、固く玄関のカギを閉める。


「ますますまずい……射殺はいやだぁ……」


せっかく風呂に入ったばかりだというのに、大量の冷や汗をかくウィル。


髭もふにゃふにゃ。階段の下でへたり込むウィルにしゃがみこんで、少女は「ふふん♪」とにこにこの笑顔を向けている。


「癪に障る顔だな。おまえ、さっきの警告聞いておらんかったのか?」


ウィルはげっそりとした顔で少女に問うが、


「もちろん聞いてたよ?」


少女はあっけらかんとした態度で答える。


「なれば、なぜそんな顔をっ……!」


ウィルは八つ当たり気味に怒鳴ろうとするが、


「なればこそ。ここで捕まる訳にはいかないんじゃなくって?」


ウィルの言葉をさえぎって少女は冷静に問い返す。


「それに、逃げる算段はもう頭の中に浮かんでるんでしょ?」


少女は生意気にウィルの顔を覗き込みながら、ウィル同様ニヤついた表情を浮かべる。


強張っていた表情のウィルにも、次第にそのニヤケ面が伝染し、不敵な笑みへと変わっていく。


髭も生気を取り戻していく。


「もちろんだとも! この吾輩を誰だと思っておるのか!? 見事この窮地を脱し、エリート魔法使いの地位へ返り咲いて見せようではないかッ!」


豚もおだてりゃ木に上る。


すっかり調子づいたウィルは高笑いをしている。




          ⁂   ⁂   ⁂




ウィルは少女が持ってきた【トンガリ帽子】と【奇抜な柄の蒼いマント】をバスローブの上から羽織り、暖炉脇に立てかけてあった手杖ステッキをひっつかむ。


ロウソク入り丸燈ランプをとりつけた本命の街灯長杖スタッフは、今は温存。


ロウソクは城を追われたあの日に比べて、幾分短くなっていた。


タイムリミットの時は近い。


ウィルは全身に魔導書や水晶をこれでもかとグルグルに括り付け、さながら一人軍隊ランボーの様相を呈している。


ウィルはさっと華麗にロフトによじ登り、演説台のように手すりを掴んで、


「総員傾注! これより離脱作戦を開始する」


軍人を気取って演説を始める。


ノリのいいカボチャ軍団や家具アタマは少女を先頭に、ウィルにならって洋間に集結・整列してみせる。


「本作戦はファフロツキーズの安全圏への離脱を持って完了とする。


その為に必要なのはファフロツキーズのエネルギー足る諸君らの殉職である。


しかし、ただ座して死ねとは言わん。


諸君らは彼の近衛兵団と戦い時間を稼いでほしい。


そして名誉の戦死を遂げる。だが覚えておいてほしい。


諸君らの魂は永遠に不滅であることを!


諸君らが死した後、諸君らの魂は再びこの母なるファフロツキーズに還ってくる。


吾輩は諸君らの復活を、ここに約束するものである」


「わあーっ!」と軍団から歓声が上がり、拍手が巻き起こる。


ウィルはそれを手で制し、演説を続ける。


「我が二番弟子『エナ』一等軍曹よ、キサマにはその陣頭指揮を任せる」


【 エナ 】と呼ばれた少女は、


「はっ、光栄でありますっ、大総統閣下殿」


胸を張って敬礼する。アンテナも同様。


「そして吾輩の任務は、王国民として大変胸が痛む所存ではあるが、背に腹は代えられない、このビック・ベルを我が大魔法を用いて破壊するっ」


「ええーっ!?」と軍団から困惑の声が上がるが、ウィルはそれを手で制し、


「愛国心に熱い諸君らの気持ちも大いにわかる。


がこのままビック・ベルがのしかかっていては、いかにファフロツキーズが力を取り戻したとて、離脱に手間取る可能性がある。


それ故のやむ得ない処置として理解してもらいたい。


しかし吾輩はここに約束しよう。


見事、名誉を挽回した暁にはきっとこのビック・ベル再建に尽力することを!」


「やんやっ、やんやっ」と再び軍団から歓声が上がり、拍手が巻き起こる。


ウィルはうんうん頷いて、歓声を一身に浴びる。


「では、諸君。行動開始だ!」


そしてステッキを振りかざして、作戦を開始する。




          ⁂   ⁂   ⁂




一方時計塔通りはというと。


時計塔および大通り周辺はすでに市警らによって完全に包囲されており、野次馬が大量に群がっている。


ユスティアス分隊長率いる捕縛隊は、ファフロツキーズの真下に待機しており、隊員たちは突撃の時間を今か今かと待ちわびていた。


その中にあって分隊長だけは冷静に、時計塔に突き刺さった魚を仁王立ちで注視している。


そこへ、


「定刻を過ぎました」


一人の衛兵が報告にやってきて、無言で頷く分隊長。


分隊長はばさァッと羽織った半肩掛けコートペリースコートをひるがえして、衛兵たちに向き直り


「総員、傾注ッ!」


本職の迫力を持って衛兵たちを整列させる。


「これより、国賊ウイリアム・ウィルオウウィスプ捕縛作戦を開始する。


標的は腐っても元宮廷魔術師だ、どんな手を使ってくるか予想できん。


各員十分警戒せよ。


また、目標が立てこもっている古代遺跡『ファフロツキーズ』にはなるべく傷をつけないようにと、魔法省から要請が出ている。


各員留意されたし」


「 「 「 サーイエッサーーッツ!! 」 」 」


衛兵たちは威勢よく応答する。


「それでは各員持ち場に付け、作戦を開始するっ!」


さっと衛兵たちは散開し、各自持ち場に着き始める。


「1番から4番バリスタ弾装填、発射用意っ。第一部隊、突撃準備っ」


分隊長がテキパキと指示を出す。


衛兵たちは輸送車に牽引された大砲を押し出し、荒縄が結びつけられたもりを装填、照準をファフロツキーズに定める。


「撃ていッ!」


分隊長の号令に合わせて、


『バシュンッ! バシュンッ!』


大砲から銛が撃ち出されて、全弾見事にファフロツキーズに突き刺さる。


各衛兵がロープをぐいぐい引っ張って、


「固定完了しましたっ」


確認の報告をする。


「よしっ、第一部隊突撃っ!」


トリコロールカラーの制服を着た衛兵たちが、次々縄をよじ登ってこようとする。



『招待状をお持ちでないゲストの到着だ。丁重に迎撃してやれっ』


ファフロツキーズの下腹部。


気分はすっかり勇敢な突撃兵のカボチャ頭たちが密集する船底で、伝声管からウィルの声が響く。


エナは跳ね上げ戸ハッチオープンのスイッチを押して、ニヤリと笑い、


「アイアイキャプテンッ!」


威勢よく返事を返す。


「よおし、みんなやっつけちゃうよっ!」


エナは腕を突き上げ、アンテナものけぞり、その号令に従ってカボチャ頭が次々投下されていく。


「ケタケタケタケタケタケタッ!」


カボチャ頭はちんちくりんの身体をトランスフォームさせ、頭の左右からコウモリのような翼を生やす。


そして口からは蒼い炎を吐き出して、登ってこようとする衛兵たちを攻撃していく。


「うわぁっ! なんだこいつら!」


衛兵たちは縄にぶら下がったままサーベルを抜いて、カボチャ頭たちを切りつけようとするも、空中を自由自在に飛び回るカボチャ頭たちにはまるで攻撃が届かない。


そして噴きつけられる猛火におののいて、縄から手を離し、どんどん地上に戻されていく。


エナは、カボチャ頭が列を成して飛び降りていくのを見送り、


「あたしも頑張るよお!」


と息巻いて、くりぬかれたカボチャをかぶって変装する。


アンテナはカボチャを突き抜ける。


使い魔の白ミミズクも呼び出して、同じくくりぬいたカブを頭にかぶせる。


「よし、これであたしたちってバレないね」


「ホッホウッ!」


エナと白ミミズクは船底を移動して、尻尾側にある垂下銃塔に乗り込み降下していく。


外に出たところで、エナが指揮棒のように短杖ワンドを振り、それに伴って風を纏ったミミズクが荒縄を次から次へとちょん切っていく。




          ⁂   ⁂   ⁂




地上では振り落とされた衛兵が、ライフル銃Lee-Enfieldを構え、空を飛び回るカボチャ頭を撃ち落していた。


規格外の万能傀儡と言えど所詮は野菜。


熟練の近衛兵団には敵わず、ライフル弾に喰い千切られて続々と、空中で爆発四散していく。


「そのまま撃ち続けろっ、野菜如きに遅れをとるな! 殲滅次第、突撃を再度実行するぞっ」


分隊長が作戦を指示する、が、ここでカボチャ頭を軽んじたのがいけなかった。


いつだって油断は禁物。


途端にカボチャ頭たちは動きをピタリと止め、屈強な衛兵たちから群がった野次馬たちへと向き直る。


ニヤァと顔を歪めて、「ケタケタケタケタァッ!」と歯を鳴らしながら、民衆へ襲い掛かる。


「うわぁ⁉ こっちにくるぞ!」

「助けてくれぇーッツ!」


蒼い炎を噴き散らして脅しかけ、警官には体当たりをかまし、善良な市民を追い立てる。


民衆は蜘蛛の子散らすように逃げ惑い、時計塔通りは大混乱。


「市民を守れ! 銃は使うなっ」


痛いところを突かれた分隊長がすぐに指示を飛ばし、衛兵たちは市民を追い回すカボチャ頭を追い回す。



「フハハハハハハ、慌てておるわ、バカ者どもめが」


ファフロツキーズのコックピットで、ウィルは蜂の巣をつついたような騒ぎになっている通りを見下ろして、悪の親玉のような笑いをこぼす。


警官や衛兵たちがカボチャ頭にいいようにやられるのを見る度に、どんどん悪い顔になっていくが、カボチャ頭がやられても同様に満足そうな笑みを浮かべる。


カボチャ頭もだいぶ数を減らし、暖炉の火も始めに比べだいぶ大きくなってきている。


ウィルはうなじの淡い緑色の管ケーブルを握り、


「よおし、だいぶ力が戻ってきてるぞ」


確認しブチっとケーブルを首から外す。


スルスルと暖炉に戻っていくケーブル。


ケーブルを抜いた途端、ウィルを取り巻くように小さなファフロツキーズを模した小魚が現れ、ケーブルと同じ淡い緑色をしたそれらはふよふよと空中を泳ぎ始める。


ウィルはロフトから後ろを振り返り、


「さあ急いで運び出せ! 時間がないぞぉっ」


ファフロツキーズに残したカボチャ頭たちに声をかける。


ウィルの背後では、カボチャ頭が長蛇の列をなして、倉庫から大量のダイナマイトを運び出している最中だった。


行列はそのまま時計塔まで続き、カボチャ頭たちが時計塔に爆薬をせっせと仕掛けている。


「カボォッ」


一匹のカボチャ頭がウィルの足元で敬礼し、国家のシンボルの爆破準備が完了したことを報告する。


「フッフッフ、順調っ順調ぉっ!」


ウィルは喜び勇んで、ロフトから飛び降り玄関を飛び出す。


 

そしてファフロツキーズの真下は未だ混乱のど真ん中。


悪知恵の働くカボチャ頭たちは積極的に市民を追い回し、警官たちの避難誘導の声はまるで届かない。


その上数体のカボチャ頭が捕縛隊のトラックを占領し、広場を暴走しており衛兵はその対処にも追われている。


さらには、


「キャーッ!! 火事よっ! 火事だわっ!」


カボチャ頭が吐き出していた蒼い炎が、文字通り飛び火して広場に面した民家からボヤが出始めていた。


「急いで火を消し止めろ! 消防局にも連絡だっ! 周辺住民の避難も急げ!」


分隊長はカボチャ頭を切り捨て様に、手近な警官を捕まえて怒鳴りつける。


形勢は一気に逆転。逃げ惑う民衆やどんどん広がっていく火事、カボチャ頭にてんてこ舞いの部下たち、それにいまだにファフロツキーズからカボチャ頭があふれ出してくる。


分隊長はそれらを睨みつけながら、


「おのれウイリアム・ウィルオウウィスプめぇ……」


奥歯を噛みしめる。


そこへ、


「何かお困りですか? 分隊長殿」


微笑をたたえ、黒猫を撫でる少女が声をかけてくる。


「どうぞこのウインディ・バアルゼブルにもご命令を。さながらチェスのクイーンのごとく縦横無人の活躍をご覧に入れましょう」


物腰柔らかく、「いかが?」とあざとげに腰を折って顔を覗き込んでくるウインディ。


分隊長は眉間に皺を寄せて、不愉快そうに、


「せっかくの申し出だが、貴殿の手はかりない。悪いが私は、魔術師を名乗る連中を信用しておらんのでな」


きっぱりと言い放つ。


「そうですか? それはさみしいですね……」


いともあっさり引き下がり、その上ややシュンとした様子を見せるウインディ。


その大人びた聞き分けの良さと、傷ついた子供のような表情が、嘘くさく怪しいと思う分隊長。


この目まぐるしい戦場のような場所にあって、その存在風貌ゴシックロリィタのなんと異様な事か。


使い魔の黒猫は逃げ惑う民衆を見てごろごろと喉を鳴らし、その主人たる魔女はもう立ち直って仮面のような笑みを張り付け、眼前の光景を無感動に眺めている。


『だから魔法使いは好かんのだ』


心の中で悪態をつく分隊長。


「ですが、サー・ユスティアス殿。状況がそれを許してはくれません。あちらを」


と、ウインディは大通りに面した、まだ火の手が回っていない住宅群を指で指し示す。


とくになんてことないレンガ造りの民家を示されて、「んん?」と困り顔の分隊長。


「ほらあのカラスです」


ウインディに言われて、よくよく見ると民家の屋根に一羽のカラスが止まって、ファフロツキーズをじっと見上げている。


「あのカラスがどうしたというのか?」


分隊長が聞き返すと、ウインディはカラスをさした指をすぅーっとそのまま移動させ、自分が抱える黒猫に向ける。


「あのカラスが今見ている光景を今この子が見ています。この子の目を覗いてみてください」


ウインディは抱きかかえた黒猫をグイっと持ち上げ『見せてあげて』と、分隊長に押し付ける。


分隊長はやや不審に思いながら、毛だるまの目を覗き込む。


するとそこには、ダイナマイトにまみれた時計塔の尖塔せんとうと、導火線を持ってマッチをすっているウイリアム・ウィルオウウィスプの姿が映っている。


「なんだこれはっ!?」


ガバッと猫の顔を掴んで、猫の眼球を凝視する分隊長。


「魚の真下にいてはお気づきになれないと思い、報告しにきました」


分隊長から猫を引き離して、ふわりと一歩下がり、


「どうです? 一刻を争う状況ではありませんか?」


首をかしげて分隊長を見返すウインディ。


「もし私に出番をくださるのなら……、そうですね、とりあえずは形勢逆転をお約束しますよ」


にこやかに言ってのけるウインディ。


「私がオフェンス役、捕縛隊の皆さまはディフェンス。市民の避難をお願いします」


分隊長は尚も渋っている様子だったが、周囲の惨状を見て、自分の体たらくが身に沁み、苦々しい口調で、


「かたじけない。貴殿に助力に感謝する……」


と言って、頭を下げる。


「とんでもありませんわ。私も捕縛隊として駆り出された身、指揮官の命令に従うのみです」


そう言ってどこからともなく飛んできたホウキを掴んで、飛び乗り、ブワッ! と一足飛びに上空へ飛び去る。




          ⁂   ⁂   ⁂




ファフロツキーズの上では、玄関小屋の石段に座って、ウィルがずっとマッチを擦り続けている。


火が付いたと思ったとたん風が吹いて、すぐ消える。


それをずっと繰り返している。


ちょっと戻って暖炉から燃えさしを取ってきて付けたらいいものを、ちょっとの手間を面倒くさがって、意固地になってマッチをこすり続ける。


そうやってモタモタしているから、


「ご無沙汰しております、お師匠」


それ以上の、いらん手間がかかることになる。


「おまえはっ!?」


少女趣味の薄青いゴシックドレス。


風になびく黒くて長い二つ結びの髪。


優雅にホウキにまたがり、マヌケ面で自分を見上げる老人を見下す少女。


「ウインディ! お前も吾輩の邪魔をしようというのかっ!」


わめくウィルを見て、


『こいつ、私がハメたことに気づいていないのかしら?』


ますますウィルの評価を下げる。


「元お師匠は宮廷魔導士の地位を剥奪されました。今は私が二代目【送火】です」


そう事務的に言い放つウインディ。


「なんじゃとぉっ!」


信じられないという様子のウィル。


「今やあなたは天下の大罪人。


国王の命で捕縛隊が組織され、私も後始末として駆り出されました。


さあ、ウイリアム・ウィルオウウィスプ、大人しく投降しなさい」


ウィルはそうとうくやしそうに握りこぶしに力を籠め、


「おのれ裏切り弟子めぇ。吾輩は絶対捕まらんぞ! そしていつか絶対王宮に返り咲いて見せる!」


ウインディに指を突き付け、カムバック宣言をかます。


「全く。……世話の焼けるジジイだわ」


ウインディは不愉快そうに言い放つと、大きくファフロツキーズから後退し、距離をとったところで、


「まずは分隊長との約束を果たさなきゃ」


時計塔通りを走り回る暴走トラックを視界に捉え、まっすぐ正面に腕を伸ばす。


そして空中で何か見えない物をつまみ上げるような動作をし、──突然ピタリと動きを止める暴走トラック。


どうした事かとカボチャ頭たちが慌てる。


次第にトラックは地面を離れ中空に浮かびだす、──つまんだそれをそのまま下から上へ勢いをつけてファフロツキーズめがけて投げつける。


「うわあ! なんか飛んで来たぁっ!」


驚くエナ。


カボチャ頭たちが乗っ取った暴走トラックが、突然に勢いをつけてエナのいるカボチャ軍団投下口目指して飛んで来る。


垂下銃塔から衛兵や警官を妨害していたエナは、すぐさまファフロツキーズの中へ逃げ込み、半死半生、ほうぼうの体で四つん這いになって船底から走り出る。


トラックは見事、投下口に命中し爆発四散。


中にいたカボチャ頭を一網打尽に。


そしてファフロツキーズも爆発の余波で大きく傾き、時計塔にも負荷がかかって大きなヒビが入る。


着弾の衝撃でよろめいてその場に倒れこむウィル。


寝そべったそのままの姿勢で下腹部を覗き込み、


「たいへんだっ。エナ無事かぁーッ!」 


エナに向かって叫びかけるウィル。


階下の窓からひょこっと顔を出したエナが、


「だいじょうぶっ!」


と元気に返事を返す。


間一髪、白ミミズクの風をまとって動きが早くなったおかげで、難を逃れたエナだった。


「ならいいっ! 早く船底の火を消せ!」


エナの安全を確認してすぐ、こき使うウィル。


「いいってなんだっ! もっと心配しろぉ!」


腕を振り上げて抗議するエナに、


「いいから早く! 家が燃える!」


敵を前にして口喧嘩をするウィルとエナ。



「相変わらずふざけたジジイね」


ウインディは不愉快そうな顔をして、今度は大きな物をすくい上げるように、ぐぐっと両手に力を込めて、ガバッと一気にそれを持ち上げる。


すると、眼下で燃え上がる民家の屋根や壁がガタガタ揺れ始めたかと思うと、見えない力によって上に引っ張られるように盛り上がり、次第に家から引き千切られていく。


引き千切られガレキ群は寄り集まって5つの塊となり、回転式拳銃リボルバーの弾倉のように規則正しく、ウインディのまわりに控える。


周囲の家がベリベリとはがされていくのを、分隊長含む捕縛隊員たちは唖然とした様子で見上げている。



そしてファフロツキーズ上では、


「だから初めに無事かどうか聞いてやっただろうがっ、それで満足せいっ」


「足りない! もっと心配してっ!」


未だ口喧嘩を続けるウィルとエナ。


そうやって言い争っているところへ、



『バアコォーーンッツ!!』



撃ちだされたガレキ弾がファフロツキーズの胴体に直撃。


「おわぁっとっと……」よろめくウィル。


ファフロツキーズは先のトラック衝突と合わせてますます傾き、時計塔の亀裂もますます大きくなる。


「ああっ!? 大丈夫かエナッ!」


またしてもエナの顔を出す窓辺に攻撃があたり、肝を冷やすウィルだったが、「だいじょうぶっ!」とエナは変わらず元気に窓から顔を出す。


さすが古代遺跡なだけあってファフロツキーズは頑丈で、窓ガラスさえ割れていない。


エナは着弾の瞬間とっさに家の中に入り、難を逃れたのだった。


ウィルが、「はあーよかったぁー」と胸をなでおろす。


そこへ、さらにウインディは追撃を加えようと、ファフロツキーズに再び手を掲げる。


顔を起こしたウィルは、ウインディの頭上にあいた空席へ、リボルバーよろしくガレキ弾が回転して次弾が装填されるのを目撃する。


「まずいっ!」


撃ちだされる2発目。


すかさずウィルはステッキをガレキ弾に向かって振りかざし、──ウィルを取り巻いていた小魚が一匹杖に吸い込まれるようにして消える──ガレキ弾に向けた杖をそのまま横向きに薙ぎ払う。


途端、ガレキ弾がファフロツキーズに直撃する寸前で軌道を変え、そのまま時計塔に直撃する。


時計塔はとうとう文字盤を境目にぽっきり折れ、ダイナマイトを大量に括り付けた尖塔せんとうが地面に崩れ落ちる。


それもさもありなん。


さっきから突き刺さっているファフロツキーズが、撃ち込まれたガレキ弾によってぐいぐい態勢を変え、さながらファフロツキーズで時計塔の中をかき回すようなきりもみ運動が成されていたのだから。


抵抗するウィルに舌打ちしたウインディは、今度は2発同時にガレキ弾を放ってくる。


「こんにゃろ!」


二匹目の小魚が宿った杖をウィルがガレキ弾二発に向けると、またしてもファフロツキーズの直前でピタリと動きを止め、


「おかえしだっ!」


とそのままウインディに打ち返す。


「小癪なジジィがっ!!」


ウインディは最後の一発を、ウィルの傀儡かいらいとなったガレキ弾にぶつけ、3つのガレキ弾は空中で押し問答を繰り広げる。


「ぬおおおおおおッ!」


ウィルは鍔迫つばぜいをする剣士のように杖を構え、


「クゥッ…………ッ!」


ウインディは倒れてくるタンスを押し返すように両腕に力を籠める、が、個数が少ない分やや押され気味である。


『オマエモ来イッ!』


ウインディは左手を離して、崩れた尖塔に目を付けると、ガッシリそれを掴んで浮遊の魔法で三つのガレキ弾にそれをぶつける。


ウインディの髪は風にあおられ、魔法に力を込めているせいで猫のように逆立っている。


「ふっふっふ、これでイーブンよ」


巨大なガレキの塊がぶつかり合いガリガリとお互いを削りあって、


「退避しろーッ! 危ないぞ! 急げーっ!」


大量のガレキが大通りに降り注ぐ。


警官や捕縛隊員たちは避難誘導で手一杯。


カボチャ頭たちも次々ガレキに押しつぶされていく。


「だから魔法使いは嫌いだっ!」


他人の迷惑をかえりみない魔法使い二人に向かって文句を叫ぶ分隊長。


「どうかしら? お師匠さまはそろそろ苦しくなってきた頃合いじゃありません?」


額に汗を浮かべながらウインディは、


「【門】をあければ助かるかもしれませんよ!? このままではお師匠が押し負けるのは火を見るよりも明らかだわっ!」


と本音を漏らし、自分の計画を優先させようとする。


が、ウィルは、


「こんなところで無駄遣いはできんっ!」


と抵抗する。


のぞがいの返事を返されたウインディはムッとして、


「なればこじ開けるまでのことっ!」


さらに力を込める。


髪や服の裾がぶわっと逆立ち、ケープがひるがって、腰のベルトに吊り下げられた燈會ランタンが露わになる。


「ああっ!! 石炭返せッ!」


咄嗟に手を伸ばすウィル。


ウインディは燈會ランタンをひと撫でしてその手に蒼火を宿す。


燃ゆる手の平をガレキかいにかざすとみるみるガレキ塊に火が移り、巨大な石炭のようになる。


そしてそれをそのまま、ホウキの上に踏ん張って、グイグイウィルに押し返していく。


「ぐぅっ、お、おおおおおお……っ! まずいっ」


どんどん押し込まれるガレキ塊を、杖を精一杯構えて耐えているウィル。


その上、ウインディの放った青い炎が尖塔せんとうに埋め込まれたダイナマイトに引火。


導火線を火がみるみる内にたどっていき、ウィルに追い打ちをかける。


「さあ、どこまで耐えるおつもりですか? お師匠っ!!」


楽しそうに顔を歪ませるウインディ。



「あ! ウィル爺が危ない!」


トラックの火を消し止めたエナが、ウィルのピンチを目撃し、カボチャ軍団の残党を連れてバルコニーに出る。


「さあ、行ってカボちゃんたち!」


エナの掛け声とともに数匹のカボチャ頭がウインディめがけて飛んでいく。


「ケタケタケタケタァッ!」



「きゃあっ、なによコイツらっ。邪魔しないで! あっちへ行きなさいよ!」


まとわりつくカボチャ頭たちを、うっとうしそうに手で払いのけるウインディ。


「今だぁっ!」


ウィルは振りかぶった杖に最後の小魚を宿らせて、「これで打ち止めだっ」クリケットよろしくガレキ塊をウインディに打ち返す。


「ッツ! ──しまったっ!」


ウインディは襲い来るガレキ塊を燈會を掲げてすかさず防御するも、タイミングよくダイナマイトが爆発。


ガレキ塊が中から炸裂して、その爆風に乗せられてウインディは遥か彼方へ吹っ飛ばされていく。


「ああっ、石炭が!」


ウィルはどんどん遠ざかっていく弟子と石炭を名残惜しそうに、見送り、がっくり肩を落として「ああ~」とため息をつく。




          ⁂   ⁂   ⁂




ウインディが吹っ飛んでいくのを見た分隊長が、


「やはり魔法使いなどあてにならんっ」


と言って、遂に自ら打って出る。


半肩掛けコートペリースコートを脱ぎ捨て、地面に落ちているサーベルをありったけ掴んでベルトに差し、単身時計塔に向かって走りゆく。


「隊長!」


住民を避難させた衛兵たちが戻ってきて、突撃していく分隊長に向かって呼びかける、が火の着いた隊長にはもうその声は届かない。


部下たちの声を振り切り、時計塔の壁の前に立ってファフロツキーズを見上げ、ウィルをギロリと睨む分隊長。


ギクッとおじけづくウィル。


両手にサーベルを持って、何をするかと思いきやサーベルの刃を時計塔の壁に突き刺し、鼻息荒くズンズンよじ登ってくる。


「待ってろっ、ウィルオウウィスプっ! 必ずとっ捕まえてやるからなッ!」


ウィルはその様子に、すっかり気圧され、


「これは捕まったら何をされるか分からんぞ……」


身震いして、自分の肩を抱く。


そして、カボチャ頭がほとんどファフロツキーズに還元されたことで、垂れ下がっていた主翼や胴体がピンと張り、水平に戻っていることに気づく。


突き刺さっていた時計塔もウインディのおかげで半壊し、これでいつでも飛び立てる状況に。


しかしそれに反して、衛兵たちが大勢を立て直し、再び大通りに集結しつつあった。


その上、勤勉実直な分ウインディより手ごわいかもしれない分隊長がすぐそこまで迫ってきている。


通りに再び大砲をセットする衛兵たちと、よじ登ってくる分隊長とを交互に見て、


「ええい、背に腹はかえられんっ!」


洋間に戻ってロウソク入り丸燈ランプをとりつけた街灯長杖スタッフをひっつかみ、コックピットへ。


杖を天井高くに突き上げ、呪文を唱える。



  『墓場を揺蕩たゆた愚者の燈イグニス・ファトス


   吸血鬼の森へお前を誘う』



街の遥か上空、立ち込める暗雲の真上、市民の目が届かない場所に、蒼い炎にふちどられた魔方陣が展開される。



  『最高傑作マスターピース、召喚


   其の名は【SG-62-I8スケープゴート


   冥府の門はすでに開かれた』



陣の中の門がゆっくりと開き、骨ばんだ腕に吊るされた巨躯が覗く。



  『それゆけっ!


  【×××××深い(暗い)森】と【□○○滞在する 聖者 沼沢】と【▼▼≒▲▼墓標 1つきり 走る(逃げる)


   は遥か彼方』



途端、



『ドォ、ッッシィィィーーンッツ!!!!』



何か巨大なモノが落ちてきた。


それは時計塔の脇を流れる運河にかかる橋『ワーズワス橋』に落下し、その勢いのまま石橋を貫通。


水しぶきを噴き上げ注目を一身に集める。


衛兵たちが黙って見守るなか、折れた橋からのっそり姿を現したのは、身長が二階建てバス以上もある巨大なゴーレムだった。


その風貌は、言うなれば岩石ゴリラ。


しゃくれた顎に四角い頭、三角形の尖った目が一団を睨んでいる。


鉱石製の寸胴の身体には、古代土器を思わせる紋様が全身を這っており、背中からは大小様々な煙突がにょきにょき生えて、黒煙や蒸気を吐いている。


その体躯に見合うように腕は筋骨隆々、牛馬の胴の様に太く長い。


そして肩の煙突に掴まって、大きなコウモリの様な耳と翼、尻尾を生やした黒い小人の妖精グレムリンが乗っている。



「グウウォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!」



巨人ゴーレムは野太い雄叫びを上げる。



「どうしてあの化け物がここに!」


時計塔の壁に張り付き、壊れた橋をよじ登るゴーレムを見て、分隊長は自分の目を疑った。


屈強な衛兵たちもその迫力に恐れおののき、


「あっ、あれは【 古い巨人ギガント・ゴーレム 】と【 機械妖精グレムリン・スパンデュール 】……。ウィルオウィスプに並んで世間を騒がせている怪物じゃないか……」

「旧時代の兵器「巨人ゴーレム」を性悪妖精グレムリンが乗っ取って操っているっていうあの……」

「神出鬼没で、突然現れては、目的も無く暴れまわるって噂だ……」


口々に怪物の逸話を話し合っている。



「ウギャギャ、ギャギャギャ、ギャギャッギャ!」


グレムリンはゴーレムの頭をバシバシ叩いて、あっちやこっちを指さして指示を出す。


橋の上に上り詰めたゴーレムは時計塔とは逆方向、わざわざ人的被害の多い王国最大のターミナル駅のある方角へ歩みを進め始める。


その道すがら、橋の上に乗り捨てられた馬車やオートモービルを掴んでは無差別に投げ捨て、無差別に投げ捨て対岸の住宅を次々破壊していく。


そこへウィルが玄関から飛び出し、


「これは僥倖ぎょうこう! なぜだか分らんが巷で噂の暴走ゴーレムのお出ましだっ、よぉし今のうちにトンズラしよう!」


そうやってわざとらしいセリフを吐いて、家の中に舞い戻る。



何を隠そうこのゴーレムとグレムリンは、ウィルが作り出した特別製の傀儡。


普段はファフロツキーズ内の格納庫に収容されており、ウィルがピンチの時に身代わりスケープゴートとして召喚される。


よって耐久力や敏捷性、狡猾さが突出している。


この二体はこれまでの既存の家具や野菜を依り代にしたシリーズとは違い、ファフロツキーズ内に多数残留していた魔導書を参考に、ウィルがボディから削りだしたフルハンドメイドの作品である。


なので衛兵たちが口にしたこの二体の出生の噂は、ウィルが流したデマだったのだ。


メインオーダーは、戦闘に特化したゴーレムを主戦力に、グレムリンに変装させたカボチャ頭を頭脳として、ウィルの逃げる時間を稼ぐこと。


他にもごくまれに力仕事などの雑用をさせられることもある。


そして【身代わりスケープゴート】というネームには、『逃げる時の囮』という意味の他にもう一つ意味があったりする。



分隊長はウィルの消えた玄関扉と街を襲うゴーレムとを見比べ、


「くそぉ、運のいい奴めっ!」


道半ばで時計塔を飛び降りる。


そうして逃げ腰の衛兵隊員たちに向かって、


「臆するな! 我らは栄えある王国騎士の末席に名を連ねる者! 王を、民草を守る事こそがその我らの本分ぞ。今、に我々の本懐がある。諸君らの本領を存分に発揮せよっ!」


威勢よく激励の言葉をかける。


それまで弱気な姿勢だった衛兵たちの目に強い使命の光が戻り、ゴーレムに負けないくらいの雄叫びをあげる。


衛兵たちは駆け足で、残らず輸送車に乗り込み、


「目標ォ! 怪物ッ! 全員突撃ーーッ!!」


先頭車両の屋根に仁王立ちする分隊長の掛け声に従って、アクセルべた踏みで折れた橋を飛び越える。


「ウギャギャ?」


背後に気配を察知して振り返るグレムリン。


分隊長の乗る先頭車両が橋を飛び越えた勢いのままゴーレムに体当たりをかまし、その衝撃で爆発する。


「ウギャ!?」

「グオ!?」


爆破の反動で大きくのけぞるゴーレム。


そこへ、衝突の直前で脱出し、爆風に乗ってゴーレム頭上へ跳躍していた分隊長がサーベルを両手に構え、


『ジャキンッッツ!』


鋭い一閃、ゴーレムの左腕を切り飛ばす。


後陣には隊列を組んだ衛兵たちが榴弾砲を構えて、分隊長が退避したのを確認すると同時に一斉射撃。


ゴーレムは黒煙に包まれて悲鳴を上げる。


大砲を装填している僅かな隙も、歩兵がライフルを構えて休まずゴーレムを牽制する。


ゴーレムは鬱陶しそうに残った腕で弾丸を振り払ったり、防御したりしている。


「ウギャギャギャァーーーッツ!!」


弾丸が鉄仮面に命中し、怒ったグレムリンがビシビシとゴーレムをしばいて命令を出す。


ゴーレムはすぐに乗り捨てられた一般市民の車の陰に隠れる。


グレムリンは残ったゴーレムの右腕にとりつき、仕掛けられたレバーを引っ張る。


すると巨椀がバックリその中心から上下に割れ、中に仕込まれた銃座と機関銃が姿を現す。


ゴーレムは障壁から腕を突き出し、グレムリンが「キヒヒヒ!」と機関銃を衛兵たちに向かってぶっぱなす。


あわやスプラッタッ!


しかし読者諸君、安心召されよ。


ウィルも人様の命を奪う程落ちぶれてはいない。


それに市販の銃器をそのまま装備したとあっては魔法使いの名折れ。


当然改造した品である。


弾丸も換装済み。


弾丸の形に成形した特性の魔術的トリモチ弾を250発。


36度前後のお湯でないと剥がれない厄介な代物。


器官に入ってもよだれ等で溶けるから窒息対策もばっちり。


味も好みに合わせて変えられる。


木材、鉄材、人体関係なく引っ付きまわり、相手の動きを封じる事ができる。


衛兵らは、予想外の飛び道具攻撃によって前面に立っていた衛兵らが魔術的トリモチ弾の餌食となり地面と離れがたい仲になる。


そしてそれをはがそうとやってきた良心的衛兵も、同じく巻き添えを喰らう。



「ふむふむ、やはりあのトリモチ弾は対人戦において有効だな」


ファフロツキーズの窓から、最高傑作の戦闘の様子をうかがうウィル。


「よおし、トリモチ弾は量産決定だな。材料を買っておかなくては。エナ、メモしておくように」


双眼鏡を覗きながら、後ろ手にエナに指示するウィル。


「おっけーい」


エナは素直にメモする。


ウィルは、窓から離れコックピットに移動し、操縦席に腰かけ、魔術的無線機を引っ張り、


「スパンデュール、吾輩らはこれより戦線を離脱する。お前たちも頃合いを見て撤退しろ。追手を振り切ったらいつも通り連絡してこい、回収に向かう。オーバー?」


グレムリンに連絡を取る。


「ウギャッ」


グレムリンも了解の意を示す。


「ああ、それと切られた腕は回収しておくように。内部機構はいずれ特許を取るつもりだから、他の魔法使いに調べられると困る。オーバー?」


ウィルはみみっちい指令を下し、


「ウギャァー……」


グレムリンは難色を示す。


ウィルはグレムリンの返事を無視し、離脱の準備を始める。


「エネルギーよーし、障害物よーし、損傷よーし」


各メータや開けた前方、ファフロツキーズの損傷具合を数値化した魔術的モニターを指さし確認し、指をポキポキ鳴らして準備運動をする。


枝葉のように展開された操作版のボタンをポチポチ押し、計測器を見ながらバルブをひねり、円形スロットルレバーを『ヂリリン、ヂリリン』と操作し、レバーをいくつか上げ下げして、なにごとか鍵盤をたたき、フットペダルを一気に踏み抜いて、


「離脱だ!」


総舵輪を手前に引っ張る。


ファフロツキーズの目がピカンッと光り、胸ビレと尾ビレのプロペラが勢いよく回り始め、お腹のオールが激しく空気を掻き始める。


主翼がバッサバッサと羽ばたき始め、徐々に巨体が浮上し、そのまま時計塔の残りを削りながらぐんぐん空へ登り始める。


ウィルは、


「ちょっと代わってっ」


とエナを操縦席に座らせ、急いで玄関扉を開けて外へ。



地上では分隊長がトリモチ弾を右へ左へステップし、かいくぐり、ゴーレムの残りの腕を斬り飛ばそうとサーベルを構える。


切り上げられた切っ先を寸でのところでゴーレムは腕を引っ込め回避。


腕から飛び出した機関銃の銃口にサーベルの刃先があたり、大きく腕を切り上げられるゴーレム。


その衝撃でグレムリンは銃座から振り落とされ、地面に落下。


しりもちをついたグレムリンに、すかさずサーベルを振り上げる分隊長。


分隊長がトドメを差そうとサーベルを振り下ろそうしたその時、



「フハハハハハハハハッツ、愚鈍な衛兵諸君、追ってこれるモノなら追って来るがいいッ!」



と、ファフロツキーズの頭上で街灯長杖を掲げて、さながら海賊のように玄関小屋の上に建てられた避雷針につかまり、マントを風になびかせて高笑いをするウィル。


反射的に頭上を見上げる分隊長。


ウィルの高笑いを響かせながら雲の中へ消えていくファフロツキーズ。


戦意向上中の衛兵たちが、すかさず空に向かってライフルを向けるも、「無駄だ」と分隊長が取りやめさせる。


分隊長は悔恨の極みといった様子でサーベルを握る手に力を籠める。


ハッとして、背後のグレムリン&ゴーレムに顔を戻すと、グレムリンは再びゴーレムの肩によじ登っており、そのゴーレムも抜き足差し足でコソ泥のように、切られた腕を拾っているまっ最中だった。


グレムリン&ゴーレムは、分隊長に睨まれて、ギョッとし、しっぽをまいて運河に飛び込む。


即座に欄干に駆け寄る分隊長だったが、目に映るのは収束気味な波紋を打つ、真っ黒なタメシス河だけだった。


「っち、どちらも捕らえられなかったか……」


分隊長は舌打ちをしてサーベルを鞘に納めて踵を返し、


「追跡隊を組織しろっ! 市警からも人員を駆り出せっ! 残った者は周囲を捜索してケガ人等の救助活動だ。……ああ、後、吹っ飛んでいったウインディ女史の捜索と救助も始めろ」


疲れた様子を微塵も見せず、早々に戦後処理の指示を飛ばしていく。


「 「 「 サーイエッサーーッツ!! 」 」 」


尚も精悍な顔立ちの衛兵隊員たちは、威勢よく応答し、各自散開していく。


一人橋の上に残ったサー・ユスティアス分隊長は、ファフロツキーズの飛び去った曇り空を見上げ、


「おのれ、ウイリアム・ウィルオウウィスプめぇ、次はこうはいかんぞ!」


とますます眉間の皺を深くする。



「はぁーーくしょっっいっっつ!!」


洋間に戻ってきたウィルは大きなくしゃみを一発、出迎えたエナに唾を飛ばして足をけられる。


バスローブという薄着で、冷たい雲海の中に突っ込んだのだから、体が冷えるのは当然の事。


髭にも霜が降りている。歯をガタガタ鳴らしながら、暖炉から淡い緑色の管ケーブルを引っ張り出して、再び首に繋ぐ。


帽子やマント、長杖を暖炉の前のカウチソファに「ガシャンッ!」投げ捨てながら、


「ああ……吾輩はもう一回風呂に入ってくるから、お前もあとは好きにしろ……んじゃあ、おやぁすみ……」


そのままバスルームへ向かうウィルの背中にエナは、


「ねえ、操縦は? あれ、放っておいていいのー?」


と聞くが、ウィルは、


「ああ? ああっ、あれはそのままでいい。自動操縦にしてあるから……」


もう睡魔にとりつかれた様子でふにゃふにゃ言いながら、のっそりバスルームへと還っていった。


エナは、


「ちゃんとベッドで寝なよ」


と力ない後姿に声をかけ、


「はあ」


と肩をすくめて息を吐く。


お楽しみイベントも終わり、髪のアンテナもぺたんと落ち着いている。


ウィルが投げ捨てた長杖をスタンドに立てかけ、濡れそぼった帽子とマントを持って、ランドリールームへと消えていく。




          ⁂   ⁂   ⁂




翌朝、ファフロツキーズは上空1万メートルまで上昇し、二人が息苦しくなって目が覚めるのはまた別のお話。




 □


「ウギャギャ?(ウチらはいつ回収されるんだ?)」


「グオオオン?(さあ?)」


 川底でぼやく妖精と巨人。


 トホホ。


 ●





次回、〈第三話『魔法市場大追跡戦ッ!! ヒロインとの遭遇』〉に続く。

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