第 一 回 ③

草原乱れてジョルチともに争いたお

族長しゅっしてフドウたちまのがれ走る

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 そうして行くこと二日、後方に砂塵が上がった。


「しまった! アイヅム氏の追撃だ!」


 今さらながらに一行は速足になったが、逃れるべくもなく、みるみるうちに馬蹄の音が迫る。


「かくなる上は一戦あるのみ。ハクヒ、お前は夫人を護って落ちのびよ。わしはここで彼奴らを喰い止める。フドウの存亡はお前次第だぞ」


 勇ましくオラジュイが言い放つや、腰の長剣を引き抜いた。


叔父上アバガ、かたじけない! 武運あらばまたお会いできましょう!」


 ハクヒは馬上で一礼すると、十数騎を従えて先を急ぐ。


「夫人が遠く去るまで一歩も退くでないぞ!」


 そこへさっと一騎現れて言うには、


「オラジュイ様、私もここで死ぬ決意です」


「おお、ツウティ、よくぞ言った。参れ!」


 二人は馬を返すと、おうと叫びつつ突撃する。追ってきたのは案の定、アイヅム氏の一軍。先頭にはフウを謀殺した当のテクズスが、長槍を携えて駆け来たる。オラジュイはその姿を認めるや、おおいに罵って言うには、


「小僧め! 盟友アンダを罠にかけるとは恥を知らんのか! 草原ミノウルにお前のような愚か者アルビンがいようとは思わなんだわ」


 テクズスも顔を朱に染めて罵り返す。


「この老いぼれめ、ホニデイの番でもしておればよいものを出しゃばりおって! それほどまでして死に急ぎたいか」


 オラジュイはさらに怒りアウルラアスを新たにして、得物を振りかざしつつ斬りかかった。テクズスも長槍を持ち直して、これを迎え撃つ。


 かくして馬上で渡り合うこと二十合あまり、先にオラジュイの剣が乱れはじめた。かつてジョルチにその人ありとうたわれた猛将バアトルも、老いには勝てぬといったところ。


「老いたり、オラジュイ!」


 テクズスは一喝すると、ここぞとばかりに槍を繰り出す。オラジュイはかわしきれず、あえなく喉を貫かれて討ちとられてしまった。


 一方のツウティは、騎兵を従えて正面からアイヅムの精鋭にぶつかったが、衆寡敵せず苦戦していたところ、オラジュイが敗れたのをの当たりにしてすっかり挫けてしまった。アイヅム軍の士気はますます揚がり、これに撃ちかかる。次第にフドウ軍は数を減じて、踏み止まっているのがやっとの有様。


「無念!」


 あわれツウティも四方八方から繰り出される槍を受けて草原の露と消えた。アイヅム軍は逃げ散った家畜を集め、勝利に酔いしれながら東方へと去っていった。




 戦場を離脱したハクヒらは、ムウチの車を護りつつ、西へ西へと歩を進めた。


「ハクヒ殿」


 突然、ムウチが声をかけた。


「どうかなさいましたか」


「私たちはどこへ向かっているのですか」


 ハクヒは答えに窮する。さらに続けて、


「オラジュイ殿やツウティは無事でしょうか」


 これにも答えることはできない。ムウチは溜息混じりに言った。


「フドウは、もう終わりなのですね」


 ハクヒは、はっとするや声を大にして、


「ご夫人がそのようなことをお考えになってはなりません。無事、世嗣がお生まれになればフドウは再び栄えましょう。それまでは力足らぬやもしれませぬが、このハクヒが命を賭してお守りいたします」


 ムウチは、すっかりうち萎れた様子で、


「……ハクヒ殿だけがたのみです」


「ともかく今はアイヅムから逃れるのが先決、先を急ぎましょう」


 といってハクヒに心算があるわけではなかった。自然、険しい顔つきで黙り込む。だがそこでムウチにはふと思い出したことがあった。


「西といえば。タムヤにあの御仁がいるのではありませんか」


「と申しますと?」


「ハクヒ殿はご存知ないか。族長ノヤンの旧知の方でクル・ジョルチ部出身の……、何と言いましたか……」


 するとハクヒの表情にみるみる生気が戻る。


「あっ! すっかり忘れておりました。エジシ様のことでしょう。よくぞ思い出されました。あやうく大事を誤るところでした。まずはエジシ様をたのみましょう」


「受け容れてくださるでしょうか」


「私もお会いしたことはありませんが、ご懸念には及びません。さあ、参りましょう、ナチンの翼をもってタムヤへ!」


 一行は暗中に光を見出だして、意気揚々と西へ向かったが、くどくどしい話は抜きにする。

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