龍王と魔導師

第2話目 転生したら魔導師ってのに出待ちされてた件について①


このアルタートゥームはかつて世界其の物の力を内包した理の外に位置する絶対の存在である"始祖"と謳われる者たちがいたと云われている

しかしそれも遥か遠い昔の話だ。彼の存在はもういない。だがもしもこの力を手にすれば、この抗えぬ運命を。或いは打ち破れるのではと考えた者がいた。

────この運命を否定したいと誰かがそう思ったのだ。何を犠牲にしようとも。誰を不幸にしようとも。

後悔はない。もう後戻りは出来ないのだから。既に賽は投げられた。

振った誰かの小さな手は震えていた。



†††



目の前が白んでいる。どこかデジャヴを感じさせる景象を前に、地面を擦るタイヤの残響音がどこからか耳の中で木霊し続ける



「────初めまして、偉大なる龍王様アーカーシャ



そんな残響音をかき消すのは、どこか聞き覚えのある透き通った綺麗な音色みたいな声だった

誰だ。淡雪ちゃん?でも、なんだか……

焦点が未だにぼやけるが俺は音を頼りにして身体を動かそうとする


ガシャン!弛んでいた金属が幾つもピンと延びる音と共に俺の動きが半ば強制的に止まる。

人の最も尊重すべき自由権の侵害である。訴訟してやる、弁護士を連れて来い!

それでも無理矢理身体を動かそうとして、身体の操作が覚束ず、ついでに何か重力のような目に見えない力により引っ張られる形で地面に叩きつけられた



「Gau!!(いてっ)」



それとほぼ同時に低い地鳴りの様な獣の呻き声が直ぐ近くで響いた。猛獣でもいるのだろうか?つまり、檻か何かに拘束されてると考えるのが自然だろう



「魔法で動きを封じさせて貰っています。貴方様への不敬をお赦し下さい。私の名前は……」



「Gagg!?(なんだと)」



徐々に目の焦点が定まってくる。這いつくばっている俺の顔もとには、白蓮のように一切の色素を含まない無彩色の浮世離れした少女が立っていた



「(なんだ、お前は)」



そいつは先ほどまで自分と楽しそうにお話してくれていた純白の幼女と同じ顔をしていた



「(誰だか知らんが)」



だが、あの子とは顔が同じでも似ても似つかない。無機質な能面の様な表情を張り付けている



「(その顔でその表情はやめろ)」



なんだか、それがどうしようもなく



「(不愉快だ)」



少女は少しだけ困った表情になり、頬をぽりぽと掻く



「何を言ってるかは分かりませんが」



「言いたい事は分かってますよ」



少女はわざとらしく間を置いて口を動かした



「私の美しさを称えているのですね?」



真顔でなに言ってるのこの人?

恥ずかしいんだけど!ねぇ恥ずかしいんだけど!!誰か大きな包帯持ってきてー!


人1人丸ごと包めるやつ!!



それにしても淡雪ちゃんより幾分か大人びた顔つきをしている割に小さいな。ちなみに胸の話じゃない。身長の話だ。俺はそういう他人が気にすることに関しては凄い気を使うんで、って誰に言い訳してんだ、俺。



だが本当に小さい。

地面に這いつくばる俺と少女の目線が同じ高さ‥‥‥なんなら、僅かに俺は目線を下に下げている。つまり、あっちが小さいんじゃねえ。俺が大きいんだ!

今の俺って巨人なのか。なんか駆逐されそう。硬質化覚えなきゃ


「(そういえば小人といったら、なんだかこの状況って童話かなにかで見たことあるな)」



……内閣評議会から子供部屋まで。どこでもみんなが読んでいるガリバー旅行記だっけか。異世界に来てガリバーさんと同じ経験が出来るなんてなんだか著作権法に引っかかないか心配だぜ。

言い知れぬヤキモキを心に秘めながら、眼球だけを動かして自分の身体を確認してみる



『アーカシャーと呼ばれる龍王として顕現‥‥‥』



淡雪ちゃんの言葉を今になって思い出す。つまりはそれで目の前の光景に納得出来てしまう俺の適応力は中々のものではないだろうか。

流石に巨大な毒虫とかになっていたら、受け入れられなかったかもしれないがな……



「(巨人じゃねえ。龍だったか)」



頑強そうな緋色の鱗がびっしりと身体中に敷き詰められている。指からは巨大で凶悪で何でも貫きそうな槍と見間違えかねない爪が生えている。

背中の肩甲骨辺りに力が入れられる事に気付いたので、軽く力を入れて動かしてみると、バサバサと何かが羽ばたく音が耳に入った。

翼が存在しているらしい。尻尾も生えていて同様だ。人間では決して味わえない不思議な感覚だが、こいつ……動くぞ!



口元の噛み合わせが少し刺すように痛くなったので舌を使って口内を慎重に触れ回ると無数の尖ったモノがある事が分かった。これは牙か



「(さてと)」



完璧とはいかないが自分の身体をある程度は把握出来た。後は慣らしだな。

俺は起き上がる為にさっきよりも身体に力を込める。先ほど確認したが、身体を縛り付けていたのは何重もの細い鎖だ。この程度ならば無理矢理引きちぎれるだろう



「(ふんぬらば!!!)」



身体に力を入れて起き上がろうとすると、俺の目論見通りに鎖が再度ピンッと伸びたかと思うと、そのまま耐えきれずに一本、また一本と簡単に断ち切られていく。ふんっ!残念だったな俺の動きを封じたければ、この三倍は持ってこい!!



これは慢心ではない。事実だ。くっくっく、今なら何でも出来そうな気がするぜ。力が漲る。龍王という人智を超えた力を俺は今所持しているのだ。強靱!無敵!!最強!!!攻撃力はおおよそ3000!

今の俺は何人たりとも止められん。鎖を力任せに全て千切り、そのまま勢いに乗る



「力技であの魔法を凌駕しますか」



白い少女はどこか感心した風に言葉を続ける



「保険をかけといて良かったわ」



ゴチン!頭がかち割れるかと思うほどの衝撃が頭部で駆け巡る

見えない!見えないけど、透明な壁らしきものがある!意識外だった分、ダメージは絶大だった



「(ぎぃあぁあ)」



危うく心停止しかけるレベルでの急停止を余儀無くされた俺は頭を抑え悶える。

脳細胞が!俺の貴重な灰色の脳細胞が失われたぁぁぁ!!



「だから言ったのに」



言うのが遅いんだよ!言うならもっと早く言ってくれないと。事故が起きてからじゃ遅いんだよ!

彼女は哀れな。或いは愉快なものでも見るかのような複雑な心境を混ぜ合わせた表情の色を出しているが、俺としては腹立たしさが余計に増すだけだった



殴りてぇ、久しぶりに切れちまったよ。本当におバカさんですね、俺を怒らせた奴は昨日ぶりですよ!!

具体的に言うと、あのクソ生意気な妹が俺のアイスを食べた。あの時以上の怒りを感じる



「(なんじゃ!なんじゃこれは!)」



俺の足元にある一定範囲の地面が輝き、何やら複雑怪奇な文字が幾何学的に出現し魔法陣の形になっていた。

どうやら魔法陣の外に出られない様に俺を封じ込めているみたいだ。結界というやつに違いない。生意気な



「出たいですか?出たいですよね?出たくないはずがないですもんね?」



三段活用で余裕そうに質問してくる白い彼女



「(オラァ!さっさと出せ!警察呼ばれてぇのか!!)」



俺は頭脳をフル回転させる。そして導き出すたった一つの冴えたやり方。それはこの魔法陣から抜け出す為に啄木鳥を真似て伸びた牙を空間に高速で何度も叩きつけたのだ。

雨垂れ石を穿つという言葉もある。頑張れば水も石を穿つことがあるとかそんな感じのやつならば、それに習い俺のこの硬くてたくましい牙が一極集中で攻撃すればどんな堅いものでも破れるはずだ

俺は怒ったぞーーー!目にものみせたる!!



そんな意気込みも虚しく、ガッ!ガッ!ガッ!ガギン!っと繰り返していると金属が強くぶつかり砕けた音がした。この場に貴金属の類はない。それは俺の口元から歪に掻き鳴らされていた。そしてそれが歯の先端が欠けた事による音だと理解した



字面通り歯が立たない。立つ瀬がない。雨垂れっていうか甘ったれな考えだった。あれれ~おかしいぞ。

俺、凄い強い生命体なんだよね!?究極生命体龍王アーカーシャ様なんだよね!!?淡雪ちゃん!?

話が違う。転生初日から難易度高すぎるよぉ!もう終わりだぁ!おしまいだぁ!



「(俺の。俺の王の牙がぁぁぁ)」



俺の声だけが悲しく辺りに木霊していた



「幾ら貴方でもここは絶対に抜けられない。この魔法陣は最上級の結界防壁。超高速再生機能付き」



「何より貴方にしか効かない縛りよ。今日の為に何年もかけた」



制約と誓約というやつだろうか。恐らく死後の念とかもある世界に違いない。ここは!



「これで自分の状況は理解できたよね?」



ここで初めて彼女は小さな笑みを浮かべた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る