第 一 回 ①
草原乱れてジョルチ
族長
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とある竜の年(注1)のこと。強盛を誇ったジュレン
ここにジョルチ部という
「私たちはいつまで堪えねばならないのでしょう」
夜半、押し殺した声で問いかけたのは、フウの
「もうしばらくだ。今はまだ堪えねばならぬ。やがて我がジョルチ部に英雄が出るだろう」
フウは力なく言った。それはムウチに答えるというよりも、己に言い聞かせているようであった。
「その言葉、いつも承っておりますけれどもいっこうにその
これには答えることができずに
それにしても憎むべきは、南方遥か
つい十年ほど前までフドウ氏の属するジョルチ部は、ベルダイ氏やジョンシ氏を軸によく力を併せ、中原の北半をほぼほぼ制して、周辺のマシゲル部やタロト部を圧倒する勢いであった。
ところが隆盛というのは続かぬもので、ヤクマン部が
さらにヤクマン部は、大ズイエ河の東岸彼方を
あれから十年になるのか……、よく今まで生きていたものだ。フウは今さらながらにそう思った。四散してしまったあとも
フウはなおも思う。我らは狡猾極まる
しかし、そう独りごちたところで、力がなければ何の意味も成さないのが
「力か……」
思わず声に出して呟く。
「何か、おっしゃいましたか」
「
あわてて言えば、ムウチは軽く首を
「そう、あと三月か四月か……」
フウは
「きっと英雄は現れる。この子が大きくなるころには再びジョルチはひとつになる」
「それまで生きておればよいのですが……」
「
やはりそれは己に言い聞かせているようであった。フドウ氏の
フウの言うところの「英雄」とは、ジョルチ部の伝承に由るものである。曰く「ジョルチ部が分かれて相争うことがあれば、必ず英雄が現れて
ところが歴史というものは不思議なもので、治世には必ず騒ぎを起こすものが現れ、乱世にはまた騒ぎを治めるものが登場するのが常である。
ただし「
しかしさすがのフウも、よもやこれから生まれる己の子がその「英雄」になるとは想像もしていないが、それはまたのちの話。
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(注1)【竜の年】十二支における五番目の年。西暦1184年とする説が有力。ただ
(注2)【ジュレン
(注3)【ゲル】遊牧民族の住居。天幕。解体して持ち運べるため移動に便がある。中国語でいう「
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