第四話『二人のWその秘密と過去について』



(3)



ストロベリー・フィールド港からだいぶ南に行った辺り、その上空の雲中をファフロツキーズが飛んでいる。


その洋間。ウィルは若干不愉快そうに、コック帽アタマが運んできたお茶を飲んでいる。


一口含んでから、


「で、お前らはなんだ?」


洋間のリビングテーブルに腰かけ、侵入者たちを詰問する。


玄関階段の下に立たされた侵入者の内、悪ガキ三人組は、


『勝手に連れて来られて逆にこっちが迷惑だ』


と腕を組んだり床に胡坐をかいたりして不満そうな態度を示している。


一方で姫はというと、せっせと荷物を運んでいるカボチャ頭の傀儡たちに夢中で、アンテナを犬の尻尾よろしくブンブン振って、その列をずっと目で追っている。


ウィルの質問に対し誰も答えようとしないので、


「おいっ! 無視するなっ」


机を叩くウィル。


悪ガキはビクゥっと体を震えさせたが、そのまま反抗的な表情を浮かべている。


姫はその音で我に返り、


「え、あたし? あたしの名前? あたしはねぇ……


(しばし黙考し)


……エナっ! エナァ……エナ・ペンドラゴン。


あなたはだあれ? 魔法使いなのよね? それにさっきの魔法はいったいどうやったの? あたしが知ってる召喚魔法とはだいぶ違ってたみたいだけど、それに……」


早口でまくしたてるエレオノーラ姫、改め、侵入者エナ。


ウィルは姫の迫力に呆気にとられながらも、ペースを崩されまいと、


「吾輩が質問しているんだっ!」


強気な態度をとる。


ウィルはどのみち邪魔になるだけだと判断し、取り合うのを止め、さっさと追い出してしまおうと立ち上がる。


そこでタイミングの悪い事にファフロツキーズが雲を突き抜け、窓枠いっぱいに青空と白雲が映って見える。


部屋いっぱいに陽光が差し込み、それを目にした姫は、


「ねえっこの部屋、飛んでるわっ!」


暖炉わきの窓に張り付き、すぐに向かいの窓にも張り付いて感嘆の声をもらし、洋間の中を次々に駆け回る。


そうして、あれよあれよいう間に家の奥に繋がる扉に気づいて飛び込んでいく。


これら一連のシークエンスが僅か数秒の出来事。


ウィルが立ち上がろうと机に体重をかけ、前かがみになって、尻を持ち上げている刹那におこった事。


ウィルはただ見送る事しかできず、悪ガキたちも呆気にとられていた。


ウィルは状況がさらにややこしくなったことに顔をしかめる。


そして未だ反抗的な目を向けている悪がきが目に留まって、八つ当たり気味に、


「ガぁッーーッツ!!」


クマさながら両腕を振り上げて脅かしてみるが、肝の据わった少女に脛を蹴られて仕返しされる。


ウィルが脛を抑えながらぴょんぴょんはねていると、その隙に悪ガキがばらけて姫のあとを追って家の奥に。


「ああもうっ! 手間をかけさせるっ!」


ウィルは荷物を運んでいるカボチャ頭を両の手にひっつかんで4、5匹廊下に投げ込み、


「早く捕まえろっ!」


と叫び、その他のカボチャ頭たちも命令に気づいて、荷物を持ったまま廊下になだれ込んでいく。



ウィルは脛を抑えながら、玄関への階段をのぼり、扉に内側から鍵を差し込んで、地上への扉を繋げておく。


扉を開けるとそこは、


【世界の果てのような谷の底】


少し顔を出して繋がった扉の周りを見ると、朽ち果てた山小屋の戸に繋がったようだった。


『さすがに、こんなところに放り出したら死んでしまうかもしれん』


と思い、鍵を回してさっきの港町に扉を繋げようとしたところに、カボチャ頭に捕らえられた侵入者がリビングに連行されてくる。


カボチャ頭たちによって後ろ手に縛られ、床に跪かされる姫たち。


ウィルは少しお灸をすえてやろうと考え、鍵を抜き取って出口は谷底のままにしておく。


「オッホン」


大仰に咳ばらいをし、気を取り直して、威厳を取り繕い階段上から虜囚たちを見下ろしてかかる。


意地悪な表情を浮かべ、腰に手をあて、威厳たっぷりに話し始める。


「お前たちにはこれから過酷でつらい山下りが待っている」


扉を後ろ手に押すと、ギイィィとゆっくりと扉が開き、かすみがかった岩肌が見える。


先の見えない恐怖、オオカミの遠吠えも聞こえる。


悪ガキたちはもう帰れないとさすがに恐れおののき、姫は港町から入ってきたのに今度は谷に繋がっている不思議ドアにワクワクしている。


「水もなし、食料もなし。近くの人家まで一体何週間かかるか、そしてこれがどこの谷底かも吾輩には見当もつかない。もしかしたら外国かもしれないなぁ。ニッヒッヒ」


ウィルはわざとらしく頬に手を当て怖がって見せる。


「もしかしたら二度とおうちには帰れないかもしれないが、今後はこれを教訓に、知らない魔法使いにはホイホイついていかないことだなぁ」


さっきまでの生意気な表情はどこへやら、絶望の面持ちの悪ガキたち。


しかし今度は反対に、姫の方が生意気な表情を浮かべ始める。


ウィルは子供たちが自らの過ちをさすがに悟ったと解釈し、ムチはここまで、腕を組んで、


『反省し、吾輩に謝罪するなら、大人しく街に返してやってもいいぞ』


とアメを与えようとしたその時、


「ふふん♪ あたし、あなたのこと知ってるわ」


と姫が言い出した。


ウィルは「なに?」と怪訝な顔をする。


「【魂の燈火ゴースト・ライト】、【蒼火エサスダン】、【送火の魔法使い】、あなた『ウイリアム・ウィルオウウィスプ』でしょ。魔法学校の先生で今は国賊としてお尋ね者。お父様から聞いたことがあるわ」


姫は挑戦的な口調でいい、


「国賊っていうなっ!! いずれは王城に舞い戻る予定だ。石炭を取り戻して、栄華の日々に返り咲く」


ウィルは階段から乗り出して、姫を指さし、訂正を要求する。


そしてウィルは襟を正して、態勢を立て直し、


「それで? 吾輩はいかにもウイリアム・ウィルオウウィスプだが? 吾輩の正体が分かったところでどうする? 自分の立場がもっと危うくなるだけではないのかね、お嬢さん?」


口角を上げて悪人面を浮かべる。


姫は依然として強気な態度で、


「それはどうかしら。自由になった途端あたしはすぐに衛兵隊の詰め所に駆け込むわ。あたしは魔法大学の生徒だから谷なんか空飛ぶホウキでひとっ飛びよ。そしたら、この隠れ家めがけて追手がなだれ込んでくるんだから」


ウィルの脳裏に、鬼の形相の捕縛隊が後ろの玄関を開けてなだれ込み、自分はみじめにもそれに捕まり、そして大衆の前で裁判やら刑罰やらで散々恥をかかされた挙句、牢屋に入れられて一人さみしく白骨死体と化すの未来がありありと脳裏を駆け巡る。


自分で想像してみて、全身にぶるぶると寒気が走る。


「なっ、ならばお前たちをこのまま生かして返すわけにはいかないな!」


バタンッ! 


扉を閉めるウィル。


後ろに手を組んで階段を一段一段ゆっくり下り、腰をかがめて人相をとびきり悪くし、


「さあてぇ……、ではどうしてくれようか?」


ウィルは奴隷商人のように、ふんずかまった姫たちの周りをくるくる値踏みするように歩く。


「実はな、このカボチャたちはもともとは人間で、吾輩の魔法で野菜の奴隷に姿を変えてやったのだ。お前たちもこの哀れな連中のように一生こき使ってやろうかイッヒッヒッ!」


姫たちの周りにカボチャ頭たちが輪になって歯をケタケタ鳴らし、子供たちを脅かしている。


「それともあの魔法の暖炉にお前たちを食わせて、空飛ぶ燃料にしてやろうかクックックック!」


ウィルは生き物のように火の手を伸ばす暖炉を指さし、子供たちを驚かす。


ウィルがニヤニヤ侵入者たちを怖がらせていると、少しも臆した様子のない姫が口を開き、


「まさかっ、あのウイリアム・ウィルオウザウィスプがそんな酷い事するわけないわ」


怯え慄く子供たちに優しく諭す。


ウィルは調子を崩して、口をぎゅっと結ぶ。


「あたしも魔法学校の生徒だけどウイリアム・ウィルオウザウィスプ先生といえばとっても親切で、生徒思いで、授業も面白くって、あの筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロン氏にも引けを取らないってもっぱらの噂よ」


姫はウィルの評判と真反対の事を並べ立てる。


「もちろん! 吾輩こそがこの国一番実力のあるの魔法使いなのだ! あんな若造など!」


誇らしげに髭を撫でるウィルは、それがちゃっちいお世辞だと気づくことも無く、すっかりのせられる。


「ですよねっ! やっぱりそうだと思った。そんな素晴らしい、いい人のあなたがこんな酷い事するわけないわよね」


間髪入れずに続けて言い、


「と、当然だとも。お、おいっ縄を解いてやりたまへ」


カボチャ頭たちは、


「頭は正気か?」

「信じられんない」


といった様子で、半ば呆れ気味に縄を解く。


姫は「さあてっとッ」と立ち上がる。


「ねえ、この子供たちはおうちに帰してあげて」


とウィルに進言する。


ウィルは鳩豆鉄砲な顔をし、


「帰してもいいが、詰め所に垂れ込まれては困るぞ」


と、首をかしげる。


姫は悪ガキのリーダーの少女の肩に手を当てて、


「ねえ、家に帰りたい?」


と答えの分かる質問をする。


少女はうんうんと首を縦に振り、後ろの少年二人も同様に激しく頷く。


「じゃあ、このミミズクちゃんの目をまっすぐ見て」


姫がそういうと、部屋の隅に隠れていた真っ白のミミズクが飛んで来て、姫の手の上に小鳥のように留まる。


それを子供たちの視線の高さに持って行って、


『君たちはあたしたちの事を絶対に喋れない』


とおまじないをかける。


おそろしい娘じゃとウィルがドン引いていると、


「これでこの子たちを家に帰してもいいでしょ」


姫があっけらかんとした様子で、ウィルに改めて進言する。


「おぉ? まあいい、のか?」


ウィルはまじないをかけたならいいか、と扉に鍵をさしこんで出口を港町の路地裏に繋げる。


悪ガキたちは口をぱくぱくさせて、ここの場所やウィルの名前を口にしようとして声が出てこない事にたまげている。


そもそも、ここがファフロツキーズ内だということは、この魚の全貌を見ていない悪ガキたちや姫には知りえない事なので、彼らが詰め所に垂れ込むこめる事はほとんどないのだが。


それでも用心にこしたことはない。


例えばウィルと行方不明の姫が一緒にいるとかいないとかそういった噂が流れると困る人がいるとかいないかとか。


それから姫は、さらに、


「これでひと安心。ああ、あと帰る前にこの指輪を全員一回ずつはめていってね。もう泥棒はダメだよ」


自分の指から『スリエルの指巻き』を外して、少女に渡す。


子供たちは次はなんだと、半信半疑ながらその指輪を付ける。


すると付けた途端にビクンっと体を震わせ目を見開く。


しかしすぐに憑き物が落ちたように、安らかな面持ちになっていく。


階段を下りてきていたウィルは、本能反社の血がその指輪に強い嫌悪感を覚え、玄関扉まで急いで退く。


さらに姫は、斜め掛けの鞄から金貨の入った袋を出して善なる子供たちに配り、


「これをちゃんとお菓子屋さんに払うのよ」


と言い、加えて一筆書き添えた物を、


「これを『ジュリィ・フィリオクエ』という人に渡せば、悪いようにはされないわ」


一枚の紙を少女に握らせる。


子供たちはすっかり改心した様子で、涙を浮かべながらわぁーっと姫に抱き着いて泣きわめく。


ごめんなさい、ごめんなさいと謝罪を口にしながら、


「大丈夫、大丈夫」と姫にあやされている。



子供たちの変わりようにますますウィルは、姫の指輪を警戒する。


それと同時に、大金をパッと出せる侵入者を見て、


『この娘、どこか貴族の令嬢か? もし身代金を要求すれば、逃亡生活の足しになるやもしれん』


と考えたが、すぐに、


『いやいやっ、それでは本当に犯罪者ではないか!? 吾輩の美学に反する』


その考えを振り払う。


ウィルが一人で首を犬の様にブンブン振っていると、


「さっ、おうちに帰りましょうっ!」


姫は陽気にいい、子供たちは元気に返事をする。


陽気に鼻歌を歌いながら一団は階段をのぼって、玄関へ。


ウィルはその様子に信じらないといった様子で、扉をあけ、侵入者を外に出してやる。


子供たちは路地に出て、そのまま数度振り返ってはお辞儀をしてから立ち去り、姫はいい事をした後のように、にこやかに手を振る姫。


つられて手を振っていたウィルは、姫へ、


「さっ、オマエも出ていくんだっ」


と強く外を指さすウィル。


しかし姫は、ウィルの顔を見て、


「にひひー」


笑って出ていこうとしない。


ウィルは顔をしかめて、姫を外に追い出そうとするが扉にしがみついて抵抗する。


「なにをこなくそっ」


ウィルは力いっぱい姫をはぎ取って、路地に摘まみだす。そしてすぐに扉を閉めようとするも、瞬時に足が差し込まれ、


「イタいっ! はさまってるよぉっ! しめないでっ!」


なんとかして中に入ってこようとしてくる。


ウィルはその執念に気圧されたが、なんとかはさまった足を蹴り返して扉を閉じようとする。


「やだやだやだやだっ!」


それでも抵抗を続ける姫。


そこへ、騒ぐ大人たちの声が聞こえてきて、ウィルはびっくりし、扉を押し返す力が一瞬緩む。


その一瞬の隙をついて姫はまんまと家の中に入り込み、ソファをバリケードにその裏に隠れ込む。


ウィルは侵入者と追手の気配を天秤にかけ、


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……」


大変遺憾ながら扉を閉め、鍵を回して空に一端繋げる。


「オマエっ! 一体どういうつもりだ! 本当に谷に放りだすぞ!!」


腰に手を当てて𠮟りつけるウィル。


ソファの背からひょこっと姫は顔を出し、


「ねえ、あたしあなたのお手伝いができないかしら?」


ソファを乗り越えて、階段下まで這ってきて、四つん這いでウィルを見上げて提案する姫。


それを聞いたウィルは、


「おてつだい!? オマエみたいな小娘にできる仕事など、ここにはありゃせんっ」


あまりに突拍子もない発言を聞いて、ブンブンと顔の前で手を振る。


「あら、あたし魔法学校の生徒なのよ? 制服着てるのに気づかなかった?」


体を起こして、階段の前でくるんと回って見せる姫。


ウィルは、呆れたように、


「知るわけなかろうが」


ため息をつきながら、反対にソファに腰かけて足を組み、パイプ煙草を咥え、カボチャ頭に火を付けさせる。


姫はそれを見送り、カボチャ頭を一匹抱いて、ウィルのはす向かいの椅子に腰かける。


それで、


「元・魔法学校の先生なのに?」


ウィルをからかうような事を言い、


「だから元っていうなっ!! 現職じゃい。それに吾輩の受け持ちは大学部の院生が取るような、極めて専門性に特化した講義なのだ。見るからにオマエさんにそんな能があるようには見えなんだからのう!」


それに嫌味を返し勝ち誇るウィル。


しかしウィルは本気で、いま目の前にいるのが焦がれてやまない王族の人間だという事に気が付いていなかった。


そもそもウィルが自己中心的な性格で他人の顔を覚えていない、というのもあるが、今の姫は、付き人ジュリィが言っていたように、とても一国の王女には似つかわしくない言動をしている。


これが一番の要因とも言える。


そうでなくても人の顔を覚えないウィルが、ドレスも着ておらず、付き人もおらず、しかもお城の外で、こんなお転婆な小娘を見て王女と気づけというのが無理がある。


そしてウィルが言っているように、ウィルと姫では学校内での立場も違えば、学年も専攻も違うのだから、気づくはずがなかった。



「ふーん。まあ、いいけど」


テーブルに肘をついてウィルの嫌味をかわし、


「とにもかくにも、あたしはあなたを手伝うことにするって、決めたからね」


強引にとりつこうとする。


「ならんならんっ! 邪魔なだけだからすぐに出ていけっ!」


ウィルは紫煙を吐き散らしながら、その煙を払うように手を振って姫を拒絶する。


姫は小悪魔的な笑みを浮かべ、


「どうしても?」


あざとげに聞き、


「どうしても!」


ウィルはまかりならんと、強固な姿勢をみせる。


姫は少し落胆したような様子で、


「ならしょうがないわね……、グラコービスこっちおいで……」


椅子から立ちあがり、使い魔の白ミミズクを呼び寄せる。


さっきまでの元気な様子とは打って変わった小さい声のトーンで、


「ねぇ、こういうことは本当はしたくないのだけど」


と小さく言って、ウィルを背にして、暖炉の向かいの窓辺に向かう。


「この子には手紙を付けたわ。まっすぐ近衛兵団の屯所まで飛んで行って、あたしのところまで帰ってくるようになってるの……」


暖炉の向かいの窓を開け放して、その前に立つ姫。腕を横向きにまっすぐ伸ばし、その上にとまる白ミミズク。


その足には伝書鳩よろしく手紙が取り付けられている。


「なんぬっ!?」


驚きすぎてソファから転げ落ちるウィル。


起き上がって、ミミズクにつかみかかろうと足を踏み出した途端、白ミミズクが今にも飛びたたんと翼を大きく広げる。


「クゥッ。おのれぇ小癪な…………」


ウィルは悔しそうに、机に突っ伏す。


それから顔を上げ、翼を広げるミミズクと、風に髪をなびかせる姫、暖炉に立て掛けられたロウソクが入った街灯長杖スタッフと、頭を揺らして遊んでいるカボチャ頭たちを順々に見渡す。


そしてどうしたって眼前の娘を追い出しきる未来が見えず、本ッ当に苦渋の決断、渋々の渋、心の底から心底不本意極まりないといった様子で、パイプ煙草の中身が飛び出しそうなくらい大きなため息をつき、


「……ええいッツ!! もう背に腹は代えられんッツ! いたけりゃいたいだけいるがいい!」


と、とうとう観念して、姫の滞在を許してしまった。


「やったぁーっ! じゃあこれからよろしくねウィル爺っ!」


バンザーイっと両手を上げて喜ぶ姫。


白ミミズクが飛び立って冷や汗をかくウィルだったが、ミミズクは天井を2、3周飛んで、ウィルの頭に着地する。


ウィルは白ミミズクを払いのけ、


「そのかわり大人しくしておれよっ! 吾輩の邪魔は絶対するなぁっ。暴れたり泣いたり騒いだりしたらすぐに実力を行使するからなっ!」


ビシっと、姫に指をさし、釘を差しておく。


姫は、


「はぁーい」


と無邪気に返事を返す。


「脅しじゃないぞっ、ネズミに変身させてそのフクロウに食わしてやるからなっ!」


物騒な脅しをかけるが、姫は、


「ふふん♪」


なめた態度をとっている。




          ⁂   ⁂   ⁂




それからウィルはどっと疲れた様子で、カボチャ頭たちに指示を出し、買い出しの品を家中に配備させて行った。


ウィルがその先陣を切っていく最中さなか、姫はずっとウィルの後ろを小鴨のように付き従い、ファフロツキーズの中を探検して回っている。


魔法好きの姫にとって、この不思議ハウスの中は面白おかしくて仕方なく、はしゃぎにはしゃいで、さっそくウィルに鬱陶しがられていた。


積み上げられた蔵書が樹木の幹のように乱立し、森のようになっている書庫。


無数の戸棚が立ち並んだ、果ての見えない奥長の倉庫。


見たことも無いような魔法の植物の茂る温室と、カボチャばっかり植わっている畑。


そして廊下の一番奥、魔法使いウィルオウウィスプの工房。


他にも、長く曲がりくねった廊下には未知の扉が、まだまだ無数に待ち構えている。


そしてもしここが噂に聞くなのだとしたら、実に面白いところにきたもんだ。


しかし窓や温室から覗く全容から、そんなにたくさん内部にスペースがあるとは考えられない。


なにせ扉の数だけでも、貴族の屋敷程の部屋数へやかずが存在していると予想される。


一体これまで開かれた部屋はどこに詰め込まれていたのか。


姫の好奇心は膨れ上がるばかり。



荷物を運び終わった後、


「あぁーやれやれ」と言った様子で、ごちゃごちゃ何かの材料を抱えて洋間のへ向かうウィル。


リビングテーブルの上にどっさり魔術書や薬草をぶちまけ、大窯に水を入れて暖炉の火にかける。


教本に従って材料を入れながら、時々カボチャ頭を作って火力を調整する。


ウィルは姫がいるのも忘れて、ずっと鍋で何かを作っている。


姫は後ろの席に座って、材料をいじって遊んで機会をうかがっていたが、満を持してウィルに質問をぽつぽつと投げかけ始める。


「ねぇウィル爺ぃー、


(「あぁー?」とウィルは気のない返事)


ここってさぁ、もしかしてなんだけど、あのファフロツキーズの中なのぉ?」


その単語を聞いた途端ウィルの手はピタリと止まり、


(姫は手ごたえがあったとニヤリとし)


ウィルは振り返って、


「なぜ知っている?」


と怪訝な様子で聞き返す。


振り返ったところで姫は、葉の長い薬草を口の上にあてて、


「みてみてお揃い」


と髭にして遊んでいる。


ウィルは、


「質問に答えろっ」


と怒鳴る。


姫は、


「んんー? 前に噂で聞いたから。ウィル爺が魚を目覚めさせたって。あとは窓からヒレとか尾っぽが見えたからかな」


と片手で葉っぱを抑え、探偵のように髭を撫でながら推理を披露する。


ウィルは目を細め、意外と油断ならない密航者の警戒度をさらに高める。


「どう? あたりっ? あたりっ?」


得意げに聞いてくる姫に、


「そうじゃが? それがどうした」


どこか不満げなウィルが答えを告げる。


「どうやって魚を起こしたのぉー? だって長い事だれも起こせなかったんでしょぉー、なのにウィル爺はすんなり動かしちゃってさぁー、何かやり方知ってたのぉ?」


姫はテーブル席からウィルの背後のソファへ移り、ウィルの魔術書を寝そべりながらペラペラめくってウィルに質問を投げかける。


「吾輩にもどうして動かせたのかは分らん。起きたら勝手に空の上だったのだ」


ウィルは今度は振り返らず、姫がおもちゃにしている本をひったくって、大釜をかき回しながら大して役に立たない答えを返す。


「えぇー、そうなのぉ、ざぁーんねぇーん。じゃあ、【浮遊】の魔法についてはなんにも分かんないままかぁー……、じゃあ【鍵】の魔法は? 鍵はぜっんぜんなぁーんの手がかりも無いんだよねぇー」


姫はソファアに逆さまになって、フォークとスプーンを戦わせながらウィルにダメもとで聞いてみる。


「鍵の魔法?」


ウィルは、


「これとか?」


と言って首から吊り下げた魚型の鍵を姫に見せる。


「ね、さっきからそれちょいちょい使ってるよね! もしかしてそれが魔法の鍵なのかも……」


姫はバッと起き上がって鍵に見入る。


「あたしが思うにそれはきっと、今でいう空間魔法の類だと思うの。きっとその鍵がいろんな扉同士を繋げてるんだよ。でないとあんなに部屋がいっぱいあるのはおかしいもん」


姫は真剣な口調でウィルに憶測を話すが、


「まあ、そうであろうな。しかしその仕組みも、つながった部屋がどこからきているのかも、吾輩にはさっぱりだ」


さすがのウィルでもそれくらいの見当はつき、鍵をしまって肩をすくめて鍋をかき回す。


姫は唇を尖らせてむくれている。




          ⁂   ⁂   ⁂




とはいえ、姫の推理はほとんど正解。


ファフロツキーズには二つの魔法がかかっている、といわれている。


それは【鍵】と【浮遊】を冠した魔法。


『浮遊』は、このデタラメな巨体を中空に浮かび上がらせる魔法。


しかし、それはあくまでこの石の魚を大地の呪縛から解き放つだけの代物で、上昇下降、前進後退などの移動に関しては、全身に施された翼や推進機の形をとった魔導具魔法を導き出す道具によって成されている。


また、補足として飛行機技師たちがこれらの部品を見て、


『それらしいものを寄せ集めたように見える』


と言ったのは、実に魔術の本質について的を射た発言であった。


魔法・魔術における【たいの関係】は特殊で、『名前』が先にあって、それに準ずる『うつわ』が与えられるのが常である。


このファフロツキーズでいうと、推進機、例えば回転羽根プロペラなどは、


『羽根が


という名前役割が先にあり、それになぞらえて、


回転する


という体が与えられている。


つまり、その構造や理論を置き去りにして、目的と結果だけを体現するのが魔法という超常の技の一側面なのである。


しかしそこには当然、魔法・魔術独自の理論や術の構造が存在する。


そしてもう一つの魔法、『鍵』とは。


これは魔法の鍵を媒介にして、扉同士を繋げる術である。


さらにそこから発展して、繋がった扉が取り付けられた空間(部屋)をも繋ぎ合わせる事ができる。


ファフロツキーズという飛行する居住施設では、その利用スペースがごく限られた物になるのは必然であり、古代人はその窮屈さを改善するために、現代魔法学でいう一種の「空間掌握魔法」と「物体転送魔法」の間の子あいのこのようなまじない(目下調査中)を使い、ファフロツキーズ内の玄関扉と、別に用意した扉(部屋)を繋ぎ合わせた。


よってファフロツキーズの内部には、その心臓たる暖炉を備えた洋間と扉を並べた短い廊下が中に在るだけで(『中に在る』と言っても、実際に断面図などではっきりと認識できる訳ではなく、先に述べた「名と体」の法則に基づいて『中に在る』だけでどのようにしてあるのかは分からない)、これまで舞台となってきた廊下や書庫、温室や倉庫は実際にはファフロツキーズ内部には存在しない。


これは全て、ウィルが後から扉を繋げたものである。


廊下も伸ばした。


また、これによってファフロツキーズの内部はいわゆる多次元空間に類するものとなり、外部からの認識、つまり三次元的空間把握は不可能となっている。


故にファフロツキーズ内部へと、鍵を持たない万人がアクセスできるのは、玄関扉だけとなる。


これが研究家たちの調査が一向に進まなかった一番の要因である。


なにせ、彼らがたどり着けるのは洋間と廊下しかなかったのだからして。


鍵の魔法は居住スペースを広げるだけにとどまらず、地上との行き来の際にも大いに活用される。


ファフロツキーズは飛行機や気球船とは違い、一回飛ばせば飛ばしっぱなしで、地上との往来の際、いちいち着陸したりはしない。


地上に戻る場合は、扉に鍵を刺し込み、利用者の思い浮かべた地上の扉と繋げる事ができる。


漠然と地上とだけ考えている場合は、ファフロツキーズ直下の最寄りの扉に繋がる。


鍵を使わない時、基本の設定は空。


ファフロツキーズに帰る場合は、地上で鍵穴のある扉を探し、そこへ鍵を刺し込みファフロツキーズを思い浮かべれば、いつもの洋間に繋げる事ができる。鍵穴が合わなくてもいいのは先の『名と体』の法則に基づくから。


そしてこれら一切の魔法を司っているのが、洋間の暖炉、その内部に彫り込まれた『翼の生えた魚の紋章』である。


ではその起動方法とは?




          ⁂   ⁂   ⁂




姫はその後もしばらく、


「ねぇー、ねぇー」


ウィルに絡んでいたが、


「ああっ、また失敗したっ!」


なぜか教本通りに作っても失敗する薬づくりにウィルは、だんだんイライラしてきて、姫が鬱陶しくなってくる。


「あーもー、うるさいなぁ! 集中できんでしょうに! 邪魔しない約束でしょうに!」


ウィルは八つ当たり気味に姫を怒鳴りつけると、


姫はしゅん……と悲しそうな顔になって、頭のアンテナも力なく萎れ、ウィルを背にしてソファに丸くなってしまった。


ウィルはその様子を見て、少ない良心が痛み、顔をしかめて、肩を落とす。


そのまま無言で洋間を出て行って、


────数分してから一冊の本をもって帰ってくる。


「ん。これでも読んで静かにしてろ」


ウィルは姫の上に分厚い冒険小説を置いて、再び作業に戻る。


姫はむっくり起き上がって、肩から零れ落ちた本を拾って題名を見る。


『赤い竜の王様』


姫の顔に徐々に微笑みが戻り、


「うるさくしてごめんね。これ、あたしの好きな本よ」


とウィルに謝罪と感謝を伝える。ウィルは、ばつが悪そうに、


「気にするな」


とだけ鍋に向かってつぶやく。


しばらくしてから、コック帽アタマが湯気を立てるティーセットと簡単なお菓子を持ってきて、丁寧に姫に渡す。


そしてウィルの後姿に手のひらを向け、姫はそれににこっと微笑み返す。


それから二人に会話は無く、ウィルは薬づくりに没頭し、姫は物語の世界で大人しくしていた。



しかし、しばらくして。


「だぁッーッ! 何がいけないんだっ!」


ウィルは頭をボリボリかきむしりながら、喚き始める。


姫はその声で現実に引き戻され、ウィルの動向を見ながらかける言葉を探す。


ウィルは持っていた教本をテーブルに叩き置き、


(姫は小説を置いて、その魔術書を取り、印の着いた箇所を目で拾っていく)


ウィルは暖炉わきの薪置き場の隣に立てかけられた、一枚の板、独立した跳ね上げ戸ハッチを持ってきて、床に乱暴に投げ捨てる。


かがんで鍵穴に鍵を刺し込んでから開くと、ハッチの中は外、床に穴が開いたように、まばらに木が生えた大地が覗き見える。


ウィルはパッションピンクの煙を噴き上げる大釜を担いで、ドロドロした中身を地面に向かって垂れ流していく。


姫はそれを見てやや引き気味な様子。


「ねぇ、それってそうやって捨ててもいい物だったの? 魔術法違反とかになったりしない?」


鍋の底にこびりついたものをお玉で削いで、全部捨て終わってから、ウィルは、


「母なる大地を信じろ」


と言って、大釜を軽く水洗いしてから再び、火にかける。


沸騰するまで待たねばならない関係上、姫はウィルに紅茶を渡しウィルはそれを受け取って、そのまま大きなため息をついてテーブル席でぐだぁーっと、溶けている。


そしてウィルが煙草の煙にまみれている間に、姫は教本をもって火の前に立つ。


ウィルはもう根負けして、文句を言う気力も無く、グダグダとクッキーをかじっている。


姫は教本をぱっと見、それからすぐに手際よく材料を大釜に投入していく。


ミミズクがくわえてきた薬草を受け取り、


「ありがと」


と言って鍋に千切って放り込む。それから腰の短杖を抜いて鍋の上でかき混ぜるようにゆっくりと杖を振るう。


するとだんだん香ばしい臭いが漂って来る。


ウィルが鼻をぴくぴくと動かし、


「うんっ!?」


臭いをかいで飛び上がる。


恐る恐る姫の横合いから鍋を覗き、


「できてる……」


と一言。


「どうやったっ!?」


ウィルは血相を変えて、姫に詰め寄る。


姫がその勢いに圧倒されていると、ウィルはじれったくなって、


「このフクロウかっ!? このフクロウを材料にすればいいのかっ!?」


姫から飛びのいて使い魔の白ミミズクを捕まえてひっくり返したり翼を広げたりして秘密を探っている。


姫は慌てて、


「違う違うっ!」


とミミズクを取り返し、ウィルを落ち着かせる。



「そもそもこの魔術書が間違ってるのよ」


姫はウィルとお茶を飲みながら、作り方について説明する。


「ここには蕺草ドクダミソウを三枚に下ろしてジャコウネコの毛を混ぜて入れるって書いてるけど、これはすっごく分量とか火加減とかの調整が難しくって、最近ではネコとかより赤いハトの羽を使った方が簡単にできるって発見されたの」


ウィルは姫の差し出す赤鳩の羽をもらってしげしげと眺めている。


「なるほど……それは知らなかった……」


姫はポカンとし、


「でもこれって、歴史的大発見だぁっ! って結構大きなニュースにもなってたし、うちの学校の教科書も改訂されてたような……?」


小首をカクンとかしげる。ウィルは苦虫を嚙み潰したような顔をして、姫から大きく目をそらす。


「さあぁーて、次をつ・く・ら・ね・ば……」


ウィルは大仰に伸びをして、わざとらしく忙しそうな素振りを演じる。


姫はミミズクと一緒にジトぉーっとした目で、ウィルを見送っていく。


その後もウィルは、魔導書を自作したり、杖を削り出したり、水晶の加工をしたり、多種多様な魔導具を作っていった。


そしてをして詰まるたび、姫が助け舟を出し、ウィルだけなら完成まで(謎解きに)に三日はかかるものや、制作を諦めていたようなものまで着実に完成していった。




          ⁂   ⁂   ⁂




そうやって二人で共同作業をしていると、あっという間に夕食の時間に。


散らかった机の上の物を押しのけて、コック帽アタマが運んできた晩御飯並べていく。


今日はカボチャとブロッコリーの入ったクリームシチューと、港町で仕入れたキドニーパイ。


姫とウィルが向かい合って座るリビングテーブルの中央には、デヴォルの石炭の火を移したロウソクが入れられた丸燈ランプがうやうやしく飾られている。


ウィルは、こいつは本当に帰らないつもりなのだろうか? 


と、シチューをおかわりしている少女の腹の内を探ろうとする。


そもそもなぜ、吾輩に付きまとうのか? 


着ている制服と、これまで使った魔法から大学カレッジの生徒だというのは本当のようだが、吾輩との接点はないはず。……たぶん。


吾輩を捕えるための刺客という線はどうだろう? 


しかし誰の差し金だろうかは分からない。


噂に聞く吾輩を捕まえるための親衛隊の特別分隊とやらか? 


隊長は女生と聞くがどんな奴かは分からない。


ではあのアルベルトか? 


もしあいつなら自分で乗り込んできたりするかもしれないしれないが、こういったからも使って来ることも想像がつく。


あいつはタラシだから、この娘もあるいは……。


「これ美味しいねっ」


ウィルが考えを巡らしていると、姫が満面の笑みで話しかけてくる。


「あ? ああ。そうだな」


ウィルは空返事を返す。


「料理長の腕がいいのかしらね♪」


姫はどんどんおかわりをしていく。


ウィルはそのはしゃいだ様子の娘を見て、ますます分からなくなる。


しかし、この娘が有用であるというのもまた事実だ。


今日だけで滞っていた魔導具ブキ制作がだいぶ進んだ。


手伝いというのは本当のようだ。


これなら今年中に城に戻ることも夢ではない。


姫はデザートを頬張りながら、火を操って煙草に火をつけるウィルをケーキ越しに見る。


そして突拍子もなく。


「ねぇ、ちょっと不思議に思ったのだけど……」


ウィルは姫がくれた王実御用達ロイヤルワラントの葉っぱを楽しんでいる。


「どうしてウィル爺は、初等部で習うようなところばかりで詰まってるの?」


それを聞いたウィルは、ぶうえぇっ! 


紫煙を噴き出してむせかえり、過呼吸になって死にそうになる。


「だっ、だいじょうぶっ!?」


姫は慌てて席を立ち、ウィルの背中をさすりにいく。


ウィルは若干落ち着いてからも、絶望したような顔でショートした機械のように口から煙を吐き出している。


姫はまずいこと聞いちゃったかな? 


ウィルの出方を観察している。


しかし奇妙と言えば奇妙。


大学院の教授がどうして魔法学の初歩ばかりでつまずいているのか? 


書庫にある蔵書はそのほとんどが、何世紀も昔の魔導書ばかりで、昼間ウィル爺が薬を作るのに使っていたのもその中の一冊。


その反対にウィルが手元に置いてあるもの(洋間の本棚に並べられているもの)は魔法学入門とか魔術の初歩も初歩、ほんのさわりしか書いてないようなばっかり。


姫はそんな事を考えながらウィルをじっと見ていると、その目線が一点に集中している事に気がつく。


蒼い炎を、【愚者の燈イグニス・ファトス】を灯すロウソク。


ウィルオウウィスプの代名詞。


お城にいた時からその火に興味はあったし、ウィルの視線が並々ならぬ事に疑問を抱いた姫は、


「このロウソクに何かあるの?」


と、ロウソクを手に取ろうとする。


するとウィルはあわててそれをひったくり、


「これに触るなッツ!! 火が消えたらどうする!? これがないと吾輩は魔法が使えないんだぞ!」


と、ついに本音を口にする。


「ええっ!?」


姫は顔を手で覆って驚く。


言ってしまってウィルは、


「アッ!!」


口を押さえ、口が滑ったことに気づく。


そして、気まずそうに丸燈ランプを握りしめて壁の方を向いてうつむくウィル。


「……吾輩は、」




          ⁂   ⁂   ⁂




【魔法使い】という職業は、極めて属人性が高い職業である。


それはひとえに、


『魔術師は魔術師の家系からしか産まれない』


ということに由来する。


そして『魔法使い』と『それ以外』では、遺伝的に身体の作りが異なる。


魔法使い彼らは我々とは生きている世界が違う。


我々には感知し得ない、大きな、原始的な力の流れが、魔法使いの瞳には映っている。


身体全体でそれを感じ取っている。


それは科学技術イミテーションに対しての模倣元オリジナル


ウィルは魔術師の血筋ではない。


彼は、生まれながらにして持ちえない者だ。


それでも彼が宮廷魔法使いの座まで上り詰めたのはなぜか。


それは言うまでも無く『デヴォルの石炭』の力に由来する。


魔術師以外が魔法を扱うには、【魔導具】を、『魔の領域を導き出す道具』を使用せねばならない。


魔導具には、魔術師が扱う原始的な力と、それを利用した超常の御業が仕込まれている。


『デヴォルの石炭』もその性質上、魔導具に分類される。


それに込められた地獄の炎巻き起こす現象死霊を操る業は他に類を見ないが。



「じゃが、このロウソクは所詮移し火に過ぎない。石炭本体に比べるとどうしても力は極端に弱くなる。この火が消えれば吾輩はもう、この家に住めなくなる」



ファフロツキーズもまた、巨大な魔導具の一つであると解釈できる。


莫大な力を蓄え、そこから超常的な現象「浮上」と「鍵」の魔法を起こして見せるのだから。


魔導具の中には使用に際し制限を伴う物が中には存在する。


デヴォルの石炭などがそれで、ウインディは純粋な力こそ利用していたが、込められた術式を行使することはできなかった。


死霊術が扱えるのは、悪魔から石炭を与えられた鬼火の一族だけ。


ファフロツキーズもその例に漏れず、己の主人を選ぶ。


魚の起動方法、つまり主と認められるには、暖炉心臓に火を入れる必要がある。


ハートに火をつけて。


とはいえ、ただの雑多な火ではいけない。


魔の領域に属する、それも強大な力を持ったモノでないと。


この火はいわゆる、点火プラグに相当する。


幸いなことにウィルはそれを持っていた。


愚者の燈イグニス・ファトスを灯すことで、ウィルはファフロツキーズの主人となった。


ファフロツキーズには2つの魔法がかけられているが、通常の魔導具と違い、それを発動させても余分に足りる力が残されている。


ウィルはそれを使って魔術を行使している。


普段首に刺さっている淡い緑色の管ケーブルはその力を引き出す為の物。


それを外した時に周囲に出現する『小魚』は力が具現化されたもの。


ウィルはこのファフロツキーズの力を使って、王城に戻るつもり。


なのでこの主の資格を失うのは手足をもがれるのに等しい。




          ⁂   ⁂   ⁂




「だからこれは大事なの!」


ウィルは、丸燈ランプを抱きしめて姫に注意を促し、


「うんわかったっ! 気を付けるっ!」


それに姫は元気な返事を返す。


「絶対だぞっ!」


ウィルは子供のような口調で言って席に戻る。


「だからこのうちはこんなに魔導具があるのね」


周りを見渡す姫。


「そうだ。いくらこの家が膨大な力を有していようとも無駄遣いはできん。それに外ではこの家の力は三回までしか借りられんからな」


そう言って紅茶をぐいっとあおるウィル。


「あと、吾輩が魔法の力を持たないというのは絶対に秘密だぞっ。何があっても口外してはならん。後で誓約書せいやくしょを書いてもらうからな」


ウィルは姫を指さして強く釘を差す。


「はいはい。全く、信用ないなあ」


姫はもう慣れた様子で肩をすくめてみせる。


「あったりまえだ。不法侵入者め」


そういってがつがつマフィンを頬張るウィル。姫は挑発的な笑みを浮かべる。



こうしてウィルの逃亡生活に、愉快な仲間が加わった。




          ⁂   ⁂   ⁂




補足として。


ファフロツキーズの力が底を尽きる事はない。


消費された力は全て、ファフロツキーズに還元される仕組みになっている。


空を飛ぶ事や扉を繋げる事、小魚として雑多な魔法として消費された場合、そこで使用された力は、細かい粒子のようなモノとなって、徐々にファフロツキーズに還元されていく。


また、第二話で行ったように有形の産物を、暖炉にぶち込むことで急速的に回復させることもできる。



(7)



一方でそのころ。


師であるウィルを蹴落とし、地位も石炭も奪い取ったウインディは。


今日も変わらずのゴシックロリータ。


かわいらしいフリフリの水色ドレス。


冷淡な態度で教壇に立ち、ウィルとは違い、しっかり中身のある骨太の講義を執り行っていた。


先のウィルとの交戦ではしくも敗北をきたし、ダイナマイトの爆発に巻き込まれ、全身にそのガレキが被弾、その後3キロも離れたランドニオン塔まで吹っ飛ばされるという交通事故より酷い怪我を負った。


しかし彼女はそれらの負傷を「再生の魔法」で力技で回復させ、医者に勧められたギプスも「服に合わない」といって装着を拒否。


黒板に書く字がやや乱れているのは腕を骨折していて利き手とは逆の手で書いているから。


その実、めちゃくちゃ痛い、が彼女は我慢して平静を装っている。実にいじらしい。


それで、そんな彼女が担当している授業だが、ウィルが院生相手の極めて専門的な講義を担当していたのに対し、ウインディの科目は幅広く、全学部対象の汎用性に優れた基礎的なもの。


出席率は脅威の120%。大学で一番大きい階段教室は廊下まで学生があふれかえり、皆が半死半生で講義に臨んでいた。


学生は実に120分間の完全集中を強いられ、ウインディの発する講釈を千言万語、一言一句、聞き漏らさず板書しなくてはならなかった。


これはウインディが強制している訳ではなく、そこまでしないと単位がとれないから。


平常点は一切なし。毎週出されるカロリーの高いレポート課題と実技演習、入試並みの難易度の試験をパスしないと単位はもらえない。


しかもウインディの受け持つ講義は週5つあり、その内5つが必修という地獄。


学生たちはウイリアム先生の解雇を悔やみ、ウインディのスパルタぶりに自主退学する者が続出。


ウインディは学生の心情など歯牙にもかけず、今も、空飛ぶホウキに乗りながら教室の壁一面にある黒板が白板になるくらいびっしりと文字を書き連ねていた。


教壇下には煙草の吸殻のように、チョークの空き箱が散在している。


片方の耳が欠けた黒猫は教卓に寝そべって、太くて長いふさふさの尻尾を黒板の前で揺らして、板書の邪魔をして遊んでいる。


そうして────、


地獄の120分が過ぎさり救済のチャイムが鳴り響く。


学生たちはフルマラソンを完走し終えたような面持ちで、げっそりと荒い息を吐いている。


「あら、ベルが鳴ったわ。では本日はここまで」


ウインディが、パチンと指を鳴らすと黒板が一瞬で新品同様になり、大半の学生が絶望した様子で机に突っ伏す。


「このレポートを来週のこの時間までに」


ウインディが指をひょいっと学生らに向けると、一枚の薄っぺらな紙が学生たちの元へ飛んでいく。


それを一目見た学生たちは身内の不幸を告げられた時のように絶句し、凍り付く。


中には自分の意志とは関係なく、涙をこぼす者も。


あまりに簡素に告げられた死刑宣告レポート課題は、実に本職の研究家たちの学会論文に匹敵する濃い内容の物だった。


ウインディが教壇に立って早二ヶ月、学生らも遂に我慢の限界に達し、何人かが立ち上がって抗議の声を上げ始める。


「先生この課題はいくらなんでも難易度が高すぎますッツ!! こんなの期末試験にだって出されない」

「僕たちは先生の授業だけを取っている訳ではないんですッツ!! これでは他の事は何もできませんッツ!!」

「これは教員の立場を利用した我々学生への暴力だッツ!!」


学生たちから次々と非難の声が上がる間、ウインディは手ごろな椅子に座ってマフィアのボスのように膝にデブ猫をのせて、ごろごろ撫でていた。


学生らがあらかたの不満を吐き終わり、やや静かになったところでウインディは冷めた眼差しで学生たちを突き刺し、


「結構」


と一言、淡白に言い放つ。


最初に抗議の声を上げた学生が、意味が分からず口をパクパクさせていると、


「課題は提出できなければ落第する、それまでのことです。わたしは学生の皆さんの自由意思を尊重しますよ」


ウインディがそう続ける。


「な、なんだよそれ!? 教師失格じゃないのかッツ!?」

「こんな事が許されるわけないッツ!!」

「ガキの癖に調子に乗りやがってッツ!! 横暴も大概にしろッツ!!」

「いくら恵まれてるからって、こんなのあんまりだっ!」


ウインディは言うだけ言ってさっさと教室を出ていこうとしていたが、聞き捨てならない言葉が聞こえて立ち止まる。


そして瞬間移動でもしたようなスピードで、座席群に飛び込み、一人の学生の胸倉をつかみ上げる。


自分の半分ほどの身長の幼女に首根っこを掴まれた男子学生は、じたばたと手足をばたつかせてもがいている。


そしてウインディは目深に被った帽子と、垂れさがる髪の毛で表情を隠しながら、


「わたしが恵まれている? ふざけやがって。オマエらの方がよほどいい環境でぬくぬく育ってきた癖にさ。甘ったれるなよ、雑魚野郎」


静かにそう言葉を吐き、学生から手を離す。


締め上げられた学生は床にべちゃりと落ちてそのまま気を失ってしまう。


学生たちは絶句。


自分たちより一回り以上も歳が離れた少女に恐怖を感じていた。


「いいか、この程度の課題もこなせないような実力なら、自分が魔術師であるなどと二度とほざくなッ。


君たちでは程度がとても足りない。


講義も試験もわたしは一切手を緩めないッ。


負け犬は虐げられ、尊重されない。


惨めな人生を送りたくなければ、死に物狂いで喰らい付け。


それが全てだ」


ウインディは語気も激しくまくし立て、放心状態の学生たちを放っぽってさっさと教室を後にする。




          ⁂   ⁂   ⁂




「今のは少々厳しすぎるのではないのかね?」


ウインディが不機嫌を撒き散らしながら廊下を歩いていくと、そんなウインディに話しかける者が一人。


半透明の身体に足は無し、青白い顔をして空中に浮かんでいる中年の男。


「だまりなさい。除霊するわよ。私が小さい時はこんなもんじゃなかったわ」


ウインディは振り向きもせず、つっけんどんな態度をとる。


「まだ子供のくせにいうじゃないか。除霊もほんとはできない癖に」


浮遊霊は挑発的な態度で、くるりと空中で身体を回転させ、持っていたウイスキーの瓶をぐいっとあおる。


使い魔の黒猫が浮遊霊に対して、フシャッーッ! と一威嚇するも、ウインディはそれを手で制し、


「酔っ払いの戯言たわごとよ」


と表立っては意に介さない素振りをする。




          ⁂   ⁂   ⁂




大学の中をしばらく進み────、


ウインディは自身の研究室へ。


「おお、おかえりなされたぞっ」

「魔女様がお戻りだ」

「お勤めご苦労様でございます」


研究室の前には、大勢の幽霊たちがひしめき合っており、ウインディの帰還を歓待していた。


「お疲れところ誠にあいすみません、しかし何卒お役目の程を……」


老人の幽霊がウインディにそう申し出たところ、ウインディにキッと睨み返され、


「今は忙しい。後にしなさい」


と切り捨てられてしまう。


ウインディはそのまま研究室の中にさっさと入る。


なんとも薄気味悪い不気味な部屋。


部屋の壁には鹿や山羊の頭部が剥製となって飾り付けられ、額縁には多種多様な昆虫標本がところ狭しとかけられており、逆十字柄の壁紙がもはや見えない。


天井にはびっしりとドライフラワーの類が吊り下げられ、茂みのような有様。


照明や梁はすっかり埋もれてしまっており、所々から細い糸が伸びて奇怪な形をした魚の剥製を空中に泳がせている。


そして扉には、ペンキで書きなぐったような逆さまの五芒星の陣が描かれ、その周りにはなにごとか呪文が書かれたお札が複数枚、ダーツの矢やナイフ、ハサミの片割れなどその辺にあるもので突き刺されている。


これは幽霊除けのまじない。魔法使いなので部屋がとっ散らかっているのは当然として、この幽霊除けのまじないが描かれたのごく最近の話。


ウインディは、ウィルを蹴落とした儀式の日からずっと、あの王族として召喚された酔っぱらいの亡霊にとり憑かれている。


他に行くところもないとかなんとか言って。


そして『送り火』を継承したが故に、成仏させてほしい幽霊が大挙して押し寄せてきていた。


ウインディは連中を満足させてやることができず、永遠と付きまとわれて鬱陶しいので、幽霊除けの呪法でもって連中を拒んでいる。


「そんなに煩わしいなら、さっさと門を開いて除霊すればよかろうて。ヒック。その師匠から奪った石炭でな」


酩酊幽霊に嫌味を言われ、ウインディはますます不機嫌そうな面持ちになっていく。


酩酊した幽霊はその亡霊除けに触ってアチチッ、とか言ってる。


ウインディはうんざりしたように、


「どうしてアナタは入って来れるのよ」


と聞くが、


「さあね?」


酩酊幽霊は大して気にもしていない様子。


ウインディは大きなため息を一つついてから、気を取り直し、


「でも一切は時間の問題ね。じきに全ての者が私に首を垂れるようになるのだから。アナタもその時は覚悟しておくことね」


自信たっぷりにそう言ってのける。


そして手をかざすのは鍵付き戸棚の中に厳重に保管された『デヴォルの石炭』。


その脇に置かれた人皮装丁にんぴそうていの黒い魔術書。


「楽しみなこって」


酩酊幽霊は大して気にも留めていないように、幸せそうに酒を飲んでいる。


ウインディは黒い魔術書を取り出して、贅沢にもデヴォルの石炭の明かりで照らしながらそこに描かれた挿絵を手でなぞり、しげしげとそれを眺める。


禍々しくも燃え盛る、爛れた大地。


そこに醜悪な悪魔が一匹。


暗闇くらがりに佇む男に蒼い炎を放つ石を渡している絵。



ウインディは魔術書を大切にしまった後、部屋の中でも比較的整頓された衣装棚へと向かう。


中には大して違いが分からない、似たり寄ったりの少女趣味のドレスが並んでいる。


今着ているゴシックロリータを脱いで、の為に準備した一張羅に袖を通す。


曇ったウインディとは真逆の、晴れわった空のような明るい青地のゴシックドレス。


全体にリボンとフリルとファーが散りばめられ、月や太陽、黒猫や蝙蝠を模した装飾品を山とつけている。


腰には、これまでの栄えある成績の証として贈られた品々を鎖に通して掛けている。


魔法学校を首席で卒業した者に与えられるブローチ。

魔術学会に多大な貢献をした者に送られる勲章。

王室付き魔法使いの証である指輪 等


ドレスとセットの、フードの着いたケープを羽織り、長い髪をブラシでとかしてから、猫の顔を模したつば広のトンガリ帽子を被る。


デヴォルの石炭が収まった角燈カンテラを持ち出して、(自分の短杖ワンドも剣のように腰に差して)猫用ドームベッドに収まっていた使い魔をちょんちょんと眠りから覚ます。


酩酊幽霊が、


「お出かけかい?」


声をかけると、ウインディは幾分爽快な声音で、


「そうね……屈辱の日々に凱旋よ」


短く言って、部屋を出ていく。部屋を出るとまた成仏待ちの幽霊がうるさいので、それらが口を開くより早く、


「これから出かける」


と先に牽制しておく。


そのまま大学の事務所に行って、目線のちょい下のカウンターに馬車の予約表を背伸びして置き、手配させておいた馬車を呼び出しに行かせる。


それを待っていると、


「おんやぁ、ウインディ先生も週末はバカンスですか?」


アルベルト筆頭魔導士官が声をかけてきた。


事務の窓口に手をつき、ウインディの約1.5倍もの体躯を折り曲げて、そのオシャレ眼鏡越しの目で見下ろすようなのぞき込むような形で。


服装は相変わらずの全身真っ白け。


軍の制服に、将校マントは後ろ手に肩に担いでいる。


月桂樹を象ったリボンを巻いた、三角帽子ロビンフッドハットの上でカラフルな羽根飾りが揺れる。


今日は女生徒こそ連れていないが、お付きの従者を一人連れている。


実はこれは使い魔のネズミが人間の姿に化けたモノ。


ウインディはアルベルトの問いに、やや目を伏して、


「いえ、生まれ育った孤児院に出世の報告を」


とばつが悪そうに答える。


「ほおう! では、凱旋というわけですな」


アルベルトは陽気にウインディの内心を当てて見せる。


「ええ、まあ。そんなところです……」


ウインディは、ウィルを蹴落としたのが自分だという事をアルベルトが気づいているのではないかと、内心ずっと不安に感じている。


それは石炭を奪ったその日に、門を開こうとして失敗し、その秘術がまさしくウィルオウウィスプの一子相伝の技と知って憤慨しているところを訪ねてきたアルベルトに目撃されたから。


その日からウインディはいつお咎めがあるのかヒヤヒヤしていた。


ウインディがそうやってびくついていると、事務員が、


「確認が取れました」


と言って引き換え札を渡してくる。


アルベルトは、その札を見て、


「おや? これは一頭立ての軽装一輪馬車ビジネスクラスじゃありませんか。凱旋というからにはもっと上等な車でないと! キミ電話を繋いでくれ」


余計なお世話を焼き始め、困惑するウインディ。


事務員は、


「どこへお繋ぎしましょうか?」


と聞くと、アルベルトは、


「王城かな?」


いとも簡単に答える。


事務員は困ったような顔をするが、アルベルトは自分の色男っぷりを発揮し、


「お願いだよ。僕の名前を出せばいいからさ」


と事務員の女性の手を握ってお願いする。


事務員の女性は頬を赤らめ、すぐに電話をかけ始める。


アルベルトはウインディに微笑みかけるが、ウインディはやはり警戒している。


電話の交換手はなかなかとりついてくれなかったが、事務員の女性が筆頭魔導士官の名前を出すと速攻で取り次いでくれた。


女性が電話機をアルベルトに渡すと、


「ハロー? 僕だけど。うん、そう。そっちにさあ、八頭立て金箔箱馬車王族専用車一台余ってるでしょ?


(とんでもない名詞を聞いて目をむくウインディ)


そうそう、行方不明の王女のやつ、それちょっと貸してくんない? え? 大丈夫大丈夫、僕からちゃんと言っとくから。


うん、そそ。


今からそっち行くから、ちょっと準備しといて。


あい、よろしくどうぞ。


あっ、それから、ちょっと待ってね、


(アルベルトは受話器を手で塞ぎ、従者に何事か尋ね)


はい、ごめんよ、これからそっちに僕の部下が行くから、すぐに出発できるようにさせといて。


うん、そう、あいつの件。んじゃ、よろしくどうぞー」


と、いとも簡単に王族専用車の利用を取り付けてしまう。


電話機を事務員に返し、


「んじゃ、行こっか。


そうだ! 僕も君の凱旋に着いて行ってもいい? その方が気が楽じゃない? 


それに僕が一緒に行った方が絶対拍が着くよ。


筆頭魔導士官を侍らせられるのなんてこの国では国王陛下ぐらいしかいないからねッ!」


そうやって一人でウキウキしながら歩いていくアルベルト。


ウインディはすっかり気圧されて、アルベルトの従者に促されるまま、その陽気な背中について行く。



それから、アルベルトが駆る純銀の自動車ロールス・ロイスに乗って、王城へ。


到着早々、大変な歓待。


アルベルト率いる王国魔導士団がそろい踏み。


パレートのように軍人が整列し、その奥には、八頭立て金箔箱馬車ロイヤルワラントが。


高給取りのウインディでさえ、ビジネスクラスがやっとだったのに、毛並みのいい上等な馬が八頭も。


黒地の箱馬車は豪華絢爛な黄金の装飾が施され、ふっかふかのシートが準備されている。


ハンサムな御者に、慇懃なフットマンが付き従う。


ウインディがあまりの贅沢っぷりに度肝を抜いている間に、アルベルトの従者が馬車の扉を開き、室内を羽箒で丁寧に埃を払ってから、乗車を勧める。


ウインディは筆頭魔導士官に手を取られて、馬車に乗り込み、未だ信じられないといった様子でキョロキョロしている。


そんなウインディに、


「カボチャの馬車の方がよかったかな?」


アルベルトは冗談吹き、ブンブンと頭を横に振るウインディを見て笑っている。


「それで、凱旋先はどちらかな?」


アルベルトの問いに対し、


「【どん底ビヨンド・オブ・タワー】へ」


一転して、暗い声音で答える。


アルベルトはその洒落に笑うでもなく、天井を杖で叩いて、


「イースト・エンドへ」


と短く指示を出す。


御者がゆっくりと馬を走らせ、馬車が走り出す。


その周りを、軍用車を駆り魔導士団がゾロゾロと列を成して付き従う。



(4)



ウィルと姫の晩餐が終わり、二人で談笑していると、姫はどこで寝泊まりするのか? 


という話になった。


思えばファフロツキーズにはウィルの私室という物がなかった。


普段は洋間のソファで寝ているし、そうでない時は風呂場の浴槽とか、工房の机とか眠たくなったらその場で眠っていた。


さすがに若い娘にそんな生活をさせる訳にもいかず、致し方なく部屋を増やす事にする。


姫は鍵の力をまじかで見られると大興奮。


リビングからでると扉と並行に並ぶ廊下が。


左に折れると、書斎やバスルームなどの扉が立ち並ぶ廊下があり、右には階下の倉庫への階段が。


ウィルが床に散らばった書物や魔導具を蹴散らしながら壁を撫でながら進んでいく。


廊下の突き当りまで進むと、ウィルはくるりと90度壁に向き直る。


そこには壁紙な模様に紛れて、扉も無いのに不自然に鍵穴だけが空いていた。


ウィルはおもむろに鍵をそこに差し込んでガチャリと回す。


そして鍵をドアノブに、壁を扉にみたててそのまま奥に押し込むと、壁がそのまま奥に押し開き、新しい廊下が姿を現す。


「すごい! これって隠し廊下とかじゃないんだよね!?」


姫はウィルの背後でぴょんぴょん飛び跳ね、しっぽを振って喜んでいる。


ウィルは、


「もちろん魔法だ」


と言って、新しい廊下に一歩踏み出そうとしたが、すぐにその足を引っ込めてしまう。


新しい廊下は長らく使われていなかった為、埃が積りカビが生え、主なきクモの巣がたくさん残されていたから。


ウィルはそれを見て顔をしかめ、高らかに指をパチンッと鳴らす。


するとどこからともなくホウキ頭や雑巾アタマが飛んで来て、みるみるうちにちゃっちゃかキレイにしていく。


あっという間に掃除が終わるとウィルは再び廊下を進み始め、ピカピカに磨かれた扉に鍵を刺し込んで『子供部屋』を召喚する。


扉を開けると中は、カラフルでややクラシックな部屋に、二段ベットや勉強机が効率よく配置され、天井からはおもちゃがぶら下がり、たくさんの絵本が棚に並んでいた。


例によって部屋は埃まみれだったのですかさず掃除道具アタマたちが部屋に飛び込んで掃除を開始する。


キレイになったっところでウィルが「ほれ」と姫に入室をうながし、姫は未知の魔法に感動して打ちのめされている。


その間にウィルは向かいの扉から、新しい風呂とトイレを召喚し、ついでに洋間へ直通の扉も設置しておく。


「足りない物は下の倉庫に取りに行け。書庫の本も好きに読んで構わん。自由にしろ」


ウィルは寛大に姫の行動制限をなくす。


「じゃあ、その鍵を貸してっ!」


姫が早速言うが、


「これはダメッ!」


ウィルは鍵だけは貸さない。


「お前、これで遊ぶ気だろう」


ウィルはジトっとした目で姫を見、当の姫は目を泳がせながら、


「そ、そんなことしないよぉ?」


口笛を吹いている。


「っは! そうはさせんぞ。やたらめったら部屋を増やされては困るからな。今日はもう寝ろ」


ウィルは尚も追いすがろうとする姫を部屋に押し込んで、扉を閉める。


「はあ、大変な奴が来たもんだ……」


ウィルはそう言って、自身の工房へ入っていく。




          ⁂   ⁂   ⁂




──翌朝。


ウィルより早起きした姫は、少しでもウィルの印象をよくしようと、家具アタマたちを差し置いて、家の家事をやってのけようとする。


しかし、姫がその体験を通して学んだ事は、自分には生活力がまるでないという事だった。


掃除洗濯ご飯炊き、家事と名の付くものが何一つとしてできなかった。


具体的な失敗例をいくつか。


料理はまず爆発する。


キッチンはコック帽アタマが完全に仕切っているから介入する余地が無く、仕方なく暖炉の火で料理をしようとしたら、火力の調整を失敗して危うくファフロツキーズが墜落しそうになったり、手回し洗濯機を回しすぎてウィルのお気に入りの服が何着かダメになったり、干してあった希少な魔法のマントが飛んで行って、カボチャ頭を総動員して死に物狂いで森の中を探しまわったり。


姫のよかれよかれの精神で、ウィルは寝ている間に散々な被害を被っていた。


昼前になってようやっとウィルが起き出してきて、ブランチをつつきながら、姫の報告を受ける。


ウィルは黒焦げになった可哀そうな目玉焼きをフォークで砕きながら、姫にずっと文句を言っている。


お気に入りだった洋服がランチマットになっているのを嘆きながら。


「全く余計な事ばかりしおってからに。お前は黙って魔法の手伝いだけしとればいいんだ」


姫は全身煤にまみれた姿で、申し訳なさそうにシュンとしている。


「今日はカムバック作戦の肝の準備だ。お前も早く着替えて準備しろ」


バリバリに揚げられたベーコンをかみ砕きながらウィルは言い、姫は途端に表情が明るくなる。しおれていたアンテナも復活。



二人はそれから、ウィルのカムバック作戦の肝である【SG-62-P1試作ゴーレム】の制作に取り掛かる。


ウィルの工房に入った途端、姫は、


「わあ……」


衝撃のあまり言葉を失う。


姫の眼前には、作りかけの『巨大ゴーレム』が、複雑な足場に支えられて、眠っていた。


ウィルの工房もとい、ゴーレムの格納庫は明らかにファフロツキーズ内に収まりきらない程巨大で、さながら造船所のような様相を呈していた。


壁、天井、床、全てが金属鉄板で作られ、天井からは何本もクレーンがぶら下がっている。


床には魔法学とは真逆に位置する複雑怪奇な機械類がゴウンゴウンと音をたて、ヘルメットを頭に乗せたカボチャ頭たちが忙しなく働いている。


「ねえ、あれは?」


姫の指さす先には、円筒のガラスの中に浮かぶ瘦せっぽちの小人が。


周りには同じく円筒のガラス瓶があり何冊かの本がぷかぷか浮かんでいる。


そしてそれらから伸びたケーブルがカボチャ頭の浮かぶ水槽へつながっている。


「ああ、あれはあのゴーレムに搭載する、いわゆる頭脳だな。あれには今、適当な戦略書を学習させている最中だ」


ウィルの説明を受け姫は、


「あれって本物の人?」


恐ろしい質問するがウィルは、


「怖いこと言うな。あれはただの人型ヒトガタだ」


と身震いしながら答え、姫は「だよね。よかったっ」と安心している。



姫は両手を広げて格納庫全体を示し、


「これを作ってどうやってお城に帰るの?」


ごもっともな疑問を口にする。


「ふっふっふ、やはり気になるか。しかし作戦の内容は最重要機密、絶対に口外しないと誓うか?」


ウィルは腕をがっちり組んで、姫の目を見て険しい表情を作る。


「誓います!」


姫は胸に手をあてて元気よく答える。


「よろしい! あとで誓約書を書いてもらうぞ。では本作戦の概要を説明する」


ウィルの背後にカボチャ頭たちがガラガラと黒板を運んで来る。


そこにはお城の見取り図と王国の要人の写真、そしてゴーレムの完成予想図が描かれていた。


「まずは、この人物。


(指示棒で、赤ん坊の写真を指す)


名を『マイケル=エルケーニッヒ・リチャード・メアリー・オブ・アンブロシウス』


1歳。この国の第一王子である。


この人物をこの


(建造中のゴーレムを指さし)


ゴーレムが誘拐する」


すかさず姫が、


「分かったっ!」


と手を叩き、


「それで、この子を返してほしくば復権を約束しろと脅すわけね」


自分の弟が誘拐されようとしているのに、楽しそうに話す姫。


ウィルはそれを聞いてチッチッチと指を振って、否定する。


「ゴーレムが王子をさらった瞬間、吾輩、ウイリアム・ウィルオウウィスプがすかさず参上。


暴走ゴーレムを退治し、みごと王子を救出してみせる。


当然、陛下は大喜び。


(下手な物まねをしながら)


「ウイリアム・ウィルオウザウィスプよ。大儀であるぞ、よくぞ世継ぎをかの邪悪なるゴーレムから取り戻してくれた。先の失態は忘れてしんぜよう」


(姫は地味に似ている声真似を聞いてクスクス笑っている)


これで先の失態は帳消し。


晴れて国賊の汚名を返上し、王室付き魔法使いの地位に返り咲きっ。


石炭も返却され、またあの栄光の日々に戻れるという訳だッ!」


ウィルの話を聞きながら姫はうんうんうんと頷き、演説が終わってからはウィルに拍手喝采を送っている。


「でも、そうなると結構難しいところがあるね。作戦の決行日はいつなの?」


それから姫は冷静になって、現実的なやり取りを始める。


「うむ。王子の生後一周年のパーティーを襲撃する予定である」


姫はそれを聞いて考え込み、


「当然、近衛兵団の警備は予想されるよね。あとは筆頭魔導士官も絶対出てくるよ。【蒼天の魔法使い】にかかればウィル爺の出番はないかも……」


不安そうな顔をする。


「そこだ。認めたくはないが、あやつに出張ってこられてはどんな怪物を作ろうとも、太刀打ちできない可能性がある」


ウィルも一緒になって考え込む。


そこで姫はいいアイデアを思いつき、


「こういうのはどう?」


と、ウィルに説明し始める。


          ⁂   ⁂   ⁂


「さて、これであらかた形にはなったが……」


それからウィルは姫のアイデアを採用し、二人でずっと試作ゴーレムを作り続けていた。


丸三日くらい。


ウィルと姫は出来上がったゴーレムを肴に、お菓子休憩をとっていた。


場所はゴーレムを囲う足場に設けられた休憩スペース。


鉄板の上にご丁寧に花瓶まで飾られた丸テーブルが設置されている。


そこからは作り上げた試作ゴーレムが一望できる。


身長が二階建てバス以上もある巨大な体躯。


真っ黒い鋼鉄製の寸胴の身体、牛馬の胴のように太く長い腕。つ


ぶらだが虚ろな紅い目。


「これって、もう動くの?」


姫はクッキーをかじりながら、試作ゴーレムを指さして言う。


「ある程度な」


煙草を吹かして、紫煙をくゆらせるウィル。


「動かしてみてもいい?」


無邪気に言う姫に、


「だんめ」


つっけんどんなウィル。


「でも、一回テストしてみないと」


姫は、


「でしょ?」


ウィルを上手いことのせていく。


「その通りだ。でもお前に指図されたみたいで嫌」


子供なウィル。


「じゃあ、ご自分の意志でどぉーぞぉー♪」


姫は肩をすくめて、椅子にもたれかかり、目をつぶってお茶を飲む。


ウィルは、パイプ煙草の中身を灰皿に捨て、首をポキポキ鳴らして立ち上がる。


「んぁ~、さーてっとぉ。あれもいい所まで区切りがついたし、一回動かしてみるか……」


肩を回しながら、ちらちら横目で姫を見るウィル。


「いいんじゃない? あたしもそう思ってたとこ」


姫は空になったティーカップをソーサーに置き、のんびり立ち上がる。



「そうか。よし、では起動させてみよう」


ウィルは足取り軽く、足場の階段を駆け下りる。


姫は「はあ~」と呆れ気味に首を振る。




          ⁂   ⁂   ⁂




 ───そして。


     暴走する試作ゴーレム……。



「なぁぜだッ!! 何が気に入らないというんだッツ!!」


ウィルは黒板の前で、試作ゴーレムの青写真を見ながら、頭を抱えている。



「グウウォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!!」



雄叫びを上げながら、足場を蹴散らす試作ゴーレム。


「ウィル爺危ないッ!!」


白ミミズクの起こす風サーフィンに乗って、ゴーレムの気を引いていた姫が叫ぶ。


「ああんッツ!?」


キレ気味のウィルの元へ、引きちぎられた足場が飛んで来る。


絶対に絶命。


ウィルの逃亡劇はこんな残骸に押しつぶされて終わるのかと思えたが…………、


ゴキブリの如くしぶといウィルは鉄骨の山から這い出てきた。


「クソォッ! これは高級品なんだぞッツ!!」


ウィルの腕からポロリと落ちる無数に宝石が散りばめられたブレスレット。


「いざという時、致命傷を防いでくれる魔法の腕輪が……、


8000ポンド(120万円相当)もしたんだぞッ! 


8000ポンドっ! 


オマエを作るのだって莫大な投資をしているのだっ! ふざけおって!」


怒髪冠を衝くウィル。


「こうなったら、もう1ペンスだって無駄にはせんぞ!」


天を突かれた本気のウィル。ワクワクするアンテナピーンの姫。


「予行演習だ。本番さながらで行くぞっ!」


ウィルは首から淡い緑色の管ケーブルを引っこ抜き、小魚を出現させ、早速そのうちの一匹を使って、【猟犬】を召喚する。


その辺にある工具をひっつかんで、呪文を唱え、ノコギリ頭やトンカチ頭、チェーンソー頭の、身体は狗の傀儡を生成。


ひきつけ役として試作ゴーレムに飛び掛からせる。


その隙に、ウィルは工具箱の鍵穴にファフロツキーズの鍵を刺し込んで回す。


そして武器庫に繋がった工具箱から、これまで作りためてきた魔導具の数々を引っ張り出す。


革の拳銃嚢ホルスターに連々と収まった魔導書を肩から斜に掛け、腰には加工された水晶石や薬品の詰まった瓶、口枷をはめられた絶叫する根っこなどを入れたベルトを巻き付ける。


さらに何本もの魔法の杖を引き抜いて、剣士さながら腰に差していく。


さらに鍵をもう一回転させて、次は衣裳部屋へ。


衣裳部屋に繋がった工具箱からは、一張羅の魔法の袖付きマントとトンガリ帽子を引っ張り出す。


マントは奇抜なウィルオウウィスプ柄。


肩縁から裾野にかけて濃紺のグラデーションがかかり、『深い森』や『墓石』、『彷徨う蒼い燈』などウィルの魔法が象徴的に刺繡で表現されている。


それを颯爽と羽織り、頭にはつば広のトンガリ帽子をしっかり被る。


帽子には長いリボンが髑髏のピンでとめられ、つばから蒼い宝石が一筋つり下げられている。


そして最後は、工具箱を洋間に繋げ、【デヴォルの石炭】の力を宿す長杖スタッフを取り出してしかと握りこむ。



「おいエナッ! ゴーレムに近づきするなっ、お前は吾輩のサポートだ」


ゴーレムの周りを風サーフィンで飛び回っている姫に向かって、ウィルが声を張り上げ、


「アイアイサーッ!」


姫はとんぼ返りでウィルの近くに戻ってくる。


試作ゴーレムは狗に襲われながら、未だ抵抗を続けている。


「まったく何が気に入らないんだ」


ウィルが不満の丈を漏らすと、


「多分脳みそがダメなんだと思う。だってウィル爺が読ませてた本、魔女にたぶらかされた家臣が、奥さんの言いなりになって王様を殺してその地位に着くお話なんだもん」


姫がそれに対し的確な助言をする。


「しかしラストの森を動かした戦法などは、あの突飛さが戦略的にいいと思ったんだがな」


ウィルは、


「おかしいなぁ」


と小首をかしげている。


試作ゴーレムの頭の中に配置された試作グレムリン。


彼はすっかりウィルに読まされた物語に感化され、すっかり困惑・錯乱・狼狽しており、正体不明の恐怖によって訳も分からず巨人を暴れさせていた。


「ならば、悩める頭脳パーツヒトガタを破壊すれば本体は破壊しなくてもいいという訳だな」


ウィルはなるべく被害が少なく済むように考えるが、


「でも、敵もそう思うかもしれないって事で、ゴーレムをめちゃくちゃ頑丈に作ったんじゃなかったっけ?」


姫によって幻想を打ち砕かれ、


「二号機は外付けだな」


早くも改善策を一個思いつく。



試作ゴーレムは襲い来る狗どもをものともせず、ねじ曲がった足場を振り回して格納庫の壁をひたすら殴りつけていた。


「ああっ!! これ以上被害を出すなっ!」


どんどん凹んでいく壁や、なぎ倒されるクレーンを見てウィルが頭を抱える。


「早くも予定外の行動をとらねばならいとはッ!」


ウィルは漂う小魚をむんずと掴んで、地面に押し付ける。


そして魚が力の粒子となって弾け飛び、ウィルが手をどけた先には、ポツンと不自然に、ドアノブと鍵穴が出現していた。


ウィルは反対の手に持っていた鍵をすかさず鍵穴に突き刺し、


(「衝撃に備えろっ!」ウィルが姫に叫ぶ)


ドアノブをがちゃりと一周まわすと──、


格納庫の床四隅に光が差し込み、


『ガッチャンッ……』


床板が、床全体が一枚の扉となって開き、バトルステージへと繋げられる。


突然に床が抜け、計器類や工具が宙へ浮かび、その場の全員が浮遊感に包まれる。


悲鳴を上げて暗闇に落下していく試作ゴーレム。


それにまとわりつく工具イヌたち。


「エナッ!!」


ゴーレムらと共に落下していくウィルが、風サーフィンで飛行する姫に手を伸ばす。


「ウィル爺っ!!」


姫は風サーフィンを巧みに繰り、落ちていくウィルのマントを掴む。


首が閉まって、


『グゥエッ』


潰れたカエルのような鳴き声を出すウィル。


螺旋を描きながらゆっくり降下していく姫。


死にものぐるいで羽ばたく白ミミズク。


          ⁂   ⁂   ⁂


暗闇を抜けるとそこは、一面の青空と雲海。その真ん中にポツンと小さくてまん丸の浮島が。


姫は度肝を抜かれて辺りをキョロキョロキョロキョロ見渡している。


頭上を見上げると、そこに太陽は無く、


(それでもなぜか明るいが)


切り取られた格納庫の内部が見える。


そしてよくよく見てみると青空の四隅にうっすらと枠線のようなものが見える。


大気の流れすら感じるのに、やっぱりここは部屋の中なんだ、と感心する姫。


これから着陸するであろう浮島は、広大な大空の中に在っては酷く小さく、均等な緑のまん丸の中に、白んだ廃墟がそびえている。


試作ゴーレムはその中に落ちたらしく、穴の開いた屋根から粉塵が巻き上がっている。


窒息する前にウィルが引き上げられ、ミミズクも下降するだけなので楽なモノ。


一団は綺麗な弧を描いてすいーっと廃墟に吸い込まれていく。


ウィルらが着陸した場所は、王国内最大の規模を誇る【三羽の鳥大聖堂】と、思しき場所。


姫とウィルは大門を抜けて、崩れかけの内部へ。


そこは完全に廃墟と化し、かつてのゴシック建築の美麗さは面影しか残っていない。


柱やアーチを形作る大理石は威厳を失って黒ずみ、植物にまみれている。


名物である巨塔は中からぽっきり折れ、歴史あるステンドグラスは粉々に砕け散り、直に陽光を取り入れている。


礼拝堂の正面奥に控えている翡翠色の神様の銅像は、原型も残さず粉砕されている。


姫はウィルと植物に侵食される大聖堂の回廊を歩きながら、


「ねえ、どうしてここはこんなにボロボロなの?」


大聖堂が廃墟になっている事について疑問を抱く。


「三羽の鳥大聖堂は、何世紀も前に火事になったらしいけど、それからすぐに直したって習ったよ?」


姫は自分の探った記憶を述べ、ウィルは、「ああー」と納得した様子で、


「これは現実の大聖堂に繋げたわけではない。空に浮いてるし。ここは吾輩の頭の中というか、吾輩が想起する大聖堂だ」


答え合わせをする。


「なんでそれが廃墟なのさ」


疑問が尽きない姫。


「別に壊れてもいい場所というか。むしろ家柄的に神を祀る場所は忌まわしいというか……」


ウィルの発言を聞いて姫は、


「やっぱり国賊だっ! 教会を破壊するなんて犯罪者の思考だッ!」


ドン引きの様子。


「な、なにおうっ!? しょうがないだろうっ、そういう家庭なんだからっ。誰のせいで天国に行けないと思ってるのだっ」 


開き直って抗議するウィル。


「それにっ国賊っていうなっ!」


姫は、


「やーいこくぞくぅ、こくぞくぅ~」


ウィルをからかって、


怒ったウィルが、


「バカにしてっ!」


姫を取っ捕まえようとじゃれあっている。


そうこうしている内に、最奥の礼拝堂へ。


くすんだ大理石の壁に侵食する緑。


規則正しく並べられていたはずのベンチは、乱雑に隅の方に押し固められ、正面奥に控えている翡翠色の神様の銅像は、原型も残さず粉砕されている。


その代わり、司教座の前にある、落ちてきた試作ゴーレムが新たなご神体のように見える。


天井にはちょうどゴーレムの真上の天井に穴が開き、(ゴーレムが落下してきた為)そこから陽光が取り込まれて、ゴーレムを照らしている。


地面にひれ伏し、さながら懺悔しているようにも見える試作ゴーレム。


周囲に散乱する金細工の燭台や装飾品らも陽光を受けてキラキラ輝き、荘厳な雰囲気を醸し出している。


が、試作ゴーレムが跪いているのは、落下の衝撃で足が崩れて動けないから。


そしてて今は同じく落下の衝撃で半壊した工具イヌにトドメをさしているから。


「ッチ、猟犬もやられたか。早くもリトルファフロツキーズを使い切ってしまった」


創造主の声を聴いてバッと振り返る試作ゴーレム。


「本番は戦う場所もちゃんと考えないといけないね」


礼拝堂の入り口に立つウィルと、側に控える空飛ぶ姫。


ウィルが最後の小魚の尾っぽを掴んで丸ごと口に放り込み、ゴクンっと丸呑みにする。


そして、


仕切り直しリトライだ」


と言って、腕をゴーレムに向かって伸ばし、空中で何かを掴み上げるように手を動かす。


するとバラバラになっていた工具イヌが震えだし、


(試作ゴーレムは驚いて辺りを見渡す)


周囲に散らばる教会の残骸を取り込んで復活する。


「さあっ、ちゃっちゃと回収して作り直しだっ!」


ウィルが開戦の狼煙のろしをあげ、教会が崩れんばかりの咆哮を上げる試作ゴーレム。


「お前は吾輩の後ろで待機だ。発明品を試す」


ウィルは腰のベルトに保持した瓶を一つ取って、中身を手のひらの上にべちゃっと流し出す。


「おっけぇー」


姫は大きく手を上げて返事する。


ウィルは腰の革袋から、粘着質な泥の塊を手に出して、両手でこね始める。


「【 奴隷の王冠コルディセプス・シネンシス 】」


ウィルは粘着質な泥を一塊ひとかたまりにして、それをイヌとじゃれあっているゴーレムに向かって(やや距離があるにも関わらず)振りかぶって投げつける。


ぐちゃっ、とみごと試作ゴーレムの肩にへばりつく泥。


陽光を受けてすぐに泥の中から数本の白い根が芽吹き、みるみるうちに絡まりあって、ゴーレムの全身に侵食し始める。


ゴーレムは気味の悪い植物を引きはがそうと肩に向かって手を伸ばすも、すかさずウィルが、


「おっとそうはさせんぞ」


腰から先端に大きな琥珀を掴んだ中杖ロッドを引き抜く。


「【 彷徨う子宮インヴィディア 】」


それをチアリーディングのバトンのようにくるくる回すと、先端の琥珀からとろぉーりとオレンジ色の水飴のような液体が滴ってくる。


それを杖をくゆらせて上手に集め、芽を引き抜こうとしているゴーレムの腕に遠心力を利用して引っ付ける。


それは次第に焼き餅のように膨らんで、色がどんどん明るくなったかと思うと途端、


──『バアッーンッ!!』 ──


大爆発を引き起こしゴーレムの腕を弾き飛ばす。


ゴーレムの腕からは橙煙とうえんが立ち上り、ウィルは間髪入れずにベルトから水晶塊を取り出し、


「どんどん行くぞ!【 育ち行く万雷クラドグラム 】」


試作ゴーレムに差し向ける。


水晶がバチっバチっと短く放電した後、


『ピカッ!』


一等強い光を放ったかと思うと、極太の稲妻が放出され、


(その後にくる巨大な雷鳴の音にウィルはびっくりして、思わず水晶を両手で掴む)


無数に枝分かれして増殖していく雷光が試作ゴーレムを包み込む。


狗は巻き込まれる直前で離脱。


しかし見た目の派手さとは裏腹に、ゴーレムには大して効いた様子が無く、全身に樹上の焦げ跡リヒテンベルク図形をつけるだけに留まった。


「ありぃ? おかしいな」


ウィルが首をかしげて水晶をひっくり返したり叩いたりしていると、


「あれのせいじゃない?」


姫がゴーレムから生える一筋のキノコを指さす。


「なんとっ! あれが全部食べてしまったのかっ!?」


ウィルは、


「しまったぁーっ」


頭を抱える。


「あれは使いどころが難しいな」


ウィルはゴーレムを気にせずメモを取る。



ゴーレムの身体を引き裂いて生えているのは一種の寄生植物。


とりついた対象の力を吸い取って成長する危険なキノコ。


ファフロツキーズ内では隔離されて飼育されている。


ウィルと姫はこれの成長意欲を調整して、対魔法使いの兵器にするつもり。


ウィルは今回、いわゆるゴーレムの電池切れを狙って、これを初手に選んだがこれ以降の攻撃を大方このキノコが吸収してしまう為最悪の初撃だった。


次にぶつけたのは子供に人気の弾けるぱちぱちキャンディ、を改造したモノでその刺激性を局地的に強化させ爆発物に発展させた。


とはいえ、破壊力に優れたというよりは衝撃力に優れているといえ、爆発した際の衝撃で吹き飛ばす事に重きを置いている。


ウィルが対象と距離を取る時に用いる。


中杖ロッドはこれを一定量蓄積・出力するための装置で、抽出する量やそれの命中率は使用者の力量に依存している。


出しすぎると投げられなくてその場で爆発する。


材料は普通の市場で売っている物でレシピさえ知っていれば作れる危険物。


最後の雷撃は、見ての通り四台元素エレメントに含まれる火の発展形の単純な戦術魔法。


力を込めた水晶を依り代に、指数関数的に増えていく雷を発生させる。


普段は避雷針に括り付けられ充電されている。


とりあえず撃てば、視界いっぱいに広がっていくので、真反対にでも撃たない限り外すことはない。


もちろん電圧は調整可能。


ウィルは対人用と怪物用で二つ持ってる。


これらは全てファフロツキーズ内に残っていた古代の魔導書をもとにウィルが考案し、姫が実用化にこぎつけたモノ。


他にもいっぱいウィルは装備しているが、しかし今ではそのほとんどがキノコの栄養になってしまう物ばかり。


ウィルの当初の作戦の通り、燃料切れを待ってもいいが、中々そうもうまくいかない。



ウィルが教訓をメモしている隙に、試作ゴーレムは工具イヌを実に二匹再起不能にしていた。


さらに備え付けられた自己再生機能を使って、潰れた足を再生し立ち上がるに至る。


これは戦闘を長引かせオーディエンスを盛り上げる為。


そして試作ゴーレムもまたキノコによって仕込まれた魔法のほとんどが使用不可になっていた。


なので、左腕に搭載された『王国製水冷式重機関銃 V I c k e r s 』をウィルに向ける。


右腕の装甲がガコンッと、後ろにズレて中から銃口を覗かせる。


試運転の為に取り付けただけなので未改造品。


従来通り金属弾丸を発射する。


二人の間には何十メートルも距離があると言え、弾丸が届くのは一瞬の事。


ウィルが、


「あんなもんつけるんじゃなかったッ!」


と後悔し、ステッキや水晶塊を構えるのも時すでに遅し。


本日二度目の絶対に絶命のピンチ。


ウィルの逃亡劇はこんなポカのせいで終わるのかと思えたが……、


「グラちゃん行ってっ!」


後ろに待機していた姫の放った白ミミズクが最大速力で飛び立ち、発生させたソニックブームで弾道をずらすというという神業をやってのける。


姫がウィルを引っ張って回避させ、弾丸は間一髪でウィルの真横を通りすぎ大理石の壁を打ち砕く。


ミミズクの起こした突風の余波によってよろめくゴーレム。


その一瞬の隙を逃さず、ウィルはマリオネット操者のように指をグニャグニャ動かし、残ったトンカチ頭の狗を精密に操作して機関銃を破壊させる。


トンカチ頭が機関銃の銃身を渾身の力で叩きつけ、


「グラちゃん!」


その後頭部に突風を纏った白ミミズクが飛び蹴りをかまして、ゴーレムの腕ごと粉砕する。


悲鳴を上げるゴーレム。


姫がウィルに向かって親指を立てて見せるからウィルも口角をあげ、同じサインを返す。



「おのれぇ……、よくも吾輩を二度も殺そうとしてくれたな」


ウィルは立ち上がって試作ゴーレムをキリリと睨みつける。


そして中杖ロッドをゆっくりくゆらせて【彷徨う子宮】を少しずつ抽出していき、初弾の三倍近い投擲不可能なサイズにしたかと思うと、逆の手で拳銃嚢ホルスターから魔導書を一冊抜き取る。


それから自分の頭上に向かって『彷徨う子宮』を打ち上げると、それに向かって魔導書を投げ入れる。


投げ込まれた魔導書はずんずんオレンジ色の液体を吸い尽くし、ぽとりとウィルの手の中に落ちてくる。


ウィルがその本を開くとページを埋め着くす文字から、『彷徨う子宮』が湧きあがり、次第に寄り集まって形を成し、ぷるぷるとした【蜂】たちが本から飛び立ち始める。


無数の爆発する蜂がウィルの周囲に控え、


「さあ次は耐久力テストだ。死ぬ気でもちこたえろ」


羽音もうるさく、試作ゴーレムめがけて押し寄せる。



(8)



ところ変わって王国首都。


王城を出発し貯水池群を抜け小一時間程で首都ランドニオンへ。


アルベルトが職権を乱用してあつらえた一団が街中を行く。


滅多に使用されない王女様の専用車と、それに付き従う軍用オートモービル群。


何事かと思った国民たちが、国旗を持って表に出てくる。


ウインディはいたたまれなさ3割、優越感7割で窓の外を眺めていた。


そんなウインディの向かいに座わるアルベルトが、


「そういえば、この前は災難だったね。怪我は大丈夫?」


と、遠くに見えるぽっきり折れた時計塔ビック・ベルに視線を送りながら、会話を投げてくる。


「いえ、不覚にも取り逃がしてしまいましたから……」


ウインディは伏し目がちにアルベルトから目を背ける。


「いやいや不覚たって、あの分隊長サーシャちゃんもやられちゃったんでしょ? 


それにあの爺さん、怪魚ファフロツキーズの魔法を使ってくるらしいじゃないの。


も一つおまけに? 


巷で噂の妖精グレムリン巨人ゴーレムまで出たそうじゃないか? 


いくら天才の君でも、そらぁ、簡単にはいかないよ」


アルベルトはお道化たおどけた口調でウインディを励ます。


「お心遣いありがとうございます。アエイバロン卿」


力なく微笑んで見せるウインディ。


「よしてよ、そんなにかしこまらなくたっても。昔みたいに「先生」って呼んでよ」


アルベルトはウインディの才能を発掘し、魔法の学校に入学させた後も、足げくウインディの元を訪ね、ことあるごとに世話を焼いていた。


ウインディは少し砕けて、


「はい先生。ところで私は本当にこの馬車に乗ってもよかったんですか? いくら王女殿下がお留守とはいえ……」


と、3割のいたたまれない気持ちを吐露する。


「ああーそれはホントに大丈夫。僕はその辺自由にできる立場にあるから」


アルベルトは「羨ましいでしょぉー」といたずらっぽく笑う。


「ならいいのですが」


ウインディは半信半疑ながら納得しようとする。


しかしアルベルトは反対に、


「それにしてもあのお姫さまにも困ったものだよねぇ」


お手上げといった様子で肩をすくめる。


「ここだけの話、なんとあのおてんば娘、今は君の元お師匠と一緒らしいよ」


アルベルトは内緒話をするように口横に手を当てて、いじわる気な声を出す。


ええーっ! と驚き呆れるウインディ。


「そ。だからこそようやく僕が駆り出されるって訳っ」


それを聞いて衝撃を受けるウインディ。


「まあ、爺さんだけなら放っておいてもそのうちサーシャちゃんあたりが捕まえてくれると思うんだけど、一回バツがついちゃったし? 君もやられちゃったし? 僕が出ていかないと陛下が安心できないんだよねぇー」


やれやれといった様子のアルベルト。


「そんな重要な任務が控えているのに、私と一緒でいいんですか?」


心配そうなウインディ。


「それも大丈夫なんだなそれが。言っちゃあなんだがこれは隊の緊張を解きほぐすための一種の息抜きなんだよね。なーんかうちの連中、あの爺さんにビビッてやんの。僕と同じ宮廷魔術師だからぁーって。杞憂なのにねぇー。だから君がかしこまる必要はない、むしろもっとふんぞり返ってなきゃ。せっかくの凱旋なんだからさ」


アルベルトはへへんと威張ったポーズをとる。


ウインディは「へへっ」と照れたように笑うが、


「でも真に恐るべきは君なのにね」


と急に低いトーンでささやかれドキッとする。


これは決して乙女心ではなく、犯罪者の心理。


探偵にズバリ当たりを付けられ、心臓がキュッとなる感じ。隣に座る黒猫も耳がピクっとなる。


決して広くはない馬車の中。


その中に二人っきり。


(酔っぱらいの亡霊はついて来てはいたが、死人に口なし、生きた人間には関係ない。)


嫌でもアルベルトを警戒せずにはいられない。


馬車の中には盗み聞き防止用の魔法がかけられ、外の連中に聞かれる心配はない。


が、それ以上に、ウインディの犯行を政府側の人間アエイバロン家の現当主に知られているのはまずい。


「まさか、君があの爺さんウイリアムを蹴落とすとはね。初めからそれが目的で奴に弟子入りを? まあ、僕が推薦した手前、罪悪感を感じぃ……? いや感じないな。むしろよくやったっと言いたい」


ウインディは、目つきも険しく、


「先生。先生はその事を知ってどうしますか?」


強めの口調でアルベルトを問いただす。


目の前の男はいつも飄々とした態度で、本音をはぐらかす。


もし計画の邪魔になるようであれば……、とウインディが腹の中で策謀を目降らしていると、


「君こそ僕をどうするつもりさ」


あっさり腹の内の黒い物を見抜かれてしまう。


「君は僕が誰かにチクるんじゃないかと心配してるんだろうけど、ノープロブレム、この件は他言しない。


言ったでしょ? 


むしろよくやったと。


先代がまだうるさいんだよね。あんな田舎者の紛い物をのさばらせるなぁーって。だから追い出してくれて清々したよ」


アルベルトは尚も気さくな態度を崩さない。


「私が何をするつもりか、聞き出さなくてよろしいのですか……?」


ウインディは恐る恐るアルベルトの腹に探りを入れる。


「興味はあるね、大いに。でも君のやることだ、【魔法】という深淵の扉をまた一つ開くつもりなんだろぉ? 


だったら僕はそれを邪魔することはありえない。絶対に」


アルベルトの、レンズの奥で大きく見開いた眼に吸い込まれそうになるウインディ。


「君は類稀なる運命の持ち主だ。その経歴もさることながら、その出生については他に類を見ない。既存の枠組みの外に突如として現れた、全く新しい血族の始祖オリジン


ウインディはなんとかアルベルトから目を背ける。そうでないと辛い過去が蘇ってくるから。


幼い赤ん坊の身で貧しい孤児院に遺棄され、欲しくもない才能のせいで化け物扱い。


魔法使いは魔法使いからしか生まれない。


それ故に魔法使いはずっと魔法使いに囲まれて育つ。


魔法が使えるというのが当たり前の生活。


それが一般的な魔法使いの人生。


しかしウインディは違う。


優れた才能を持つ者が、必ずしも称賛されるとは限らない。


ウインディの育った孤児院はその貧しい土地柄故に、子供であろうと出稼ぎに出なくてはならなかった。


皆が働きに出ていっている間、ウインディだけは院長の勧めでずっと魔法の勉強をしていた。


日がな一日、奇々怪々な分厚い書物を読み漁り、動物の不気味な死骸を瓶に漬けたり、ブツブツと動物と話したり。


汗水垂らして働く子供たちからしたらいいご身分だと、妬みの対象になっていた。


未だに理性を欠いた畜生である人間は、未知のモノに恐怖し遠ざけ、嫉妬する。


それは子供であろうと例外はない。


むしろ大人のそれがより暴力的で、迫害の手段が狡猾かつ多岐に渡るのに対し、子供のそれはより純粋な悪意と、短絡的ゆえに致命的な手順によって心を蝕んでいく。


孤児院の子供たちには異物として排除され、庇うふりをする大人たちも内心ウインディを気味悪がって遠ざけようとしていた。


アルベルトは、俯いたウインディの暗い顔を見て、


「すまない、辛いことを思い出させてしまったようだね。でも、僕は君を哀れむような事はしないよ。君は僕なんかでは想像もできないほど辛酸たる道を歩んできたが、それでも君の魂はひどく高潔だ。君が自らに冠した【バアルゼブル気高き支配者】の名の通りにね。」


そう言って精一杯の思いやりの声をかける。



それを聞いてウインディはさらに思う。


そう、誰も自分を理解することはできない。


自分は特別異常なのだから。


だからこそ、実力でもって思い知らしてやらねばならない。


見返してやらねばならない。


連中を、後悔をさせてやらねばならない。


その為にこそ、憎いはずの魔法の才をこれまで研磨し続けて来たのだ。


腹の内で黒い復習の炎を燃やし、すっかり黙りこくってしまったウインディを見て、


『あの爺さんもとんだ爆弾を腹に抱え込んだもんだ。まあ僕が推薦したんだけど』


となんの悪びれもなくウィルに思いをはせるのだった。



(5)



「ぶやぁっくしょんッツ!!」


噂をすればくしゃみが一発。


「ぬあー」と余韻に浸るウィル姫の風サーフィンの後ろに乗って、礼拝堂内を飛びまわるウィルと姫。


ヒット&アウェイで爆撃と雷撃をくりかえす。


しかしウィルのくしゃみによって、魔法の攻撃がいったん止む。


試作ゴーレムはその隙を逃さず、橙煙を吹き飛ばして最後の工具イヌを投げつけてくる。


完全な直撃コース。


「危ないっ!」


ウィルが叫ぶ。


が、姫は目前で竜巻を発生させて直撃を回避。


くるくると回転しながら天高く舞い上がっていく工具イヌ。


工具イヌは激戦の末、受け身を取る体力も無く暴風に巻き上げられてそのまま力尽き、消滅。


無情にも金槌がぽとん一つと落ちてくる。


しかしながら、試作ゴーレムも満身創痍。


戦闘の幕引きもすでに目前。


ゴーレムは全身を雷に打たれて黒く焦げ付き、蜂に刺されて爆破された箇所が抉れている。


さらに肩口から延びる【奴隷の王冠】はますます巨大化して、試作ゴーレムを取り込まんばかりの勢い。


そして機関銃を搭載していた腕は力なくぶら下がって見るも無残な有様。


すぐにでもトドメをさしたいところだが、ウィルもウィルで品薄状態。


半壊した礼拝堂には、力を使い果たした魔導書や水晶塊がいくつも打ち捨てられ、魔法の杖が発する光も弱まっている。



「そろそろ打ち止めだな。これを最後に試して終わりにしよう」


そういってウィルの手に握られているのは、不可思議な紋様が描かれた真新しいロウソク。


天に向かって手を伸ばし、何かを引っ張るようなしぐさをするとどこからともなく淡い緑色の管ケーブルが現れ、ウィルはそれをうなじに差し込む。


本番ではこれは使えないが、今は装備の動作テストも兼ねているのでやむを得ない処置として、ウィルは心の中で自分を許してあげる。


スタッと風サフィーンから飛び降り地面に着地。


帽子のつばを持って試作ゴーレムを対峙する。


長杖スタッフの移し火からロウソクに火を移し、ファフロツキーズの力を借りてそれを『愚者の燈イグニス・ファトス』に仕立てあげる。


ロウソクには確かに蒼い炎が宿り、その周りをさらに小さい小魚が数匹泳いでいる。



「くらえ必殺、【 愚者の燈イグニス・ファトスimiイミテーション 】」



ウィルが呪文を唱える事もなく、ロウソクを掲げると、その炎が渦を巻いて試作ゴーレムを包み込む。


ゴーレムの足元には簡略されたウィルオウウィスプの魔方陣(五芒星や幾何学模様の中に扉を見立てた図形があるだけのモノ)が浮かび上がり、試作ゴーレムを丸焼きにする。


断末魔を挙げる試作ゴーレム。


さすがの『奴隷の王冠』も吸い取り切れず黒ずんでしぼんで燃え尽きていく。


ゴーレムは全身に焼き付けられた雷の焼け跡に沿ってミシミシとボディがひび割れ、そのヒビから内部に蒼い炎が染み込んでいき、操縦者たるグレムリンをも焼いていく。


燃え盛る業火の中で、試作ゴーレムは力なく膝を付き、そのまま命果て、最後は大爆発。


「しまったっ! やりすぎたっ!」


ウィルは、愕然と頭を抱える。


「あッ!! あぶないッツ!!」


姫が声を張り上げるも時すでに遅く、二度あることは三度ある、ウィルに向かって爆発四散した試作ゴーレムの破片が飛んできて、


スコーンっ! 


ウィルの頭に直撃。


ウィルはその場にバタリと仰向けに倒れる。




          ⁂   ⁂   ⁂




────。


洋間のソファーでぐったりと寝込んでいるウィル。


頭にはぐるぐると包帯が巻かれ、大きく血が滲んでいる。


姫はいつもの快活さとは正反対、神妙な面持ちで未だ目を固く閉じているウィルに取りすがっている。


カボチャ頭たちや家具アタマも命令をほったらかして、洋間に殺到している。


皆が緊張した面持ちで主の様態をうかがっていると、なんの前触れもなくうめき声をあげ、ウィルが目を覚ます。


姫は顔がパッと明るくなり、


「よかったぁーっ! 死んでなかったぁーっつ!」


ウィルに飛び掛かって抱き着く。


「なっ、なんだっ!? どうしたっ!?」


ウィルが飛び起きると、


「よかったよかった」


と泣きじゃくり、ウィルのガウンに鼻水を擦り付けてくる姫の姿が。


ウィルは、


「これ離れんか! 服が汚れるっ」


怒鳴っていたが、次第に諦めて、姫の頭を優しくなでながら、


「そう簡単に死にゃあせん。吾輩は不滅だ」


姫を慰める。


使い魔たちも飛んだり跳ねたりして喜んでいる。


実にめでたい。



それから二人は、コック棒頭が持ってきたお茶を飲みながら、いったん落ち着くことに。


ウィルはソファに足を延ばして煙草をふかし、姫は絨毯にぺたんと座ってウィルの足に寄り縋ってお茶を飲む。


しばらくして姫がボソッと、


「……ごめんなさい」


謝る。


ウィルは紫煙と共に、


「何がだ」


と尋ね、姫は、


「あたしがゴーレムを動かそうって言ったからこんな事に……」


とまた泣きそうな声で答える。


ウィルはため息を煙に乗せて吐き出し、


「いいか、お前は思い違いをしている。あれを動かそうとしたのは吾輩の意思だ。吾輩は誰の指図も受け付けないからな。だから泣くのはもうおよし」


誰に言うでもなくそう呟き、姫の背中をさすってやる。


「怒ってない?」


姫が不安そうに聞くから、ウィルは、


「怒っとらん」


ぶっきらぼうに答える。


「信じないかもしれないが、吾輩は誰か他人に対して怒りを露わにしたことは一度もない」


ウィルは諭すようにそう告げるが、姫は、


「うっそだぁー」


という顔をしている。


「まあ聞け。これは吾輩の美学の話だ」


煙をひと吸い。


「世の中確かに不愉快な事ばかりだが、文句を言ったってなにも変わらない。少なくとも吾輩はそう考えておる。自分の身に何か不幸が降りかかった時、その時は必ず不幸と同時に小さな幸福も引っ付いてきておる。それを見つけることができれば自ずと腹は立たん。今回でいえば試作品たちのいいデータが取れたことじゃな」


姫は神妙な面持ちで話を聞いている。


「世の中確かに不愉快な事が多い。生まれてきた事を憎む日もあるだろう。しかし世間に対していちいち腹をたてたり、自己嫌悪に陥るなどは時間の無駄だ。どうせままならない毎日なのだから、そんな事を考えないですむような、見るも素晴らしい薔薇色の人生ラヴィアンローズをつくる努力をした方が、よっぽど健康的だとは思わんか? こういう言葉もあるぞ「おもしろきこともなき世を面白く、すみなしものは心なりけり」とな。その為には、自分のやりたい事をやるのが一番だ」


姫はそれを聞いて疑問を抱き、


「でもそれじゃあ、世の中は無法地帯になっちゃうんじゃない? 誰かの幸せが別の誰かの幸せとは限らないんじゃないかしら」


それを質問する。


ウィルはそれを聞いてニカっと笑って、


「さすが魔法大学生、頭がいいな。実にいい質問だ」


姫は少し表情が明るくなる。


「そこはホレ、これを使うんじゃ」


ウィルは自分の口元を指さす。


姫は、


「おヒゲ?」


と、とぼけたことを言うから、ウィルが、


「違う違う、口じゃ口、もっと言えば言葉じゃ」


訂正する。


「吾輩らには話し合うという特技がある。お互いが満足する折衷案を探すんじゃ。まずはな。実力を行使するのはそのあとじゃ」


姫は、


「結局実力は行使するんだ……」


やや落胆した様子。


「世の中どうしたって分からず屋はおるからな。そんな言って分らん奴とは、時に拳で語らう事もあろう」


姫は、


「はは……」


と愛想笑いを浮かべる。


「しかしお前さんとは、話し合いで解決できると吾輩は思っておる。むしろ話し合うことももはや無いんじゃないか。今回の事はよくある事故だ。お前さんが気にすることではない」


一切を不問にしようというウィルに、姫は、


「でも……」


と食い下がる。


「ではあれだな、そんなに納得いかんというなら、こうしよう。


お前さんを弟子2号に任命しよう。


そうすればお前さんは吾輩の指図を拒めない。


これまで以上に働いてもらう未知の魔法にたくさん触れ合えるし、危ない目にもほとんど会わない。


これでどうだ?」


姫はニヤニヤと口角をあげながら、


「えぇ~、どうしようかなぁ~」


と体をくねらせている。


「そうか嫌か。ならしょうがないなぁ」


ウィルはがっくりと肩を落として落ち込んで見せる。


姫はそれを見て、


「わぁっー嫌じゃない嫌じゃないっ! 弟子になるなるっ、いや弟子にして下さいっ!」


あわてふためき、ウィルの周りをパタパタと動き回る。


ウィルはしてやったりとにやけ面をもたげて、


「そんなに弟子になりたいならしょうがない。弟子にしてやろう」


お道化た口調でいう。


姫はムッとして見せて、ウィルにデコピンを食らわせるが想像以上に痛がったので急いで謝り、それもウィルの意地悪な芝居だと知り、(本当はすごく痛かったが)、また怒り二人して笑う。



(9)



ウインディとアルベルトは、折れた時計塔ビッグ・ベルと再建中の跳開橋ルーク・ブリッジを抜け、【塔の向こうビヨンド・オブ・タワー】へ。


堅牢な砦とそれに連なる塔を横目に、一行は貧民街、ウインディの言う『どん底』へ入っていく。


大都会の発展に伴う光と闇。


貧困層や移民者たちが追い立てられて最後に流れ着いた場所。


人口過密と病気と犯罪、それがこの場所の代名詞。


そんな掃き溜めに押し込められたようにしてある、小汚い廃墟、もといウインディが育った家。


その門前に、こんな廃墟群には似つかわしくないような豪奢な馬車やピカピカの車の列が大挙して押し寄せる。


やさぐれた住人たちが、わらわらと集まってくるが、屈強な軍人たちが護衛についているのを見て怖気づいて解散する。


運動場で遊んでいた子供たちが大仰な集団を見てその場で固まり、孤児院の中に逃げ込んでいく。


子供たちを追い立てるようにアルベルトの使者が施設を訪れ、院長先生を筆頭に職員が連れ立って挨拶に出てくる。


出てきたところでウインディとアルベルトが馬車から降り、院長らはアルベルトに頭を下げる。


それを見てウインディは、


「ご無沙汰しております。院長」


口調は冷淡ながらも丁寧にお辞儀を返す。


顔を上げて険しい表情を浮かべる院長を、ギロっと睨みつける。


しかし院長の厳しい目つきはすぐに解きほぐれ、


「おかえりなさい、ウインディ。立派になりましたね。」


称賛の言葉を投げかける。


ウインディは雷に打たれたように驚き、目を見開いたまま直立不動になってしまう。


まさか。


こんなにあっさり認められるとは……。


その言葉だけを、願って生きて来たのに。


「広間で歓迎会の準備ができています。さあどうぞ中へ」


院長は優しくウインディを中へ誘い、


「伯爵様は……」


とアルベルトの動向をうかがう。


「僕もお邪魔しようかな。今日は彼女の付き添いだからね」


アルベルトは部下に合図を送り、車両の見張り役を残し、それ以外はアルベルトに付き従う。


「かしこまりました。では皆さまもどうぞ中へ」


院長は皆を先導して孤児院の中へ。


アルベルトは、未だ直立不動になっているウインディの肩をぽんと叩いて、気を取り戻させる。


一同は孤児院の中へ。


          ⁂   ⁂   ⁂


孤児院の中は、風船や色紙で玄関からきれいに飾り付けられその節々にウインディを歓迎する言葉が書き添えられている。


何も知らないアルベルトの部下たちは、これから楽しいパーティーが始まるものと思って、任務でありながらも心安らかな気持ちになっていた。


アルベルトはいつも通り何を考えているのか分からない飄々とした表情。


ウインディだけが打って変わって不服そうに口をへの字に曲げている。


さっきまでは、委員長の賞賛の言葉を聞いて、喜んでいた、と言うよりも衝撃を受けていたのに。


しかし、いざ孤児院に帰ると思い出すことがいろいろあるようで。


ウインディはいったん、荷物を置くために昔の自室へ。


凱旋と言えどただの顔見せではなく、これから歓迎会に出席して、その後は院長らに近況を報告したり、義兄弟たちと戯れたりなど、一泊する予定。


そしてウインディは、自室の扉の前に立つ。


真夜中、閉め出された思い出のある扉。


インキーなどのミスを犯したのではなく、人為的な嫌がらせ。


そんな苦い思い出のある扉を開けると、最近急いで掃除した痕跡のある子供部屋へ。


ここを出る時言われた、


「ここが恋しくなったらいつでも戻っておいでね」

「アナタのお部屋はいつ戻ってもいいように、きちんとお掃除しておくからね」


という、職員の女性の言葉は嘘。


なぜそんなことが分かるかと言うと、本棚の表面は埃が払われているが、本を取り出すと奥に塵が溜まっていたり、壁の隅に引き千切ったキノコの菌根が見えたりと、魔女でなくても分かる雑な掃除の痕跡ばかり。


昔、ドブのヘドロをぶちまけられた勉強机にトランクを置き、その時に引いた椅子の座版が穴だらけな様子を見て、そういえば昔、座版の裏から釘を打ち付けられたことを思い出す。


そうしてネズミの死骸を入れられたベッドに腰かけ、コテン、と横向きに倒れる。


「ついに帰ってきた……」


ウインディは静かにそうつぶやく。


このカビ臭いベッドでいくつ消えてなくなってしまいたい夜をおくって来た事か。


目線だけを動かしてすっかりなじみの室内を見渡す。


窓からの光で埃が舞い散る回廊が見える。


光をたどって目線を窓の外、運動場へ。


運動場も嫌な思い出ばっかり。


泥をかけられ、石をぶつけられ、蹴躓けつまずかされ、虫を食わされ。


孤児院の中は、どこを見ても嫌な思い出がよみがえってくる。


一晩耐えられるだろうか。


いつプッツンしてもおかしくない気がしてくる。


いるだけで堪忍袋に負荷がかかり続ける。


先の院長の言葉も一瞬で効果が切れたように、どんどんイライラしてくる。


眉間の皺をより一層深くしながら、荷物を置いて部屋を出る。


アルベルトと部下は既にパーティー会場へ。


ウインディが廊下を進み、パーティーの準備がしてある孤児院の奥の広間へ行き、扉を開いた途端、


『ぱぁーんっ!』


クラッカーが鳴らされ、


「 「 「 「 ウインディ、おかえりーなさーいッ!! 」 」 」 」


全員が盛大に迎えてくれる。


拍手喝采。みんな笑顔。


いつもいつも厳しく、ただの一度たりとも優しい言葉をかけてくれなかった院長。


朝から晩までいつも自分を迫害してきた、魔法使いが恐ろしい、無知無能なガキどもと職員。


そして広間の中央に置かれた大きな長机の上には、この地域では珍しい豪華な料理が並び、ウインディの好物であるグレイビーソースをたっぷりかけたローストラムや付け合わせのヨークシャー・プディングも並べられている。


奥にはおそらくウインディ宛てであろうプレゼントの包みが積まれている。


まるで誕生日。


ウインディがあまりの熱烈歓迎にたじろいでいると、少年が一人近よってきて、


「すげぇなウインディッ! マジで王様に仕えてんのか!」


騒ぎ立てる。


もう一人よってきた少女も、


「本当に宮廷魔法使いになれたんだねっ、お城で働けるなんて憧れちゃうなぁ」


目をキラキラさせて近寄ってくる。


「ずっと勉強して頑張ってたもんね」

「尊敬しちゃうなぁ」

あそこ時計塔事件でも戦ってたんだよねっ」

「俺たちじゃ絶対ムリだよ!」

「ウインディならきっとできるって信じてたよ!」

「おれ、実はウインディのこと前から好きだったんだ!」


などと、わらわらと子供たちが寄ってきて、次々に賞賛の声や羨望の眼差しを向けてくる。


ウインディはそれらを一瞥いちべつし、


「そうね。あなた達じゃ逆立ちしたって無理よ」


皮肉を吐く。


子供たちは、


「え……」

「なんでそんなこと言うの……?」


さっきまでの笑顔も引っ込み、すっかり意気消沈した様子。


ウインディは親し気に寄ってくる連中を見てますます不愉快そう。


最初に寄って来た奴なんか、今はファーストネームで気安く呼んでいるが、小さい頃は「魔女」だ「陰気」だ「虫食い女」だとマトモに名前で呼ばれた記憶がない。


次の女は汚い奴で、子供たちを先導してウインディの本をドブに捨てたり、研究で使うホルマリン漬けの瓶を割ったり、使い魔の黒猫の耳をばさみで切ったりあくどい嫌がらせをずっとやってきた。


告白してきた奴なんか、こずかい欲しさに娼館にウインディを売り飛ばそうとした。


「なんでですって? だって本当の事じゃない。魔術師というのは生まれ持った才能が全てなの。無知で無能なアナタたちじゃなんにもできやしないわ」


ウインディの不満は解消されるどころか、この連中を見ていると過去の嫌な記憶がじゃんじゃか蘇ってくるばかり。


「なによ偉そうに、上から目線で。心にも思っていない事言わないでくれるかしら」


子供たちの気分はどんどん冷め止んで行き、毒を吐き続けるウインディから少しずつ離れていく。


すかさず、職員の女性が、


「ちょっとウインディさん、せっかくみんなで準備したのになんてこと言うの。みんなに謝りなさい」


などとウインディたしなめる。


それを聞いたウインディは大人相手でも容赦なしに、


「みんなで用意した? 随分と恩着せがましい言い方じゃないですか。この自慢げに並べた料理も、あなた達が着ている服だってネックレスだって、全部私の仕送りで買ったものでしょう? みんなで用意した? 笑わせないでくれるかしら。まずは地面にデコすりつけて感謝の言葉を吐くのが最初じゃなくって? それに言っておくけどね、私だって好きで買ってあげた訳じゃないわよ。思い上がらないで。世間体の為にしただけよ。そうでなけりゃ、だれがこんな……」


ウインディの毒舌は止まらない。


しかしそこに刺すような一言。


「いい加減にしなさい、ウインディ」


院長が冷ややかな口調でウインディを一喝。


「立場が変わっても貴女は何一つ変わらないのね。昔から周りを見下して高圧的な態度をとる。自分の事ばっかりで他人を気遣わない。だから貴女はこうやって孤立するのよ」


ウインディはその言葉を聞いて、凍り付いたように顔が強張る。


「いくら偉くなって綺麗に着飾ろうと、人間の本質というのはそうそう変わらないというですか」


そして院長も嫌味を吐く。


コドモたちも院長に同調して昔日の調子を取り戻し、


「だからコイツ嫌いなんだよ」

「ホント、少しは変わったかと思ったのに」

「誰がオマエに感謝なんかするもんか」

「この売女め」


と口々にウインディに嫌味や悪口を吐きつけていく。


途端に険悪になっていく雰囲気に、アルベルトの部下は気まずい空気を感じとってあわあわとしている。


アルベルトは隅っこの方に避難し、一人で紅茶をすすって我関せずといった態度をとっている。


ウインディの意識はもはやそこに無く、第三者となって自分の今の姿を幽霊のように傍観していた。


今日の為にあつらえたオートクチュールのドレスと、精一杯勝ち取ったたくさんの褒章、それに伴う地位や名声。


これまで、それを得る為にどれほどの努力をしてきた事か。


全てはこいつらに認められる為か、見返してやる為か。


今となってはそれらが酷くみすぼらしく見える。


ウインディの表情からは完全に生気が消え去り、勲章を握りこんだこぶしがわなわなと震えている。


使い魔の黒猫は主人の感情をくみ取って、代わりに全身の毛を逆立てて孤児院の人間らを飛び掛からんばかりに威嚇している。


ウインディは一瞬諦めたような目になったかと思うと、ゆっくりデヴォルの石炭の入った|燈會(ランタン)を取り出し、



──、「もういい。失せろ」



心底うんざりした様子で燈會を連中に突きつける。


途端ウインディを中心に、つむじ風が巻き起こり、ぶわっとウインディの髪を逆立てる。


目を剥いて燈會の火を睨むウインディ。


そのまっすぐ伸ばされた腕の先には、蒼い炎がゴウゴウと噴きだす燈會がぶら下がっている。


炎は一足飛びに強くなり天井にまで届く勢い。


風船は次々と弾け、色紙は溶けるように燃え尽きていく。


コドモ達や職員らは流石に怯えて逃げ出し、肝の据わった院長だけが、まっすぐウインディを見据えている。


ウインディの虚ろな目は、眼前で燃え盛る悪魔の炎をただ眺めているだけ。


その炎がうねりをあげて牙を剥こうとしたその時、


「はぁい、そこまでぇー」


アルベルトが紅茶のカップと王笏を片手に持って、ウインディの肩を抑える。


途端、燃え盛っていた炎が嘘であったかの様に消え去り、ウインディの猫のように逆立っていた髪も落ち着きを見せる。


ウインディ直上の天井の煤焦げだけが、さっきまでの憤怒の炎が現実であることを物語っていた。


「いやぁ、何か大変な事になっちゃって。ははは」


アルベルトは愛想笑いを浮かべて、


「今日の所はこれで帰ることにします。次があればその時に」


ウインディの背を押して早々に立ち去ろうとする。


ウインディはアルベルトにされるがまま、出口に向かって行く。


          ⁂   ⁂   ⁂


ウインディを先に馬車に詰め込んでから、アルベルトは院長に、


「今日はどうも」


と言って孤児院を後にする。


馬車の扉をノックして、


「学校まで送って行ってあげたいけど、僕はこれから仕事だから。気を付けておかえり」


と扉越しに告げ、自分の自動車に乗り込む。


アルベルトと別れ、数人のアルの部下に護衛されて単身引き返すウインディ。


ウインディは一人になって、馬車の中で座席に突っ伏す。


使い魔の黒猫を抱え込み、


「そうよ。まだ敗けじゃないわ……。まだ足らないんだ。連中に思い知らせてやるには、もっと、もっともっと……」


独り沈み込むウインディ


「はあー、不憫な娘だねぇ」


酔いどれ幽霊はそんなウインディの姿を見て、グッとやけ酒をあおる。



(10)



「ねえねえ、単純な疑問なんだけど。どうしてウィル爺はそんなにお城に帰りたいの?」


洋間のテーブルに詰めて、杖を枝きれから削り出すウィルと羊皮紙に呪文を書き連ねる姫。


ウィルの怪我はすっかり良くなり、煙草を咥えて小刀を握っている。


「ここでの生活の方が気楽だし、自由で、好きなところにも行きたい放題、やりたい事もやりたい放題。別にお城に帰らなくったっていいんじゃないの?」


姫の言葉にウィルは木を削りながら耳を傾け、そのあと流し目でジトっと姫を見る。


王室御用達の煙をブワっと吐いて、


「吾輩はな、贅沢が好きなんだ」


と一言。


「地位と名声を手に入れ、権力を振りかざす。浮浪者同然であった頃を思えば、城での栄華の生活は捨てられない」


へぇーと、意外だった様子の姫。


「お城に来る前、どんなだったか聞いてもいい?」


姫はウィルの顔を見ずに、顔色をうかがって昔話を促す。


「別に構わん」


小刀を置き、新しい葉っぱに火を点け昔話を始める。


「……吾輩は王国の北側にある小さな島の墓場で産まれたんだ。根無し草の一族で、国中をうろちょろ。その日食べるものも、寝るとこもままならない毎日だった。物乞いしたり、旅人から盗んだり。吾輩はその貧しい生活も嫌いだったし、そんな生活を楽しんで満足している家族もあまり好きではなかった。吾輩はそれよりも商人が運んでいる宝石や嗜好品が大好きだったし、それらにまみれた生活に憧れていた。だから吾輩はそこを飛び出したのだ。ちょうど母が病気で他界し、一人になったしの。元々、そんな放浪生活が長く続くはずがなかったのだ。中世じゃあるまいし。時代と歴史の闇に消えていった。それで吾輩は城に来たという訳じゃ」


姫はちゃちゃを入れるでもなく、黙って聞いている。


「お城に来てからは、それはもう贅沢三昧。今は少々そこから離れているが、心はお城にある。いずれ以前の生活に返り咲く」


姫は否定も肯定もしない。


話し終えてウィルは、


「お前はどうなんだ。どうしてそんなに向こう見ずというか、好奇心のままに突っ込んでいくんだ?」


反対に、姫に行動原理について質問する。


「ねえ、【 大魔法使いグランド・ウォーロックアンブロシウス 】って知ってる?」


姫は、この家にやってきた時ウィルがよこした冒険小説を掲げて見せる。


「この小説の主人公なんだけど。実はこの人実在するの。知らなかったでしょ?」


姫は誇らしげに語るが、ウィルは「ふん」と鼻をならし、


「知らいでか。この国の魔法使いは全員もれなく知っとるわい。なんならその人が後の国王になったこともな。現陛下から数えて二つ前の」


と姫の自慢を一蹴する。


姫は、


「なあーんだ、みんな知ってるのかぁー」


やや落胆した様子。しかしすぐに表情を明るくし、


「じゃあ、これは知ってる? お城の宝物庫には大魔法使いアンブロシウスが使ってた魔法の杖が保管されてるってっ。あたしね、いつの日にかその杖を受け継ぐんだっ! あたしね、この人にずっと憧れてるの。あたしも昔話に聞くような大冒険をいっぱいしてね、勇者と呼ばれる人と旅をしたり、いにしえのドラゴンと戦ったりとか、世界中を冒険してみたい。それでいつの日にか、この人以上の大魔法使いになるのが夢なのっ!」


ウィルは「へぇー」と相槌を打ち、姫と同様に特に否定も肯定もしない。


それから、


「だからお尋ね者にホイホイついてきたのか」


杖に水晶を仮止めしながら、呆れたように言う。


「そうかも? ウィル爺を一目見た時から絶対面白い事が起こる予感がしたの」


姫はいつも通りに頭のアンテナをとんがらせ、目をキラキラさせて楽しそうに話す。


「さよか。まあ精々気張る事だ。吾輩は不本意だが、この前みたいに時計塔に墜落するなんて事が起こらないとも限らん。その時は存分に冒険すればいい」


ウィルは「はんっ」と鼻で笑い、


「そうこなくっちゃっ! あたしもウィル爺がまた贅沢できるようお手伝いしてあげるよっ」


姫もにやりと笑って同調する。


「吾輩も最近はお前と魔法の勉強をするのが楽しくなってきたところだ」


ウィルの言葉に姫は嬉しくそうに笑う。


「えへへへへ、ウィル爺ももう立派な魔法使いだねぇ。魔法使いはみんなこの力の深淵が覗きたくてたまらないからさ」




          ⁂   ⁂   ⁂




かくて、二人のWは動き出す。ここが折り返し地点。


片や愉快な逃亡生活。片や陰鬱なエリート暮らし。





次回、〈第五話『筆頭魔導士官アルベルト・アエイバロン颯爽登場!』〉に続く。

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